悪役令息のやり直し~酷い火傷でゾンビといわれた俺、婚約破棄を言い渡されたけど幸せになってやります

葉月

文字の大きさ
20 / 29

第20話 ネーミングセンス

しおりを挟む
「誰かの?」
「………」

 白い鷹によって謎の呼び出しを受けた俺は、無視することもできずに校長室の前までやって来ていた。
 失礼があってはならないと襟元を正してから絶妙な力加減で扉をノックすると、中から力強くもゆったりと落ち着いた声音が返ってくる。

 ところが、誰かと問われても返事ができない。
 今口を開けばアルカミア魔法学校の最高責任者であるヴィストラールに、俺は暴言を吐いてしまうだろう。そんなことは絶対にあってはならない。
 よってやむを得ず沈黙を貫くことを選択した俺に、神は助け舟を出してくれる。

「リオニス・グラップラーかの?」
「………」

 イエスと言う意味を込めて再び扉をノックすると、中からお入りなさいと声がかかった。
 ホッと一安心して校長室の扉を開くと、

「(なっ、なんだこれは!?)」
「よく来たのリオニス・グラップラー。さあ、そんなところに突っ立っておらんとこちらへおいで」

 そこは何処までも白い砂浜が続くビーチ。眼前には蒼い海と空が果てしなく広がっていて、頭上からは燦々と陽光が降り注いでいた。

「(暑っ! ――ってかデカい!?)」

 ビーチには不自然なくらい巨大な金魚鉢が設置されており、専用台の上から黄金の金魚にエサを与えるヴィストラールが背中越しに俺の名を口にする。

 奇想天外な光景に度肝を抜かれた俺は、ここが校内であることを確認するように長く伸びた廊下を見渡した。次いで室名札に目を向ける。
 そこにはたしかに【校長室】と書かれてあった。

 そこで俺は前世の記憶をたどるようにヴィストラールについて思い出す。

 最高の魔法使いの一人――エレメンタルマスターと評されるアルカミア魔法学校の校長は、水の精霊や光の精霊、さらに風や土の精霊が好む大規模な空間を作り出し、精霊との間に強固な関係を築いている。

 ここはヴィストラールの空間魔法によって改造された部屋だということを思い出した俺は、しばたたかせていた目にグッと力を込めて表情を引きしめた。
 それからビーチに佇む人影に注目する。

「(なんでアレスがいるんだ?)」

 俺を認めたアレスがふんっ! と厭味ったらしく鼻を鳴らして顔をそむける。

「さて、立ち話もなんじゃ。そこで冷たくて甘いカキ氷でも食べながら話すとしようかの」
「(そこ? ――って嘘だろ!?)」

 砂浜に降り立ったヴィストラールが悠然と見据える方角には、五階建てのビルほどある巻貝がこちらに向かって進んでくる。
 よくよく目を凝らせばそれはただの巻貝ではない。超巨大ヤドカリだ!

「(なんだこの珍生物は!?)」

 ヴィストラールの前方で停止した超巨大ヤドカリが背を向けると、巻貝にはなぜか昔ながらの喫茶店風のドアが付いていた。
 カランコロンとドアベルを鳴らした校長が振り返り、優しく微笑んだ。

「ほれ、二人共何をしておるんじゃ?」

 俺とアレスは何かをあきらめたように歩き出す。
 きっとアレスも考えることがバカらしくなったのだろう。



「儂のおすすめはミルク金時じゃが、二人共同じで構わんかの?」
「僕は構わない」

 巻貝の中にはなぜかヤドカリの本体はおらず、代わりに巨大な鋏の手袋(?)ぬいぐるみ(?)を装着したウエイトレスがいた。
 彼女に案内されて席に着くと、ヴィストラールはお目当ての氷を注文。

 俺もアレス同様同じで構わないと頷いて意思表示。

 隣の席に腰を下ろしたアレスはすでに他のことには興味をなくしたようで、謎のウエイトレスをガン見中。懐から手帳を取り出して何やらメモをしている。

 気になったのでそれを覗き見てみると、

 アリシア推定Dカップ。たぶんビッチなおわん型。
 メグFカップ。すごくビッチな三角型確定! 揉み心地◎。
 サシャール先生推定Eカップ。たぶんビッチなロケット型。
 ダークエルフちゃん推定Gカップ。たぶんビッチなおわん型。
 エッチなウエイトレス推定Cカップ。たぶん――

「(何を書いておるのだこいつは! てか何でもれなく全員たぶんビッチなんだよ! 失礼過ぎるだろ!)」

 おまけにメグという子だけ確定している事実が何とも切ない。
 まず間違いなく痴漢少女のことだろう。


 しかし、気まずいな。

 運ばれてきたミルク金時を黙々と食べる俺は、なぜ自分がヴィストラールに呼ばれたのか、なぜここに居るのかがわからなかった。
 しかも隣で自棄食い気味にカキ氷をかっ食らうアレスは、先程から俺の顔を睨みつけては首をかしげるを繰り返している。余程俺の顔に火傷跡がないことが納得いかないのだろう。

