ランゲルハンス島奇譚(2)「シラノ・ド・ベルジュラックは眠らない(上)」

乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh

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一章

五節

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 翌日、アメリアは休日を返上し黒いレディを出して霊を探しに行った。普段は首都での魂回収がメインなので郊外へ足を延ばした。しかし見回ってみたものの霊は見つからなかった。途中、他神族の魂の回収者を見かけたので会釈をしたが挨拶を返されなかった。

 サービスエリアで昼食を摂りつつ携帯電話でネットニュースを読む。主要駅のゴミ箱から白骨化した女性の遺体の一部が見つかったらしい。被害者の身許は現在調査中だそうだ。全てのバラバラ殺人事件において身許調査中なので、発見されるのは手がかりとなり易い部位ではないのだろう。

 甘ったるいココアの瓶に口をつけた。今回遺体の一部が出た主要駅と前回の大きな公園はそれ程離れてない。霊はその地区を活動拠点にしているのかもしれない。しかし何故遺体の一部なんて捨てるのだろうか。島で暮らしていた時、ハンスおじさんから借りた犯罪心理の本を読んだ事がある。遺体を解体するのは変質者より、力が弱い女性が多いと言う。遺体は重い。従って遺棄する際に四肢を切断して小分けしして持ち運び易くするそうだ。

 アメリアは脚を組み、腕を組む。女性が車を出して遺体を分散させて運んでも地の利が悪いと捨て辛い。すると拠点の近くにするだろう。それならば多所で同一人物の遺体の一部が見つかっても良いだろう。ハデスから複数の女性が殺されていると聞いた。すると解体場所や保管場所は広くなくてはならない。そんな都合の良い拠点が狭い住宅事情の首都にあるのだろうか?

 溜め息を吐き、片手をジーンズのポケットに突っ込む。すると手に紙が触れた。紙を取り出し広げる。先日ネイサンから貰ったメモだった。

 そうだ。メール送るのすっかり忘れてた。アメリアはアドレスを急いで登録し、ネイサンにメールを送った。

 返信は直ぐに来た。

『メールありがとう! なかなか来ないから気持ち悪がられてるかなって想ってた。今、この前の公園に居るんだ。台本読みしてる。良かったら来ない?』

 アメリアは思案する。霊の捜索をしたい所だが芝居の台本を読めるのは魅力的だし、ネイサンと舞台や映画の話をするのはとても楽しそうだ。それに忙しくてメールを送らずに居て余計な心配を掛けてしまった。

 サボってる訳じゃないし、友達を大切にする事も大事だよね。

 メールを打ち、アメリアは黒いレディのキーを取り立ち上がった。



 公園の入り口のベンチにネイサンは座していた。

「お待たせ」アメリアは息を弾ませ駆け寄った。

「走って来なくても大丈夫だったのに。気を遣わせてごめんね」ネイサンは眉を下げて微笑んだ。

「ううん! ネイサンと早くお話ししたくて! だってこの間とっても楽しかったもの!」アメリアは隣に座した。

「そんな事易々と言ったらダメだよ。勘違いするよ」ネイサンは苦笑した。

「え?」

「なんでもない。良い友達が出来てとても嬉しいよ」

「あたしも! 素敵な友達が出来て嬉しいわ」アメリアは満面の笑みを向けた。

 二人は映画や舞台の話で盛り上がった。そしてネイサンが読んでいた台本を二人で読んだ。

「ネイサンって悪役演じると上手ね!」

「そうかな? 僕は大根だよ」

「そのレベルで? もっと巧い人が居るって事?」アメリアは小首を傾げた。

「うん。僕みたいなレベルの奴は世の中に沢山居るんだ。才能が突出した人間なんてほんの一握りさ。幾ら好きでも才がないとスタートラインに着けない」

「……じゃあネイサンは役者じゃないの?」

「うん。下っ端だよ。先輩の演技盗み見てこうやって空き時間に演じてるんだ」

「空き時間? いつも芝居小屋では何してるの?」

 問いに答えようとするとネイサンの携帯電話が振動した。彼は電話に出る。二言三言返事すると手刀を顔の前に掲げ、立ち上がった。そして眉を下げ申し訳無さそうに会釈すると何処かへ行ってしまった。

