11 / 12
11
しおりを挟む
「若葉っ、あんた、何してんの」
お母さんは私を見るなり、怒鳴りつけた。
「……何、って、お母さんこそ何でここにいるの」
私は思わず眉間に皺を寄せた。
ヒステリックな、責め立てるようなこの声、この声が嫌いだ。
「あんたが、戻って来ないから心配して来てやったのに、何よその言い草は」
お母さんはつかつかと私に近づいて来た。
「戻るなんて私一言も……」
「ったく、あなたって子はだから駄目なのよ。私の言う通り、きちんと進学してれば今頃卒業してきちんとした会社で働いているはずだったのに」
剣幕に後ずさった私の背中を、がっしりとした胸が受け止めた。
振り返ると、貴司くんがいた。
「――若葉のお母さんですか?」
「誰よ、その男、若葉」
「そんなチャラチャラした人と付き合って――、あなたには私みたいになってほしくないのに」
「どうせ、浮気してどっかに行くのよ、そんな男。ねえ、若葉、お父さんだってそうだったでしょ。あんたには私しかいないんだから、戻ってきて、今すぐ家の近くの大学を受けなさい。それで、近くのきちんとした会社に就職して、私に今まで迷惑かけた分楽させてよ――」
私は全身の体温が下がって身体が硬くなるのを感じた。
ずっと毎日延々と呪いみたいに聞かされた言葉に、息が吸えなくなる。
――その時だった。
私の腕を掴んでいる、お母さんの手を貴司くんが払った。
お母さんはよろめいて、後ろに数歩下がった。
私は驚いて振り返る。貴司くんは不機嫌そうに眉を寄せて、低い声で怒鳴った。
「うるせぇよ、ババア」
彼が口にした言葉が信じられなくて、私もお母さんも思わずぽかんと口を開けた。
「お前の旦那と俺を一緒にすんな。俺は一途だ。だいたいチャラチャラしてねーし、仕事してるし、テレビ見てねーのかよ」
貴司くんは息継ぎせずに早口で怒鳴った。
一瞬シーンとしたあと、お母さんは私を見て、眉を吊り上げた。
「若葉、何なのこの失礼な男は」
私は大きく息を吐くと、彼女に向かって、たぶん、初めて大声を出した。
「――私、今、きちんと仕事してるし、毎日楽しくしてるから、放っておいてよ」
だけど、彼女は――私の言ってることなんて聞こえないみたいに、話し続けた。
「仕事って、ただのバイトでしょ? そんなのしてて何になるのよ。高卒のフリーター?情けない」
「――バイトじゃないよ、喫茶店、きちんと就職した」
「喫茶店なんかで働いてどうするの? どうせ潰れたりするのよ。そしたらもう、人生詰むわよ、今のままのあんたじゃ」
ああ、駄目だ。何を言っても。この人は私の話なんか全然聞かない。
その時、貴司くんが私の手を引っ張った。
「だいたいお前が若葉の人間関係切らせたせいで、俺が会うのが遅くなったんだよ、バーカ」
そう吐き捨てて、私を車の助手席に押し込むと、そのまま車を発車する。
「待ちなさい」とお母さんの声がしたけれど、振り向こうとする私の顔を貴司くんは前に向けさせた。
「気にしなくていいよ、あんな馬鹿」
「馬鹿って……」
私はあははと笑って、少し黙ってから、言った。
自然と言葉が口から出た。瞳が潤む。
「……ありがと、私、貴司くんのこと好きだ」
貴司くんは一瞬止まって、そのまま困ったように呟いた。
「――泣きながら、そんなこと言うの反則だろ」
信号で車が停止する。彼はそのまま私の肩を掴むと、唇を塞いだ。
ぎゅっと押し付けた唇を離すと貴司くんは熱に浮かされたような声で囁いた。
「我慢すんの無理になるから」
お母さんは私を見るなり、怒鳴りつけた。
「……何、って、お母さんこそ何でここにいるの」
私は思わず眉間に皺を寄せた。
ヒステリックな、責め立てるようなこの声、この声が嫌いだ。
「あんたが、戻って来ないから心配して来てやったのに、何よその言い草は」
お母さんはつかつかと私に近づいて来た。
「戻るなんて私一言も……」
「ったく、あなたって子はだから駄目なのよ。私の言う通り、きちんと進学してれば今頃卒業してきちんとした会社で働いているはずだったのに」
剣幕に後ずさった私の背中を、がっしりとした胸が受け止めた。
振り返ると、貴司くんがいた。
「――若葉のお母さんですか?」
「誰よ、その男、若葉」
「そんなチャラチャラした人と付き合って――、あなたには私みたいになってほしくないのに」
「どうせ、浮気してどっかに行くのよ、そんな男。ねえ、若葉、お父さんだってそうだったでしょ。あんたには私しかいないんだから、戻ってきて、今すぐ家の近くの大学を受けなさい。それで、近くのきちんとした会社に就職して、私に今まで迷惑かけた分楽させてよ――」
私は全身の体温が下がって身体が硬くなるのを感じた。
ずっと毎日延々と呪いみたいに聞かされた言葉に、息が吸えなくなる。
――その時だった。
私の腕を掴んでいる、お母さんの手を貴司くんが払った。
お母さんはよろめいて、後ろに数歩下がった。
私は驚いて振り返る。貴司くんは不機嫌そうに眉を寄せて、低い声で怒鳴った。
「うるせぇよ、ババア」
彼が口にした言葉が信じられなくて、私もお母さんも思わずぽかんと口を開けた。
「お前の旦那と俺を一緒にすんな。俺は一途だ。だいたいチャラチャラしてねーし、仕事してるし、テレビ見てねーのかよ」
貴司くんは息継ぎせずに早口で怒鳴った。
一瞬シーンとしたあと、お母さんは私を見て、眉を吊り上げた。
「若葉、何なのこの失礼な男は」
私は大きく息を吐くと、彼女に向かって、たぶん、初めて大声を出した。
「――私、今、きちんと仕事してるし、毎日楽しくしてるから、放っておいてよ」
だけど、彼女は――私の言ってることなんて聞こえないみたいに、話し続けた。
「仕事って、ただのバイトでしょ? そんなのしてて何になるのよ。高卒のフリーター?情けない」
「――バイトじゃないよ、喫茶店、きちんと就職した」
「喫茶店なんかで働いてどうするの? どうせ潰れたりするのよ。そしたらもう、人生詰むわよ、今のままのあんたじゃ」
ああ、駄目だ。何を言っても。この人は私の話なんか全然聞かない。
その時、貴司くんが私の手を引っ張った。
「だいたいお前が若葉の人間関係切らせたせいで、俺が会うのが遅くなったんだよ、バーカ」
そう吐き捨てて、私を車の助手席に押し込むと、そのまま車を発車する。
「待ちなさい」とお母さんの声がしたけれど、振り向こうとする私の顔を貴司くんは前に向けさせた。
「気にしなくていいよ、あんな馬鹿」
「馬鹿って……」
私はあははと笑って、少し黙ってから、言った。
自然と言葉が口から出た。瞳が潤む。
「……ありがと、私、貴司くんのこと好きだ」
貴司くんは一瞬止まって、そのまま困ったように呟いた。
「――泣きながら、そんなこと言うの反則だろ」
信号で車が停止する。彼はそのまま私の肩を掴むと、唇を塞いだ。
ぎゅっと押し付けた唇を離すと貴司くんは熱に浮かされたような声で囁いた。
「我慢すんの無理になるから」
0
あなたにおすすめの小説
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる