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三章

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 魔女になった私は早速あの人を探した。

 影には“もう一人の自分に決して見つかるな”と言われた。何でも時間移動が出来なくなるとか。神秘とか魔法のことは難しくてよくわからなかったけど、こいつは嘘をつかないって信じるしか無かった。

 私は前の自分の行動を思い出しながら、街中歩き回った。そうして次の日ようやく見つけた、あの人はいつもの騎士服で青髪の騎士様と話してた。ドキドキしながら十歩くらい離れた位置で行き来する人たちを眺めて、必死に聞き耳を立てた。

「今日も平和だなぁ、アルトス」

 ……アルトス? あの人の名前!?

「国王陛下の生誕祭だ。酒だの何だの、祭りを乱そうとする奴は出てくるだろ」

 やっと! 初めて知ったあの人の名前、声の高さ。凄いすごい! 全部素敵! アルトスさんって言うんだ! アルトスさんアルトスさん! やったー!!

「お前はいつも真面目だよなぁ。女っ気も無いしそれで人生楽しめてるか? 今年でもう二十三だろ。浮いた話を一つや二つ、流してみろってんだよ」

 七歳年上! 彼女もいないみたい! わ、わぁー! どうして!? あんなにカッコいいのにいいいい!

 飛び跳ねたくて仕方なかった! これだけで魔女になって良かったって顔がにやけた!

 はやる気持ちを抑えて、お仕事が終わるのを待った。騎士様専用の機馬に乗って帰るアルトスさんの後を必死につけた。でもやっぱり当然の問題に行き着くわけで。

「はぁはぁ、死ぬっ、もう、走るのには、限界が、あるよぉ! どうにかっ、ならない?」

 涙目でまとわりつく影を見つめたら、布みたいに纏われた。犯されるかと思って身体をすくめていたら空を飛んでた。

「えぇ!? 凄いすごい! お前すごいねー!」

 近くでふよふよ浮いてる本体っぽいのを思わず撫でたら喜ばれた。処女を奪われたけど、何だかかわいく思えた。

「え? 心の中と動作で指示出ししたら、その通りに魔術を使ってやる? 良いの?」

 そんなやり取りしながらついて行くと、町外れのちょっと高台に建てられた立派なお屋敷に到着した。

「わぁー、立派なおうち! お金持ちなのかな?」

 空から眺めているとお屋敷から男の人が出てきて、馬を小屋へ連れて行くのが見えた。後、女の人が騎士服の上着を預かっていた。

「凄い……、付き人さんまで雇ってる……!」

 それが自動人形だと知ったのはもっと後。一度目の私は、憧れの人をただ眺めるだけ。そして一番最初にアルトスが消えるタイミングを知った。

「か、帰ってこない……。ギュス王子の結婚活動の警備から、帰ってこない……!」

 それはナルちゃんから訃報を聞いた三日前だった。私はもう一日だけ帰りを待ってみた。

 そのかん、国の中心で大事件が起こっていたことを初めて知った。王城の周りに住む人たちが口々に言ってた。結婚活動の次の日、王城の敷地内で化け物が現れたってことと、王城周辺に轟く大きな雷が落ちたってこと。

 それを私たち一般市民が知らなかったのは、大規模な隠蔽魔術のせいだと影が教えてくれた。

「ば、化け物にあの人は殺されちゃったってこと……? でもそれじゃ“まだ生きてる”って言ったお前の言葉が嘘になる……」

 影は何も教えてくれない。私は願った。

「私の願いはまだ叶ってない。私はアルトスさんを助けたいの! もう一度時間を戻して!!」

 そして影に呑まれて、また隅々まで嬲られた。辛くなかった、気持ちよかった。

 二回目からは完全に割り切った。

 この行為に“ ”は無い。だから私の中でこれは存在しない出来事。大丈夫、平気。心はまだ処女だった。

 二回目は問題の日が来るまで、影への魔術指示出し練習をした。これが凄く便利で、夢中になって腕を振ったり指を鳴らしたり、足でステップを踏んで踊った。目線でさえも意味を汲み取り動いてくれた。魔女って凄いなぁって思ってた。影のこの猫かわいがりが、主従逆転現象が、特別なものだとずっとずっと後で知った。