 急な用事が入ったのかな。時間を持て余したアメリアはノーラに向かう事にした。



 大窓からアメリアは店内を覗く。

 三人の女性客が居た。マホガニーのテーブルで彼女達は人形のパーツやソフトパステル、様々な色の小瓶、絵の具やパレットを広げ、作業をしてる。様々な色のソフトパステルをナイフで削ったり、粉末を綿棒に乗せてパーツにはたいたりしつつお喋りに花を咲かせていた。声を掛けられたコンラッドは白い手袋をはめると、女性客の人形の顔パーツを手に取り微笑んだ。彼女は頬を染めて喜んだ。

 教室開いてる。邪魔しちゃ悪いから今日は帰ろうかな。

 アメリアは踵を返す。するとドアを開いたコンラッドが声を掛ける。

「やあ、よく来てくれたね。待ってたんだ。入ってよ」エプロン姿のコンラッドが微笑んだ。

「教室開いているのに悪いわ。それに出先から来たからアイギパーンの服も着てないし借りたバッグも持って来てないもの」振り返ったアメリアは首を横に振った。

「構わないよ。君に会いたかったんだ」眉を下げたコンラッドは眼を細め、子犬のようにアメリアを見つめる。

「頼むよ」

「……じゃあちょっとだけ」根負けしたアメリアはコンラッドに促されて涼しい店内へ入った。

 アメリアが現れるとテーブルに視線を落として作業をしていた女性達は一斉に顔を見上げた。窓から覗いた時よりも少し表情が険しいような気がした。

「僕の大事な従妹なんだ。見学してもいいよね?」嘘を吐いたコンラッドは女性達に微笑む。

 女性達は頷いて微笑み返すと作業に戻った。

 アメリアはミニテーブルの側の椅子に座し作業を眺めた。

 白い手袋を嵌めた彼女達は綿棒でソフトパステルの粉を拾う。付け睫毛を眼窩の裏から接着したりアクリル絵の具で眉を描いたり、エアブラシを掛けたり、ランプの下にパーツを掲げてはバランスを見る。皆とても楽しそうだ。アメリアは嬉しくなった。父さんは皆が笑い合っているのを見るのが好きだって言っていた。きっとこういう事なのかもしれない。

「退屈してない?」腰を落としたコンラッドは座したアメリアの視線と同じ高さで問う。

「楽しそうに作業してるのを眺めるだけで楽しいわ」

「良かった。こうやって時々人形製作の教室を開いているんだ。今日は人形のメイクの回なんだ。アメリアもやってみる?」

 微笑んだアメリアは首を横に振る。

「邪魔しちゃ悪いわ」

 眉を下げ寂しそうに微笑んだコンラッドは囁いた。

「あと十五分程でお開きだからゆっくり教えてあげる」

 アメリアは驚いて身をすくませた。父親以外の男性に頬を寄せられそうになったのは初めてだ。コンラッドはアメリアに微笑むと女性客達の輪へ戻った。

 十五分経ち教室はお開きになった。しかしコンラッドと話し足りない女性客達は彼を囲んでいた。

 コンラッドってやっぱりモテるんだ。人形の国の王子様みたいだものね。アメリアは微笑んだ。

 取り巻きの女性客達にコンラッドは困っていたようで眉を下げて微笑んでいたが会話の切れ目を狙う。

「これからメーカーの営業さんが来るんだ。従妹の意見を聞きつつ商談するから今日は悪いけれども……ね?」

 女性客達は機嫌を損ねる事なく返事すると名残惜しそうにノーラを後にした。

「待たせてごめんね。いつも長いから嘘を吐かないと放してくれないんだ」

 コンラッドはレジから『閉店』と記された看板を取り、外のドアノブに掛けた。

「こうしないと落ち着いて話が出来ないから」コンラッドはカーテンを閉める。

 恐縮したアメリアは眉を下げた。

 コンラッドはマホガニーのテーブル席を勧めるとバックヤードから箱を一つ持って来た。テーブルに置かれた箱は男性人形の素体のセットだった。プライスシールが貼られている。

