【オリジナルBL】鳥のように(ノンケ箏職人×陽キャゲイ)

ラセル

文字の大きさ
4 / 7

第3話『二人の時間』

しおりを挟む
 3-1


 誰かが名前を呼んでいる。風が吹けば消えてしまいそうなほど小さな声だったが、飛鳥の耳はそれを捉えて、ゆっくりと目を覚ました。
 カーテンの隙間から入り込む陽の光に照らされたそこは、いつもの大空の部屋だった。しんと静まり返った部屋の中心で、飛鳥はベッドの上で無防備な寝顔を晒す大空ひろたかを見下ろしていた。

「……ってなんじゃこりゃ!?」

 見下ろしていた、というのは、単に起き上がって眺めていたというわけじゃない。飛鳥の身体はベッドを離れ、天井近くまで浮き上がって、そこから大空を見下ろしていたのである。
 我が身に起きた突然の異常に混乱しながら、飛鳥はもがくように手足を動かして、大空の元へ下りる。なんとかベッドに戻ることはできたものの、今度は大空を揺すり起こそうと伸ばした手が、その体をすり抜けてしまった。

「おい、ひろ! 起きろ!」

 仕方なく大きな声で彼を呼ぶけれど、これなら確実に起きるだろうというボリュームで呼びかけても、大空はその規則正しい寝息を乱すことすらしなかった。

「まさか俺の声が聞こえなくなったのか……?」

 他の誰ともコミュニケーションをとれなくても、大空とだけは生きているときのように話をしたり、触れ合ったりすることができていた。そしてそれはきっと、大空だけが特別なのであって、世界中を探し回っても同じ人間には出逢えないのだと確信していた。そんな唯一無二とも言える存在からも、ついに飛鳥は認知されなくなったのだ。

(大にも見えないんじゃ俺、どうすりゃいいんだよっ。箏だってまだできてねえのに、どうすればっ……)

 突然こんなことになるなんて予想もしていなかったから、当然心の準備なんてものはできてなかったし、やり残したこともある。どうして今このタイミングなんだと、誰とも知らず文句を言いながら、飛鳥はベッドを離れて目的もなく部屋を出た。
 静かなリビングに出た瞬間に、ちょうど正面にあった姿見に何かが映った気がした。飛鳥の姿は映し出されないはずだが、もう一度目を向けた鏡には、やはり人の形をした何かが映っている。
 飛鳥はおそるおそる姿見に近づいた。すると鏡に映ったそれも徐々に大きくなっていき、真ん前まで来れば、その全容がよくわかるようになる。
 背丈や体格は、飛鳥とほとんど同じだった。いや、まったくそのままを映していると言ってもいい。けれど飛鳥の形をしたそれには、黒以外の色が見られなかった。顔もまるで穴が開いているかのように真っ黒で、その不気味な様相に飛鳥は思わず身体を震わせる。

「なんなんだよこれっ」

 このおぞましい姿はなんなのだろう? 今の自分はこんな姿かたちをしているとでもいうのだろうか? これじゃまるで――

(まるで悪霊じゃねえか……)

 幽霊なんて可愛いものじゃない。これじゃまるで呪いや悪霊そのものだ。本当に自分はこんなおぞましいものになってしまったというのだろうか?

