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【一章〈春〉】未知との遭遇編
01.心なき少女
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「織部八斗くん。君の異能力を、我々の研究に役立ててほしい」
高校一年生が終わり、新学期を迎えようという春直前の時期。
俺は研究施設から依頼を持ちかけられた。
異能力を使った依頼だ。今までも何度か依頼はあったが、普段より空気が重い。今回は何か訳が違いそうだ。それほど重大な用件なのか、とやや身構える。
「君は、人の精神を反映し構築される世界――“精神世界”に干渉できる異能力者だったね。今まで様々な心へと侵入し、問題の解消に役立ててもらったと思う。ただ今回は少し例外でね……」
研究施設の通路を歩きながら、つらつらと研究者は言う。
いつもは関係者以外立ち入り禁止の棟内に足を踏み入れた。まず現物を見てもらいたい、とのことで案内されてきたが、ゲートを通過して思ったより奥深くまで進んできた。
硬質なタイル床に二つの靴音が響く。研究者はドアのロックを解錠して中に入る。ここが目的の部屋らしい。
監視室、観測室といったところか。壁の一部はガラス張りになっており、中へ通じるドアが奥に設置されている。デスクには数台のモニターが置かれている。
ガラス越しに見えるものを、研究者は指差す。
「あれが、今回君の異能力を使ってほしい相手――」
ガラス部屋の中央には、ぽつんとベッドが置かれている。
そこには、入院患者みたいに寝かされてる人物がいた。
「人の器に高性能の演算機能を持つ、新開発中のAIだ」
真っ白な髪だ。肌も陶器のように白い。
見た目は若い女性……いや女の子だろうか。遠目ではシーツと同化しそうなほどに白い女の子だ、という印象しかわからない。
AIと紹介されたが、普通の人間との違いはどこかあるんだろうか。
「ただ、今のままでは、演算機能を操作できなくてね。何らかのエラーが発生しているようなんだ。身体も弱くて、寿命はせいぜい一年が限度だろう。それまでにエラーを突き止め、性能だけでも確保したいんだ」
研究者は続けて、俺に言った。
「演算機能を阻害しているエラーを、僕たちは自我なんじゃないかと推測している。もしあのAIに自我があるのなら、君の異能力が使えるはずだ。『AIの精神世界に入り、自我を取り除くこと』――これが今回の依頼内容だよ」
依頼内容の説明、のわりに、研究者の口調はどこかわざとらしく軽かった。
「自我を取り除く……ですか」
「精神世界には、核が存在するという話だったよね。それを見つけて、壊せば、エラーを消滅させられるはずなんだ。できるね」
それだけだ、と強調するように、あくまで簡素な説明だ。わざわざセキュリティルームまで連れてきておきながら。
そこはかとない圧を感じるのは、俺の気のせいだろうか。
「……わかりました」
怪訝さは顔に出さないようにして、すぐに了承の意を示す。研究者は安心したように頷いた。
そんなに圧をかけなくたって、拒否するつもりはなかったんだけど。
――そんな昨日のやり取りを思い出しながら、ガラス部屋の中に入る。
ガラス部屋では、変わらず、目を瞑った白髪の少女がベッドの上に寝かされている。
ここまで近づいてみると、少女に対する違和感のようなものを覚えた。
遠目とは違う。髪や肌の出来、といえばいいのか。質感といえばいいのか。何かがはっきりと人とは違うと感じた。
少女の造形は、あまりに綺麗すぎる。人にある自然な歪みや汚れが存在しない、というべきか。一点の曇も許されないような精密に整いすぎた外見は、美しいというよりも、俺には不気味に感じた。
ガラスの外では、研究者たちが数人並んで様子を見守っている。
見守る、なんて優しいものじゃないか。監視、観察だ。表の態度には出さないようにしているが、雰囲気はかなり物々しい。未成年の学生に背負わせていい内容かどうか、裏ではいまだに審議が続いていそうだな。
裏事情はともかく。なんにせよ、俺の働きにかかってる。なら、やらないとな。彼らを安心させるためにも、すぐに取り掛かろう。
ベッド脇の椅子に座って、少女の額に触れる。
人間の温度だ。皮膚もやわらかい。逆にぞっとする。こんな作り物じみてても、一応、ちゃんと生きてるのか。
大丈夫。心を平静に。フラットに保つ。
安全に精神に入り込むために。害をなす侵入者だと見なされて、攻撃されないために。
片手を上げて、研究者に始める合図を出す。
AIとはいえ、人の身体だ。明確な自我はなくとも、生物の本能程度はあるだろう。
油断はできない。もう一度深呼吸をする。
ただ眠りに就くように、瞼を閉じて、異能力を使う。
意識が水底に沈むように落ちていく。睡眠と同じように、やがて、緩やかに意識が遠退いていった。
◇ ◇ ◇
