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10話・鬼人無双の又左
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宇佐山城の戦いで織田軍は重臣・森可成らを失ったが、彼らの奮戦で京は守りぬいた。
その後も織田軍は浅井・朝倉・一向一揆に苦しめられ劣勢を強いられていた。
悲しみに暮れる暇もなく。俺は明智光秀を総大将とする軍と一緒に比叡山に赴いていた。
「黒生殿、此度の戦の先鋒を任せて大丈夫でしょうか?」
「明智様、私は柴田様の家臣でありますがお立場はあなたよりも低き者です。そのような丁寧な言葉使いはやめてください」
「ああ、それは申し訳ない。このような残酷な戦に其方を巻き込んでしまったことが申し訳なくての」
「いえ、俺は寧ろ感謝しております。丁度、奴らとは相まみえたいと思っていたところです」
そう、信長は石山本願寺が先導する一向一揆に対して怒りを露わにしていた。ここに俺が送られた役割は歯向かう者を殲滅する為である。
早朝、織田軍が比叡山に攻撃を仕掛ける僧兵のみならず、女子供問わずに門徒をことごとく切り殺した。
そして、終いには本堂に火を放ち、比叡山一帯を焼き討ちにした。
その後も織田軍の苛烈な戦が続いた。室町幕府将軍・足利義昭も二度に渡り挙兵を行ったが、信長の巧みな朝廷への働きかけや巨大な軍事力を惜しげもなく導入した。
二条御所の戦い、槇島城の戦いと二度に渡り幕府軍を討ち果たし、織田軍は足利義昭の今日からの追放と室町幕府の滅亡を実現させた。
その間、俺は戦の最前線でひたすら己の槍で敵を切り刻んだ。戦が終わるころには身体中は傷の血と返り血が混じり甲冑から装束までが真っ赤に血染めになっていた。
傷に関しては再会以降、薬師として帯同している彩湖が治療してくれる。幸いにも治癒能力は高い方なのでかすり傷程度であれば薬を塗ったら、二・三日すれば簡単に治った。
しかし、俺は血に染まれば染まるほど、もっと敵を殺したいと思うようになっていた。宇佐山城の戦いで見た森可成たち兵の壮絶の死の姿を見たからだ。
人を供養する寺院が簡単に人を殺すという行為を俺は受け入れることが出来なかった。
一向一揆の鎮圧の際は多くの非戦闘員の門徒を惨殺した。しかし、その血の涙の無さも僧兵という憎むべき相手に組みしていることへの嫌気がそうさせていた。
そして、今回はその弔い合戦の山場を迎えていた。
織田軍は地道な戦と外交で敵対する浅井家をボディブローのように分断していった。
浅井・朝倉軍から寝返る者も出始め、要所である山本山城を攻略したことで浅井家を孤立させることに成功した。
織田軍は浅井を討つという名目で3万の軍を率いて進軍した。浅井を救うべく朝倉軍も2万の軍勢を率いて進軍した。
織田軍と浅井・朝倉連合軍は再び近江の地で相まみえることとなった。
戦前の軍議で朝倉方の砦への奇襲作戦が決定した。その先鋒部隊に俺は派遣されることになった。
勝家から預かった3000の兵の総大将として出陣の準備をしていた。
「また、あなたが一番手なのね?」
「彩湖殿か」
「前から気になり始めてたんだけど、あんたそんな怖い表情してた?」
「生まれつきこの目つきの悪い顔だよ。話はそれだけか?」
「心配なのよ。最近のあんた血染めになるまで無理して戦うから」
「犬死にすると思っているのか? くだらない」
そう言葉を吐き捨て、俺は奇襲作戦の実行に移った。
この日は近江一帯を暴風雨が襲った。しかし、織田軍は嵐の中の行軍は無いという朝倉軍の油断した隙をついて砦への奇襲攻撃を仕掛けた。
信長自らも出陣し、その切り込み役の任を負ったのが俺であった。
突然の奇襲に動揺した朝倉軍に俺は数名の兵を切り倒した。敵はあっけなく降伏した。見せしめに殺すことも出来たが、信長は守備兵を逃がすことを指示した。
しかし、これは信長が仕掛けた朝倉への罠であった。砦の陥落を知った朝倉義景は即時撤退を開始したからだ。
これこそが信長の狙いで全軍に敗走する朝倉軍の追撃を命じた。自らも出陣し、配送する敵を刀根坂にて背後をより急襲した。
