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第26話 アレスの怒り
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「またかよ」
学生寮に隣接された校舎に向かって暗闇のなかを進んでいると、不意に前方から凄まじい殺気を感じ立ち止まった俺は、殺気の主に向かって声を発した。
「待ち伏せとは相変わらず趣味が悪いな。いい加減姿を見せたらどうだ?」
近付いてくる男の姿が月明かりに浮かび上がる。
「お前は一体何者だッ!」
闇の中から姿を現した人物は、錯乱中と噂のアレス・ソルジャーだ。
彼は威嚇する犬のように、夜の静寂にがなり声を轟かせた。
俺はめんどくさいやつだなと、ため息を落とす。
「俺は公爵家の三男、リオニス・グラップラーだけ――「嘘をつくなぁぁあああああッ!!」
「!?」
俺の言葉を遮り、血走った眼のアレスが狂ったように叫ぶ。
思わず肩が跳ねてしまったのは、その声量に驚いたからではない。
「お前がリオニスのはずがない! だって、だってぇッ……全然違うじゃないかッ!」
「違う?」
まさか、俺が転生者であることがバレているのか?
「お前がリオニス・グラップラーだというのなら、何であの日アリシアからの婚約破棄を受け入れなかった!」
「それならあの場でも言ったはずだが、俺たちの婚約は当人同士が簡単に破棄できるようなものではないんだ。ましてやあのような祝の場で――」
「―――そんな詭弁は聞いちゃいないッ!!」
狂気に満ちた彼は端から俺の言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。
「本来ならお前はあそこで清々したと言うはずなんだよ。言わなきゃいけないんだァッ! つーか言ったんだよお前はッ! なのに、なのにお前が未練がましく別れたくないなんて言うから、僕はアリシアとエッチができなかった」
「は?」
怒りに震えるアレスがギッと睨めつけてくる。
それはただの逆恨みというやつなのでは?
「僕はずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっっっっと楽しみにしていたんだぞ! それなのにお前が意味不明な行動を取ったせいで、全部台無しじゃないかッ!」
やはり、こいつ……。
「お前が婚約破棄を受け入れなかったあの日から、すべてが狂ったんだ!」
「なんで俺の婚約破棄が――」
「うるさいッ! 今回の事件だって本来の世界線では起こらない出来事だったのに、お前が前回とまったく違う言動を繰り返すからおかしくなってしまったんだ!」
「前回?」
前回とはなんだ?
俺が思っていた答えと、アレスが口にした言葉のニュアンスが違う気がする。
今の言い方だと、まるでアレス・ソルジャーはこの世界を一度経験してきたかのようではないか。
「どうしてくれるんだよ! 責任者を取れ!」
「突然そんなことを言われても意味がわからん!」
「お前のせいで予測不能な世界になったって言ってんだよ!」
「俺のせい?」
それはやはり俺がラスボス然とした態度でなくなったことが原因なのか?
「僕は前回のシナリオ通りに動いたんだ! それなのにお前が全然違う行動ばかりするから、前回はいなかったダークエルフ美少女まで現れた――いや、百歩譲って彼女はいい! 美人だったから、僕好みに大きかったから許す! けどお前は違うからなッ!」
恨みがましく睨みつけてくる。
「お前が前回と違う行動ばかり取るから、僕のモテパワーもなぜか消えてしまったんだ! あんなに僕にメロメロだったメグが素っ気なくなったのも全部お前のせいだァッ!」
アレスに謎のモテパワーを与えていた精霊を封印したことで、件の痴漢少女も魅了から開放されたのだろう。
「僕は忘れないからな! 前回お前が僕たちにしたひどい仕打ちを!」
「前回俺がしたひどい仕打ち?」
一体何のことだと思った刹那――
「――痛ッ!?」
頭の奥に針で刺されたような鋭い痛みが走った。
すると、途端に頭の中に見覚えのない景色が浮かび上がってくる。
燃えさかる炎のなかに佇む俺。
その正面には、だらりと手足を放り出したアリシアが横たわっていた。
そんな彼女を抱きかかえているのは、今よりも少し大人っぽいアレスだ。
眼前のアレスは涙ながらに何かを叫んでいる――が、その声はノイズがひどくて聞こえない。
「ゔうぅ……痛ッ!?」
ひどい頭痛とともに映像が乱れる。
途端に胸が苦しくなって息が詰まる。心臓は焼けるように熱く、痛い。
あの日と同じだ。
俺の中で何かが暴れまわっている。
「とごぇ、も……にが、さんぞ………アレズ………ゾルジャァァアアアアアアア!!」
「―――!?」
違う。
俺ではない。
災いの口とも違う、ナニカ。
俺ではないナニカが憎しみの炎を燃やし、この体を乗っ取ろうとしている。
「本性を表したな、ゾンビ野郎ッ!」
後ろに跳び退いたアレスが、すかさず杖剣を構える。
その動きに反応するように、この体が、右腕が腰の杖剣に伸びていく。
「ぐぅ……!」
俺は咄嗟に逆側の手でそれを抑えた。
「一体何の真似だリオニス・グラップラー!」
「消えろ……おれの、前がら……早ぐぅッ」
「ばっ、バカにしやがってッ! 今ここで悪の元凶たるお前を成敗してくれる!」
杖剣の切っ先を地面に走らせ、闇に火の粉を散らしながらアレスが突っ込んでくる。
「うらぁッ!」
「ぐぞッ……」
やむを得ず掴んでいた手を離し、俺も抜き身を晒す。
辺りを揺らすけたたましい金属音が、夜に何度も鳴り響いた。
今は何とか意識を集中して暴れまわる右腕を制御しているが、このままでは何れこの右腕はアレスを斬り裂いてしまうだろう。
そうなれば俺は貴族殺しの罪人となり、この先に待ち受ける未来は暗い牢獄。果ては処刑台となる。
そんな人生は御免だ。
「(クソッ!? ちゃんと周りを見て戦えよ!)」
無闇矢鱈に突っ込んでくるアレスの首を刎ねてしまいそうになり、
「ぐはぁッ!?」
俺は胸の痛みをこらえながら、即座にアレスの土手っ腹に前蹴りを叩き込んだ。
間一髪、アレスを緊急回避させることに成功する。
「―――っやろう!」
後方に吹き飛んだアレスだったが、こちらの苦労も知らず、地面に片手をついては前傾姿勢のまま再び突撃してくる。
俺はタイミングを見計らい、迫りくるアレスの顔面目掛けて魔法を放った。
「光で照らせ――光玉」
「うっ、うわぁぁああああああああああああああああああッ!?!?」
強烈な光がアレスの視界をまたたく間に焼いた。
俺は咄嗟に外套で光を遮断する。
「目がッ!? 目がぁぁあああああああああああああッ!?」
アレスの手からズリ落ちた杖剣が、甲高い音を響かせながら地面を転がる。
俺は右腕を押さえながらアレスの真上に向かって跳躍、そのまま後頭部めがけて右脚を一気に振り抜いた。
「――――うがぁッ!?」
アレスの頭部に渾身の踵落としが炸裂すると、彼は白目を剥いて地に伏せてしまった。
「……戻った?」
気がつくと俺の右腕の感覚もすっかり元に戻っていて、あの焼けるような痛みも消えていた。
「一体何だったんだ?」
それに一瞬見えたあの光景は……。
二人とも今より少し大人っぽかったが、あれは間違いなくアリシアとアレスだったと思う。
ぐったりと横たわったアリシアに至っては、息をしていなかったようにも思えた。
「俺が、やったのか?」
俺には前世の記憶と、リオニスとして生まれ変わってからの記憶がある。
けれど、あのような記憶は……果たしてあっただろうか?