浮遊感と、落下するような感覚に陥る。
現実から夢へと移行する境い目にいるかのように、身体の力がゆるゆると抜け落ちていく。
この感覚。無事に精神の中に入れたことを認識する。ということは少女はただのAIの容れ物ではなく、本当に精神が存在していることになる。
まあ、なんでもいいか。それよりも、精神の核を見つけて破壊することが目的だ。この精神世界を消滅させて、自我を取り除かなければ――
「――、ん……?」
ゆっくり目を開けて、身体の感覚を確かめる。
もう精神の中のはずだが、何も見えない。
目は開いているはずなのに、視界はホワイトアウトしたままだ。普通ならすぐに見えるはずの、思考や記憶の断片一つすら見当たらない。
何度も瞬きをして、目を擦って、気づいた。
見てのとおりなんだろう。
この、ただひたすら真っ白な空間こそが、AI少女の精神の中身なんだと。
はぁ、と息をつく。息苦しさはない。それどころか、開放的な空気を感じる。
どこまでも白く続く景色だ。それだけなのに、不思議と風通しが良いような心地よさを感じる。
実際に風が吹いているわけではないだろう。が、小高い丘から下方の街並を一望しているかのような――
いや、それよりも遥か上空だ。
体験はしたことないが、例えるなら、まるで身体一つで雲海の上を自在に泳いでいるような感覚だ。
何の音もしないし、何も感じない。
熱い、冷たい、涼しい、温い、そういった細かな温度や湿度も、あるいは身体のしがらみとしての疲労感、はたまた重力まで、受容体すべてが役割を放棄してしまったのかとさえ思う。
自身の五感の存在意義さえ疑わしい。それでも不思議と、不快感や恐怖心はない。
ここでは感覚という機能の必要がない。こんな曖昧で無重力のような状態であろうが、外界の音も光も届かない深海に深く優しく受け止められて、全身を包み込まれているような――
「――………」
自然と、もう一度、息をつく。
変わらず、目に映っているのは、何もない真っ白な空間だ。
静かで透明な空気に、自身の心音さえも溶け込む。吐き出した息も、あっという間に同化する。
外見的には、目を閉じた人形にしか見えなかった。端正すぎてやや不気味ささえ感じたあの少女。
これが彼女の、人の器を持つAIの、精神世界なのか。
……って、感心してる場合じゃないな。
意識を戻す。雲海の下方に、一点の曇りのような何かが見えた気がしたからだ。
目を凝らす。これだけ何もない空間に存在しているものといえば、もしかして、精神の核だろうか。
精神世界には、精神を構築するための核が存在する。実物は見たことがないが、核だというなら、やはり少女の姿を形どったものであるべきだ。
だんだんと視界が晴れるように、ぼやけていたものの輪郭が浮かび上がってきた。
そうだ。ちょうどあんな感じ。
そこには、現実で見たままの少女の姿があった。目を閉じたまま、水中を漂うかのようにふわふわと浮かんでいる。
しかし、一瞬視線が泳ぐ。
裸、なのか。
真っ白な背景に白磁のような肢体のせいか、白飛びしていて細部はよく見えないが、女性らしく曲線を描いたラインがくっきりと見て取れる。衣類を身にまとっている様子はない。
戸惑いはしたが、それなら尚更、あれが核である、という確証が近づく。
少女以外、この空間には何も見当たらない。なら、より間違いないだろう。
あれを取り除く――つまり壊せばいい。
うっかり感心したり戸惑ったりと忙しかったが、目的優先だ。
この空間内は水中のように掻けば前に進めるようだ。どこが前なのか、どちらかというと下のような、方向感覚が狂う中、少女に向かって進んでいく。
すーっと滑らかに刃が通っていくような感触は、なんだかやはり気持ちがいい。少女の真似事のように目を閉じれば、そのまま静かな眠りに誘われそうだ。
早く終わらせよう。余計なことは考えるな。
物体のように漂っている少女に、手を伸ばす。
現実と同じ姿なのがやりづらい。相手は人ではないし、ここは現実でもないとはいえ。
躊躇っててもしょうがないな。
やるしかない。引き受けたのは俺自身の意志だ。
必ず、依頼をこなしてみせる。
少女の首を掴む。核を目にしたのは初めてだし、壊し方も入れ知恵でしかない。だが素手で壊す、つまり息の根を止めるには、これが最も確実だろう。
深呼吸して、頭を無にする。一息に、両手に力を込めた。
「――!」
瞬間。思わぬ振動があった。
少女が動き出した、と認識する前に、両腕で抱え込まれた。上体を押さえるように肩を抱き込まれて、まるで絡みついてきてるみたいだ。
肌で感じる。まずい。非常事態だ、と。
ここから離脱しなければ。急いで少女の腕を引き離そうとする。が、あまりに硬い身体の感触だ。少女の両腕は鋼鉄のようにがっちりと組まれていてびくともしない。
これは。人力で抜け出すのは無理だ。でも早く離脱しないと。いや。
その前に、目の前の核を壊しきってしまえば――!
