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第五章
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「結局、出雲先生に見捨てられたということか」
精神世界『海街』探検から二週間が経過した。ダイゴは電話、メール、SNSと様々な手段で連絡を取ろうとしたが、デスティニーの消息は杳として知れない。絶対安静期間終了後、国立湾岸精神医療センターに連絡した時には既に退院していた。
(もう一度、病院に行ってみよう。何かわかるかもしれない)
ドント・ギブアップ、ダイゴはタクシーに飛び乗った。
「イラッシャイマセ。ベイサイドタクシーヲ ゴリヨウイタダキ」
「国立湾岸精神医療センター、大至急!」
「アリガトウゴザイマス」
後部座席に滑り込むと、エレナと過ごした嵐の一夜がフラッシュバックした。
ベイサイド・タクシーはきっちり十五分で病院に到着した。
ダイゴは総合案内に駆け込んだ。慌ててロビーの外来患者にぶつかりそうになった。
「すみません」
「お客様、順番にお伺いしますので、列に並んでお待ちください」
ダイゴの前には二人先客がいた。ダイゴはしぶしぶ列の最後尾に並んだ。
「この病院で治療を受けていた海街さんがどうなったのか知りたいのです」
「少々お待ちください」
受付の女性はパソコンに向かい、慣れた手つきでキーボードを叩いた。
「海街デスティニーさん、十月二十四日に退院されていますね」
「住所わかりませんか?」
「申し訳ありませんが、それはお教えできません」
薬師丸医師は、休めば疲労は回復すると話していた。だが肝心の解離性同一症についてはどうなったのか、成り行きが不明だ。
ダイゴは通りがかりの看護婦をつかまえて問い詰めた。
「看護師の知念マリアさんはいませんか?」
「この病院に看護師は何人もいます。私にはわかりません」
「大事なことなんです。調べてくださいよ」
「だから知らないって、いってるでしょう」
「とても重要なことなんです。お願いします」
「離してください」
ナースセンターに掛け合ったが、結果は同じだった。担当の薬師丸医師は病院を辞めて行方がわからない。研究室に戻れば緊急連絡先のリストがあるかもしれない、そこに薬師丸医師の私用スマホの番号が載っている可能性がある。
ダイゴはタクシー乗り場に向かった。そこに、ちょうどよいタイミングで実車が到着、自動ドアが開いた。
「すみません、ここで降りますか? 僕乗ります」
ダイゴは支払をする乗客の顔を見て、はっとした。
「いや、やっぱりやめます」
ドアを閉められないように、フレームを強く握りしめた。
「知念さん、なんてラッキーなんだ。探していたんですよ」
タクシーを降りてきたのは、デスティニーの妹、知念マリア、その人だった。
「わたし、忙しいの、どいてください」
「デスティニーさんのことなんです」
「知らないわ」
知念マリアはダイゴの腕をすり抜け、早足で通用口に向かった。ダイゴは千載一遇のチャンスを逃すものかと、知念の行く手を阻んだ。
「ちょっとあなた、どういうつもり」
「知念さん、この通りです。デスティニーの居場所を教えてください」
ダイゴは深く頭を下げた。膝に頭がつきそうになるほど腰を曲げた。
「お願いします。どうしてもデスティニーに会いたいんです。中途半端で別れたままで、彼女のことがとっても心配なんです」
待ち伏せまでするなんて、この人本気なんだな、必死に懇願するダイゴを見て、知念の気持ちが動いた。
「わかったから頭を上げて。後で話をしましょう。夕方まで待てる?」
「もちろんです」
「今は派遣看護師なのよ。湾岸医療センターにはヘルプで来たの。午後六時に正面入口待ち合わせでいい?」
時計を見ると時刻は午後十二時二十分だった。
「わかりました。十八時に入口ですね」
研究室に戻ることもできたが、閉塞感のあるラボより、海風に吹かれてリフレッシュしたかった。ダイゴは病院を出て海風大通りに向かった。
海に向かって歩いてゆくと、デスティニーとの懐かしい思い出が鮮明に甦った。
別人格エレナのわがままで海沿いに回り道をしたこと、タクシーが走行不能になり、暴風雨の中に放り出されたこと、デスティニーと体を寄せ合って風雨をしのいだこと、二人で朝焼けの道を歩いたこと。
病気を治すため仮想空間WYSに入ったこと、六人の別人格と議論したこと、県立動物公園でデートしたこと、誘拐事件に巻き込まれそうになったこと、デスティニーの精神世界「海街」を探検したこと。リバティを巡って別人格ジュラと対峙したこと。
ダイゴは髪の毛を掻きむしった。胸の中がもやもやして、切ない気持ちが止まらない。
海岸手前の歩道にあずまやが建てられていた。昼の日差しはまぶしい。ダイゴは吹きさらしのベンチに座り、リュックから愛用のノートパソコンを取り出した。
「海街デスティニー」
検索の結果、デスティニーの輝かしい経歴が表示された。
海街デスティニー 教授 学位(博士)
二〇二五年 東京大学理学部 地球惑星環境学科卒業。
二〇二七年 同大学 環境学科修士課程修了。
二〇二九年 米国マザチューセッツ工科大学にて博士課程修了(専攻 気候科学)
二〇二九年 東京先端大学 環境工学部 教授。
