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三章
3☆
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まず、あの魔法陣をどうにか出来ないか考えた。儀式自体ぶち壊しちゃえばアルトスさんが狙われることは無いだろうって、短絡的な考え。
「ねぇ、方法はない?」
影は気まぐれで、教えてくれるときはちゃんと教えてくれた。
「“妨害しか出来ない、王族の血で魔法陣を汚せば発動を遅らせられる”? じゃあ妨害し続ければ良いじゃん」
影の真っ暗な体内の底をイジイジと指でいじりながら呟いた。それは無理だと言われた。何でも浄化が済めばまた繰り返されるし、妨害が続けばそれ相応の対応、そしていつか限界が来ると言われた。確かにそうだなと思って納得した。
「じゃあ、どれくらい儀式発動期間が延長可能か調べよっか……」
アルトスさんのことを思ったら心が軋んだけど、頑張った。血の調達に良心は痛まなかった。私が知っているどうでもいい王族なんて一人しかいなかったから。
何回か試行錯誤して、あの汚らわしい豚の血を影にばら撒いてもらい、国王陛下生誕祭から起算、最長一ヶ月まで儀式延長が可能だと分かった。豚を殺すタイミングも、結婚活動当日が一番いいと言うことまで分かった。一応罪悪感があるらしい騎士様たちも、豚があの日まで生きていれば無害だとわかったし。不幸中の幸いだった。
「――ちょっと待った! もっと簡単な方法があるじゃん!」
突然閃いた私は思い立ったが吉日、ある日の朝、警備のお仕事に出かける寸前のアルトスさんに奇襲をかけた。
「おはようございます!」
「え? おは「おやすみなさい!!」
一瞬で意識を落として、睡眠の魔術をかけた。そして横抱きにし馬鹿正直にお屋敷の従者さんへ声をかけたのだ。
「すみません、アルトスさんをお借りします! お仕事はお休みするって連絡してあげてください!」
「――アルトス様に何をなさったのですか」
この時初めて従者さんの声を聞いた。そして眉間にシワを寄せて怒ってた。
「ね、眠ってもらっているだけです……。すみません、本当にすみません!」
謝罪早々そのまま飛んでいった。目指すは国境だ。そうだよ! 国の外に逃がしちゃえばいいんだ! そしたらアルトスさんを諦めるしかないでしょ!
今度こそ助けられるかもしれない希望に胸をわくわくさせていたら、後方に異変を感じた。振り返って目を剥いた。
「え!? ええー!!?」
だって物凄い勢いであの赤瞳の従者さんが追いかけてきてた! こっちは障害物無しの空、あっちは障害物だらけの険しい道のり! その辺にあるもの何でも利用し駆けて飛び跳ね付いてきていた! 人間ではあり得ない挙動。あの人も自動人形だったんだ!!
「ひいいいい!」
あの執事様が思い出されて恐怖した! 決して追い付かれることは無かったけれど、完全に捕捉されていた。そうやって山を越えて、荒野が広がる国境まで付いてきた。
「わぁー! まあ良いか! このまま行こう!」
でも国境を突き抜けるつもりが――出れなかった。いや、出れなかったという表現は間違ってる。国境を越えてこの国を離れるという考えが、急にとても恐ろしいものに思えてきたのだ。国境まで残り五十メートルの地点で、私は地面に降り立った。
「ど、どうして……。これ以上前に進みたくない……。行ってはならないって私自身が叫んでる……」
少しでも足を踏み出せば気が狂いそうだった。おかしいでしょ、私はアルトスさんを国外へ逃がしたいのに。地団駄を踏んでいると腕の中のアルトスさんが目を覚ました。
「何だこの重圧……。胸が苦しい……」
「あ、……おはよう、ございます……」
そして綺麗な瞳と目が合って、気まずくて沈黙した。正体がバレちゃうなってほんの少しの喜びも添えて。
「き、君は誰だ……」
「――え?」
悲しくなった。貴方にいつもスイセンを売っている花屋ですと、言い出せなかった。私にとって貴方は特別でも、貴方にとって私は顔を覚えるまでもない、その辺の雑草だったんだってことを突き付けられた。
呆然としていると、追いついた従者さんにアルトスさんをそっと取り上げられた。
「イーライ……、俺なんでこんな所に居るんだ……」
「あれがアルトス様を攫ったのです。ご無事で安心いたしました。このような地まで申し訳ございません……」
