駿河皐月集

壊れ始めたラジオ

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半田皐月という女

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 時は立成りっせい十九年、皐月。ここ静岡の地に半田皐月はんださつきという女あり。
 私、誾林駿河ぎんばやしするがは将来、我が住処すみかである「達原城たちばらじょう」を任される身。民の生活を日々観察するのも、未来の城主たる務めである。
 その日は濁りなど微塵もない勿忘草わすれなぐさ色をたたえる空のもと、心晴れやかになり、私は少し遠くまで足を運んでいた。風の向くまま、気の向くまま。遠出への備えを何もしていなかった私は、戌の鳴く頃にはすっかり喉を渇かしてしまっていた。おや、天気雨であろうか。私が気づいた時には、頭から足の先までの全てがくまなく濡れていた。「ああっ、ごめんね~! 手が滑っちゃって!」という声がした方へ顔を向けると、なんということだろう、そこには虹を引き連れた、長髪の美少女がいたではあるまいか。彼女だ。彼女に違いない。私の人生設計が整った。一目惚れというやつである。
 あれから半年ほど経った。今では彼女、半田皐月はんださつきの家に私は足繫あししげく通うようになっていた。「いらっしゃ~い。今日も来たんだぁ~!」の声を聞くのも、もう何度目だろうか。季節は冬。冷たく刺す外の空気は、花にとっては厳しいものだ。この寒い期間、彼女は宅内の一角、硝子に覆われた空間で花を愛でている。如雨露じょうろで水をやる彼女の姿もまた、私にとっては眼福というものだ。

 私は幾度となく「花が綺麗だな」と伝えているが、彼女から一向にそれらしい返事は返ってきていない。
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