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早瀬 拓真は、その日、部下の結婚式に出席していた。
「それでは皆さん、映像をご覧ください」
司会の女性が言うと、結婚式の定番ソングに合わせて、正面のスクリーンに子どもの映像が流れる。
「新郎、桜井 裕也さんは平成〇年に桜井家の次男として誕生しました」
拓真は妻の結花子との結婚式のことを思い出していた。
36歳になる拓真が、同い年の妻と結婚したのは10年前だ。
10年前――、まだ現在拓真が社長をしている有機野菜や料理を簡単に作れるミールセットのネット通販会社『ホーミィ』を立ち上げる前だ。
当時はまだ、大手の通信会社に勤めていた拓真は、会社を離れるかどうか悩んでいた。自分でやっていけるかと――、その時、背中を押してくれたのが、当時交際していた結花子だった。
『あなたならできるわよ。もし駄目でも私が養ってあげるわ』と言ってくれたその一言で、彼女とずっと一緒にいたいと思って結婚を決めた。
今では『ホーミィ』は社員300人の会社に成長した。若い社員が多く、新郎の裕也は手作りスイーツキットの販売を提案するなどして、会社に貢献してくれたので、26歳、就職4年目ながら今年新しくスイーツ部門を取り仕切るマネージャーに拓真が抜擢した。
きっとそれをきっかけに結婚に踏み切ったのだろうかと思うと、何となく微笑ましかった。
「新婦の室谷 香澄さんは、同じ年に室谷家の一人娘として誕生しました」
今度は幼い女の子の写真がスクリーンに映る。
「二人の運命の出会いは大学のサークル……」
スクリーンの中の男女はどんどん成長していき、テニスラケットを持った大学生になったツーショットが映った。学生時代の友人たちだろうか――、数人が囃し立て、ひな壇の新婦は恥ずかしそうに微笑んだ。
可愛らしい女性だな、と拓真は思った。
妻も――、結花子も、自分たちの式のときに、あんな風に笑った気がする。
背が高く、美人という形容詞が似合う結花子と比べると、新婦の香澄は小柄で、新郎の裕也と同い年とのことだが、大学生くらいに見え、可愛らしいという言葉がよく似合う。
しかし、それでも、どこかその――幸せを噛み締めながらはにかんだ笑顔が、当時の結花子の表情に被って見えた。
□
「ただいま」
引き出物の大きな手提げをぶら下げ、拓真は自宅の扉を開けた。
「あら、おかえり」
寝室から気だるげな声がして、黒いスリップ姿の結花子が出て来た。
拓真はちらりと寝室を見た。乱れたシーツ、そしてシーツにできた小さな染み、ゴミ箱に入ったティッシュ、鼻先をかすめる官能的な匂い。
「誰か、来てたか?」
「修二くんよ」
そうか、と頷く。それは、結花子が働いているデザイン会社の取引先の社員の名前だった。
同い年くらいの既婚者で、眼鏡をかけた細身の男だったと記憶している。
拓真は彼を知っている。『関係』を持つ相手は、相手に会わせるのが結花子と拓真の間のルールだった。
「結婚式どうだった?」
「良かったよ、引き出物にロールケーキをもらったんだ、ほら、この前テレビでやってた」
拓真は袋を開けると、ピンク色の箱に入ったケーキを取り出した。
「コーヒーでも淹れようか。食べるだろ」
「食べるけど……ご飯の後にしましょうよ」
結花子は乱れた髪を縛ると、リビングに出てきた。
「皺になっちゃうから、まずスーツを着替えたら」
そう言いながら、紙袋の中味を机に出して、整理を始める。途中で彼女は席次表を手に取った。開いたところには、新郎新婦の写真と、メッセージが載っている。
「貴方の会社で、最近頑張ってる子よね」
「ああ、あのスイーツキットを提案してくれた奴だよ」
「――26歳なのね、新郎さんも新婦さんも」
「俺たちが結婚した年と同じだな。――大学の同級生だって。そこも同じだ」
感慨深く拓真は言った。あの時は、10年後自分たちの結婚生活がこんなふうに――、結花子が自分以外の男を自宅の寝室に連れてくるようなことになっているとは思わなかった。
そして、それで結花子が好きで、一緒にいるということが自分でも不思議だった。
「この子たち、かわいいわね」
ふと結花子が呟いた。それから、着換えようと上着を脱ぎかけた拓真の腕を両手で持つと、嬉しそうに言った。