「いッ……!?」
首元に何か鈍痛が走って、理解する前に声が出た。
嘘だろ。
少女の形をしただけの、何の意思もない核だと思っていたものが、俺の首筋に噛みついてきていた。
力を緩める気配はない。むしろどんどん歯が食い込んで、恐怖が駆け上がってくる。
「離れろっ! クソッ……!」
壊しきるとか考えてる場合じゃない。引き剥がそうともがくが、人間の身体の感触でさえないもの相手に、先ほど無理だと悟ってしまったばかりだ。
ここでは、俺はただの異物。精神世界では、相手が神だ。
当然のことだ。神が望んだことなら何でも起きる。この空間自体を作り出した存在なのだから。
そういう力関係で、世界だ。だから何も不思議なことじゃない。だが、これは。
「あッ……!? やめ……っ!」
これ以上は。
半ばパニックになって身じろぎして、暴れて、少女の頭を掴んで引っ掻いてがむしゃらに抵抗する。
無理だとわかっていてもだ。頭で考えるよりも身体が抵抗を選ぶ。
が、どう足掻いても、やはり無駄だ。ただの異物、外敵、小さな侵入者程度にどうこうできるものじゃない。
このままじゃ。死ぬのか。
いや。殺され――……
「――――……ッッ!」
わけのわからない衝撃にただ絶叫する。
世界が霞んでいく。
痛い、怖い、このままどうなってしまうのか。
その記憶以外の一切は、感じられなくなっていた。
※ ※ ※ ※ ※
そして今。
俺の目の前には、少女がいる。
前とは違って、目を開けて、座って対面した格好でだ。
俺はこれから、知らなければならない。
人工知能として作られた少女が生み出した、自我という名のエラー。
心を持たないはずの少女の中身を探り、自我を取り除く。
――この少女の心を壊す。そのために。
高校一年生が終わり、新学期を迎えようという春直前の時期。
俺は研究施設から依頼を持ちかけられた。
異能力を使った依頼だ。今までも何度か依頼はあったが、普段より空気が重い。今回は何か訳が違いそうだ。それほど重大な用件なのか、とやや身構える。
「君は、人の精神を反映し構築される世界――“精神世界”に干渉できる異能力者だったね。今まで様々な心へと侵入し、問題の解消に役立ててもらったと思う。ただ今回は少し例外でね……」
研究施設の通路を歩きながら、つらつらと研究者は言う。
いつもは関係者以外立ち入り禁止の棟内に足を踏み入れた。まず現物を見てもらいたい、とのことで案内されてきたが、ゲートを通過して思ったより奥深くまで進んできた。
硬質なタイル床に二つの靴音が響く。研究者はドアのロックを解錠して中に入る。ここが目的の部屋らしい。
監視室、観測室といったところか。壁の一部はガラス張りになっており、中へ通じるドアが奥に設置されている。デスクには数台のモニターが置かれている。
ガラス越しに見えるものを、研究者は指差す。
「あれが、今回君の異能力を使ってほしい相手――」
ガラス部屋の中央には、ぽつんとベッドが置かれている。
そこには、入院患者みたいに寝かされてる人物がいた。
「人の器に高性能の演算機能を持つ、新開発中のAIだ」
真っ白な髪だ。肌も陶器のように白い。
見た目は若い女性……いや女の子だろうか。遠目ではシーツと同化しそうなほどに白い女の子だ、という印象しかわからない。
AIと紹介されたが、普通の人間との違いはどこかあるんだろうか。
「ただ、今のままでは、演算機能を操作できなくてね。何らかのエラーが発生しているようなんだ。身体も弱くて、寿命はせいぜい一年が限度だろう。それまでにエラーを突き止め、性能だけでも確保したいんだ」
研究者は続けて、俺に言った。
「演算機能を阻害しているエラーを、僕たちは自我なんじゃないかと推測している。もしあのAIに自我があるのなら、君の異能力が使えるはずだ。『AIの精神世界に入り、自我を取り除くこと』――これが今回の依頼内容だよ」
依頼内容の説明、のわりに、研究者の口調はどこかわざとらしく軽かった。
「自我を取り除く……ですか」
「精神世界には、核が存在するという話だったよね。それを見つけて、壊せば、エラーを消滅させられるはずなんだ。できるね」
それだけだ、と強調するように、あくまで簡素な説明だ。わざわざセキュリティルームまで連れてきておきながら。
そこはかとない圧を感じるのは、俺の気のせいだろうか。