「うーん?」
自分のことなのに、俺は俺がわからなかった。
「こいつは、何か知ってるのか?」
気を失ったアレスに視線を落としてみるが、考えたところで答えは出ない。
「目が覚めたら、一度アレスと話し合ってみるか」
俺はとりあえず気絶したアレスを近くのベンチに寝かせ、本来の目的であった校舎へと足を踏み入れた。
学生寮に隣接された校舎に向かって暗闇のなかを進んでいると、不意に前方から凄まじい殺気を感じ立ち止まった俺は、殺気の主に向かって声を発した。
「待ち伏せとは相変わらず趣味が悪いな。いい加減姿を見せたらどうだ?」
近付いてくる男の姿が月明かりに浮かび上がる。
「お前は一体何者だッ!」
闇の中から姿を現した人物は、錯乱中と噂のアレス・ソルジャーだ。
彼は威嚇する犬のように、夜の静寂にがなり声を轟かせた。
俺はめんどくさいやつだなと、ため息を落とす。
「俺は公爵家の三男、リオニス・グラップラーだけ――「嘘をつくなぁぁあああああッ!!」
「!?」
俺の言葉を遮り、血走った眼のアレスが狂ったように叫ぶ。
思わず肩が跳ねてしまったのは、その声量に驚いたからではない。
「お前がリオニスのはずがない! だって、だってぇッ……全然違うじゃないかッ!」
「違う?」
まさか、俺が転生者であることがバレているのか?
「お前がリオニス・グラップラーだというのなら、何であの日アリシアからの婚約破棄を受け入れなかった!」
「それならあの場でも言ったはずだが、俺たちの婚約は当人同士が簡単に破棄できるようなものではないんだ。ましてやあのような祝の場で――」
「―――そんな詭弁は聞いちゃいないッ!!」
狂気に満ちた彼は端から俺の言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。
「本来ならお前はあそこで清々したと言うはずなんだよ。言わなきゃいけないんだァッ! つーか言ったんだよお前はッ! なのに、なのにお前が未練がましく別れたくないなんて言うから、僕はアリシアとエッチができなかった」
「は?」
怒りに震えるアレスがギッと睨めつけてくる。
それはただの逆恨みというやつなのでは?
「僕はずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっっっっと楽しみにしていたんだぞ! それなのにお前が意味不明な行動を取ったせいで、全部台無しじゃないかッ!」
やはり、こいつ……。
「お前が婚約破棄を受け入れなかったあの日から、すべてが狂ったんだ!」
「なんで俺の婚約破棄が――」
「うるさいッ! 今回の事件だって本来の世界線では起こらない出来事だったのに、お前が前回とまったく違う言動を繰り返すからおかしくなってしまったんだ!」
「前回?」
前回とはなんだ?
俺が思っていた答えと、アレスが口にした言葉のニュアンスが違う気がする。
今の言い方だと、まるでアレス・ソルジャーはこの世界を一度経験してきたかのようではないか。
「どうしてくれるんだよ! 責任者を取れ!」
「突然そんなことを言われても意味がわからん!」
「お前のせいで予測不能な世界になったって言ってんだよ!」
「俺のせい?」
それはやはり俺がラスボス然とした態度でなくなったことが原因なのか?
