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教室の隅。窓際の席で私は今日も一人きり、ノートを開いたままペンを動かすふりをしていた。
話しかけてくる人間なんていない。みんな、私の顔を見ると一瞬だけ目をそらすか、妙に気まずそうな表情を浮かべる。それはたぶん、私の目つきのせい。整っているとよく言われるけど、それはつまり「怖い」って意味だって、私は知ってる。
……だって、そういう役ばっかりだったもの。
私は、元・子役女優。八歳でドラマデビューして、十歳で悪女役を任された。
鋭い目元、冷たい声、毒のある笑み。大人たちはみんな言った。「白瀬真冬にしかできない役だ」って。
でも、あの人たちはきっと知らなかった。本当に“悪い子”になるのは簡単だったってこと。
中学生になった頃には、私の周りにはいつも大人の男たちがいた。スタッフ、演出家、共演者――年上ばかり。
私は、少し媚びて笑って、少し甘えた声を出して、少しだけ肌を見せた。それだけでみんな、簡単に落ちた。
その先は……語るまでもない。
バレたとき、事務所は火消しに躍起になったけど、結局私は“干された”。
「高校を卒業するまでは、大人しくしてろ」
マネージャーの八代が言ったあの言葉だけが、今も頭に残ってる。
地方の進学校。芸能活動もすべてストップ。目立たず、真面目に、静かに三年間を過ごせば、また戻れる。そう言われて、私はこの学校に転校してきた。
でも、ねえ――八代さん。
私は、そろそろ限界かもしれない。
誰も話しかけてこない教室。退屈な授業。誰の視線も私を通りすぎていく。
誰も知らない。私がどれだけ“感情”に飢えてるか。
そんな中、昼休みの廊下でふたりの男女を見かけた。
成瀬和真と、花咲千夏。
クラスでも噂のコンビ。和真はまっすぐで整った顔のイケメン、千夏はふんわり系の優等生。
ふたりでパンを半分こして、笑ってる。その姿は、教科書にでも載せたいくらい「青春」だった。
……バカみたい。
でも、ふと胸がざわついた。
(ああ、まただ。壊したい)
その幸せそうな光景を見てると、私の中の“悪役”がざわつく。
奪って、傷つけて、泣かせて――そうやってしか、私は誰かの心を動かせなかった。
封印したはずの衝動。だけど、それが今、顔を出し始めてる。
気づけば、舌が下唇をなぞってた。
「……私、もう我慢できない」
⭐︎⭐︎⭐︎
成瀬悠真。高校二年、委員長、成績優秀、品行方正――いわゆる「真面目くん」だ。
朝はチャイムの二十分前に登校して、掃除してる用務員に頭下げて、花壇の草まで抜いてたりする。
意味分かんない。
誰も見てないのに、そういう“良い子”ムーブが素でできるやつ。そういう人種、ほんとにいるんだって知ったとき、ちょっと笑っちゃった。
それから、ちょっと気になってる。
別に好きとか、そういうのじゃない。
ただ、こういう男が――私にだけ反応を変える瞬間って、たまらなく気持ちいいんだよね。
まっすぐで、誰にでも優しくて、恋人には誠実で。
そういう男を、私だけに夢中にさせる。それが、クセになってる。
私はビッチだ。
昔から、欲しいと思った男には自分から手を伸ばしてきた。
見た目が良いだけじゃダメ。恋人がいるとか、誠実とか、そういう“守ってるもの”がある男ほど、壊したくなる。
だってさ、その瞬間――
「私が世界の全部」になれる気がするんだよ。
*
成瀬を観察するようになって、もう三日目。
放課後の廊下、部活終わりの昇降口、図書室の窓際。
最初はただの興味だったのに、今はもう“どう崩そうか”っていう視点で見てる自分がいる。
今日もまた、彼は例の幼馴染っぽい地味系女子と一緒に帰ってた。
仲良く並んでるけど、指一本触れてない。距離感もやけに遠い。
――ああ、そういうこと。
この二人、付き合ってない。というか、付き合う勇気がない。
成瀬はきっと、「大事にしなきゃ」とか思ってるタイプ。
でも、それって逆に言えば――“ちょっとした刺激”に、簡単に揺れるタイプってこと。
「ふーん……チョロいかも」
私はスマホをポケットに滑り込ませて、後ろからついて行く。
バレないように、でも見える距離で。
そのまま、コンビニの前で二人は別れた。
地味系女子が小さく手を振って、先に駅へ向かう。
……いいね、こういうところから入るのが一番スムーズ。
夜。ベッドに寝転びながら、さっきの光景を思い出す。
手も繋がない幼馴染。踏み込めないままの二人。
そこに“私”っていう刺激が割って入る。
彼が戸惑って、困って、でも拒めない。
そんな展開が、今から楽しみで仕方ない。
「ねえ、成瀬くん。私だけしか見えなくなるまで、ちゃんと沼ってよね」
気づけば、舌が下唇をなぞってた。
これは私のクセ。
狩りの前に、自然と出る仕草。
誰かに直せって言われたこともあるけど、なおす気なんて最初からない。
むしろ、これすら“罠”なんだよ。
私の仕草ひとつで、男が反応する。
その瞬間を見逃したくないから、私はいつも自分を“演出”してる。
さあ、成瀬。
君が最初に“反応”するのは――どこかな?
