魔女の白昼アプセット~誰か俺を助けてください~

火箸プレパラット

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二章

18

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「ここもハズレ? ちょっといい加減にしてよ」

 御殿をあちこち探索し、部屋から出てきた魔女は壁に手を付く。

「絶対ここだと思ったんだけどなぁ。となると後は……礼拝堂? 執事様の気配が無くなって随分と経つ。アルトスに構いすぎたぁ……、急ぐわよ」

 影がグニャグニャと蠢いた。だが、走り出そうとした魔女は唇に指を当てる。この先にある舞踏会会場を横切らなければならない。

「あー、念のためシエルになろっか。万が一があるし」

 返事の代わりに影が魔女に巻き付き弾ける。一瞬で鈍色アップヘアのシエルへ変身した。

「あらかわいい」

 薄紅色のドレスを眺めて魔女、シエルの頬が緩む。裾を持ってゆらゆらと揺らした。少しの沈黙の後、含みを持たせて呟く。

「――いいなぁ……」

※※※

「シエル・ザック! 私はファイナ・ヒッフェルト! ちょ、是非貴女と一曲踊りたい。この手を取ってはくれまいか! 自動人形に対する貴女の見識を――」

「おほほ、ごめん遊ばせわたくし今大変忙しいですのー!」

 伸ばされる手、髪をオールバックに固めた男をひらりと躱し、周りから不自然に思われないよう認識誤認を振り撒いて魔女は会場のど真ん中を突っ切る。

 不思議なことに踊る男女に身体をぶつけることなくすり抜けた。

「いっそげ、いっそげ!」

 だがその胸中は穏やかではない。何故なら時間は無いし下手な魔術は使えない。殺気と勘違いされれば執事が時間を待たずして動くだろう。細心の注意を払い、魔女は会場を飛び出す。

「ご令嬢、お一人での行動は――」

「はいはい、私のことは忘れてね。二十秒ちょうだい」

 開け放たれた会場の扉前後、控えていた騎士たちに目もくれず、魔女は手を二回叩く。それだけで仕込みは完了したようだ。騎士たちの目から意思という名の光が消えた。

「いそげ、私!」

 再びドレスの裾を持って駆け出す。

「やばい、何だか楽しい!」

 思わず鼻歌を歌いながら無駄にくるくると回って、薄紅色のドレスがひらひらと舞う。

 でもだって、あんなアルトス初めて見たんだもん! いつも余裕ぶって、涼しげで、殻に閉じこもって自分を見せない、あのアルトスが!

 “おまえのくちに!”

「わぁー!」

 魔女の顔が真っ赤に染まる。

 テンション、というものはやはり大事なのだろう。シエル顔の魔女は絶好調だった。厳重に配置された騎士たちを出会い頭、昏倒、停止、秒数指定の記憶改ざん、時には大人しく身を隠してやり過ごす。

「ふふ、ふふふ!」

 魔女の口の端から漏れる笑いに、何でもやれそうな万能感がみなぎっていた。その燃料は先刻の記憶、男のみだれた姿だ。飽きることなく何度も何度も思い返している。

「おや? 当たりかな?」

 そして礼拝堂に続く大理石の通路を駆けながら、魔女は違和感に気付いた。

「レベルの低い障壁の重ねがけ、チョロい。でも割ったら気付かれるか……、もしかしてそういうこと?」

 立ち止まって目を凝らす。薄氷のようなそれは一枚一枚にスペルが書き込まれており、明らかに魔術が仕込まれていた。

「うーん、割らなきゃ良いんでしょ。これ呑める?」

 魔女の声かけに応じて影はベッタリと障壁に貼り付き、溶かすように呑み込んでいく。

「いい子」

 魔女が影を撫でると震えて、更に溶かし呑み込む速度が増した。

 ヒールの音を立てながら歩みを進めると、厳粛げんしゅくな雰囲気を醸し出す礼拝堂に着く。アーチを組み合わせた天井に、斜めに差し込むステンドグラスの光。その美しい構造と深い宗教的な雰囲気に、誰もが感嘆の声を漏らすだろう。

「何よこれ……」

 ただ魔女は全く別の印象をいだいたようだ。敷かれた絨毯の上を歩きながら周りを見渡す。その視線の先にはアンティーク調のベンチにまばらに腰掛け、目を閉じる自動人形たちがいた。

「吐き気を催すくらいの圧迫感……、ここも自動人形の魔力供給場所……? 考えても仕方ないか。探索よろしく、丸ごと調べて」

 影が霧状に拡散し礼拝堂の隅から隅まで染み込んでいく。

※※※

 ――そして魔女は知った。届く映像、この国のカラクリを。

「やっぱり……」

 ポツリと呟いて、沸き上がる感情を抑えることなく吐き出す。

「アレはそういうことだったのね! こんなものの為にアルトスは――アルトスが!!」

 膝をついて地面を叩く。怒りに染まった表情で絨毯を掻きむしる。

「その馬鹿みたいな障壁、お前でも破れないの!? クソ、こんなもの執事様はどうやってぶち破ったのよ!! ふざけないで!!」

 そしてシエル顔の魔女の目から、涙がこぼれる。

「もしアルトスを落とせても……、こんなんじゃ……。あの人優しいから……、きっといつか自分を捧げてしまう……。壊さなきゃ、跡形もなく破壊しなきゃ……! でも私じゃ届かない……」

