蒼き航路

きーぼー

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解決編

その1

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 その、刑事が突きつけている指先は真っ直ぐこちらを向いており俺は最初、自分が犯人として名指しされているのかと思った。
しかしー。

「犯人はあなたです。野原なな子さん」

よく見るとその刑事の指先は俺ではなく俺の右隣りでソファに座る妻のなな子を指し示していた。
その山さんと呼ばれる年配の刑事に名指しで犯人と言われたなな子の顔がサッと青ざめる。
一方、俺はそんな妻の隣でソファに身を埋めていたが刑事のとんでもない言動に一瞬、絶句しながらもすぐに隣にいる妻を庇う様にソファの上で身をのりだすとテーブルを挟んで向かい側に座る二人の男たちに向かって一気にまくしたてる。

「な、何を言ってるんだ!?なな子は韓国への船旅の途中、ずっと俺と一緒にいたんだぞっ!!そんな俺たちが海外旅行中に国内で起こった事件に関わってるはずがないだろう!いい加減な事を言うなっ!!この貧乏人共がっ!」

妻を疑われた事に対する怒りからか差別的な言葉を思わず口走る俺。
しかし、俺と妻のなな子の座るソファと向かい合う様に反対側に置かれたソファの上に並んで座る二人の刑事たちはテーブル越しに冷徹な視線をこちらの方に向けて来ており俺の怒りの言葉に動じた様子は一切なかった。

「でも、野原伸太さん。あなたは船旅中は甲板で急に倒れ込み意識を失った状態にあったはず。あなたがその状態であった間に奥さんがいったい何をしていたかー。はっきりした事はわからないでしょう?気を失っていたあなたにはー」

テーブル越しに発せられた山さんと呼ばれるベテラン刑事の声が俺の耳に静かに響く。
彼の落ち着いた口調にヒートアップしていた俺の気持ちは少し落ち着いたがそれでもうわずった声で言葉を絞り出すと必死に妻の弁護をしようとする。

「確かにー。俺は旅行中は気を失っていました。その間の記憶は残念ながら一切ありません。だけど、あの日サンフェスタ号の船内には、俺を助けてくれた例の親切なご夫婦を始めとして、俺が倒れた時に同じ甲板上にいた他の乗船客など、事件当時の俺やなな子のアリバイを証明出来る人たちが大勢いたはずです。どうか、その人たちにもう一度聞いてみて下さいっ!」

しかし、その俺の言葉に今度は年配の刑事の隣でソファの上に座る若い刑事が首を振る。

「彼らは全員、奥さんの息のかかった連中です。あなたを診断した船医やサンタフェス号を運用していた乗組員たちを含めてね。野原伸太さん、あなたは彼ら全員に騙されていたのですよ。全ては自分とあなたのアリバイを証明する為に奥さんが仕組んだ事です。金と権力をフルに使ってね。まったくまだ若いのに大したものです。さすがは日本経済を牛耳る大徳寺家の次期後継者と言ったところでしょうかー」

刑事の語る言葉のそのあまりにも衝撃的な内容にあらためて絶句する俺。

「そんなー」

俺が絶句しながら横を見ると妻のなな子は硬い表情のままうつむいておりソファの上でその身を縮こまらせている。
だがー。
こんな話は絶対に納得出来ない。
もとより俺には自分はもちろん妻のなな子も今回の事件には絶対に関わっていない事を信じる確かな根拠があった。
俺はその事をテーブルの向こう側にいる刑事たちに激しい口調と共にぶつけてみる。

「誰がなんと言おうと妻のなな子は無実です。あの忌まわしい事件が起こった当時、俺となな子は間違いなく海上を行くサンフェスタ号の船内にいました。それだけは絶対に確かな事です。俺たち夫婦は、あの船が高速で波をかき分けながら海上を進む様子を船の甲板の上から二人で眺めていたんです。船の埠頭付近で仲良く欄干に掴まりながらー。俺はハッキリと覚えています。あの船、サンフェスタ号がどこまで行っても果てのない広い海を波をかき分けながら真っしぐらに突き進むその姿をー。俺が妻と一緒に甲板にいたほんの短い間にもあの船は波を蹴立てながら海上を高速で移動しており日本からはどんどんと遠ざかっていたんです。そんな大海を走る船の上で俺と一緒にいたなな子がほとんど同時刻に遠く離れた場所で起こった殺人事件に関わっているはずがありません。絶対にー」

すると、俺となな子の向かい側でソファに座る二人の刑事のうち年配の刑事の方が大きくうなずいて言った。

「そうです。記録された映像や他の乗船客からの証言によってあなた方ご夫婦が事件当時には海上を走る船の上にいた事は完全に証明されています。殺人現場から遠く離れた大海の真ん中を快速で移動する船の上にー。我々もずっとそう思っていました。でも、それは間違いでした」

「どういう事ですか?」

俺はうわずった声で山形と名乗るその刑事に聞き返す。
妻のなな子は俺の隣で相変わらず黙り込んでいる。
すると、俺たち夫婦の真正面で同僚と共にソファに並んで座るその山形と名乗る刑事が何故かソファから腰を浮かせると俺たちが注視する中、まるで意を決するかの様にスクッと床上に2本の足で立ち上がった。
そしていまだにソファに身をうずめる同僚の刑事や俺たち夫婦の方をぐるりと見下ろすと促す様な声で言った。

「どうやら、中々、納得していただけない様ですね。野原さん。まぁ、無理もありませんがー。わかりました、決定的な証拠をお見せしましょう。我々についてきて下さい。とりあえず一緒にこのマンションを出ましょう」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

山形刑事のその宣言を聞いた俺となな子は豪奢なソファの上で思わず顔を見合わせる。
互いの顔に不安げな表情を浮かべながらー。


そんな訳で俺となな子は二人の刑事たちと共に自宅のマンションから出て彼らと一緒に車で何処かへと移動する破目となったのだった。
俺となな子が刑事たちと一緒に自宅であるタワーマンションの外に出るとそこには一台の覆面パトカーらしき車が止まっており俺たちは刑事たちにうながされその車の後部座席に黙々と乗り込んだ。
その覆面パトカーらしき車は刑事たちと俺たち夫婦の計四人が乗り組むとマンションの出入り口付近から音もなく動き出しやがて公道に入り込んでその舗装された道路をスピードを上げて走って行く。
その車の前部の運転席には本田と名乗る若い刑事が座り車を運転しており隣の助手席には山形と名乗る年配の刑事が座っていた。
一方、俺となな子は車の後部座席に並んで座っており事態のあまりの急展開に互いに言葉もなく押し黙っていた。
俺は車で移動中に一度だけ隣の座席に座るなな子に話しかけたが彼女は返事をせず表情を硬くしたままうつむいている。
俺はそんな彼女を見てこんな理不尽な状況から愛する妻を何としても守り抜かねばとあらためて思った。
やがてそのパトカーは高速道路に入ると市内の中心部から南下してどうやら海に近い沿岸地域へと向かっていた。
走行中の車の窓を通して見る周囲の景色も人工的な市街地から郊外の緑豊かなそれへと次第に移り変わってゆく。
それから30分くらいは高速道路を走っただろうか。
無言のままの俺たち夫婦を後部座席に乗せた若い刑事が運転するその車は高速道路を降りると今度はそこから少し離れた細い山道の中へと吸い込まれる様に入っていった。
そしてしばらくの間、その険しく見通しの悪い山道をガタゴトと走っていたがやがてそこを抜けると件の車は一気に見晴らしの良い広々とした場所へと躍り出た。
そして、そこにはー。
なんと、異界の風景が広がっていた。

[続く]
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