信長の直轄軍に配備された俺はひたすら抵抗する敵を槍でなぎ倒し、時には3・4人をまとめて串刺しにした。敵の士気は低く、刀根坂における戦いで朝倉軍は武将・兵士含めて3000にも及ぶ戦死者を出した。
敵の総大将・朝倉義景は辛うじて所領の一乗谷に落ち延びたが朝倉軍に反撃する力は残されていなかった。
越前に侵攻した織田軍はしばしの休養の後に全武将が信長の下に集結した。そこで俺は勝家と後発の支援部隊の彩湖と合流した。
「義麗よ。大嶽砦での奇襲戦に刀根坂の追撃戦で信長様守り抜いたそうだな」
「別に親方様は守られていないさ。寧ろこちら側が相手を完膚無きまでに叩き潰したまでのこと、俺はその手伝いをしただけさ」
「じゃあ、その血は」
「ああ、ほとんど腰抜けの朝倉兵の返り血さ」
俺は笑って答えたが彩湖は怒った表情で顔についた血を布でごしごしと拭き取った。
「お、おい。あんたもう少し優しくやれよ」
「馬鹿」
彼女はその一言を残してその場を立ち去った。俺は普段のようにビンタやら手を出されるのではないかと思ったが、彼女は何もしなかった」
「ここ最近、彩湖殿は其方のことをしきりに気にしていた」
「何で俺を?」
「さあな。だが、お主は少し変わった。逞しい武将としてわしと出会った時より格段と強くなった。が、その反面で何かを失ったようにも思える」
「失ったんじゃねえよ。捨てたんだよ希望なんてものを……」
その直後、信長が本陣の現れた。全員が一斉に首を垂れる。
「朝倉に総攻めを賭ける。一乗谷を落とす」
『はっ』
「先方は勝家。その他が務めよ」
「承知」
勝家が高らかに声を上げる。そして信長は勝家の横にいる俺の下に近づいた。
「義麗よ。此度の武働き見事であった。この戦も期待しておる」
「有難きお言葉」
その言葉にやりがいを感じた俺は先鋒を務める勝家の軍勢の一番槍として一乗谷の市街地へ乗り込んだ。
城下に火を放ち、僅かとなった朝倉の兵を容易に打ち破り、朝倉の本拠地に侵攻した。
戦いは予想外の結末を迎えた。義景の首を狙った俺だが、義景は既に一門の朝倉景鏡に見切られ、自害に追い込まれ、自刃していた。
俺は、自分の手で首を挙げたかったからこそ悔しかった。
しかし、立ち止まっている暇はなかった。織田軍は戦後処理の部隊を残して、近江へと反転した。
浅井長政との3年に渡る戦いに終止符を打つべく小谷城を囲んだ。この時の俺は長政への情は既に捨てていた。
なぜなら戦国時代における友情・温情は大切な物を失った時の反動が大きいことに気付いたからだ。
宇佐山城の戦いで命を落とした森可成が自身の腕で息を引き取った衝動が俺の頭にずっと残り続けている。救えなかった悔しさと命の尊さ、守るためには心を鬼にする必要があると自覚した。
総攻めを控えた織田軍は戦に備えてそれぞれ支度を始めた。この戦いの先鋒は木下藤吉郎が指名された。
柴田軍を含む、織田配下の武将は後詰として準備する。
「おう。戦の鬼が怖い顔して槍を磨いておるわ」
その時、俺に声を掛けてきたのは先鋒を命じられた藤吉郎であった。
「藤吉郎殿」
「久しぶりじゃの。その他の戦での活躍は聞いておる。この戦で100を超える敵を討ち取ったとな」
「戦う気の無い弱者を叩いただけで誇れるものではありませぬ」
「流石、鬼人の又左と評される男の言葉じゃ」
「鬼人の又左?」
驚く俺の顔を見て、藤吉郎は思わず噴き出した。
「そんなに驚くことじゃないじゃろ? そんな怖い顔で槍振り回して敵を倒してたら、誰だって怖いやろ」
怖い顔という言葉に俺は引っかかった。しかし、最近の俺は心から笑ったことがあったかを思い起こしていた。
その時、藤吉郎は落ち着いた物腰で話し出した。
「そんなお主のことを可愛い女子が心配しておったぞ」
「女子」
「彩湖殿じゃ、悲しそうな顔をしてる彼女が可哀そうでわしが慰めようとしたら、話してくれたんじゃ」
「何を?」
「黒生殿は人を守るために強くなられた。だが、その反面で一時の心温まる優しさを失われたのではないかとな」
「それであいつ怒ってたのか?」
俺がボソッと喋ると藤吉郎は滑ったギャグを聞いたかのようにずっこけた。