眉をハの字に下げた従者さんと横抱きにされたアルトスさんは見つめ合っていた。その名前に聞き覚えがあって思わず呟いた。
「貴方がいーらい……?」
そして二人に同時に見られた。従者さんは鋭く目を細めて、私が完全に悪者だった。お姫様を助けに来た勇者様みたいで、何もかもがショックで、私は何も言えずその場から退散した。
「……ねぇ、何で国境を出れないの」
森にあった切り株に座り込んで、私は影に質問した。影は質問に答えてくれなかったけど、あることを教えてくれた。
「“八年前からこの国への人間の出入りが出来なくなっている”? 何よそれ……」
意味がわかんない。でもそうならやっぱりあの儀式をどうにかしないといけないんだ。
そして色々と試しているうちにある異変に気が付いた。
「ちょっと待って。身体が成長してる」
いつも通り自分から服をくすねていたけれど、胸とかお尻辺りが窮屈になっていた。身長も少しだけ伸びているようだった。
「私の体感速度だと人間こんなに早く成長しないんだけど! どういうこと!?」
慌てて影を詰問した。そうしたら影はいつもの様にこう言ったの。“そういうものだ”って。
「いや待ってよ! わ、私の今の肉体年齢はいくつなの!?」
影は答えてくれなかった。時間移動は有限でリスクがあると、この時初めて知った。アルトスさんの年齢を追い越すのは絶対に嫌だった。
「酷いよぉ! この調子じゃお婆ちゃんになっちゃう!」
泣きながら影を殴っていたら、そいつはぶるりと震えてこう言った。
“お前が供物に選ばれたら何とかできる”
「――え?」
そう、この影の助言を受けて、私とアルトスとの長い長い試合開始のゴングが鳴ったのだ。
「つまり私がアルトスさんの一番になれば良いのね? ……ちょっと待ってよ……」
最短で二週間、最長で一ヶ月しかない。そんなこと可能なの??
「お、男の人なんて、身体を使えば簡単に落とせるってナルちゃんが言ってた……気がする」
なけなしの知識で叩き出した答えに、ゴクリと喉が鳴った。影とはそういうことを何度もやってきたけど、憧れの人と……と思ったら身体が震えた。
「でも仕方ないよね……。助けるためだもんね……。ど、どうやってアプローチしようかな?」
私はそこまで頭が良い方ではない。だから男の人向けのえっちな本を読み漁った。
「へー、サキュバスとか淫魔とか、そういうジャンルが人気なんだぁ……」
※※※
アルトスさんはすごく優しくて、服をワザとビリビリにして屋敷の前で行き倒れを演出したら、すぐに拾ってくれた。
「き、君大丈夫か!? 何でこんな所に女の子が……。イーライ、帰るまでこの子を頼む」
「それでは私がお世話しますね、アルトス様」
そう言って私を抱えてくれたのは侍女のエールさんだった。よく見たらこの人も自動人形と気が付いた。お風呂に入れてくれて、身体を綺麗に洗ってくれた。
「可愛らしいお嬢さま。どうしてあんな所で倒れていたんですか?」
タオルで身体を拭いてくれながら、エールさんはその赤瞳を細めた。とっても優しかった。
「え、へへー。私今身寄りが無くて……へへ」
貴女のご主人に抱かれに来ましたなんて言えなかった。エールさんの予備の侍女服を貸してくれてご飯も出してくれて、至れり尽くせり。申し訳なくなった。
イーライさんはそんな私を遠くから眺めて黙っているだけ。気まずかった。そして夕方になってアルトスさんが帰ってきて、騎士服からキレイめな服装に着替えると、居間でお話することになった。
「は? い、淫魔?」
「そうなんです、私淫魔なんです」
何を言ってるかわからないと思う。だって私もわからなかったもん。
「もう飢えて死にそうなんです。私このままだと死にます。助けてください」
目に涙を浮かべて必死に懇願した。
「このまま保護施設に預けようと思ってたんだが……、具体的に何をしてあげれば良いんだ?」
きた! 困り顔のアルトスさんに私は心の中でガッツポーズした。
「た、体液を……分けて、いただけないかなと……」
「体液?」
「いや、ほら、唾液とか、そのぉ……」
困ってアルトスさんの脇に待機するイーライさんを見上げてみた。これ以上は恥ずかしくて言えなかったのだ。アルトスさんも私の視線に流されて、無表情のイーライさんを見上げた。
「イーライ、わかるか?」
イーライさんはこめかみを二回叩いてこう言った。
「そうですね。――飲尿でしょうか」
「すまない、力になれな「ちがああああああう!!」
この人絶対にワザとだ!!! もう目付きが確信犯だもん!!