「――もうすぐだ」

 姿見の中から声が聞こえた。飛鳥の声によく似たそれが、鏡の向こうから呼びかけてくる。

「もうすぐお前もこうなるんだ」

 黒い影が、ゆっくりとした動作で飛鳥を指差した。その瞬間に、まるで深い穴にでも放り出されたみたいに、飛鳥の体は暗闇をかなりのスピードで落下し始める。ものすごい風圧と重力に意識を手放しそうになるが、このまま気を失えばもう二度と目覚められない気がして、ぎりぎりのところで持ち堪えていた。
 そして――背中が柔らかいクッションのようなものにぶつかったかと思うと、曖昧だった意識が急速に覚醒する。
 気がつけばベッドの上に横になっていた。隣ではいつもと同じように、大空がだらしない寝顔を曝け出しており、小さないびきが部屋の中に響き渡っている。
 触れられなかったらどうしよう。そんな不安を抱きながら、飛鳥はおそるおそる大空に手を伸ばした。
 指先に、硬い筋肉の感触がした。同時に人肌の温もりがじんわりと沁み込んできて、大きな安堵が飛鳥の胸に広がる。
 飛鳥はそのまま、大空の丸まった背中に抱きついた。弟が生まれてからこの方、親にも甘えるということをしなくなった飛鳥だったが、今は大空に――頼りないけど、それでも今の飛鳥に唯一安心を与えてくれる男に、少しだけ甘えていたかった。
 額を押し付ければ、熱いくらいの体温が流れ込んでくる。慣れ親しんだ大空独特の匂いもした。まるで母親に甘える子どものように必死にしがみついたまま、飛鳥は泣きたいくらいの安堵と喜びで胸を溢れさせていた。



 大空の次の休みの日、飛鳥たちは先日と同じように午前から美濃羽製作所を訪れ、作業の続きに取りかかった。
 まずは甲焼き――熱したこてを木の表面に押し当て、焼き色を付けていく作業から始める。これも鷹に手本を見せてもらったが、それでも自信がないと大空が言うので仕方なく飛鳥が彼の背中に回り、鏝を持った彼の両腕を掴んで動かすという方法を取った。

「やだ、あっちゃんに抱きつかれてるみたい♡」
「集中しろや!」

 少しやりにくかったが焼き斑もなく綺麗に仕上げることができ、粗熱を取るためにしばらく本体は放置する。その間に加飾に使われる部品を作るのだが、細かい技術が要求されるその作業も大空は難なくこなしていた。本当に箏を作るのが初めてなのかと疑いたくなるほどの腕前だ。

「――大空くんは本当に器用だな~」

 昼の休憩の最中、弁当を突きながら鷹がそう褒めた。

「飛鳥も器用ですぐに一人でできるようになってたけど、それ以上に飲み込みが早い気がするよ」
「マジっすか!? 嬉しいな~」

 自分よりも大空のほうが優れていると言われるのは少し悔しかったが、それを認めざるを得ないほどの器用さを持ち合わせているのは事実なので、仕方がない。

「お前いっそ俺の代わりにここに転職したほうがいいんじゃね?」
「――と、あっちゃんが言っております」

 飛鳥の言葉を大空が伝えると、鷹は笑った。

「俺としても大空くんが一緒に働いてくれたら助かるな~。こんなに最初からできる人なかなかいないからね」
「マジっすか!? 本気にしちゃいますよ?」

 元々飛鳥のポジションだった場所を奪われるのは悔しいが、それでも鷹には助けが必要だ。そしてその助けになる人間を選べるなら、どこかの知らない他人より信頼のおける大空のほうがよかった。

「そういえば、鷹さんの弟子ってあっちゃん一人だけなんですか?」
「そうだよ。元々は俺と俺のじいちゃんでやってたんだけど、じいちゃんが死んじゃって手が足りなくなったから、求人を出したんだ。そこに飛鳥が応募してきたって感じだよ」

 鷹が職人の募集をかけたとき、飛鳥はすでに近くの釣り具の製作所から内定をもらっていた。けれど美濃羽製作所の求人広告を見かけるとそちらに対する興味と気持ちが一気に膨らみ、すでにもらっていた内定を蹴ってここの就職試験を受けることに決めたのである。

「飛鳥以外にも四人ほど応募してきてくれたっけな~。面接と簡単な実技試験を受けさせて、一番できのよかった飛鳥を採用したんだよ」

 実技試験の課題は、木材を使って賽銭箱のようなものを作ることだった。鷹の言ったとおり、確かに試験を受けた人間の中では飛鳥が一番できがよかったと自分でも思っている。

「でもまさか、昔片想いしてた人の息子さんだとは思わなかったな~」
「あ、そういえばそんなこと言ってたっすね。あっちゃんのお父さんってやっぱカッコよかったんすか?」
「うん、カッコよかったよ。箏を弾いてるときのピシッと伸びた背中とか、真剣な目とか、すごくカッコよくて好きだったな~」