 問題の日が来た。影に“絶対に王族に殺気を向けるな”って言われた。意味がわからなかったけど、一応頷いておいた。人なんて恨んだことも無かった。

 影がいつもより念入りにぎゅるぎゅる巻き付いて、何だか大変そうだなって他人事みたいに思ってた。そして徒歩で堂々と正面から王城の門を潜った。

「わぁー、すごーい……」

 王城の中や王様の御殿には騎士様と貴族様と、綺麗な女の人たちが沢山いた。姿は見えていないってことだったから、身体をぶつけない様に慎重に歩いて、アルトスさんを探し回った。

「いない、いない、どこにもいない。どうして? ねぇ、お前は探せる?」

 影がぶるぶる震えて、ぽこりと分裂した。“少し待っていろ”と言われて、小さい方が霧散した。時間はかかるけど探せるらしい。凄いねって撫でてあげたら喜んだ。私もこの時までは、まだ笑えてた。

 “見つかった”と言われて、歩いて行ったのはカビ臭い地下の家具置き場。そしてそこで、それを見た。

 あの人が、倒れてた。全身青アザ擦り傷だらけ、騎士服がただの布切れと化してて、所々血が出てて、そして、そして――。

 視線が自然とそこに落ちた。形容したくない、今でも思い出したくない、惨状。

「アル、トス……さん……」

 強姦されたのだと、理解した。瞬きを忘れて、よろよろと近寄った。息はしていた。でも死んでる。生きてるけど死んでる。なんで、どうして、何がこの人を、こんな目に合わせたの?

 アルトスさんは何かを呟いていた。屈んで、その戦慄く口元に耳を寄せた。

「……らい……いーらい、いーらい、いーらい……いーらい、いーらい」

 壊れた人形みたいに、ずっと繰り返してた。

「こ、この人を、治せ、る……?」

 “肉体は治せる”と言われた。それはつまり――。

 するとドカドカと階段を下りてくる汚い足音が聞こえた。そしてそこにシーツを持ったそいつと、茶髪の騎士様が現れた。

「そいつをこれに包んで持っていけ」

「あああ……。……アル、トス……っ」

 犯人は明らかだった。涙を流して崩れ落ちた騎士様を横目に、そいつは歩き出した。私が見えていないそいつは――汚らわしい豚は、卑しく笑ってあの人の頬を打った。

「死のうなんて考えるなよ。お前に何の用があるかは知らんが、国王陛下がお呼びだ」

 目から意思が、光が消えているのに、これ以上何を求めるの? 今の暴力は意味があった?

「その用とやらが終わったら、また可愛がってやる。楽しみにしておけぇ?」

 そいつは反応が見たいのか、鼻を鳴らしてあの人の首を締め始めた。あの人は虚ろに宙を見ているだけ。

 ――私の中で何かがブチ切れた。

「その手を離せえええええええええええええええええええ!!!」

 ギョッと豚がこっちを見た。

 ああ!? こいつ!! はあ!? 豚が何様のつもりだぁ!! 生きてる価値なんてない意味なんてない存在して良いはずがない!! 手を離せ! 離れろ!! 死ね死ね死ねぇ!!!

※※※

 ――気付いたら部屋は真っ赤。いや、所々赤黒かった。巻き込まれて、茶髪の騎士様も死んだみたいだった。どれかわかんない。でも良いよね? 事情知ってたみたいだし、なら当然、あいつも豚だ。

 私は腕の中の、手折たおられた花を見た。光を失って、くすんだ瞳。もう呟くことすら出来なくなった花を抱えて、私は飛んだ。憧れの人の体温をこんな風に知るなんて、最低だった。

 お屋敷の前にそっと横たえて、呼び鈴を鳴らした。女の人が出てきて、悲鳴を上げると男の人がすぐさま出てきた。横抱きに状態を確認し終えたら、殺されるかってぐらい殺気に満ちた赤瞳で睨まれた。

「その人を手折った豚は殺しました。介抱してあげて」

 そう言ってペコリと頭を下げて私は退散した。そしてまた一日だけ待ってみた。今度は呼び出されたみたいで、赤瞳の男の人に横抱きにされた、壊れたあの人が王城へおもむいた。一度目と同じ現象が起こったらしかった。王城に化け物が現れて、轟く雷。