「違いますぅ!! せ、せ、せい……っ」
物凄く顔が熱くなって俯いて震えてたら、アルトスさんが察してくれた。
「……あー。なるほど?」
伝わって嬉しくて顔を上げたら、アルトスさんは頭を抱えてた。
「なるほど、いや、でもなぁ……。俺の知り合いにそういうの得意な奴がいるから、そいつを紹介しようか」
「あー! だめぇ! 後十分で補給できないとこのまま消えちゃう、死ぬぅ!」
「はい!?」
椅子から転げてもがき苦しむ私を見て、アルトスさんは慌てて抱きかかえてくれた。もう、それだけで胸がときめいてやばかった。
「う、うぅ……。俺にできることがあるなら助けてあげたいけど……」
この人はなんて優しいんだろう。私だったら絶対に信じないよこんなの。そんな考えで頭いっぱいになって、早く抱いてくださいって恥ずかしくて言えなくて、拮抗状態に頭馬鹿になってた。アルトスさんは時計をチラチラと、目に見えて逡巡してた。そして――。
「イーライ、この屋敷に飴なんてあったか?」
「ございます。アルトス様への甘味作りに、いくつかご用意が。少々お待ちください」
イーライさんはすぐに戻ってきて、その手に三つ飴玉を乗せていた。
「味は右からイチゴ、リンゴ、オレンジとなっております」
「どれが良い?」
意図がわからなくて、でも適当に選んでみた。
「り、リンゴが良いです……」
「よし、じゃあ急ごうか。イーライは待機しててくれ。何かあったら呼ぶから」
「――承知いたしました」
そのままアルトスさんは私を抱えて、なんと! 寝室のベッドの上に横たえた! そ、そしてゆっくり私の上に覆いかぶさってきて……。
「ご、ごめん。今日は唾液で、勘弁してくれないか……」
そしてその口にさっきの飴玉を含むと、その唇が近付いてきて――。
「んむ、んぅぅ!?」
きす、してた。不慣れで、たどたどしい、でもとっても優しいキスだった。
「ふわぁあ……」
情けない声が出た。アルトスさんにとっては必死な救命措置だったとしても、私には単なるご褒美。むしろ天国への片道切符。
唇を合わせて、甘味で溢れた唾液を自然と飲み込んでいた。飴がこの行為へのハードルを下げてくれていた。アルトスさん頭良い。飴がお互いの口内を行ったり来たり、それを追いかけてたまに舌が触れ合うと身体に痺れが走った。
「はううう!」
思わずアルトスさんを抱き締めて、縋りついた。逞しい筋肉に、また身体が反応してしまった。イきそうになってた。
「ん、ぅ、ぅぅ……ふ」
「大丈夫? 苦しい?」
「だいじょうぶれす……、もっと、もっとぉ……」
また唇を合わせて、貪った。どんどん飴が小さくなっていって、終わりが見えてきたのが嫌で、飴の代わりにアルトスさんの舌をすすった。最初は驚きに引っ込んだ舌だったけど、少ししたらあっちの方からも積極的に絡ませてくれるようになった。ちょっとだけ目を開けてみたら、アルトスさんはその綺麗な瞳でずっとこっちを見ていた。
「やぁ……、んふぅ、見ない、でぇ……」
「いや、ごめん。何だか凄く良い反応するから」
そういって恥ずかしそうに目を逸らすアルトスさんに、私はまた恋をした。
「あぁ、 」
「え?」
私から唇を合わせて、また貪った。アルトスさんの切れ長の目元が少しだけ柔らかく細まって、それが嬉しくて、飴が溶けきる寸前、私は達した。
「ふわぁっ、いく、いくぅ……!」
「いく?」
アルトスさんにしがみついて、全身を震わせた。
「あん! あ、あ、あぁ!」
股の間をしとどに濡らした、そんな私をアルトスさんは優しく抱きしめてくれて。
「ははっ! 君可愛いね。何だか俺が凄いテクニシャンなんじゃないかって、勘違いしそうになるよ」
すごく優しい笑顔。息が止まった。それが私が見た、アルトスの初めての笑顔だった。
「ねぇ、方法はない?」
影は気まぐれで、教えてくれるときはちゃんと教えてくれた。
「“妨害しか出来ない、王族の血で魔法陣を汚せば発動を遅らせられる”? じゃあ妨害し続ければ良いじゃん」