 ボタボタと、絨毯に染みを作る。

「ど、どうすれば……」

 魔女は少女のように独り震えて泣いた。そこに影が蠢いて魔女を包む。周りを漂って、慰めているようだった。

 すすり泣く声が礼拝堂に響き、一拍置いた後。

「――シエル様」

 魔女がハッと顔を上げた、その先に。

「いかがなされましたか?」

 給仕服を纏った黒瞳の美丈夫が立っていた。

「あ、え、嘘……」

 魔女の全身に汗が滲む。慌てて立ち上がり涙を拭うと笑った。

「あ、あはは! ちょっと迷っちゃって、心細くて泣いちゃったんです! そ、その目、どうしたんですか? 凄くお似合いですねー」

 しどろもどろの言い訳に、従者はメガネを押し上げ目を閉じた。

「よかった、この選択は間違っていなかった」

「へ?」

 そして目を鋭く細めて魔女を睨む。

「――貴女がくだんの魔女ですね」

 ばれている。

 下手な演技はもう意味がない。観念したシエル顔の魔女に、影が巻き付き弾けて散った。黒のタイトワンピース、元の姿に戻る。

「……とうとう見つかっちゃった。流石ね。そんなもの見たことないんだけど」

 従者のメガネを指差した。

「貴女のために急造いたしました。これ以上アルトス様の御心を乱すのであれば、私は貴女を排除します」

 魔女から視線を外すことなく、従者は腰に巻き付けてあった腰エプロンのようなものを取り、振って広げる。

「排除? いいの? 私が傷つけばアルトスに痛みが共有されるのよ。従者様にそれが耐えられるとは思えな――ってええ!?」

 従者の手で広げられた黒を基調にした、見る角度によって色が変わるそれを見て、魔女はたまげた。

「それって彼女が遺した“とっておき”じゃない! そんなものを使うまで追い詰められてるの!?」

「これもご存知なのですか? 貴女には驚かされてばかりです。ここまで手も足も出なかった経験はありません」

 従者は目を伏せ、微笑んだ。

「ですが、ようやくあの方のお役に立てます。そしてご安心ください。面で攻めますので」

 手が離れる。するとその布はまるで魔女が従える影のように蠢き、濁流のように魔女へ迫った。

「自動人形が補助無しで魔術具を使えてたまるかぁ!! 彼女はどれだけそれに魔力を溜め込んだのよぉ!!」

 魔女は悲鳴を上げながら駆け出す。影を纏って一直線に飛んだ。天井を突き破ってその場から逃げ出さんと――。

 虹色に光る壁が見えた。

「嘘、ここにも障壁? こ、これじゃ破れない」

 迫る濁流に魔女は自分の影をあてがう。粘着質な金属音、形容し難い耳障りな音が礼拝堂に鳴り響く。

「ちょっと! 退散しようよ! え? アレに力が干渉して上手く行かない?? もおおおおおおお!」

 従者は涼しげな表情で慌てふためく魔女を目で追った。

「大人しく巻き取られてはいただけませんか」

「バーカ、断るぅ!!」

 影が布をいなしている間に地面に降り立った。待っていましたと言わんばかりに従者が走り出す。

「あーそう、あーもう。疲れるからやりたくないのに。良いわ、わかった」

 魔女が指を鳴らす。



 影が巻き付き弾ける、従者の目の前に現れた――腰まで届く銀髪、青のスリットワンピース。

「――貴女は」

 確かに従者の目は見開かれ、驚いた様子ではあったが、告げる。

「貴女はマスターではありません」

 そう言い切ってその手を掴もうとした。銀髪の魔女は後ろに下がって回る。ダンスのように。

「流石にこれだけじゃ騙せないか。でもね?」

 手を叩くと細かい黒霧が散って、従者の視界を塞ぐ。すぐにそれは晴れ渡り、変わらぬ姿、銀髪の魔女がそこにいた。再度従者は自分に言い聞かせる。

「貴女はマスターでは――」

『イーライお願い、行ってあげて』

 両腕を掴もうとしていた従者の黒瞳が、収縮しブレる。

「マスター、では――」

『あの子、また独りで泣いているわ』

 銀髪を揺らし、それは悲しそうに笑った。ステンドグラスの光が二人の間に差し込み、切り抜けば一つの絵画のようだった。青みがかった茶色の瞳と従者の視線が絡む。

「ア――」

 従者の思考領域にノイズが走った。らしくない、感情のこもった声。

「アルトス様――!!」

 悲痛な面持ちで従者は身体をひねり大理石を踏み割って、その場から離脱した。

 その後を慌てて布が追いかけていく。意思を持っているようにしか見えない布の挙動に、銀髪の魔女は目頭を押さえて天を仰ぐ。

「ふー……、ようやく行ってくれた。あんなの反則よ。疲れた、捕まるかと思った」

 目を閉じてやれやれと首を振る。すると何処からかパチパチと手を叩く音がし始めた。

「お疲れ様です。記録を掘り返して認識誤認と併用、それもアルトス様を餌にされれば――流石のアレも対処出来ないでしょうな」

「いいいいいい?」

 魔女は目を見開いて従者が去っていった礼拝堂の出口を見やる。そこには声の主、執事が立っていた。襟を正して、笑う。

「時間切れですよ。お嬢さん」

 それは刑執行の開始を告げる、実に耳触りのいい低音だった。
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