 そんなに急いで食べたら頭がキーンとするぞと思った矢先、案の定キーンとしたアレスがもがき苦しむ。なんと残念なやつ。
 前世の俺はこんなやつに自分を重ねながらプレイしていたのかと思うと、何ともいえない虚しさが込み上げてくる。

「さて、甘味も食したことじゃし、そろそろ本題に入るかの」

 ようやく重たい腰をあげるように、俺たちを校長室(?)白い砂浜(?)この際もうどっちでもいいのだが、ここに呼び出した経緯を説明する最高の魔法使い。

「まず最初に言っておかねばならんことがある。先程の避難訓練は嘘じゃ」
「(はて?)」

 首を傾けてなぜそのような嘘を全校生徒に付いたのかと疑問に思う俺をよそ目に、単刀直入にアレスが問うた。

「嘘とはどういうことだ!」

 俺もアレスの意見に便乗してコクコク首を振る。
 自分の意見を口にできないことがこれほどむず痒いものだとは。

「実はの――」

 俺たちはヴィストラールから校内で次々に生徒たちが石に変えられている事実を知らされた。
 ヴィストラールいわく、石化魔法は十年程前から禁忌魔法に指定されており、学園内で扱える生徒はいないという。

 では、一体誰がこのようなことをしているのかと思案した校長は、ある一つの可能性に思い至った。ネズミの存在だ。

「学園内にスパイがいると?」
「確定ではない。じゃが、アルカミアには各国の未来を担うに相応しい者たちが集まっていることも事実。闇に潜む連中がアルカミアここに目を付けたとしても、なんら不思議ではない」

 たしかにという同意の意味を込めて、俺は深刻そうな表情を作ってみる。

「話は分かったけど、それでどうして絶世の美少年かつ優秀なこの僕と……ゾッ」

 俺の顔を指差しゾンビと言いかけたアレスだが、困ったように眉を曲げては言い淀む。
 火傷跡のない今の俺はゾンビではないので、どうしたものかと言い迷っているのだろう。

「――与太郎が呼ばれるんだよ!」
「(与太郎だと!?)」

 散々悩んだ挙げ句出てきた言葉がそれかよと、ボキャブラリーの乏しさを指摘してやりたいところだが、口を開けぬ俺に為す術はない。

「もしも闇の者たちがすでにアルカミアに潜入していると仮定すれば、教員我々が見つけ出すのは至難の業となる。あちらさんも余程愚かでない限り、教師の前で尻尾は見せんじゃろう」
「そこで、生徒の前なら油断すると考えたということか?」

 如何にもとうなずく校長。
 実際にネズミは生徒のみを石に変えている。

「で、優秀な僕にネズミ退治を依頼したいというわだ」
「頼めるかの?」
「もちろん! と言いたいところだけど、気になることが一つある!」
「何かな?」
「なぜ僕だけではなく、与太郎も一緒なんだよ! そもそもこいつが犯人なんじゃないのか!」
「(なんだとこの野郎ッ! というか堂々と俺を与太郎呼びするでないわ!)」

 男爵家のくせに公爵家の俺に対してあまりにも無礼なアレスの態度に、ムッと眉間にしわを寄せてしまう。ゲーム仕様だとはいえ理不尽だ!

 しかし一方で、実際になぜ自分が呼ばれたのかわからなかった。
 学園においての俺の評判は最悪。それは生徒のみならず教員たちにとっても同じだ。

「ガーブル・ブルックリン先生からの推薦があったんじゃよ」
「あの泥棒同然の気障ったらしい教師かッ!」

 女子生徒から黄色い声援を送られるいつかの師範ガーブルを思い出したのか、アレスは虫の居所が悪くなったように声を荒げた。
 彼は誰のものでもない女子生徒たちを、師範ガーブルに取られたと思い込んでいるらしい。

「自身が著書した書籍を参考に人知れず剣の腕を磨き、驕りを捨てた彼は去年までとは別人じゃとな。こっそり友人の過ちを咎めたことも聞いておる。その際も不遜な振る舞いはせず、貴族然とした立派な態度じゃったという報告も受けておるよ」

 眼鏡の奥の鋭い眼光が俺を捉える。
 俺はそんなつもりは一切なかったのだけど……気まずさから苦笑いを浮かべた。
 アレスはそんな話は聞きたくないと歯軋りを繰り返す。

「なにより、先程の食堂では見事じゃった。武闘派で名高いグラップラー家はじまって以来の神童の復活を予期させるほどであった」

 ふぉっふぉっふぉっ――とヴィストラールが高らかに笑うたび、アレスの歯軋りが一層激しさを増した。

「二つ聞くが、捕まえられなかった場合はどうなる?」

 不機嫌なアレスが指を二本突き立てた。

「少なくとも犯人が判明するまでは、アルカミア魔法学校は封鎖する方針じゃ」

 つまり、最高の魔法使いは捕まえられなかった場合などあり得ないと言っている。

「では最後にもう一つ、報酬は?」
「うむ。考えておくとしよう」

 ヴィストラールは俺にも引き受けてくれるかと聞いてきたので、俺はもちろんだとサムズアップで応え、校長室をあとにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...