影の真っ暗な体内の底をイジイジと指でいじりながら呟いた。それは無理だと言われた。何でも浄化が済めばまた繰り返されるし、妨害が続けばそれ相応の対応、そしていつか限界が来ると言われた。確かにそうだなと思って納得した。
「じゃあ、どれくらい儀式発動期間が延長可能か調べよっか……」
アルトスさんのことを思ったら心が軋んだけど、頑張った。血の調達に良心は痛まなかった。私が知っているどうでもいい王族なんて一人しかいなかったから。
何回か試行錯誤して、あの汚らわしい豚の血を影にばら撒いてもらい、国王陛下生誕祭から起算、最長一ヶ月まで儀式延長が可能だと分かった。豚を殺すタイミングも、結婚活動当日が一番いいと言うことまで分かった。一応罪悪感があるらしい騎士様たちも、豚があの日まで生きていれば無害だとわかったし。不幸中の幸いだった。
「――ちょっと待った! もっと簡単な方法があるじゃん!」
突然閃いた私は思い立ったが吉日、ある日の朝、警備のお仕事に出かける寸前のアルトスさんに奇襲をかけた。
「おはようございます!」
「え? おは「おやすみなさい!!」
一瞬で意識を落として、睡眠の魔術をかけた。そして横抱きにし馬鹿正直にお屋敷の従者さんへ声をかけたのだ。
「すみません、アルトスさんをお借りします! お仕事はお休みするって連絡してあげてください!」
「――アルトス様に何をなさったのですか」
この時初めて従者さんの声を聞いた。そして眉間にシワを寄せて怒ってた。
「ね、眠ってもらっているだけです……。すみません、本当にすみません!」
謝罪早々そのまま飛んでいった。目指すは国境だ。そうだよ! 国の外に逃がしちゃえばいいんだ! そしたらアルトスさんを諦めるしかないでしょ!
今度こそ助けられるかもしれない希望に胸をわくわくさせていたら、後方に異変を感じた。振り返って目を剥いた。
「え!? ええー!!?」
だって物凄い勢いであの赤瞳の従者さんが追いかけてきてた! こっちは障害物無しの空、あっちは障害物だらけの険しい道のり! その辺にあるもの何でも利用し駆けて飛び跳ね付いてきていた! 人間ではあり得ない挙動。あの人も自動人形だったんだ!!
「ひいいいい!」
あの執事様が思い出されて恐怖した! 決して追い付かれることは無かったけれど、完全に捕捉されていた。そうやって山を越えて、荒野が広がる国境まで付いてきた。
「わぁー! まあ良いか! このまま行こう!」
でも国境を突き抜けるつもりが――出れなかった。いや、出れなかったという表現は間違ってる。国境を越えてこの国を離れるという考えが、急にとても恐ろしいものに思えてきたのだ。国境まで残り五十メートルの地点で、私は地面に降り立った。
「ど、どうして……。これ以上前に進みたくない……。行ってはならないって私自身が叫んでる……」
少しでも足を踏み出せば気が狂いそうだった。おかしいでしょ、私はアルトスさんを国外へ逃がしたいのに。地団駄を踏んでいると腕の中のアルトスさんが目を覚ました。
「何だこの重圧……。胸が苦しい……」
「あ、……おはよう、ございます……」
そして綺麗な瞳と目が合って、気まずくて沈黙した。正体がバレちゃうなってほんの少しの喜びも添えて。
「き、君は誰だ……」
「――え?」
悲しくなった。貴方にいつもスイセンを売っている花屋ですと、言い出せなかった。私にとって貴方は特別でも、貴方にとって私は顔を覚えるまでもない、その辺の雑草だったんだってことを突き付けられた。
呆然としていると、追いついた従者さんにアルトスさんをそっと取り上げられた。
「イーライ……、俺なんでこんな所に居るんだ……」
「あれがアルトス様を攫ったのです。ご無事で安心いたしました。このような地まで申し訳ございません……」
眉をハの字に下げた従者さんと横抱きにされたアルトスさんは見つめ合っていた。その名前に聞き覚えがあって思わず呟いた。
「貴方がいーらい……?」
そして二人に同時に見られた。従者さんは鋭く目を細めて、私が完全に悪者だった。お姫様を助けに来た勇者様みたいで、何もかもがショックで、私は何も言えずその場から退散した。
「……ねぇ、何で国境を出れないの」