「プレゼント」コンラッドはアメリアの耳元で囁く。

「……コンラッド、これ商品でしょ?」

「さっきまでは商品だったんだ。十五分って言ったけど随分待たせちゃったからプレゼント」コンラッドは微笑んだ。

「高価な物を頂けないわ」

「でも僕は君にどうしても贈りたいんだ。この間の人形の彼氏にしてあげてよ。きっと独りで寂しがってると想うんだ。僕だって独りは寂しいからよく分かるんだ」コンラッドの吐息がアメリアの耳殻に当たる。

 ──コンラッドとやらはお前さんに惚れているね。

 アメリアはティコの発言を想い出して頬を染める。

「……分かった。分かったわ、コンラッド。お願いだから少し離れて」

「……どうして?」

「恥ずかしいから!」

 コンラッドは眉を下げて子犬のように微笑み返事をした。

 デザイン画を描いたアメリアはコンラッドから人形の彩色や組み立て方を教わった。

 日が落ち、通りの街灯に灯りが灯る頃、パーツの彩色と乾燥が終わった。

 コンラッドはアメリアの手許を覗き込む。

「大分進んだね。あとは組上げて頭部にベルクロシールを貼ってウィッグを被せれば完成だ。今回は組み上がったドールじゃなくてパーツだから持って帰れるよね?」

 マホガニーのテーブルには紫外線カットスプレーを掛けられたパーツが並ぶ。

「ええ。サドルバッグに入れれば持って帰れるわ。来る度に良くしてくれてありがとう、コンラッド。楽しかったわ」アメリアは微笑んだ。

 微笑み返したコンラッドは人形の顔パーツを見遣る。隈が濃く頬が痩けて青ざめた肌をした顔パーツがあった。

「でも驚いたな。君の男性の理想像ってそんな感じなの?」

「理想なのかな? 分かんない。死んだ父さんを想像したから」アメリアは苦笑した。

「……それは悪い事を聞いた。ごめんね」コンラッドは眉を下げた。

「ううん、そんな事無い。……実はね、あの水色の髪の人形、若い時の母さんにそっくりなの。だから出会った時、本当に驚いたわ。……母さん、父さんに先立たれて寂しそうだった。今日は父さんを作れて良かった。今度のお給料で父さんのウィッグを買いに来るね」アメリアは嘘を交えつつ事実を話した。

「君の父さんと母さんがここで出会えるなんて僕も嬉しいよ。……あの水色の髪の子は、ずっと前夢に現れた女性がモデルなんだ。小さくて可愛らしくてケーキ屋で働いていたんだ。理想の女性だよ」

 アメリアは息を飲む。きっとコンラッドは眠った際に魂をランゲルハンス島へ飛ばしユウを見たのだろう。

「……夢に現れた女性を人形にするなんて素敵な仕事をするのね」アメリアは微笑んだ。

「アメリアはあの女性にそっくりだ。だからあの人形を譲りたくなったんだ」コンラッドは微笑み返した。

 アメリアは俯く。

「……あたし小さくもないし可愛くもないしじゃじゃ馬だし、お洒落なんかしないし」

「構うものか。君が好きだ」

 アメリアは頬を染めた。

 するとジーンズのポケットにねじ込んでいた携帯電話が振動した。マナーモードを設定してなかったので着信音が流れる。昼間設定したばかりの曲だ。きっとネイサンからのメールだろう。

 コンラッドは苦笑する。

「残念。続きはまた今度」

 頬を染めたアメリアがテーブルを片付けている間、コンラッドは人形のパーツをエアクッションで梱包して紙袋に入れた。別れの挨拶も程々に彼女が紙袋を提げて店を出ると、コンラッドはアメリアの背を見送った。いつまでもいつまでも見送った。
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