ランゲルハンス島奇譚(2)「シラノ・ド・ベルジュラックは眠らない(上)」

乙訓書蔵 Otokuni Kakuzoh

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一章

六節

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 夕飯を終え、リビングのコーヒーテーブルでアメリアは人形を組み立てていた。テーブルには後頭部のパーツや眼球ギミック、小さなネジ、スタンドに立たされて瞳を閉じたユウ人形、携帯電話が置かれている。アメリアが瞼パーツのバネをギミックの突起に引っ掛けようと苦戦していると観光雑誌を片手にティコが現れた。

「あれ? 新しい人形? 作ってるんだ?」

「うん。コンラッドがくれたの。お友達を作ろうと想って」アメリアはパーツをコーヒーテーブルに置く。

「今日は郊外へ霊の捜索へ行ったんじゃなかった?」

「そうなんだけどね」

 アメリアは仔細を説明した。

「……ほーん。やっぱり気があるね。積極的な男だ。アメリアはコンラッドが好きか?」

「好きか嫌いかって聞かれたら好きだけど……うーん、でも普通かな? 口説かれる時は少しドキッとするし、綺麗だって褒めてくれるけどそれだけ」

「ほーん」ティコは隣に座した。

「……なんだろう。側に居てもあたしじゃなくて遠くを見てるような感じがするの」アメリアは溜め息を吐いた。

 すると携帯電話のライトが点滅した。アメリアはそれを取ると液晶を確認した。ネイサンからのメールだった。ここで読めばまたティコに色々聞かれるだろう。液晶を素早く伏せた。ティコはそれを目敏く見ていた。

「本命はそっちか」ティコは豪快に笑った。

「まさか! 友達よ。お芝居や映画の話で盛り上がったの。いい趣味仲間になれそう」

 ティコは悪戯っぽく微笑む。アメリアは溜め息を吐いた。

「イ、イポリトの部屋の整理は終ったの?」

「何とかね。一日潰しちまったよ、あれは酷かった。しかし見違える程に綺麗になった。明日から想いっきり観光を楽しむさ」

 ティコはユウ人形を手に取って眺める。

「しかし本当に素晴しい出来だ。ヘパイストスが作った人形を眺めてる気分だ」

「ヘパイストス様って、鍛冶を司る神の?」

「ああ。彼が作った土人形のパンドラは精巧な造りで大層な美女だったんだとさ。『ステュクス』のマスターであるホムンクルスのパンドラも大層な別嬪だけどね。うちの神話じゃ人類にはかつて女は存在しなかった。ゼウスの大親爺が土人形パンドラに息を吹いて生命を与えたのが『女』だとさ」

「……ねぇ、そんなに精巧なら神の端くれのあたしがこの子に息を吹きかけたら人間になるかな?」身を乗り出したアメリアは瞳を輝かせた。

「土人形とは違ってプラスティック製だけれどもやってみる価値はありそうだね」ティコはユウ人形をスタンドから外すと、アメリアに手渡した。

 瞳を閉じたアメリアはユウ人形の小さな唇に向かって息を軽く吹いた。そして瞼を開けるとティコと共に人形を凝視した。

 ユウ人形は瞳を閉じたままだった。しかし暫くすると瞼を開き琥珀色の瞳で辺りを見渡した。

 二柱は歓声を上げる。

 ユウ人形は華奢な片腕をアメリアへ伸ばした。アメリアは彼女の手をつまむと握手を交わした。ユウ人形はアメリアの手からコーヒーテーブルへ降りるとスカートをつまみティコにお辞儀をした。

「可愛いね!」ティコは微笑んだ。

「言葉を発しないね。でも仕草だけでも感情が分かる」アメリアも微笑む。

 ユウ人形は人形の顔パーツを持ち上げ二柱へ向かって掲げた。

「友達を作ってくれだとさ」ティコはアメリアを見遣る。

「また息を吹きかけたらこの子みたいに動くかな?」

「どうだろう? お前さんがメイクを施した人形もセンスはある。しかし玄人のコンラッドとやらが作ったこの人形に比べれば精巧さに欠けるからね。まあやるだけやってみな」

「まだ服やウィッグを買ってないの。命を吹き込むなら当分はパーツのままにしておく」アメリアはユウ人形の頭を撫でる。

「……それにしてもその隈が酷くて白い顔と言い、青白く光る瞳と言い、お前さんが作ろうとしているのはローレンスじゃないのか?」

 アメリアは悪戯っぽく微笑む。

「バレた? この子が母さんに似てるから人形作るなら父さんがいいと想って」

 ティコは豪快に笑う。

「それじゃ『友達』じゃないね!」

「そうだね。……この子の名前どうしようかな」

 アメリアはユウ人形の琥珀色の瞳を見つめる。

「……母さんの名前つけたい所だけど、母さんを呼び捨てにするのもなんかなぁ」

「似たような名前にしたらどうだい?」

「似た名前……。母さんの名前って極東の名前だから特殊なの。ユウってなかなかこっちじゃ付けない名前でしょ? 似たような音の名前があるかしら?」

 腕を組み、脚を組みティコは思案する。

「……ユリア、ユーディト、ユーリエ……確かにあまりないね」

「ユーリエって極東にありそうな雰囲気だね。『ユリエ』って居そう」

「ユーリエ、可愛いじゃないか」ティコは微笑んだ。

「じゃあユーリエにしようかな」



 二週間が経った。パンドラからイポリトが帰国するというメールを受けティコは荷造りをした。この二週間、アメリアは魂の回収をしつつも霊の捜索を続けていた。

 それでも尚、切断され白骨化した遺体の一部は首都の何処かしらから発見された。バラバラ殺人事件の捜査が難航する警察は善良な市民に協力を得る為、詳細な情報を公開した。しかし発見された遺体の一部は皆、個人の特徴が表れる部位では無かったので重要な情報は得られなかった。

 アメリアはハデスに頼み、運命を司るモイラ女神達からハデスへ送られるリストを送って貰った。数ヶ月前からの死亡予定の魂のリストと回収予定の魂のリスト、回収済みリストだ。彼女は二週間前から二件のリストを突き合わせて漏れが無いか調べていた。それによって冥府やエリュシオンへ送られていない魂の身許が分かると考えた。しかし魂の数は膨大だ。更にリストは古代ギリシャ語で記されていた。古代ギリシャ語を読めないアメリアは寝る間を惜しんで辞書を片手に訳した。

 すると所在不明な魂を一件だけ見つけた。首都の大きな公園の側の高級住宅街に居を構える女性の魂だ。ラップトップのモニタで女性の画像を見る。見覚えのある顔だ。アメリアは画像を睨み、記憶の糸を手繰り寄せる。そうだ。いつだったかノーラで擦れ違ってユニコーンのストラップを落としたブロンドの美女だ。

 これだけ調べてたった魂一尾だけかと落胆した。情報が僅かしか無いので思考材料としては欠ける。

 疲労でやつれた彼女を心配したユーリエがホットタオルを持って来た。アメリアは瞼をホットタオルで温めた後、ハデスにメールを送った。他神族にも魂の回収リストを突き合わせ調査して情報を提供して欲しいと文面に綴った。

 返信は数分後に来た。期待を裏切る物だった。『不可能だ』と記されていた。

 他神族共々一斉に捜索をしても情報共有や連携はしない方針らしい。人間の宗教信者同様、思想の違いにより問題が生じる可能性が高い。それによって起こるであろう争いを未然に防ぐ為の措置だった。

 下らない事で足を取られている場合か。アメリアは深い溜め息を吐いた。

 しかし街で他神族の魂回収者と擦れ違った際、こちらが挨拶をしても返さない者もいる。問題は根深いのかもしれない。

 アメリアは情報の共有を諦めた。礼のメールを打つとデスクで心配そうに見上げるユーリエを抱き、ベッドに寝転んだ。

 人間が苦しんでいるのにこんな事で足を取られ救いの手を差し伸べられない。死神として仕事を務めてもこんな冷たい争いに悩まなければならないなんて。彼女は青白く光る瞳から涙を零した。ユーリエは彼女の髪を優しく撫でた。
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