「お前は本当に女心という物が分からん奴じゃのう。彩湖殿はお主の優しい心に惚れたんじゃ」
「俺に惚れた」
「そんな奴が平気で人を殺せる男になったら、どう思う?」
「辛い」
「あんな可愛い女子を悲しませたらアカン」
藤吉郎は肩に手を当てると力強い口調で語った。
「まだ、遅くはない。戦が終わったらしっかり話すんじゃぞ」
そう言い残すと藤吉郎は戦へと出て行った。
織田軍と浅井軍の最期の直接対決、小谷城の戦いが開戦した。
堅牢の断崖の上に聳える小谷城を先鋒の藤吉郎は長政がいる本丸とその父・久政が籠る困るを結ぶ重要な連絡路である京極丸を断崖をよじ登り急襲し、落とした。
戦力を分散された浅井軍は正面と裏から挟撃を受ける形になり、数日で小丸を守る久政を自害に追い込んだ。
しかし、木下藤吉郎はすぐに本丸を攻め落とさずに長政に対して休戦調停を持ち掛けた。
その行為に俺は心から疑問を抱いた。戦後、すぐに俺は藤吉郎の陣を訪れた。
「木下殿、せっかく困るを落としたのに何故、本丸をすぐには攻めぬのです」
「其方は長政殿の妻が誰か忘れたのか? お市の方様とその姫君が3人おる。それ故じゃ」
「お市様は覚悟を決められたと親方様が言っておられました」
「そうじゃったの」
「敵は一人残さず殲滅せよとの命ですぞ」
「分かっておる。これはわしの判断じゃ、わしは好きなお方を手に掛けたくはない」
その言葉に俺は言葉を失った。彼がお市様を好きだということと彼女を助けたいということに対して何を言っているのかすぐに理解を出来なかった。
「木下殿は、お市様を守る為に浅井を許すと?」
「そうじゃ」
「親方様、信長様がお許しになると思いますか?」
「許してもらうまで懇願する。代わりに命を絶てと言われたら、腹を切るまでよ」
「何故、そこまで」
「わしはな、お市様を手に入れたい訳ではない。当然、この戦いで長政殿を責める者として嫌われるのも承知の上じゃ」
「では、何故」
「それは、其方が一番分かっておるのではないか?」
「俺が?」
「其方が彩湖殿に最初に伝えているはずじゃ」
その時、伝令の兵が秀吉の下にやってきた。
「申し上げます。浅井長政殿が殿と直接話がしたいとのことで使者を使わせております」
「相分かった。お主も一緒に参ってくれ」
その後も織田軍は浅井・朝倉・一向一揆に苦しめられ劣勢を強いられていた。
悲しみに暮れる暇もなく。俺は明智光秀を総大将とする軍と一緒に比叡山に赴いていた。
「黒生殿、此度の戦の先鋒を任せて大丈夫でしょうか?」
「明智様、私は柴田様の家臣でありますがお立場はあなたよりも低き者です。そのような丁寧な言葉使いはやめてください」
「ああ、それは申し訳ない。このような残酷な戦に其方を巻き込んでしまったことが申し訳なくての」
「いえ、俺は寧ろ感謝しております。丁度、奴らとは相まみえたいと思っていたところです」
そう、信長は石山本願寺が先導する一向一揆に対して怒りを露わにしていた。ここに俺が送られた役割は歯向かう者を殲滅する為である。
早朝、織田軍が比叡山に攻撃を仕掛ける僧兵のみならず、女子供問わずに門徒をことごとく切り殺した。
そして、終いには本堂に火を放ち、比叡山一帯を焼き討ちにした。
その後も織田軍の苛烈な戦が続いた。室町幕府将軍・足利義昭も二度に渡り挙兵を行ったが、信長の巧みな朝廷への働きかけや巨大な軍事力を惜しげもなく導入した。
二条御所の戦い、槇島城の戦いと二度に渡り幕府軍を討ち果たし、織田軍は足利義昭の今日からの追放と室町幕府の滅亡を実現させた。
その間、俺は戦の最前線でひたすら己の槍で敵を切り刻んだ。戦が終わるころには身体中は傷の血と返り血が混じり甲冑から装束までが真っ赤に血染めになっていた。
傷に関しては再会以降、薬師として帯同している彩湖が治療してくれる。幸いにも治癒能力は高い方なのでかすり傷程度であれば薬を塗ったら、二・三日すれば簡単に治った。
しかし、俺は血に染まれば染まるほど、もっと敵を殺したいと思うようになっていた。宇佐山城の戦いで見た森可成たち兵の壮絶の死の姿を見たからだ。