「今度、二人とも家に呼んだら?」
「それでは皆さん、映像をご覧ください」
司会の女性が言うと、結婚式の定番ソングに合わせて、正面のスクリーンに子どもの映像が流れる。
「新郎、桜井 裕也さんは平成〇年に桜井家の次男として誕生しました」
拓真は妻の結花子との結婚式のことを思い出していた。
36歳になる拓真が、同い年の妻と結婚したのは10年前だ。
10年前――、まだ現在拓真が社長をしている有機野菜や料理を簡単に作れるミールセットのネット通販会社『ホーミィ』を立ち上げる前だ。
当時はまだ、大手の通信会社に勤めていた拓真は、会社を離れるかどうか悩んでいた。自分でやっていけるかと――、その時、背中を押してくれたのが、当時交際していた結花子だった。
『あなたならできるわよ。もし駄目でも私が養ってあげるわ』と言ってくれたその一言で、彼女とずっと一緒にいたいと思って結婚を決めた。
今では『ホーミィ』は社員300人の会社に成長した。若い社員が多く、新郎の裕也は手作りスイーツキットの販売を提案するなどして、会社に貢献してくれたので、26歳、就職4年目ながら今年新しくスイーツ部門を取り仕切るマネージャーに拓真が抜擢した。
きっとそれをきっかけに結婚に踏み切ったのだろうかと思うと、何となく微笑ましかった。
「新婦の室谷 香澄さんは、同じ年に室谷家の一人娘として誕生しました」
今度は幼い女の子の写真がスクリーンに映る。
「二人の運命の出会いは大学のサークル……」
スクリーンの中の男女はどんどん成長していき、テニスラケットを持った大学生になったツーショットが映った。学生時代の友人たちだろうか――、数人が囃し立て、ひな壇の新婦は恥ずかしそうに微笑んだ。
可愛らしい女性だな、と拓真は思った。
妻も――、結花子も、自分たちの式のときに、あんな風に笑った気がする。
背が高く、美人という形容詞が似合う結花子と比べると、新婦の香澄は小柄で、新郎の裕也と同い年とのことだが、大学生くらいに見え、可愛らしいという言葉がよく似合う。
しかし、それでも、どこかその――幸せを噛み締めながらはにかんだ笑顔が、当時の結花子の表情に被って見えた。
□
「ただいま」
引き出物の大きな手提げをぶら下げ、拓真は自宅の扉を開けた。
「あら、おかえり」
寝室から気だるげな声がして、黒いスリップ姿の結花子が出て来た。
拓真はちらりと寝室を見た。乱れたシーツ、そしてシーツにできた小さな染み、ゴミ箱に入ったティッシュ、鼻先をかすめる官能的な匂い。
「誰か、来てたか?」
「修二くんよ」
そうか、と頷く。それは、結花子が働いているデザイン会社の取引先の社員の名前だった。
同い年くらいの既婚者で、眼鏡をかけた細身の男だったと記憶している。
拓真は彼を知っている。『関係』を持つ相手は、相手に会わせるのが結花子と拓真の間のルールだった。
「結婚式どうだった?」
「良かったよ、引き出物にロールケーキをもらったんだ、ほら、この前テレビでやってた」
拓真は袋を開けると、ピンク色の箱に入ったケーキを取り出した。
「コーヒーでも淹れようか。食べるだろ」
「食べるけど……ご飯の後にしましょうよ」
結花子は乱れた髪を縛ると、リビングに出てきた。
「皺になっちゃうから、まずスーツを着替えたら」
そう言いながら、紙袋の中味を机に出して、整理を始める。途中で彼女は席次表を手に取った。開いたところには、新郎新婦の写真と、メッセージが載っている。
「貴方の会社で、最近頑張ってる子よね」
「ああ、あのスイーツキットを提案してくれた奴だよ」
「――26歳なのね、新郎さんも新婦さんも」
「俺たちが結婚した年と同じだな。――大学の同級生だって。そこも同じだ」
感慨深く拓真は言った。あの時は、10年後自分たちの結婚生活がこんなふうに――、結花子が自分以外の男を自宅の寝室に連れてくるようなことになっているとは思わなかった。
そして、それで結花子が好きで、一緒にいるということが自分でも不思議だった。
「この子たち、かわいいわね」
ふと結花子が呟いた。それから、着換えようと上着を脱ぎかけた拓真の腕を両手で持つと、嬉しそうに言った。
「今度、二人とも家に呼んだら?」
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