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第25話 リオニスと炎の呪い
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「知らない天井だ」
次に目が覚めた時には、俺はアルカミアの医務室のベッドの上だった。
「目が覚めたかの?」
「ヴィストラール!?」
「そのままで構わん。安静にしてなさい」
起き上がろうとした俺を、優しくも安心感のある残声が包み込む。
「あの……」
俺はなぜ医務室にいるのか尋ねようとしたのだが、ヴィストラールは分かっていると小刻みに頷いた。
彼は懐から銀の手鏡を取り出すと、それをそっと俺に差し出した。
「…………」
「ショックかね?」
「いや、これが本当の俺だから」
鏡の中には醜い火傷跡の男が映っていた。
そっと左頬に触れると、ざらついた感触が指先に広がった。
「お前さんが寝ておる間に少し診させてもらった。とても強力な呪いのようじゃな」
「……ヴィストラールなら」
最高の魔法使いと呼ばれる彼ならばあるいは、そう思ったのだけれど、ヴィストラールは静かに首を横に振った。
つまり、そういうことだ。
「炎の呪いはこの世で最も強力な呪いのひとつなんじゃよ」
「最高の魔法使いでも解けないくらいに?」
「かつて、アルカミアがまだ魔法王国アヴァロンと呼ばれた時代、九人の美しき姫君がいた。しかし、激しい戦争のなか、彼女たちはそれぞれ炎にまつわる悲惨な死を遂げた」
「炎にまつわる、死?」
うむ、と一つ頷いたヴィストラールは言う。
「それまで炎に関する呪いはどれも然程強力ではなかった。けれど彼女たちの死後、炎に関する呪いはどれも強力になってしまった。それこそが、炎の呪いじゃ」
「炎の呪い」
この世にあるすべての炎の呪いは、彼女たちの怨念とも呼ぶべき呪いによって、上書きされてしまうという。
ゆえに炎の呪いこそがこの世でもっとも強力で厄介な呪いなのだと、ヴィストラールは静かに語った。
「この世界にかけられた炎の呪い自体を解かなければ、俺の顔の呪いも?」
「それは儂にもわからん。じゃが、はっきりしておることは一つ。九姉妹がこの世界を憎んでいたという事実じゃ」
世界を覆うほどの憎しみが嫉妬の焔となり、ありとあらゆる炎にさらに強力な呪いを焚べているのだ。
その中で俺の呪いも何らかの影響を受けている、そう考えるべきなのだろう。
考えたところで到底分かるものではないのかもしれないけれど、考えずにはいられない。
「そういえばアリシアやサシャール先生は無事なのか?」
「石化しておったサシャール先生ならば、パセリ先生が調合した魔法薬によってすでに元通りじゃよ。後日改めて事の顛末を聞くつもりじゃ。もちろん、アリシア・アーメントも無事じゃよ。今は念のため自室で安静にしてもらっておる。従者が付いておるので安心じゃろう。今日はもう遅い、会うのは明日にしてはどうかの?」
「ああ、無事ならそれでいいんだ」
ただ、とヴィストラールは浮かない表情。
「何かあるのか?」
「アレス・ソルジャーの様子がおかしいと報告を受けておる」
「アレスが?」
そういえばアリシアに掴みかかるほど取り乱していたな。
なにより、あの時あいつはたしかに俺に向かって、シナリオに沿ってだの、敵らしくしろだの叫んでいた。
「………」
俺の脳裏には、ある一つの可能性が浮かび上がっていた。
「何か心当たりでもあるのかの?」
「いや、それよりアレスはどんな風におかしいんだ?」
「うむ。ガーブル先生によると、意味不明なことを口にして錯乱しておるらしい」
「意味不明なこと?」
「詳しいことは儂にもわからん」
そこで一旦言葉を区切ったヴィストラールに、俺は改めて今回の件について感謝を言われた。
「騒動の原因が闇の魔法使いによるものでなかったことは幸いであったが、まさかサシャール先生があのようなモンスターを飼っておったとは驚きじゃ」
