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石板
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大聖堂を飛び出した俺は、逃げるように石畳を駆け抜け、まだ人影のまばらな広場の石段に腰を下ろした。胸の奥がひどくざわついている。吐き出した息さえ、うまく形を成さない。
そのときだった。
:初見です
:うわ、男かよ
:しかもクソ弱そうww
:こりゃすぐに脱落すんじゃね?
……なんだ、これは?(三回目)
視界の端に、さっきと同じ――理解不能な、だが妙に整った文字列が浮かび上がっている。静かに、しかししつこく、俺の思考を横から叩くように。
「……」
やはり、読めてしまう。
弱そう……俺のことだろうか?
脱落……これについては何のことだかさっぱり分からない。
誰かが俺に向けて送っているのか? 書いているのか?
いや、それ以前に、なぜ視界から消えない?
悪魔の刻印を見た者として糾弾される光景が頭をよぎる。もしこれを他人に見られたら――俺は確実に異端者として焚刑台行きだ。冗談ではない。
俺は絶体絶命の危地にある。
勢いに任せて【はい】を選択するべきではなかった、と早くも後悔が胃の裏を締めつける。
しかし、その不安は奇妙な形で裏切られた。
徐々に人が増え、広場にざわめきが戻りはじめても、誰一人として俺の“視界に貼り付いた文字”に触れようとはしない。
すれ違った者たちは、俺が石段で何やら空中を指で探るようにしているのを怪訝そうに見ていくだけだ。
そして気づく。
この悪魔文字は、俺が目を動かすたびに寄り添うように位置を変えている。いや、正確には、視界の端に固定され、俺の動きに従って滑るように付いてくるのだ。
――まさか、俺にしか見えていない?
断言はできない。だが、俺が何度もこの謎の文字へ手を伸ばしても、周囲の人々は文字そのものにはまったく反応を示さない。少なくとも共有された幻影ではない。
「……動かせるのか?」
恐る恐る指で触れてみると、手応えこそないのに、不思議な“石板”がぬるりと動いた。
まるで空気の中に浮かぶ透明な板を撫でているような感触だ。
さらに驚くべきことに、人差し指と親指で摘む動作をすると、その石板は伸びたり縮んだりした。大きさが自在に変わる。これは明らかに常識では説明できない。
石板の上部にはこう記されている。
【チャット】
その下には、
【上位のメッセージ】
そして横には、視聴数【38】――とある。
「し、視聴……? 何かの暗号か……?」
視界の片隅で、数字が【38】から【44】へと跳ね上がった。
まるで俺の困惑を面白がって増殖しているかのようだ。
「この三本線は……なんだ?」
石板とは別に、視野の端に小さな“三本線”が浮かんでいる。
好奇心に押され、そっと触れた瞬間――
ぱん、と音さえ聞こえそうな勢いで、新たな石板が眼前に現れた。
【メニュー】
唐突すぎる光景に、思わず肩が跳ねる。
広場を行き交う人々の視線が、一瞬だけ俺へと吸い寄せられたような気がした。
そのくせ誰も何も言わない。余計に気まずくて、頬がじんわり熱くなる。
どこへ向けたものか分からぬ虚ろな咳払いを一つ落とし、俺は再び浮かんだ石板へと視線を戻した。
【メニュー】
配信について
現在の順位
ポイント交換所
イベント情報
入室/現在使用不可
ファンBOX
――
「……う~ん。これが│権能《オリジン》ってこと、なのか?」
“チャット”に続き、今度は“メニュー”。
俺の想像していた│権能《オリジン》は、もっとこう……炎や雷といった……世界を揺るがすような力のはずだった。
これでは酒場のメニュー表じゃないか。
それでも――
目覚めなかったよりは、幾分マシだと自分に言い聞かせる。
「配信について……?」
ひょっとしたら、ここに│権能《オリジン》の真の力について記されているのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、最上段の項目をそっと押した。
すると、石板に淡い光が走り、文字が次々と浮かび上がる。
――あなたは配信者に選ばれました。
あなたに拒否権はありません。
配信者は常に100名となるよう調整されています。
配信者には順位がつけられます。
順位は定期的に発表されます。
デッドライン以下の順位となった者には【追跡者】が送り込まれます。
ランキング上位者には特典が与えられます。
「……追跡者?」
喉がわずかに震えた。
不気味な単語だけが、妙に重く胸に沈む。
しかし説明はまだ続く。
――視聴ポイントについて。
人生を配信することでポイントが獲得できます。
視聴者はあなたの人生を評価します。
一日の評価は0時になると自動的にリセットされます。
一定の評価に到達することでポイントが獲得できます。
獲得したポイントは【能力】または【アイテム】と交換できます。
一定の成果を達成することでボーナスポイントが得られます。
ポイント交換については【メニュー】から【ポイント交換所】をご覧ください。
石板には、この他にも理解不能な文言が、まるで呪文のように延々と連なっていた。
読み終えて、俺はしばらく呆然と風に晒されていた。
そのときだった。
:初見です
:うわ、男かよ
:しかもクソ弱そうww
:こりゃすぐに脱落すんじゃね?