「……わかりました」
怪訝さは顔に出さないようにして、すぐに了承の意を示す。研究者は安心したように頷いた。
そんなに圧をかけなくたって、拒否するつもりはなかったんだけど。
――そんな昨日のやり取りを思い出しながら、ガラス部屋の中に入る。
ガラス部屋では、変わらず、目を瞑った白髪の少女がベッドの上に寝かされている。
ここまで近づいてみると、少女に対する違和感のようなものを覚えた。
遠目とは違う。髪や肌の出来、といえばいいのか。質感といえばいいのか。何かがはっきりと人とは違うと感じた。
少女の造形は、あまりに綺麗すぎる。人にある自然な歪みや汚れが存在しない、というべきか。一点の曇も許されないような精密に整いすぎた外見は、美しいというよりも、俺には不気味に感じた。
ガラスの外では、研究者たちが数人並んで様子を見守っている。
見守る、なんて優しいものじゃないか。監視、観察だ。表の態度には出さないようにしているが、雰囲気はかなり物々しい。未成年の学生に背負わせていい内容かどうか、裏ではいまだに審議が続いていそうだな。
裏事情はともかく。なんにせよ、俺の働きにかかってる。なら、やらないとな。彼らを安心させるためにも、すぐに取り掛かろう。
ベッド脇の椅子に座って、少女の額に触れる。
人間の温度だ。皮膚もやわらかい。逆にぞっとする。こんな作り物じみてても、一応、ちゃんと生きてるのか。
大丈夫。心を平静に。フラットに保つ。
安全に精神に入り込むために。害をなす侵入者だと見なされて、攻撃されないために。
片手を上げて、研究者に始める合図を出す。
AIとはいえ、人の身体だ。明確な自我はなくとも、生物の本能程度はあるだろう。
油断はできない。もう一度深呼吸をする。
ただ眠りに就くように、瞼を閉じて、異能力を使う。
意識が水底に沈むように落ちていく。睡眠と同じように、やがて、緩やかに意識が遠退いていった。
◇ ◇ ◇
浮遊感と、落下するような感覚に陥る。
現実から夢へと移行する境い目にいるかのように、身体の力がゆるゆると抜け落ちていく。
この感覚。無事に精神の中に入れたことを認識する。ということは少女はただのAIの容れ物ではなく、本当に精神が存在していることになる。
まあ、なんでもいいか。それよりも、精神の核を見つけて破壊することが目的だ。この精神世界を消滅させて、自我を取り除かなければ――
「――、ん……?」
ゆっくり目を開けて、身体の感覚を確かめる。
もう精神の中のはずだが、何も見えない。
目は開いているはずなのに、視界はホワイトアウトしたままだ。普通ならすぐに見えるはずの、思考や記憶の断片一つすら見当たらない。
何度も瞬きをして、目を擦って、気づいた。
見てのとおりなんだろう。
この、ただひたすら真っ白な空間こそが、AI少女の精神の中身なんだと。
はぁ、と息をつく。息苦しさはない。それどころか、開放的な空気を感じる。
どこまでも白く続く景色だ。それだけなのに、不思議と風通しが良いような心地よさを感じる。
実際に風が吹いているわけではないだろう。が、小高い丘から下方の街並を一望しているかのような――
いや、それよりも遥か上空だ。
体験はしたことないが、例えるなら、まるで身体一つで雲海の上を自在に泳いでいるような感覚だ。
何の音もしないし、何も感じない。
熱い、冷たい、涼しい、温い、そういった細かな温度や湿度も、あるいは身体のしがらみとしての疲労感、はたまた重力まで、受容体すべてが役割を放棄してしまったのかとさえ思う。
自身の五感の存在意義さえ疑わしい。それでも不思議と、不快感や恐怖心はない。
ここでは感覚という機能の必要がない。こんな曖昧で無重力のような状態であろうが、外界の音も光も届かない深海に深く優しく受け止められて、全身を包み込まれているような――
「――………」
自然と、もう一度、息をつく。
変わらず、目に映っているのは、何もない真っ白な空間だ。
静かで透明な空気に、自身の心音さえも溶け込む。吐き出した息も、あっという間に同化する。
外見的には、目を閉じた人形にしか見えなかった。端正すぎてやや不気味ささえ感じたあの少女。
これが彼女の、人の器を持つAIの、精神世界なのか。
……って、感心してる場合じゃないな。
