上 下
4 / 5

老人

しおりを挟む
 ひどく乗り心地の悪い馬車に揺られながら、あらためてここは現実なのだと思う。
 革製のおそらく戦闘用の服を着ている女は、しきりに振り向き、我々の様子を伺っている。
 荷台から取り出した水筒への目線で悟ったのか、女は我々に水を分け与えてくれるようだ。
 女が警戒をここまで解いたのは少女の存在が大きい。
 飄々とした微笑の持ち主は、誰が見ても困窮が相応しくないと認めるだろう。

「美味しいですね」

「それは勿論、今まで食べて無いですもの」

 女からもらった崩れやすいライ麦か何かでできたパンは、丸一日食べていない我々には十分すぎるご馳走に感じた。
 女は頻りに話しかけて来たが当然意思は通じるはずもなく、我々の困惑を察し、程なくして諦めた。

「ありがとうございます」

 当然通じないことは知っているが、せめてもの礼を人間である以上避けられなかった。
 少女の微笑みにつられた女の、年相応そうな若々しい笑顔はこれもまた美しかった。

 これから安全なのだろうか、町についたらどうしようか等と考えてみたりもしたが、少女の整った寝顔に吹き飛ばされ、思案の答は遂には出なかった。
 
 少女が目を擦りながら起きた頃、どうやら小さな町に到着したようである。
 女は我々を荷台の中に押し込み、白い布を被せた。
 目を瞑り、曲がる方向へ注意を集中させ、退路を想定しておく。
 馬車が止まり、更に周囲への警戒を配る。
 
「□□□□!」

 女の声と同時に白い布が取り払われた。
 網膜に飛び込んだ光に目眩を感じたが、すぐに慣れた。
 見渡すと、先程の女と、いかにも何か救いの手を差し伸べてくれそうな白髪のご老体が自然体で佇んでいた。
 どうやら敵意は無いようだ。
 状況把握のため広げた視界の端に、木造の一軒家が見えた。
 家々が一軒家を主役とする絵の背景に溶け込んでいるため、ここは町から離れた郊外だろう。
 そしてやはり少女とその絵は調和を持っていた。


しおりを挟む

処理中です...