 確かに父親の箏を弾く姿は格好よかったなと、飛鳥も昔のことを思い出す。飛鳥に初めて箏を教えてくれたのも父親だった。

「あ、ごめん。ゲイの恋バナなんか聞いても大空くんは気分悪いだけだよね……」
「えっ、全然そんなことないっすけど。つーか俺もゲイだって言ってませんでしたっけ?」
「そうなのか!? 今初めて聞いたよ……」
「あっれ、そうだったっけな~……」

 そういえばこの場でゲイじゃないのは飛鳥だけだ。どうして自分の周りにはゲイが多いのだろうと時々不思議に思うけれど、それを不快に感じたことは一度もない。

「あっちゃんってお父さんに似てるんすか?」
「う~ん……一目見て親子ってわかるほどじゃないけど、雰囲気は結構近いものがあるかな。二人とも硬派で男臭い感じだし」
「確かにあっちゃん男臭いな~。まあそこが魅力的なんだけどね♡」
「褒められてるはずなのにあまり嬉しくないのはなぜなのか……」

 大空はいちいち飛鳥を持ち上げてくれるし、鷹もそれに同調しているが、飛鳥自身は二人が口にする魅力にイマイチピンと来なかった。

「鷹さんは今お付き合いしてる人とかいないんすか?」
「今はいないよ。ちょっと前……と言っても二年くらい前だけど、いたこともあったんだけどね。他に好きな人ができたからってフラれちゃった」
「うわ、辛いっすね……」

 その相手を飛鳥は何度か見たことがある。なかなかのハンサムだったが、遊び人を思わせるような軽薄な雰囲気の男だった。

「うん、まあちょっと性格合わないなって感じ始めてたからどっちみち長くは続かなかったと思うよ。そういう大空くんはどうなんだい?」
「俺も今はいないっすねー。特に欲しくもないかなー」
「若いうちはいっぱい遊んでおくのがいいよ。歳とったらやっぱり需要なくなっちゃうし、落ち着いてからもっと遊んでおけばよかったって後悔することもあったから」
「鷹さんは今でも需要ありそうっすけどね。めっちゃカッコよくて俺もたまに見惚れちゃってますから」

 確かに大空は時々じっと鷹のことを見ていることがある。

「ありがとう。こんな若い子から言われるとなんか照れるな~」
「あ、でもあんまり鷹さんのこと褒めるとあっちゃんがヤキモチ妬いちゃって大変なんっすよ」
「そうなのか? 飛鳥も可愛いところあるんだな~」
「誰もヤキモチなんか妬いてねえよ!」

 飛鳥の抗議はさらっと無視され、二人はしばし恋愛話に花を咲かせていた。


 3-2


 部品の準備が整う頃には甲焼きした本体の熱もすっかり冷めていたので、綺麗な木目を出すために表面を磨いていく。それが終わると部品を取付けるための溝を彫り、龍角、雲角それぞれの甲以外の部品を取付けて今日の作業は終了だ。

「あっちゃん、今から映画観に行かね?」

 車に乗り込むと、大空がそう言い出した。

「唐突だな」
「まだ今日は時間あるし、映画ならあっちゃんも一緒に楽しめるかなって思って。あっちゃんはどういう映画が好き?」
「俺はアクションとかSFが好きだ。逆に小難しいミステリーとか邦画はあんま好きじゃねえ」
「俺も同じような感じだよ。今どういうのやってるか調べるからちょい待って」

