上 下
13 / 22
アロイス編

たくさん話しをしたいだけ

しおりを挟む
 南の国の夕暮れは、神秘的だ。建物が北の国と違うからかもしれない。異世界で花見をしているようなヴェンデルガルト達は、次第に赤くなる空を見ていた。
 アロイスの隣にいて、ようやくヴェンデルガルトはバーチュ王国に来たのだと実感した。夢ではなく、愛しい彼の傍にいると。夕日よりも神秘的なアロイスの瞳を見つめて、ヴェンデルガルトは微笑んだ。

 ヴェンデルガルトは、バルシュミーデ皇国に帰ってからの話をアロイスに話した。時折相槌しながらアロイスは聞いていたが、ほっとした顔になった。
「ヴェンデルが無事でよかった。しかし――国を守るというのは大変なことだ。これからの兄上の責任は大きい。俺も、それを支えたい」
「もちろん私も、アロイス様と共にお支え致します。でも、ガブリエラ様は――ツェーザル様を支えてくれるでしょうか?」
 ヴェンデルガルトは、ガブリエラを思い出すと僅かに表情を曇らせた。以前ツェーザルは、「お互い納得した婚約者」と言っていたが、アロイスに付きまとう彼女がツェーザルを助けてくれるのだろうか?
「ガブリエラは、いずれ王になる兄上の妻となる。彼女にとって、国母の地位は魅力的だ。俺を好きだと言っているが、彼女は権力を愛する性格だ。兄上を邪険にしないのは、その為だ。兄上が王になれば、彼女は兄上を裏切れない。知将として称えられる兄上を裏切れば、国民から敵視されることになる。幼いころから婚約者を決められたことに、反発しているのだろう。もう少し、我慢してくれ。お前に苦労をさせるが、許して欲しい」
 「もう俺も元気になったから」と、アロイスは優しくヴェンデルガルトの柔らかな頬を撫でた。以前は戦の中で一緒にいたが、こんな風に穏やかな時間を一緒に過ごすことが嬉しい。

「さて、名残惜しいですが、そろそろ宮殿に戻りましょう。随分日も傾いてしまっています」
 秘かにアロイスとヴェンデルガルトの様子を窺っていたルードルフが、大きな声で言った。確かに、もう戻らなければ暗くなってしまう。何より、病み上がりのアロイスの体が心配だ。レーヴェニヒ王国の薬が効くことは分かっていた、しかし『龍殺しの実』の毒が残っていて再び倒れてしまわないかが、一番の心配だった。
「そうだな、宮殿に戻ろう。そうだ、ヴェンデル。今日は一緒に寝ないか?」
 不躾なアロイスの言葉に、思わず「婚礼前ですよ!」と諫めるようにビルギットが声を上げた。カリーナは、アロイスの赤裸々な誘い文句に妄想で赤くなって倒れそうになり、ルードルフがその体を支えてやる。
「いや、何もしない。横になって一緒に寝るだけだ。まだヴェンデルと話したいことが多いだけだ。婚礼前に不謹慎なことはしないと、神に誓って約束する!」
 この場にいる者が、自分が考えている事と違う想像をしている事が分かり、アロイスは慌てて言い訳をする。先ほどの誘い文句を勘違いをしていたのは、ヴェンデルガルトも同じだったようで、赤い顔をしている。
「アロイス様は、意外と純真なお方ですね」
 小さくロルフが笑うと、アロイスも少し頬を染めた。
「そうだな。婚約者とはいえ、女性に軽々しく言う言葉ではなかった。本当に、寝るまで話をしたかっただけなんだ」
「アロイス様はそのような事をしないと、分かっています。そうですね、今日は寝るまでたくさんお話をしましょう。いいでしょう? ビルギット」
 赤い顔をしていたヴェンデルガルトだったが、すぐにアロイスを庇う言葉を言った後、ビルギットに許可を求めた。ビルギットがヴェンデルガルトの願いを断るわけにはいかないと、ロルフもカリーナも理解していた。
「……本当に、お話をして添い寝をするだけですよ。今回だけです」
 深いため息をつきながら、ビルギットは彼女の願いを許してやった。ビルギットのその言葉に、ヴェンデルガルトは顔を輝かせた。
「有難う、ビルギット! よかったですね、アロイス様」
 傍らのアロイスにそう言うと、アロイスもほっとした様子だった。内心では、ビルギットを怒らせないように気をつけなければと、自分に言い聞かせた。
「なら、俺はロルフと酒でも飲もうか。北の国のことは、よく知らないので教えてもらえると嬉しい」
 ルードルフまで、そんなことを言い出した。
「あ、なら私たちも――」
「だめよ、カリーナ。メイドは朝が早いのを忘れたの? 私たちは早く寝ますからね」
 嬉しそうにルードルフに参加したいと言おうとしたカリーナだったが、ビルギットがすぐにそう言って止めた。
「アロイス様とヴェンデルガルト様にお茶を入れたら、ビルギットと一緒に大人しく寝ます」
 しょんぼりとしながら、カリーナは頷いた。ルードルフとロルフは笑うと広げていた敷物を丸めて肩に担ぎ、食器も持ってきた籠に入れた。そうして片付けを終えた一行は、宮殿に戻った。

「あら。優雅にお出かけしていたのかしら。アロイス様はまだ病み上がりですのよ、連れまわさないで」
 宮殿に戻ると、入り口でガブリエラが姿を見せた。そして、早速ヴェンデルガルトに嫌味を言う。
「外でお茶を飲み、ゆっくりしていただけだ。愛しいヴェンデルガルトと一緒にいたいのは俺の我儘だ。お前には関係ないだろう」
 そう言うと、アロイスは優しくヴェンデルガルトを引き寄せて、「夕食なので失礼」と、ガブリエラを置いて、部屋に戻った。
 ガブリエラは、唇を噛んでその後姿を見続けていた。
しおりを挟む

処理中です...