「僕は前回のシナリオ通りに動いたんだ! それなのにお前が全然違う行動ばかりするから、前回はいなかったダークエルフ美少女まで現れた――いや、百歩譲って彼女はいい! 美人だったから、僕好みに大きかったから許す! けどお前は違うからなッ!」
恨みがましく睨みつけてくる。
「お前が前回と違う行動ばかり取るから、僕のモテパワーもなぜか消えてしまったんだ! あんなに僕にメロメロだったメグが素っ気なくなったのも全部お前のせいだァッ!」
アレスに謎のモテパワーを与えていた精霊を封印したことで、件の痴漢少女も魅了から開放されたのだろう。
「僕は忘れないからな! 前回お前が僕たちにしたひどい仕打ちを!」
「前回俺がしたひどい仕打ち?」
一体何のことだと思った刹那――
「――痛ッ!?」
頭の奥に針で刺されたような鋭い痛みが走った。
すると、途端に頭の中に見覚えのない景色が浮かび上がってくる。
燃えさかる炎のなかに佇む俺。
その正面には、だらりと手足を放り出したアリシアが横たわっていた。
そんな彼女を抱きかかえているのは、今よりも少し大人っぽいアレスだ。
眼前のアレスは涙ながらに何かを叫んでいる――が、その声はノイズがひどくて聞こえない。
「ゔうぅ……痛ッ!?」
ひどい頭痛とともに映像が乱れる。
途端に胸が苦しくなって息が詰まる。心臓は焼けるように熱く、痛い。
あの日と同じだ。
俺の中で何かが暴れまわっている。
「とごぇ、も……にが、さんぞ………アレズ………ゾルジャァァアアアアアアア!!」
「―――!?」
違う。
俺ではない。
災いの口とも違う、ナニカ。
俺ではないナニカが憎しみの炎を燃やし、この体を乗っ取ろうとしている。
「本性を表したな、ゾンビ野郎ッ!」
後ろに跳び退いたアレスが、すかさず杖剣を構える。
その動きに反応するように、この体が、右腕が腰の杖剣に伸びていく。
「ぐぅ……!」
俺は咄嗟に逆側の手でそれを抑えた。
「一体何の真似だリオニス・グラップラー!」
「消えろ……おれの、前がら……早ぐぅッ」
「ばっ、バカにしやがってッ! 今ここで悪の元凶たるお前を成敗してくれる!」
杖剣の切っ先を地面に走らせ、闇に火の粉を散らしながらアレスが突っ込んでくる。
「うらぁッ!」
「ぐぞッ……」
やむを得ず掴んでいた手を離し、俺も抜き身を晒す。
辺りを揺らすけたたましい金属音が、夜に何度も鳴り響いた。
今は何とか意識を集中して暴れまわる右腕を制御しているが、このままでは何れこの右腕はアレスを斬り裂いてしまうだろう。
そうなれば俺は貴族殺しの罪人となり、この先に待ち受ける未来は暗い牢獄。果ては処刑台となる。
そんな人生は御免だ。
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「ぐはぁッ!?」
俺は胸の痛みをこらえながら、即座にアレスの土手っ腹に前蹴りを叩き込んだ。
間一髪、アレスを緊急回避させることに成功する。
「―――っやろう!」
後方に吹き飛んだアレスだったが、こちらの苦労も知らず、地面に片手をついては前傾姿勢のまま再び突撃してくる。
俺はタイミングを見計らい、迫りくるアレスの顔面目掛けて魔法を放った。
「光で照らせ――光玉」
「うっ、うわぁぁああああああああああああああああああッ!?!?」
強烈な光がアレスの視界をまたたく間に焼いた。
俺は咄嗟に外套で光を遮断する。
「目がッ!? 目がぁぁあああああああああああああッ!?」
アレスの手からズリ落ちた杖剣が、甲高い音を響かせながら地面を転がる。
俺は右腕を押さえながらアレスの真上に向かって跳躍、そのまま後頭部めがけて右脚を一気に振り抜いた。
「――――うがぁッ!?」
アレスの頭部に渾身の踵落としが炸裂すると、彼は白目を剥いて地に伏せてしまった。
「……戻った?」
気がつくと俺の右腕の感覚もすっかり元に戻っていて、あの焼けるような痛みも消えていた。
「一体何だったんだ?」
それに一瞬見えたあの光景は……。
二人とも今より少し大人っぽかったが、あれは間違いなくアリシアとアレスだったと思う。
ぐったりと横たわったアリシアに至っては、息をしていなかったようにも思えた。
「俺が、やったのか?」
俺には前世の記憶と、リオニスとして生まれ変わってからの記憶がある。
けれど、あのような記憶は……果たしてあっただろうか?
「うーん?」
自分のことなのに、俺は俺がわからなかった。
「こいつは、何か知ってるのか?」
気を失ったアレスに視線を落としてみるが、考えたところで答えは出ない。
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