 飛鳥とは対照的に、弟の翼は邦画の現実的なストーリーが好きだった。だからどれだけ飛鳥がブラコンでもあまり一緒に映画を観に行ったことはない。

「あ、これなんかどう?」

 大空の差し出したスマホを覗くと、最近CMで観たアクション映画が表示されている。

「これか。ちょっと気になってはいたんだよな」
「マジ? 俺ら結構気が合うんじゃね?」

 観る映画が決まったところで大空が車を発進させ、一番近い映画館へと移動する。
 平日なだけあって映画館は人が少ないようだった。それでも万が一飛鳥の席に他人が座るようなことがあってはならないからと、大空は飛鳥の分の席も取ってくれる。
 映画は期待していた以上におもしろかった。中盤の少し展開が落ち着いたときになって、ふと肘掛けに置かれた大空の手が飛鳥の目に入る。暗がりでも少し荒れているのが見て取れた。出逢ったばかりの頃はもっと綺麗だった覚えがあるから、きっと箏作りに携わっているせいでそうなったのだろう。
 なんとなく、その手に触れたいと思った。飛鳥のために頑張ってくれている大空を労ってやりたい。それだけが飛鳥の気持ちのすべてじゃなかったけれど、いずれにしても躊躇う理由はなく、飛鳥は大空の手の下に自分の手を差し入れ、荒れて少しガサガサしたそれをそっと握った。すると大空がひどく驚いたような顔でこちらを仰ぎ見てきたが、無視して視線をスクリーンに戻す。
 やがて大空も飛鳥の手を優しく握り返してきた。こうして手を繋ぐことに不快感は一切なくて、相変わらず熱いくらいの大空の体温を感じ取って、安心感すら覚えている。
 繋がれた手は、映画が終わって場内が明転するまで離れることはなかった。



 広い部屋の手前にはソファーとローテーブル、それに五十インチくらいの大きなテレビ、その奥には丸型の大きなベッドが鎮座している。それだけならちょっといいビジネスホテルと変わりないが、ピンク色の派手な壁紙や赤色のカーテンが、そうでないことを如実に示している。
 そう、ここはラブホテルだ。決して行ったことがないわけじゃないが、回数はほんの数回だけだし、それももう一年以上前の話だから、飛鳥は物珍しさを覚えて部屋中を見て回っていた。
 こうして大空と二人でラブホテルに来たのは、何もそういうことをするのが目的というわけじゃない。明日は二人で水族館に行こうという話になり、水族館とは逆方向にある大空の部屋まで帰るとなると結構な時間のロスになってしまうことから、この辺りに一泊することに決めたのである。
 ビジネスホテルじゃなくてラブホテルにしたのは、単にこちらのほうが安く済むからだ。大空はどうだが知らないが、少なくともその案に合意した飛鳥のほうに他意はない。

「はあ~、さっぱりした~」

 バスルームから出てきた大空は、タオルを腰に巻いただけの姿だった。

「あっちゃんも一緒に入れたらよかったのにな~」
「お湯に触れることができたとしてもお前と一緒には入りたくねえよ」
「またまた~。映画館じゃあっちゃんのほうから手繋いできたくせに」
「やかましい」

 あれは頑張っている大空へのご褒美だ――と自分に言い聞かせているけれど、それだけが理由のすべてじゃなかったことは否定できない。そういう自分の心の変化に自分で戸惑いながらも、それが決して悪いことじゃないというのは飛鳥自身も何となくわかっている。

「やることねえからあっちゃんも一緒にベッド行かね? あっちにもテレビあるし」
「一部屋にテレビ二台とか贅沢だな……」

 飛鳥も横になってだらけていたい気分だったから、大空の誘いに乗ってベッドに上がった。

「いつもみたいに服脱げよ。裸の付き合いしようぜ?」
「大が言うと何か生々しいな……」

 別に脱ぐこと自体は嫌じゃないし、どうせくっつかれるなら直に大空の肌の感触と体温を感じたくて、いつも寝るときみたいにパンツ一枚になる。もう一度横になれば待ってましたと言わんばかりの嬉しそうな顔で大空は飛鳥の身体にぴたりと身を寄せてきた。

「こうやってくっついてると、本当にあっちゃんが生きてるみたいに感じるよ」

 静かな声で大空がそう呟いた。

「不思議だな~。これで死んでるなんて信じられねえ」
「俺も大と二人でいると、自分が死んでること忘れそうになる」

 こうして触れ合うこともできれば、会話だって普通にできる。大空相手なら飛鳥は生きているときとほとんど同じように過ごすことができていた。

「仕事の時間以外ずっと一緒にいたからかもしんねえけど、何か俺あっちゃんとはもう何年も付き合ってきた恋人みたいな感覚してるよ」
「恋人って言うんじゃねえ。せめて友達に留めとけよ」