「サシャール先生はどうなるんです?」
「このままお咎めなしとはいかんじゃろうな」
サシャール先生にどのような処分が下るかは俺の知るところではない。
それはアルカミアの責任者であり、彼女の上司にあたる校長が決めることなのだ。俺が気にすることではないと思う。
「そっか」
窓の外に浮かぶ丸々太った月をぼんやり眺めがら物思いにふけっていると、何かが爆発したような勢いで扉が開いた。
「リオニス! 私のためにお前が一人でバジリスクに立ち向かったと聞いて驚いたぞ!」
「パイセン! こういう時こそ弟子のティティスに頼って欲しかったです!」
ほぼ同時に医務室に雪崩込んできたクレアとティティスは、一体いつ知り合いになったのだろう。ものすごい剣幕で睨み合っている。
「おい、一年! 貴様は今回の件とは全くといっていいほど無関係ではないのか!」
「何を言ってるですか! ティティスとパイセンは師弟関係にあるんですよ! それにそれを言うならあなたの方こそ、大勢いる被害者その1じゃないですか! まさかパイセンがあなただけの為にモンスターと戦ったとでも? ぷーくすくす! 勘違いしてすごく恥ずかしいです!」
「なっ、なんだと貴様ッ! それが先輩に対する態度かァッ!」
「パイセンならパイセンらしい懐の大きさを見せて回れ右しやがれです!」
二人のやり取りを目の当たりにした俺は、せめてもう少し仲良くできないのかと項垂れた。
そして咳払いを一つしてから、二人にここが医務室であることを伝える。
意外と物分りの良い二人は、ぷいっと互いに明後日の方角に顔を向け、ゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
二人とも根は良いやつなのだけれど……。
「戻ったんだな。元気そうでよかったよ」
「これもすべてリオニスのお陰だ。感謝している」
再会した友人に微笑みかければ、自称俺の弟子を名乗る彼女がチクリ棘を刺す。
「クレア先輩の石化を解いたのはパイセンではなくパセリ先生です! 感謝しているのであればパセリ先生に言うのが筋というものです」
「なっ!?」
ある意味というか、まさしくその通りなので何も言えない。苦笑い浮かべる俺の傍らで、クレアは何か言いたげな表情をしていた。
「ティティスも見舞いに来てくれてありがとうな」
「誰かさんと違ってパイセンとティティスの仲に感謝の言葉など不要なのです!」
またティティスが余計なことを言うもんだから、クレアの額に青筋が浮かび上がる。
せっかく我慢して一度は堪えたクレアだったが、堪忍袋の緒が切れたと声を荒げてしまう。
「何なのだ! この何から何までミニマムサイズな一年はっ!」
「ミッ、ミニマムサイズッ!? ティティスはまだ成長途中なんですよ!」
「私と一つしか変わらんだろ」
デンッ! と突き出された双丘に、平原のティティスは悔しそうに腕で胸を隠した。どうやら一般的な女性より小さいという自覚はあるらしい。
「それよりクレアは浴室で石にされた時のことを覚えているか?」
俺はずっと気になっていたことを尋ねたが、クレアには石にされた前後の記憶がないらしい。
ヴィストラールいわく、石になった者にはよくあることなのだとか。別段気にするようなことではないと教えられた。
「何か気になることでもあるのか?」
「いや、覚えていないならいいんだ。別に大したことじゃないから」
「そうか」
それからしばらく話し込んだ俺たちは、ヴィストラールに寮まで送ってもらい、それぞれの自室に戻った。
「ふぅ」
後ろ向きにベッドに倒れ込んだ俺は、浴室での一幕を思い出していた。
やはり彼女たちの目線が気になる。
なぜクレアたちは足下に視線を落としていたのだろう。
仮にあれほど巨大なバジリスクが本当にあの場に現れたとして、果たして下を見るだろうか?