森にあった切り株に座り込んで、私は影に質問した。影は質問に答えてくれなかったけど、あることを教えてくれた。
「“八年前からこの国への人間の出入りが出来なくなっている”? 何よそれ……」
意味がわかんない。でもそうならやっぱりあの儀式をどうにかしないといけないんだ。
そして色々と試しているうちにある異変に気が付いた。
「ちょっと待って。身体が成長してる」
いつも通り自分から服をくすねていたけれど、胸とかお尻辺りが窮屈になっていた。身長も少しだけ伸びているようだった。
「私の体感速度だと人間こんなに早く成長しないんだけど! どういうこと!?」
慌てて影を詰問した。そうしたら影はいつもの様にこう言ったの。“そういうものだ”って。
「いや待ってよ! わ、私の今の肉体年齢はいくつなの!?」
影は答えてくれなかった。時間移動は有限でリスクがあると、この時初めて知った。アルトスさんの年齢を追い越すのは絶対に嫌だった。
「酷いよぉ! この調子じゃお婆ちゃんになっちゃう!」
泣きながら影を殴っていたら、そいつはぶるりと震えてこう言った。
“お前が供物に選ばれたら何とかできる”
「――え?」
そう、この影の助言を受けて、私とアルトスとの長い長い試合開始のゴングが鳴ったのだ。
「つまり私がアルトスさんの一番になれば良いのね? ……ちょっと待ってよ……」
最短で二週間、最長で一ヶ月しかない。そんなこと可能なの??
「お、男の人なんて、身体を使えば簡単に落とせるってナルちゃんが言ってた……気がする」
なけなしの知識で叩き出した答えに、ゴクリと喉が鳴った。影とはそういうことを何度もやってきたけど、憧れの人と……と思ったら身体が震えた。
「でも仕方ないよね……。助けるためだもんね……。ど、どうやってアプローチしようかな?」
私はそこまで頭が良い方ではない。だから男の人向けのえっちな本を読み漁った。
「へー、サキュバスとか淫魔とか、そういうジャンルが人気なんだぁ……」
※※※
アルトスさんはすごく優しくて、服をワザとビリビリにして屋敷の前で行き倒れを演出したら、すぐに拾ってくれた。
「き、君大丈夫か!? 何でこんな所に女の子が……。イーライ、帰るまでこの子を頼む」
「それでは私がお世話しますね、アルトス様」
そう言って私を抱えてくれたのは侍女のエールさんだった。よく見たらこの人も自動人形と気が付いた。お風呂に入れてくれて、身体を綺麗に洗ってくれた。
「可愛らしいお嬢さま。どうしてあんな所で倒れていたんですか?」
タオルで身体を拭いてくれながら、エールさんはその赤瞳を細めた。とっても優しかった。
「え、へへー。私今身寄りが無くて……へへ」
貴女のご主人に抱かれに来ましたなんて言えなかった。エールさんの予備の侍女服を貸してくれてご飯も出してくれて、至れり尽くせり。申し訳なくなった。
イーライさんはそんな私を遠くから眺めて黙っているだけ。気まずかった。そして夕方になってアルトスさんが帰ってきて、騎士服からキレイめな服装に着替えると、居間でお話することになった。
「は? い、淫魔?」
「そうなんです、私淫魔なんです」
何を言ってるかわからないと思う。だって私もわからなかったもん。
「もう飢えて死にそうなんです。私このままだと死にます。助けてください」
目に涙を浮かべて必死に懇願した。
「このまま保護施設に預けようと思ってたんだが……、具体的に何をしてあげれば良いんだ?」
きた! 困り顔のアルトスさんに私は心の中でガッツポーズした。
「た、体液を……分けて、いただけないかなと……」
「体液?」
「いや、ほら、唾液とか、そのぉ……」
困ってアルトスさんの脇に待機するイーライさんを見上げてみた。これ以上は恥ずかしくて言えなかったのだ。アルトスさんも私の視線に流されて、無表情のイーライさんを見上げた。
「イーライ、わかるか?」
イーライさんはこめかみを二回叩いてこう言った。
「そうですね。――飲尿でしょうか」
「すまない、力になれな「ちがああああああう!!」
この人絶対にワザとだ!!! もう目付きが確信犯だもん!!