 三回目は迅速だったと思う。速攻で豚を探し出して殺した。見た瞬間殺した。潰した。グッチャグチャに引き裂いて、鬱憤を晴らした。

「――これであの人は助かるよね」

 そう、助からなかった。意味がわかんない。

 結婚活動警備の日、豚が死んだことで役割を取って代わったように、あの茶髪の騎士様と他二人の騎士様があの人を輪姦まわしてた。

 場所は王城二階、謁見室の広いテーブルの上。猿轡さるぐつわを噛まされたあの人は虚ろに泣いていた。三人は全員口々に謝罪してた。意味わかんない。

「アルトス、すまない! 本当にすまない! これは王命なんだ、お前を嬲れと! オレたちを許してくれぇ!」

 ねぇ、じゃあその人に被されてる銀髪は何? ねぇ、泣いて謝ってるのに嬉しそうに口を歪めて笑うその表情は何? 腰を震わせてその人に汚物を吐き出すその行為は――何?

「死ねよ」

 腕を払って指示出し。そいつら全員グチャグチャに弾け飛んだ。確かにあの豚より余程扱いはマシだったようだ。アザも擦り傷もない。キレイに畳まれた騎士服が、赤黒く染まった机の上に置いてあった。

 でもそれが何? ねぇ、この人に何が起こってるの? 誰か教えてよ。

 そして私は繰り返す。お屋敷に壊れたアルトスさんを連れ帰って、赤瞳の従者さんの元へ届けた。時間を戻るとしても、少しでも貴方の心が癒えるように。

 王命? 王命って言ってたよね。国王様? ガロン国王陛下?

 次の日、前回と同じように王城へ向かう従者さんの後をつけて行った。何が起こっているのか、何が起きるのか理解しなければならないと思った。一筋縄ではいかない、あの人にはとんでもない運命が巻き付いてると確信した。

 でもそのまま王城に入ろうとしたら影に止められた。その殺気を放ったまま王城に入れば、すぐに死ぬと警告された。

 仕方ないから空から眺めることにした。そうしたら幸運なことに、アルトスさんが王城の敷地のど真ん中、中庭に一人立たされているのが見えた。裸足に絹のような白い服を着せられてた。

 何とか理解しようと見ていたら王様の御殿の方から、獣みたいな咆哮と青い稲妻が同時に轟いた。その一帯は爆散、そして十秒くらい経って、また稲妻が落ちて、沈黙。

「こ、これだったんだ……。でも何が……、何が起こってるの……」

 震えていたらいつの間にか、パレードでしか見たことが無いガロン国王様と、多分、王子様がアルトスさんの近くに待機していた。そして執事服のおじさん、執事様が大きな赤黒い何かをかかえて御殿の方から跳ねてきた。

 それをアルトスさんに抱えさせて、そうしたら突然、敷地内全域が光った。知識が疎い私にもわかる、巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。そう、これは魔術じゃない、魔法だと。

 王様に話しかけられたアルトスさんは虚ろな瞳で何かを喋り始めた。

「ねぇ! あの声を拾って!!」

 そして聞こえてきた内容。

「――俺の一番大事なもの……? ……イーライ……」 「え? 自動人形は供物にならない……? じゃあ……」 「……ははっ、ははは! こんな、こんな俺と関わってくれた、皆との、……楽しい思い出……、かな……」

 言い終わると魔法陣が一層真っ赤に光り輝いて、アルトスさんの絶叫で魔法の発動を強制認識させられた。心が潰れそうな、悲愴な絶叫。

「た、助けなきゃ!!!!」

 影の制止を振り切って命令、一気に急降下。かっさらって逃げ出そうと思った。手が届く寸前、執事様がこっちを見て、襲いかかってきた。

「いやあああああああああ!!」

 殺される! 機械的な動き、これ自動人形だ! 影が必死に逃げ回ってくれて、城壁を越えて離脱した。自動人形はそれ以上追ってこなかった。

「わかったよ! わかった、わかったぁ!!」

 ――アルトスさんはこの国の贄にされる!

 あれは国を丸ごと巻き込んだ、超大規模魔法儀式だ! 直感が、影の反応が、そうだと肯定してる! こんな力を持つ影でも太刀打ちできない程の、神秘!

 助けなきゃ!! こんなの、こんなのあまりにも酷すぎる!!
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