第一あの場からバジリスクが消えた方法がさっぱりわからない。
なにより、出入口付近で石にされた彼女はなぜ排水溝を見ていたのだろう。
当初考えていた排水溝からの脱出も、あの巨体では不可能だ。
やはり納得がいかない。
むしゃくしゃした心を落ち着かせるため、俺は読書をすることにした。
といっても、今は手持ちの本が師範ガーブルに貰った一冊しかない。
あまり読む気がしない書物だが、こんな機会でもないと一生読むことはないだろうとページを開いた。
「ん!?」
少し読み進めると、師範ガーブルが学生時代に経験したという不思議にまつわるエピソードが書かれていたのだけれど、
「これは、書いてもいいことなのか?」
その内容に正直驚きを隠せない。
1/4ほど読み終えた俺は、ふと壁の時計に目を向ける。時計の針は午前2時半過ぎを指していた。
「時間も良さそうだし行ってみるか」
俺は師範ガーブルの書物を部屋の棚に収め、部屋をあとにした。
目指すは黒い噂が絶えない迷いの回廊。
次に目が覚めた時には、俺はアルカミアの医務室のベッドの上だった。
「目が覚めたかの?」
「ヴィストラール!?」
「そのままで構わん。安静にしてなさい」
起き上がろうとした俺を、優しくも安心感のある残声が包み込む。
「あの……」
俺はなぜ医務室にいるのか尋ねようとしたのだが、ヴィストラールは分かっていると小刻みに頷いた。
彼は懐から銀の手鏡を取り出すと、それをそっと俺に差し出した。
「…………」
「ショックかね?」
「いや、これが本当の俺だから」
鏡の中には醜い火傷跡の男が映っていた。
そっと左頬に触れると、ざらついた感触が指先に広がった。
「お前さんが寝ておる間に少し診させてもらった。とても強力な呪いのようじゃな」
「……ヴィストラールなら」
最高の魔法使いと呼ばれる彼ならばあるいは、そう思ったのだけれど、ヴィストラールは静かに首を横に振った。
つまり、そういうことだ。
「炎の呪いはこの世で最も強力な呪いのひとつなんじゃよ」
「最高の魔法使いでも解けないくらいに?」
「かつて、アルカミアがまだ魔法王国アヴァロンと呼ばれた時代、九人の美しき姫君がいた。しかし、激しい戦争のなか、彼女たちはそれぞれ炎にまつわる悲惨な死を遂げた」
「炎にまつわる、死?」
うむ、と一つ頷いたヴィストラールは言う。
「それまで炎に関する呪いはどれも然程強力ではなかった。けれど彼女たちの死後、炎に関する呪いはどれも強力になってしまった。それこそが、炎の呪いじゃ」
「炎の呪い」
この世にあるすべての炎の呪いは、彼女たちの怨念とも呼ぶべき呪いによって、上書きされてしまうという。
ゆえに炎の呪いこそがこの世でもっとも強力で厄介な呪いなのだと、ヴィストラールは静かに語った。
「この世界にかけられた炎の呪い自体を解かなければ、俺の顔の呪いも?」
「それは儂にもわからん。じゃが、はっきりしておることは一つ。九姉妹がこの世界を憎んでいたという事実じゃ」
世界を覆うほどの憎しみが嫉妬の焔となり、ありとあらゆる炎にさらに強力な呪いを焚べているのだ。
その中で俺の呪いも何らかの影響を受けている、そう考えるべきなのだろう。
考えたところで到底分かるものではないのかもしれないけれど、考えずにはいられない。
「そういえばアリシアやサシャール先生は無事なのか?」
「石化しておったサシャール先生ならば、パセリ先生が調合した魔法薬によってすでに元通りじゃよ。後日改めて事の顛末を聞くつもりじゃ。もちろん、アリシア・アーメントも無事じゃよ。今は念のため自室で安静にしてもらっておる。従者が付いておるので安心じゃろう。今日はもう遅い、会うのは明日にしてはどうかの?」
「ああ、無事ならそれでいいんだ」
ただ、とヴィストラールは浮かない表情。
「何かあるのか?」
「アレス・ソルジャーの様子がおかしいと報告を受けておる」
「アレスが?」
そういえばアリシアに掴みかかるほど取り乱していたな。
なにより、あの時あいつはたしかに俺に向かって、シナリオに沿ってだの、敵らしくしろだの叫んでいた。
「………」
俺の脳裏には、ある一つの可能性が浮かび上がっていた。
「何か心当たりでもあるのかの?」
「いや、それよりアレスはどんな風におかしいんだ?」
「うむ。ガーブル先生によると、意味不明なことを口にして錯乱しておるらしい」
「意味不明なこと?」
「詳しいことは儂にもわからん」
そこで一旦言葉を区切ったヴィストラールに、俺は改めて今回の件について感謝を言われた。
「騒動の原因が闇の魔法使いによるものでなかったことは幸いであったが、まさかサシャール先生があのようなモンスターを飼っておったとは驚きじゃ」
「サシャール先生はどうなるんです?」
「このままお咎めなしとはいかんじゃろうな」