「ぴっかぴかのアカデミック・キャリアじゃないか、しかも、二年で博士課程修了? 悔しいけど、とても太刀打ちできない」
精神世界『海街』探検から二週間が経過した。ダイゴは電話、メール、SNSと様々な手段で連絡を取ろうとしたが、デスティニーの消息は杳として知れない。絶対安静期間終了後、国立湾岸精神医療センターに連絡した時には既に退院していた。
(もう一度、病院に行ってみよう。何かわかるかもしれない)
ドント・ギブアップ、ダイゴはタクシーに飛び乗った。
「イラッシャイマセ。ベイサイドタクシーヲ ゴリヨウイタダキ」
「国立湾岸精神医療センター、大至急!」
「アリガトウゴザイマス」
後部座席に滑り込むと、エレナと過ごした嵐の一夜がフラッシュバックした。
ベイサイド・タクシーはきっちり十五分で病院に到着した。
ダイゴは総合案内に駆け込んだ。慌ててロビーの外来患者にぶつかりそうになった。
「すみません」
「お客様、順番にお伺いしますので、列に並んでお待ちください」
ダイゴの前には二人先客がいた。ダイゴはしぶしぶ列の最後尾に並んだ。
「この病院で治療を受けていた海街さんがどうなったのか知りたいのです」
「少々お待ちください」
受付の女性はパソコンに向かい、慣れた手つきでキーボードを叩いた。
「海街デスティニーさん、十月二十四日に退院されていますね」
「住所わかりませんか?」
「申し訳ありませんが、それはお教えできません」
薬師丸医師は、休めば疲労は回復すると話していた。だが肝心の解離性同一症についてはどうなったのか、成り行きが不明だ。
ダイゴは通りがかりの看護婦をつかまえて問い詰めた。
「看護師の知念マリアさんはいませんか?」
「この病院に看護師は何人もいます。私にはわかりません」
「大事なことなんです。調べてくださいよ」
「だから知らないって、いってるでしょう」
「とても重要なことなんです。お願いします」
「離してください」
ナースセンターに掛け合ったが、結果は同じだった。担当の薬師丸医師は病院を辞めて行方がわからない。研究室に戻れば緊急連絡先のリストがあるかもしれない、そこに薬師丸医師の私用スマホの番号が載っている可能性がある。
ダイゴはタクシー乗り場に向かった。そこに、ちょうどよいタイミングで実車が到着、自動ドアが開いた。
「すみません、ここで降りますか? 僕乗ります」
ダイゴは支払をする乗客の顔を見て、はっとした。
「いや、やっぱりやめます」
ドアを閉められないように、フレームを強く握りしめた。
「知念さん、なんてラッキーなんだ。探していたんですよ」
タクシーを降りてきたのは、デスティニーの妹、知念マリア、その人だった。
「わたし、忙しいの、どいてください」
「デスティニーさんのことなんです」
「知らないわ」
知念マリアはダイゴの腕をすり抜け、早足で通用口に向かった。ダイゴは千載一遇のチャンスを逃すものかと、知念の行く手を阻んだ。
「ちょっとあなた、どういうつもり」
「知念さん、この通りです。デスティニーの居場所を教えてください」
ダイゴは深く頭を下げた。膝に頭がつきそうになるほど腰を曲げた。
「お願いします。どうしてもデスティニーに会いたいんです。中途半端で別れたままで、彼女のことがとっても心配なんです」
待ち伏せまでするなんて、この人本気なんだな、必死に懇願するダイゴを見て、知念の気持ちが動いた。
「わかったから頭を上げて。後で話をしましょう。夕方まで待てる?」
「もちろんです」
「今は派遣看護師なのよ。湾岸医療センターにはヘルプで来たの。午後六時に正面入口待ち合わせでいい?」
時計を見ると時刻は午後十二時二十分だった。
「わかりました。十八時に入口ですね」
研究室に戻ることもできたが、閉塞感のあるラボより、海風に吹かれてリフレッシュしたかった。ダイゴは病院を出て海風大通りに向かった。
海に向かって歩いてゆくと、デスティニーとの懐かしい思い出が鮮明に甦った。
別人格エレナのわがままで海沿いに回り道をしたこと、タクシーが走行不能になり、暴風雨の中に放り出されたこと、デスティニーと体を寄せ合って風雨をしのいだこと、二人で朝焼けの道を歩いたこと。
病気を治すため仮想空間WYSに入ったこと、六人の別人格と議論したこと、県立動物公園でデートしたこと、誘拐事件に巻き込まれそうになったこと、デスティニーの精神世界「海街」を探検したこと。リバティを巡って別人格ジュラと対峙したこと。
ダイゴは髪の毛を掻きむしった。胸の中がもやもやして、切ない気持ちが止まらない。
海岸手前の歩道にあずまやが建てられていた。昼の日差しはまぶしい。ダイゴは吹きさらしのベンチに座り、リュックから愛用のノートパソコンを取り出した。
「海街デスティニー」
検索の結果、デスティニーの輝かしい経歴が表示された。
海街デスティニー 教授 学位(博士)
二〇二五年 東京大学理学部 地球惑星環境学科卒業。
二〇二七年 同大学 環境学科修士課程修了。
二〇二九年 米国マザチューセッツ工科大学にて博士課程修了(専攻 気候科学)
二〇二九年 東京先端大学 環境工学部 教授。
「ぴっかぴかのアカデミック・キャリアじゃないか、しかも、二年で博士課程修了? 悔しいけど、とても太刀打ちできない」
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