 確かに飛鳥も同じような感覚がしている。きっと今はもう大空に関して知らないことはほとんどない。

「恋人でいいじゃん。毎日一緒のベッドでくっついて寝てるし、あっちゃんのチンポもしゃぶったことだし」
「お前が俺の許可も取らずに一方的にな。あんなの下手すりゃ強姦だろ」
「え~、あっちゃんもめっちゃ感じてたじゃん。思い出したら何かムラムラしてきた。なあ、あっちゃんのチンポまたしゃぶらせて?」

 そう言いながら大空は飛鳥の性器を下着の上から触ってくる。

「何触ってんだよっ」
「俺のフェラ気持ちよかっただろ? 今度もすげえ気持ちよくしてやるから、しゃぶらせて?」

 態勢的に不利だった飛鳥はあっという間に下着を脱がされ、その中に納まっていた性器を晒された。そこまでいくと抵抗する気力も一気になくなり、興奮した様子の大空に身体を明け渡す。

「もう好きにしろよ……」
「やったね! じゃあさっそくいただきまーす!」

 大空の舌先が先端に触れ、途端に覚えのある快感が湧き上がってくる。あっという間に硬く大きくなり、自分の反応のよさに自分で呆れていると口の中に飲み込まれた。温かい粘膜が飛鳥をギュッと締め付け、まるで早く精のすべてを寄こせとでも言っているかのように追い立ててくる。
 飛鳥を咥え込んだ大空の顔は、いつも見ている好青年然としたそれと違い、どこか色気のようなものを漂わせているように感じた。この間はそこまでじっくり観察する余裕なんてなかったから、大空でもそんな顔をするんだと初めて知る。

「美味そうにしゃぶるんだな……」

 素直な感想を口にすると、大空が上目に飛鳥を見上げる。トロンとした目と目が合った瞬間に、動いてないはずの心臓がドキッと鼓動を速めたような気がした。

「あっちゃんのだから美味いに決まってるじゃん」
「どういう理屈だよ……」

 その後も大空は健気さを感じるほど一心に愛撫してくれる。披露されるテクニックは男がどうすれば悦ぶか熟知した人間のそれだ。きっと飛鳥なんかよりも余程経験を積んできたのだろう。

「あっちゃん、今日は兜合わせして俺もイっていい?」

 俄かに絶頂の兆しを感じ始めたところで、大空が咥えたモノを放してそう言い出した。

「兜合わせ……ってなんだ?」
「お互いのチンポ重ね合わせて扱くやつ。今日は俺もイきたい」

 切羽詰まったような顔で言われては、飛鳥も諾々と従うしかない。わかった、と頷いてやると、大空は一度ベッドを降りて自分のバッグから透明の液体が入ったボトルを取り出した。腰に巻いたタオルをはずしてその辺に放り投げ、再びベッドに上がってくる。
 大空の性器も飛鳥のものと同様に、怒張して逞しくなっている。飛鳥のを咥えながら大空も興奮していたのかと思うと、いい意味で何か胸に来るようなものがあった。
 大空は飛鳥の股間の上に馬乗りになると、自らの性器を飛鳥のそれに重ね合わせ、そこに持ってきたボトルから透明な液体を垂れさせた。それを掌で互いの性器に塗り広げると、両手で一緒くたに握って上下に扱き始める。

「あっ……やばっ、すげえ気持ちいいっ」

 大空の手と性器が擦れて飛鳥も気持ちよくなる。触れ合った大空のそれは彼の身体のどこよりも熱く、その体温すら快感を生んで飛鳥を追い詰めた。

「あっちゃんは、どう……? 気持ちいい?」
「ああっ……すげえいいっ」

 態勢的にまるで大空を騎乗位で犯しているみたいだ。気持ちよさそうに時々喘ぐ声といやらしい表情に、余計にそんな感覚に陥ってしまいそうになる。
 大空の割れた腹筋が喘ぐ声に合わせて動いていた。その様子にすら興奮しながら目を更に上に向けると、触ってもいないのに乳首がツンと硬くなっている。それなりに遊んでいるはずなのに、色は綺麗な桃色だ。少し上体を起こして両方のそれを触ってやれば、大袈裟なくらいびくりと反応を示した。