サシャール先生にどのような処分が下るかは俺の知るところではない。
それはアルカミアの責任者であり、彼女の上司にあたる校長が決めることなのだ。俺が気にすることではないと思う。
「そっか」
窓の外に浮かぶ丸々太った月をぼんやり眺めがら物思いにふけっていると、何かが爆発したような勢いで扉が開いた。
「リオニス! 私のためにお前が一人でバジリスクに立ち向かったと聞いて驚いたぞ!」
「パイセン! こういう時こそ弟子のティティスに頼って欲しかったです!」
ほぼ同時に医務室に雪崩込んできたクレアとティティスは、一体いつ知り合いになったのだろう。ものすごい剣幕で睨み合っている。
「おい、一年! 貴様は今回の件とは全くといっていいほど無関係ではないのか!」
「何を言ってるですか! ティティスとパイセンは師弟関係にあるんですよ! それにそれを言うならあなたの方こそ、大勢いる被害者その1じゃないですか! まさかパイセンがあなただけの為にモンスターと戦ったとでも? ぷーくすくす! 勘違いしてすごく恥ずかしいです!」
「なっ、なんだと貴様ッ! それが先輩に対する態度かァッ!」
「パイセンならパイセンらしい懐の大きさを見せて回れ右しやがれです!」
二人のやり取りを目の当たりにした俺は、せめてもう少し仲良くできないのかと項垂れた。
そして咳払いを一つしてから、二人にここが医務室であることを伝える。
意外と物分りの良い二人は、ぷいっと互いに明後日の方角に顔を向け、ゆっくりこちらに歩み寄ってくる。
二人とも根は良いやつなのだけれど……。
「戻ったんだな。元気そうでよかったよ」
「これもすべてリオニスのお陰だ。感謝している」
再会した友人に微笑みかければ、自称俺の弟子を名乗る彼女がチクリ棘を刺す。
「クレア先輩の石化を解いたのはパイセンではなくパセリ先生です! 感謝しているのであればパセリ先生に言うのが筋というものです」
「なっ!?」
ある意味というか、まさしくその通りなので何も言えない。苦笑い浮かべる俺の傍らで、クレアは何か言いたげな表情をしていた。
「ティティスも見舞いに来てくれてありがとうな」
「誰かさんと違ってパイセンとティティスの仲に感謝の言葉など不要なのです!」
またティティスが余計なことを言うもんだから、クレアの額に青筋が浮かび上がる。
せっかく我慢して一度は堪えたクレアだったが、堪忍袋の緒が切れたと声を荒げてしまう。
「何なのだ! この何から何までミニマムサイズな一年はっ!」
「ミッ、ミニマムサイズッ!? ティティスはまだ成長途中なんですよ!」
「私と一つしか変わらんだろ」
デンッ! と突き出された双丘に、平原のティティスは悔しそうに腕で胸を隠した。どうやら一般的な女性より小さいという自覚はあるらしい。
「それよりクレアは浴室で石にされた時のことを覚えているか?」
俺はずっと気になっていたことを尋ねたが、クレアには石にされた前後の記憶がないらしい。
ヴィストラールいわく、石になった者にはよくあることなのだとか。別段気にするようなことではないと教えられた。
「何か気になることでもあるのか?」
「いや、覚えていないならいいんだ。別に大したことじゃないから」
「そうか」
それからしばらく話し込んだ俺たちは、ヴィストラールに寮まで送ってもらい、それぞれの自室に戻った。
「ふぅ」
後ろ向きにベッドに倒れ込んだ俺は、浴室での一幕を思い出していた。
やはり彼女たちの目線が気になる。
なぜクレアたちは足下に視線を落としていたのだろう。
仮にあれほど巨大なバジリスクが本当にあの場に現れたとして、果たして下を見るだろうか?
第一あの場からバジリスクが消えた方法がさっぱりわからない。
なにより、出入口付近で石にされた彼女はなぜ排水溝を見ていたのだろう。
当初考えていた排水溝からの脱出も、あの巨体では不可能だ。
やはり納得がいかない。
むしゃくしゃした心を落ち着かせるため、俺は読書をすることにした。
といっても、今は手持ちの本が師範ガーブルに貰った一冊しかない。
あまり読む気がしない書物だが、こんな機会でもないと一生読むことはないだろうとページを開いた。
「ん!?」
少し読み進めると、師範ガーブルが学生時代に経験したという不思議にまつわるエピソードが書かれていたのだけれど、
「これは、書いてもいいことなのか?」
その内容に正直驚きを隠せない。
1/4ほど読み終えた俺は、ふと壁の時計に目を向ける。時計の針は午前2時半過ぎを指していた。
「時間も良さそうだし行ってみるか」
俺は師範ガーブルの書物を部屋の棚に収め、部屋をあとにした。
目指すは黒い噂が絶えない迷いの回廊。
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