「違いますぅ!! せ、せ、せい……っ」
物凄く顔が熱くなって俯いて震えてたら、アルトスさんが察してくれた。
「……あー。なるほど?」
伝わって嬉しくて顔を上げたら、アルトスさんは頭を抱えてた。
「なるほど、いや、でもなぁ……。俺の知り合いにそういうの得意な奴がいるから、そいつを紹介しようか」
「あー! だめぇ! 後十分で補給できないとこのまま消えちゃう、死ぬぅ!」
「はい!?」
椅子から転げてもがき苦しむ私を見て、アルトスさんは慌てて抱きかかえてくれた。もう、それだけで胸がときめいてやばかった。
「う、うぅ……。俺にできることがあるなら助けてあげたいけど……」
この人はなんて優しいんだろう。私だったら絶対に信じないよこんなの。そんな考えで頭いっぱいになって、早く抱いてくださいって恥ずかしくて言えなくて、拮抗状態に頭馬鹿になってた。アルトスさんは時計をチラチラと、目に見えて逡巡してた。そして――。
「イーライ、この屋敷に飴なんてあったか?」
「ございます。アルトス様への甘味作りに、いくつかご用意が。少々お待ちください」
イーライさんはすぐに戻ってきて、その手に三つ飴玉を乗せていた。
「味は右からイチゴ、リンゴ、オレンジとなっております」
「どれが良い?」
意図がわからなくて、でも適当に選んでみた。
「り、リンゴが良いです……」
「よし、じゃあ急ごうか。イーライは待機しててくれ。何かあったら呼ぶから」
「――承知いたしました」
そのままアルトスさんは私を抱えて、なんと! 寝室のベッドの上に横たえた! そ、そしてゆっくり私の上に覆いかぶさってきて……。
「ご、ごめん。今日は唾液で、勘弁してくれないか……」
そしてその口にさっきの飴玉を含むと、その唇が近付いてきて――。
「んむ、んぅぅ!?」
きす、してた。不慣れで、たどたどしい、でもとっても優しいキスだった。
「ふわぁあ……」
情けない声が出た。アルトスさんにとっては必死な救命措置だったとしても、私には単なるご褒美。むしろ天国への片道切符。
唇を合わせて、甘味で溢れた唾液を自然と飲み込んでいた。飴がこの行為へのハードルを下げてくれていた。アルトスさん頭良い。飴がお互いの口内を行ったり来たり、それを追いかけてたまに舌が触れ合うと身体に痺れが走った。
「はううう!」
思わずアルトスさんを抱き締めて、縋りついた。逞しい筋肉に、また身体が反応してしまった。イきそうになってた。
「ん、ぅ、ぅぅ……ふ」
「大丈夫? 苦しい?」
「だいじょうぶれす……、もっと、もっとぉ……」
また唇を合わせて、貪った。どんどん飴が小さくなっていって、終わりが見えてきたのが嫌で、飴の代わりにアルトスさんの舌をすすった。最初は驚きに引っ込んだ舌だったけど、少ししたらあっちの方からも積極的に絡ませてくれるようになった。ちょっとだけ目を開けてみたら、アルトスさんはその綺麗な瞳でずっとこっちを見ていた。
「やぁ……、んふぅ、見ない、でぇ……」
「いや、ごめん。何だか凄く良い反応するから」
そういって恥ずかしそうに目を逸らすアルトスさんに、私はまた恋をした。
「あぁ、 」
「え?」
私から唇を合わせて、また貪った。アルトスさんの切れ長の目元が少しだけ柔らかく細まって、それが嬉しくて、飴が溶けきる寸前、私は達した。
「ふわぁっ、いく、いくぅ……!」
「いく?」
アルトスさんにしがみついて、全身を震わせた。
「あん! あ、あ、あぁ!」
股の間をしとどに濡らした、そんな私をアルトスさんは優しく抱きしめてくれて。
「ははっ! 君可愛いね。何だか俺が凄いテクニシャンなんじゃないかって、勘違いしそうになるよ」
すごく優しい笑顔。息が止まった。それが私が見た、アルトスの初めての笑顔だった。
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