人を供養する寺院が簡単に人を殺すという行為を俺は受け入れることが出来なかった。
一向一揆の鎮圧の際は多くの非戦闘員の門徒を惨殺した。しかし、その血の涙の無さも僧兵という憎むべき相手に組みしていることへの嫌気がそうさせていた。
そして、今回はその弔い合戦の山場を迎えていた。
織田軍は地道な戦と外交で敵対する浅井家をボディブローのように分断していった。
浅井・朝倉軍から寝返る者も出始め、要所である山本山城を攻略したことで浅井家を孤立させることに成功した。
織田軍は浅井を討つという名目で3万の軍を率いて進軍した。浅井を救うべく朝倉軍も2万の軍勢を率いて進軍した。
織田軍と浅井・朝倉連合軍は再び近江の地で相まみえることとなった。
戦前の軍議で朝倉方の砦への奇襲作戦が決定した。その先鋒部隊に俺は派遣されることになった。
勝家から預かった3000の兵の総大将として出陣の準備をしていた。
「また、あなたが一番手なのね?」
「彩湖殿か」
「前から気になり始めてたんだけど、あんたそんな怖い表情してた?」
「生まれつきこの目つきの悪い顔だよ。話はそれだけか?」
「心配なのよ。最近のあんた血染めになるまで無理して戦うから」
「犬死にすると思っているのか? くだらない」
そう言葉を吐き捨て、俺は奇襲作戦の実行に移った。
この日は近江一帯を暴風雨が襲った。しかし、織田軍は嵐の中の行軍は無いという朝倉軍の油断した隙をついて砦への奇襲攻撃を仕掛けた。
信長自らも出陣し、その切り込み役の任を負ったのが俺であった。
突然の奇襲に動揺した朝倉軍に俺は数名の兵を切り倒した。敵はあっけなく降伏した。見せしめに殺すことも出来たが、信長は守備兵を逃がすことを指示した。
しかし、これは信長が仕掛けた朝倉への罠であった。砦の陥落を知った朝倉義景は即時撤退を開始したからだ。
これこそが信長の狙いで全軍に敗走する朝倉軍の追撃を命じた。自らも出陣し、配送する敵を刀根坂にて背後をより急襲した。
信長の直轄軍に配備された俺はひたすら抵抗する敵を槍でなぎ倒し、時には3・4人をまとめて串刺しにした。敵の士気は低く、刀根坂における戦いで朝倉軍は武将・兵士含めて3000にも及ぶ戦死者を出した。
敵の総大将・朝倉義景は辛うじて所領の一乗谷に落ち延びたが朝倉軍に反撃する力は残されていなかった。
越前に侵攻した織田軍はしばしの休養の後に全武将が信長の下に集結した。そこで俺は勝家と後発の支援部隊の彩湖と合流した。
「義麗よ。大嶽砦での奇襲戦に刀根坂の追撃戦で信長様守り抜いたそうだな」
「別に親方様は守られていないさ。寧ろこちら側が相手を完膚無きまでに叩き潰したまでのこと、俺はその手伝いをしただけさ」
「じゃあ、その血は」
「ああ、ほとんど腰抜けの朝倉兵の返り血さ」
俺は笑って答えたが彩湖は怒った表情で顔についた血を布でごしごしと拭き取った。
「お、おい。あんたもう少し優しくやれよ」
「馬鹿」
彼女はその一言を残してその場を立ち去った。俺は普段のようにビンタやら手を出されるのではないかと思ったが、彼女は何もしなかった」
「ここ最近、彩湖殿は其方のことをしきりに気にしていた」
「何で俺を?」
「さあな。だが、お主は少し変わった。逞しい武将としてわしと出会った時より格段と強くなった。が、その反面で何かを失ったようにも思える」
「失ったんじゃねえよ。捨てたんだよ希望なんてものを……」
その直後、信長が本陣の現れた。全員が一斉に首を垂れる。
「朝倉に総攻めを賭ける。一乗谷を落とす」
『はっ』
「先方は勝家。その他が務めよ」
「承知」
勝家が高らかに声を上げる。そして信長は勝家の横にいる俺の下に近づいた。
「義麗よ。此度の武働き見事であった。この戦も期待しておる」
「有難きお言葉」
その言葉にやりがいを感じた俺は先鋒を務める勝家の軍勢の一番槍として一乗谷の市街地へ乗り込んだ。
城下に火を放ち、僅かとなった朝倉の兵を容易に打ち破り、朝倉の本拠地に侵攻した。
戦いは予想外の結末を迎えた。義景の首を狙った俺だが、義景は既に一門の朝倉景鏡に見切られ、自害に追い込まれ、自刃していた。
俺は、自分の手で首を挙げたかったからこそ悔しかった。