意識を戻す。雲海の下方に、一点の曇りのような何かが見えた気がしたからだ。
目を凝らす。これだけ何もない空間に存在しているものといえば、もしかして、精神の核だろうか。
精神世界には、精神を構築するための核が存在する。実物は見たことがないが、核だというなら、やはり少女の姿を形どったものであるべきだ。
だんだんと視界が晴れるように、ぼやけていたものの輪郭が浮かび上がってきた。
そうだ。ちょうどあんな感じ。
そこには、現実で見たままの少女の姿があった。目を閉じたまま、水中を漂うかのようにふわふわと浮かんでいる。
しかし、一瞬視線が泳ぐ。
裸、なのか。
真っ白な背景に白磁のような肢体のせいか、白飛びしていて細部はよく見えないが、女性らしく曲線を描いたラインがくっきりと見て取れる。衣類を身にまとっている様子はない。
戸惑いはしたが、それなら尚更、あれが核である、という確証が近づく。
少女以外、この空間には何も見当たらない。なら、より間違いないだろう。
あれを取り除く――つまり壊せばいい。
うっかり感心したり戸惑ったりと忙しかったが、目的優先だ。
この空間内は水中のように掻けば前に進めるようだ。どこが前なのか、どちらかというと下のような、方向感覚が狂う中、少女に向かって進んでいく。
すーっと滑らかに刃が通っていくような感触は、なんだかやはり気持ちがいい。少女の真似事のように目を閉じれば、そのまま静かな眠りに誘われそうだ。
早く終わらせよう。余計なことは考えるな。
物体のように漂っている少女に、手を伸ばす。
現実と同じ姿なのがやりづらい。相手は人ではないし、ここは現実でもないとはいえ。
躊躇っててもしょうがないな。
やるしかない。引き受けたのは俺自身の意志だ。
必ず、依頼をこなしてみせる。
少女の首を掴む。核を目にしたのは初めてだし、壊し方も入れ知恵でしかない。だが素手で壊す、つまり息の根を止めるには、これが最も確実だろう。
深呼吸して、頭を無にする。一息に、両手に力を込めた。
「――!」
瞬間。思わぬ振動があった。
少女が動き出した、と認識する前に、両腕で抱え込まれた。上体を押さえるように肩を抱き込まれて、まるで絡みついてきてるみたいだ。
肌で感じる。まずい。非常事態だ、と。
ここから離脱しなければ。急いで少女の腕を引き離そうとする。が、あまりに硬い身体の感触だ。少女の両腕は鋼鉄のようにがっちりと組まれていてびくともしない。
これは。人力で抜け出すのは無理だ。でも早く離脱しないと。いや。
その前に、目の前の核を壊しきってしまえば――!
「いッ……!?」
首元に何か鈍痛が走って、理解する前に声が出た。
嘘だろ。
少女の形をしただけの、何の意思もない核だと思っていたものが、俺の首筋に噛みついてきていた。
力を緩める気配はない。むしろどんどん歯が食い込んで、恐怖が駆け上がってくる。
「離れろっ! クソッ……!」
壊しきるとか考えてる場合じゃない。引き剥がそうともがくが、人間の身体の感触でさえないもの相手に、先ほど無理だと悟ってしまったばかりだ。
ここでは、俺はただの異物。精神世界では、相手が神だ。
当然のことだ。神が望んだことなら何でも起きる。この空間自体を作り出した存在なのだから。
そういう力関係で、世界だ。だから何も不思議なことじゃない。だが、これは。
「あッ……!? やめ……っ!」
これ以上は。
半ばパニックになって身じろぎして、暴れて、少女の頭を掴んで引っ掻いてがむしゃらに抵抗する。
無理だとわかっていてもだ。頭で考えるよりも身体が抵抗を選ぶ。
が、どう足掻いても、やはり無駄だ。ただの異物、外敵、小さな侵入者程度にどうこうできるものじゃない。
このままじゃ。死ぬのか。
いや。殺され――……
「――――……ッッ!」
わけのわからない衝撃にただ絶叫する。
世界が霞んでいく。
痛い、怖い、このままどうなってしまうのか。
その記憶以外の一切は、感じられなくなっていた。
※ ※ ※ ※ ※
そして今。
俺の目の前には、少女がいる。
前とは違って、目を開けて、座って対面した格好でだ。
俺はこれから、知らなければならない。
人工知能として作られた少女が生み出した、自我という名のエラー。
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