話しかけてくる人間なんていない。みんな、私の顔を見ると一瞬だけ目をそらすか、妙に気まずそうな表情を浮かべる。それはたぶん、私の目つきのせい。整っているとよく言われるけど、それはつまり「怖い」って意味だって、私は知ってる。
……だって、そういう役ばっかりだったもの。
私は、元・子役女優。八歳でドラマデビューして、十歳で悪女役を任された。
鋭い目元、冷たい声、毒のある笑み。大人たちはみんな言った。「白瀬真冬にしかできない役だ」って。
でも、あの人たちはきっと知らなかった。本当に“悪い子”になるのは簡単だったってこと。
中学生になった頃には、私の周りにはいつも大人の男たちがいた。スタッフ、演出家、共演者――年上ばかり。
私は、少し媚びて笑って、少し甘えた声を出して、少しだけ肌を見せた。それだけでみんな、簡単に落ちた。
その先は……語るまでもない。
バレたとき、事務所は火消しに躍起になったけど、結局私は“干された”。
「高校を卒業するまでは、大人しくしてろ」
マネージャーの八代が言ったあの言葉だけが、今も頭に残ってる。
地方の進学校。芸能活動もすべてストップ。目立たず、真面目に、静かに三年間を過ごせば、また戻れる。そう言われて、私はこの学校に転校してきた。
でも、ねえ――八代さん。
私は、そろそろ限界かもしれない。
誰も話しかけてこない教室。退屈な授業。誰の視線も私を通りすぎていく。
誰も知らない。私がどれだけ“感情”に飢えてるか。
そんな中、昼休みの廊下でふたりの男女を見かけた。
成瀬和真と、花咲千夏。
クラスでも噂のコンビ。和真はまっすぐで整った顔のイケメン、千夏はふんわり系の優等生。
ふたりでパンを半分こして、笑ってる。その姿は、教科書にでも載せたいくらい「青春」だった。
……バカみたい。
でも、ふと胸がざわついた。
(ああ、まただ。壊したい)
その幸せそうな光景を見てると、私の中の“悪役”がざわつく。
奪って、傷つけて、泣かせて――そうやってしか、私は誰かの心を動かせなかった。
封印したはずの衝動。だけど、それが今、顔を出し始めてる。
気づけば、舌が下唇をなぞってた。
「……私、もう我慢できない」
⭐︎⭐︎⭐︎
成瀬悠真。高校二年、委員長、成績優秀、品行方正――いわゆる「真面目くん」だ。
朝はチャイムの二十分前に登校して、掃除してる用務員に頭下げて、花壇の草まで抜いてたりする。
意味分かんない。
誰も見てないのに、そういう“良い子”ムーブが素でできるやつ。そういう人種、ほんとにいるんだって知ったとき、ちょっと笑っちゃった。
それから、ちょっと気になってる。
別に好きとか、そういうのじゃない。
ただ、こういう男が――私にだけ反応を変える瞬間って、たまらなく気持ちいいんだよね。
まっすぐで、誰にでも優しくて、恋人には誠実で。
そういう男を、私だけに夢中にさせる。それが、クセになってる。
私はビッチだ。
昔から、欲しいと思った男には自分から手を伸ばしてきた。
見た目が良いだけじゃダメ。恋人がいるとか、誠実とか、そういう“守ってるもの”がある男ほど、壊したくなる。
だってさ、その瞬間――
「私が世界の全部」になれる気がするんだよ。
*
成瀬を観察するようになって、もう三日目。
放課後の廊下、部活終わりの昇降口、図書室の窓際。
最初はただの興味だったのに、今はもう“どう崩そうか”っていう視点で見てる自分がいる。
今日もまた、彼は例の幼馴染っぽい地味系女子と一緒に帰ってた。
仲良く並んでるけど、指一本触れてない。距離感もやけに遠い。
――ああ、そういうこと。
この二人、付き合ってない。というか、付き合う勇気がない。
成瀬はきっと、「大事にしなきゃ」とか思ってるタイプ。
でも、それって逆に言えば――“ちょっとした刺激”に、簡単に揺れるタイプってこと。
「ふーん……チョロいかも」
私はスマホをポケットに滑り込ませて、後ろからついて行く。
バレないように、でも見える距離で。
そのまま、コンビニの前で二人は別れた。
地味系女子が小さく手を振って、先に駅へ向かう。
……いいね、こういうところから入るのが一番スムーズ。
夜。ベッドに寝転びながら、さっきの光景を思い出す。
手も繋がない幼馴染。踏み込めないままの二人。
そこに“私”っていう刺激が割って入る。
彼が戸惑って、困って、でも拒めない。
そんな展開が、今から楽しみで仕方ない。
「ねえ、成瀬くん。私だけしか見えなくなるまで、ちゃんと沼ってよね」
気づけば、舌が下唇をなぞってた。
これは私のクセ。
狩りの前に、自然と出る仕草。
誰かに直せって言われたこともあるけど、なおす気なんて最初からない。
むしろ、これすら“罠”なんだよ。
私の仕草ひとつで、男が反応する。
その瞬間を見逃したくないから、私はいつも自分を“演出”してる。
さあ、成瀬。
君が最初に“反応”するのは――どこかな?
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