「あっちゃん駄目っ……俺乳首弱いから弄られたらすぐイっちゃうっ」
「俺ももう持ちそうにねえからイけよ」

 喘ぐ声が更に艶を増し、意外なほど腰に来るそれに飛鳥はもう堪えられそうになかった。

「大っ……イクぞっ」
「あっ、俺もイクっ、あっちゃんっ」

 ギュッと強く乳首をつねった瞬間、大空の性器から白濁が勢いよく迸る。その直後に飛鳥も限界を迎え、全身が震えるような快感に襲われながら精を放った。どちらのものかわからないそれが飛鳥の首まで飛んできて、ベッドに垂れそうになるのを慌てて手で受け止める。
 ゆっくりと倒れ込んできた大空を、飛鳥は反射的に抱き締めていた。荒い呼吸が耳元でしている。それが落ち着くのをじっと待ってやった。

「風呂行かねえと……」
「うん。でももうちょっとだけ、このまま」
「……しゃーねえな」

 興奮していた気持ちが落ち着いてくると、男同士でいったい何をしているのだろうと呆れたような気持ちになってくる。だけど決して嫌じゃなかった。性器が触れ合うのも、大空の乳首に触れることも、何一つ不快なものなんてなかったと改めて気づかされる。きっと大空が相手ならこの先に進むことだって自分はできてしまうのだろう。おぼろげにそんなことを考えながら、飛鳥は大空のツンツンした髪の毛をぐしゃぐしゃに撫で回した。


 3-3


 水族館を周遊し、イルカのショーを見終えたところでその日は帰宅することにした。まだ遊び足りない気がしないでもなかったが、大空は夜仕事に出ないといけないようだし、帰ってゆっくりさせるべきだろう。

「あ、大。ちょっと寄ってほしいとこあるんだけど、いいか? 帰り道の近くだし、そんなに時間は取らせねえから」
「オッケーだよ」

 大空が車を発進させ、国道を北上していた途中で山へと続く道に入ってもらう。七、八分ほどで少し開けた場所に出て、そこで車を停めてもらった。
 車を降りると木々や草の匂いがした。死ぬ直前に見た景色と何一つ変わらないそれが辺りに広がっている。

「ここってもしかして……」
「ああ。俺が死んだ場所。自分の目でもう一回見ておきたかったんだ」

 自分の死んだ場所を見るのは少し恐いような気もしたけれど、現実をちゃんと目で見て確認しておきたかった。少し奥に進むと山道の右手は少し険しい斜面になり、そのうちの一カ所に何かが滑り落ちたような跡を見つける。その跡を辿っていくと下のほうで大きな岩が待ち構えており、あそこで自分は死んだのだとすぐに理解した。

「血とかは残ってねえんだな。自然に消えたのか、誰かが綺麗にしたのか……」
「残ってたら何か嫌だよ、俺……」

 飛鳥が伐ろうとしていた木は最後に見たときのまま、斜面の中腹よりやや上の辺りに聳え立っている。年季の入った立派な桐の木だ。あれならきっといい箏が作れていただろう。

「もしもあっちゃんが死んでなかったら、俺ら出逢えなかったんかな?」

 少し後ろに立っていた大空が寂しげな声でそう訊いてくる。

「かもな。仮に出逢えたとしても、ここまで親しくなることはなかったんじゃねえの? 一緒に暮らすとか絶対なかったと思う」
「何か複雑だね。生きてたら出逢えなかったかもしれなくて、死んだら出逢えたは出逢えたけど、普通の付き合いできなくて……。まあでも今、あっちゃんと一緒に暮らすの普通に楽しいけどな」
「……俺も大と一緒にいると退屈しない」

 自分を拾ってくれた相手が大空でよかったと、何度思っただろうか。大空じゃなければきっとこんなに楽しく生活できなかっただろうし、弟のために箏を作るという夢も叶えられないままだっただろう。

「あっちゃん」

 妙に落ち着いたような声で呼ばれ、飛鳥は後ろを振り返った。飛鳥を真っ直ぐに見つめる大空の顔には、生真面目な表情が浮かんでいる。

「俺、あっちゃんのことが好きだよ」

 好き、の一言に、動いてないはずの心臓がドキッとするのを感じた。

「最初は一目惚れだったんだけどさ、今は中身もすげえ好き。男らしいけど優しくて、芯が強くて、箏に関して熱血で……ブラコンが過ぎるのはちょっとあれだけど、でもそれも簡単に許しちゃうくらい全部好きだ」