しかし、立ち止まっている暇はなかった。織田軍は戦後処理の部隊を残して、近江へと反転した。
浅井長政との3年に渡る戦いに終止符を打つべく小谷城を囲んだ。この時の俺は長政への情は既に捨てていた。
なぜなら戦国時代における友情・温情は大切な物を失った時の反動が大きいことに気付いたからだ。
宇佐山城の戦いで命を落とした森可成が自身の腕で息を引き取った衝動が俺の頭にずっと残り続けている。救えなかった悔しさと命の尊さ、守るためには心を鬼にする必要があると自覚した。
総攻めを控えた織田軍は戦に備えてそれぞれ支度を始めた。この戦いの先鋒は木下藤吉郎が指名された。
柴田軍を含む、織田配下の武将は後詰として準備する。
「おう。戦の鬼が怖い顔して槍を磨いておるわ」
その時、俺に声を掛けてきたのは先鋒を命じられた藤吉郎であった。
「藤吉郎殿」
「久しぶりじゃの。その他の戦での活躍は聞いておる。この戦で100を超える敵を討ち取ったとな」
「戦う気の無い弱者を叩いただけで誇れるものではありませぬ」
「流石、鬼人の又左と評される男の言葉じゃ」
「鬼人の又左?」
驚く俺の顔を見て、藤吉郎は思わず噴き出した。
「そんなに驚くことじゃないじゃろ? そんな怖い顔で槍振り回して敵を倒してたら、誰だって怖いやろ」
怖い顔という言葉に俺は引っかかった。しかし、最近の俺は心から笑ったことがあったかを思い起こしていた。
その時、藤吉郎は落ち着いた物腰で話し出した。
「そんなお主のことを可愛い女子が心配しておったぞ」
「女子」
「彩湖殿じゃ、悲しそうな顔をしてる彼女が可哀そうでわしが慰めようとしたら、話してくれたんじゃ」
「何を?」
「黒生殿は人を守るために強くなられた。だが、その反面で一時の心温まる優しさを失われたのではないかとな」
「それであいつ怒ってたのか?」
俺がボソッと喋ると藤吉郎は滑ったギャグを聞いたかのようにずっこけた。
「お前は本当に女心という物が分からん奴じゃのう。彩湖殿はお主の優しい心に惚れたんじゃ」
「俺に惚れた」
「そんな奴が平気で人を殺せる男になったら、どう思う?」
「辛い」
「あんな可愛い女子を悲しませたらアカン」
藤吉郎は肩に手を当てると力強い口調で語った。
「まだ、遅くはない。戦が終わったらしっかり話すんじゃぞ」
そう言い残すと藤吉郎は戦へと出て行った。
織田軍と浅井軍の最期の直接対決、小谷城の戦いが開戦した。
堅牢の断崖の上に聳える小谷城を先鋒の藤吉郎は長政がいる本丸とその父・久政が籠る困るを結ぶ重要な連絡路である京極丸を断崖をよじ登り急襲し、落とした。
戦力を分散された浅井軍は正面と裏から挟撃を受ける形になり、数日で小丸を守る久政を自害に追い込んだ。
しかし、木下藤吉郎はすぐに本丸を攻め落とさずに長政に対して休戦調停を持ち掛けた。
その行為に俺は心から疑問を抱いた。戦後、すぐに俺は藤吉郎の陣を訪れた。
「木下殿、せっかく困るを落としたのに何故、本丸をすぐには攻めぬのです」
「其方は長政殿の妻が誰か忘れたのか? お市の方様とその姫君が3人おる。それ故じゃ」
「お市様は覚悟を決められたと親方様が言っておられました」
「そうじゃったの」
「敵は一人残さず殲滅せよとの命ですぞ」
「分かっておる。これはわしの判断じゃ、わしは好きなお方を手に掛けたくはない」
その言葉に俺は言葉を失った。彼がお市様を好きだということと彼女を助けたいということに対して何を言っているのかすぐに理解を出来なかった。
「木下殿は、お市様を守る為に浅井を許すと?」
「そうじゃ」
「親方様、信長様がお許しになると思いますか?」
「許してもらうまで懇願する。代わりに命を絶てと言われたら、腹を切るまでよ」
「何故、そこまで」
「わしはな、お市様を手に入れたい訳ではない。当然、この戦いで長政殿を責める者として嫌われるのも承知の上じゃ」
「では、何故」
「それは、其方が一番分かっておるのではないか?」
「俺が?」
「其方が彩湖殿に最初に伝えているはずじゃ」
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