……なんだ、これは?(三回目)
視界の端に、さっきと同じ――理解不能な、だが妙に整った文字列が浮かび上がっている。静かに、しかししつこく、俺の思考を横から叩くように。
「……」
やはり、読めてしまう。
弱そう……俺のことだろうか?
脱落……これについては何のことだかさっぱり分からない。
誰かが俺に向けて送っているのか? 書いているのか?
いや、それ以前に、なぜ視界から消えない?
悪魔の刻印を見た者として糾弾される光景が頭をよぎる。もしこれを他人に見られたら――俺は確実に異端者として焚刑台行きだ。冗談ではない。
俺は絶体絶命の危地にある。
勢いに任せて【はい】を選択するべきではなかった、と早くも後悔が胃の裏を締めつける。
しかし、その不安は奇妙な形で裏切られた。
徐々に人が増え、広場にざわめきが戻りはじめても、誰一人として俺の“視界に貼り付いた文字”に触れようとはしない。
すれ違った者たちは、俺が石段で何やら空中を指で探るようにしているのを怪訝そうに見ていくだけだ。
そして気づく。
この悪魔文字は、俺が目を動かすたびに寄り添うように位置を変えている。いや、正確には、視界の端に固定され、俺の動きに従って滑るように付いてくるのだ。
――まさか、俺にしか見えていない?
断言はできない。だが、俺が何度もこの謎の文字へ手を伸ばしても、周囲の人々は文字そのものにはまったく反応を示さない。少なくとも共有された幻影ではない。
「……動かせるのか?」
恐る恐る指で触れてみると、手応えこそないのに、不思議な“石板”がぬるりと動いた。
まるで空気の中に浮かぶ透明な板を撫でているような感触だ。
さらに驚くべきことに、人差し指と親指で摘む動作をすると、その石板は伸びたり縮んだりした。大きさが自在に変わる。これは明らかに常識では説明できない。
石板の上部にはこう記されている。
【チャット】
その下には、
【上位のメッセージ】
そして横には、視聴数【38】――とある。
「し、視聴……? 何かの暗号か……?」
視界の片隅で、数字が【38】から【44】へと跳ね上がった。
まるで俺の困惑を面白がって増殖しているかのようだ。
「この三本線は……なんだ?」
石板とは別に、視野の端に小さな“三本線”が浮かんでいる。
好奇心に押され、そっと触れた瞬間――
ぱん、と音さえ聞こえそうな勢いで、新たな石板が眼前に現れた。
【メニュー】
唐突すぎる光景に、思わず肩が跳ねる。
広場を行き交う人々の視線が、一瞬だけ俺へと吸い寄せられたような気がした。
そのくせ誰も何も言わない。余計に気まずくて、頬がじんわり熱くなる。
どこへ向けたものか分からぬ虚ろな咳払いを一つ落とし、俺は再び浮かんだ石板へと視線を戻した。
【メニュー】
配信について
現在の順位
ポイント交換所
イベント情報
入室/現在使用不可
ファンBOX
――
「……う~ん。これが│権能《オリジン》ってこと、なのか?」
“チャット”に続き、今度は“メニュー”。
俺の想像していた│権能《オリジン》は、もっとこう……炎や雷といった……世界を揺るがすような力のはずだった。
これでは酒場のメニュー表じゃないか。
それでも――
目覚めなかったよりは、幾分マシだと自分に言い聞かせる。
「配信について……?」
ひょっとしたら、ここに│権能《オリジン》の真の力について記されているのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、最上段の項目をそっと押した。
すると、石板に淡い光が走り、文字が次々と浮かび上がる。
――あなたは配信者に選ばれました。
あなたに拒否権はありません。
配信者は常に100名となるよう調整されています。
配信者には順位がつけられます。
順位は定期的に発表されます。
デッドライン以下の順位となった者には【追跡者】が送り込まれます。
ランキング上位者には特典が与えられます。
「……追跡者?」
喉がわずかに震えた。
不気味な単語だけが、妙に重く胸に沈む。
しかし説明はまだ続く。
――視聴ポイントについて。
人生を配信することでポイントが獲得できます。
視聴者はあなたの人生を評価します。
一日の評価は0時になると自動的にリセットされます。
一定の評価に到達することでポイントが獲得できます。
獲得したポイントは【能力】または【アイテム】と交換できます。
一定の成果を達成することでボーナスポイントが得られます。
ポイント交換については【メニュー】から【ポイント交換所】をご覧ください。
石板には、この他にも理解不能な文言が、まるで呪文のように延々と連なっていた。
読み終えて、俺はしばらく呆然と風に晒されていた。
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