 顔がカッと熱くなる。その熱が全身へと巡り、やがて飛鳥の心の深淵にある、頑なに開こうとしなかった扉まで達した。熱はその扉をゆっくりと溶かし、その中にしまい込んでいた感情が遮るものをなくして外へと溢れ出る。――大空を好きだと想う、温かな気持ちが。

「だからさ、俺に迷惑かけてるなんて思わなくていいよ。ずっと俺ん家にいればいいじゃん。そのほうが俺も嬉しいし」

 飛鳥を必要としてくれるその気持ちが嬉しかった。好きでなければ、いくら大空が飛鳥のために頑張ってくれているとはいえ、飛鳥から手を繋いだり、ホテルでしたような性的な接触をしたりすることを許すことはできなかっただろう。

「……俺だってできるなら大のそばにいてえよ。でもたぶん、駄目なんだと思う。仮に箏作りを放棄して未練を残したままにしておいたとしても、ずっと一緒にいることはできないんだと思う」
「そんなのわかんねえじゃん」
「わかる。だって俺は死んでるんだ。たぶんこのままの姿かたちでこの世に留まり続けることはできねえ。そのうち別の何かよくないものになる。それこそ呪い的なやつに」

 何か根拠があるわけじゃない。だけどあの夢を見てから、そういう予感がこの間から飛鳥の胸に芽生え始めていた。

「それか大の生気をどんどん吸収して、殺してしまうのかもしれん」
「……吸収したきゃ好きなだけすればいいじゃん。俺はいいよ。こんな命でよかったら、あっちゃんに全部あげる」
「馬鹿なこと言うんじゃねえ!」

 投げやりのように思えた言葉に、飛鳥は腹が立って大空の肩を掴んで強く揺すっていた。

「死んでいいわけねえだろ! せっかく生きてるんだから、その命大事にして生きていけよ! それに俺はお前のことだけは絶対に殺したくない。俺の分までいっぱい生きてほしい。生きて、幸せになってほしいんだ」
「あっちゃんがいねえのに何が幸せだよっ」

 大空は怒ったように目を吊り上げたが、その瞳からは今にも涙が零れそうだった。

「幸せになるんなら、相手はあっちゃんじゃなきゃ嫌だよっ。だってこんなに好きなんだからっ。これ以上ないってくらい、好きなんだから……」
「俺だって大が好きだよ。けどこればっかりはもうどうしようもねえ。どんなに足掻こうが、どんなにお互いの気持ちが強かろうが、覆すことはできねえんだ」
「嫌だっ」

 そしてついに大空の瞳は端から、涙がツーっと流れ落ち始める。飛鳥は咄嗟に肩を掴んでいた手を大空の背中に回していた。力強く抱き締め、頬と頬をピタリと重ね合わせる。

「どこにも行くなよっ……俺を独りにするなよっ……」
「大……ごめん」

 この男を置いて行きたくない。この居心地のいい場所から離れたくない。だけどそのすべてを諦めなければならないのだと、今から覚悟を決めておかなければならなかった。そうしないと自分は本当に大空から離れられなくなり、いずれ自分じゃない別の何かになってしまう気がする。

「……帰ろう。今日夜勤なんだろ?」
「うん……」
「帰ってちょっとは休んどかねえと、身体辛いんじゃねえのか?」
「……うん」

 帰りの車の中は静かだった。大空と二人でいるのに互いがこんなに黙りこくっているのは初めてだ。大空の好きなアーティストのバラードだけが、切なげに響いている。

「あっちゃん、俺箏は最後までちゃんと作るよ」

 大空が車内で口にした言葉はそれだけだった。どこか覚悟を決めたような硬い声に、飛鳥は安堵と同時に胸が痛むのを感じる。
 帰宅すると大空は風呂に入り、上がるとソファーで飛鳥の膝を枕にして横になった。そして横になった大空の頭を、次に起き上がるまで飛鳥はずっと撫でていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...