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彼女を初めて見たのは学園の入学式でのことだった
凛とした佇まいで壇上に上がり、首席として新入生代表の挨拶を始めた
堂々と述べるその姿は聡明さの表れでもあり、彼女の美しさも相まって会場に居た者は皆一瞬で彼女に魅了された
かく言う私もその一人だった
学生であり王族である私は壇上近くの来賓席で彼女に見惚れていたが、その手が小刻みに震えていたのに気が付いた
誰も気が付いていないだろう、彼女の緊張ぶりにその手を握ってやりたいと思った
言葉を交わしたことも無く、名前も知らない令嬢に不埒な事を考えて自身に苦笑してしまった
それからは彼女を目で追う日々が続いた
学年が違うこともあり、彼女との接点が無いまま三ヶ月が過ぎた頃だった
学園の入り口付近で友人達と挨拶を交わしている彼女を見かけた
だが、後ろからやってきた私と同じ学年の生徒達の一人が、わざと彼女にぶつかった
考えるより先に身体が動いていた
「大丈夫かい?」
駆け寄り手を差し出せば落ち着かない様子でその手を取った
「君達、急いでいるからと周りを気にせず走ってはいけないよ」
ぶつかった者とその仲間の者達にやんわりと注意をすれば、慌ててその場を去っていく
恐らく彼女への妬みか何かでそうしたのだろう
「…制服、汚れてしまったね」
「…はい。あの、…ありがとうございます」
恥ずかしそうにお礼を言う彼女に心が跳ねた
あたかも今思い出したかのように彼女に語り掛けた
「君は確か、新入生代表を務めていたね」
「はい。…シルビア・モーリスです」
「私はノエル・シャトゥワ・ベイヤード、とても素晴らしい挨拶だったのを覚えているよ」
名乗れば彼女は驚いて手を離そうとした
「し、失礼致しました。殿下の手に気安く触れてしまい申し訳ありません…」
彼女の手を離すまいとギュッと握り、空いている手で髪に付いていた枯れ葉を取ってあげた
「私の方から手を貸したんだ、気にしないで欲しいな。それから、学園の中では私は一生徒だよ。そんなにかしこまらないで」
私より背の低い彼女の顔を覗き込むようにして微笑めば彼女の顔は真っ赤になっていた
あの入学式での凛とした姿を見せた時は何事も動じなさそうに見えたが彼女の本当の姿はこちらであろう
「あの…手を」
「ああ、すまないね」
そう言って握っていた手にさり気なく唇を当てれば彼女はビクッとなり終いには俯いて固まってしまった
可愛い
目に見える可愛いさも勿論だがこの反応もとてつもなく可愛い
学園に通っている内に婚約者を決めろとせっつかれ、沢山の釣書が届いていたが、もう見る必要も無い
彼女に決めた
だが、どうやって彼女を振り向かせよう
彼女のことはもう調べてある
男爵令嬢で身分としては釣り合わないがそんなことは何とでもなる
それよりも何とかしてもっと彼女と接点を持たねば
そっと握っていた手を離したところで、先程彼女と挨拶を交わしていた友人が私の様子を伺いながらも遠巻きに声を掛けてきた
「シルビア…、そろそろ歴史の授業が…」
「ええ、今行くわ…。あの、ありがとうございました。それでは…」
「ああ、またね」
丁寧なお辞儀の後、そのまま友人の元へ駆けて行った
「ノエル様、その顔何とかして下さい。にやけ過ぎですよ」
いずれ王族の籍を抜け公爵となる際も、護衛兼専属従者として付いてくることが決まっている、ある意味親よりも身内に近いラットが遠慮ない物言いで揶揄ってきた
「…はぁ、彼女ともっと話がしたい。触れ合いたい…」
「話は分かるんですが、その後のはその顔で仰ったらダメなヤツですよ」
「彼女が可愛い過ぎるのが悪い…」
「遅い初恋を拗らせた人間はこんな風になるんですね。勉強になります。まぁ、ノエル様のためですから、一肌脱がなくもないですよ」
「脱いで欲しいのはお前じゃな…「ああ、もうその先は結構です」
取り急ぎ汚れてしまった彼女の制服の代わりに新しい物を用意させ贈っておくように手配させた
そしてラットの宣言通り、その日の内に彼女と再び話をする機会を持てた
「どうやら彼女毎日帰宅前に図書室で遅くまで過ごしているようですよ」
ラットに教えられ図書室に出向けば本棚に隠れ奥まった場所にある机で何冊もの本に囲まれながら一人調べ物をしている彼女の姿があった
本を探しに来た振りをして彼女の近くの本棚から一冊手に取ってみるも集中しているのか、全くこちらに気が付かない
この時間はまだ数人の利用者が居るがもう少しすれば誰も居なくなるだろう
他人の気配に敏感では無さそうな彼女に手を出す者も居るかもしれない
危険だ
危険過ぎる
彼女の後ろの本棚から一冊重さの有りそうな物を選びわざと音を立てて足元に落とした
流石に彼女も気が付きやっとこちらを見てくれた
「やあ、また会ったね。新しい制服は着てくれた?」
「…あ、ありがとうございます。お気遣いいただき、ご用意いただいたんですが、払えば取れる汚れでしたので、そのまま使いの方にお返ししておきました」
「遠慮なんてしなくて良いのに。ところで何の調べ物してるの?」
「歴史の授業の課題のためにどの本が使えるか見ていました」
「いつもここを利用してるの?」
「家にはあまりこういった本が無くて…」
男爵位ではそこまで充実させることが難しいのだろう
それでも首席入学後もその座を維持している彼女の努力はどれほどのものなのか
「それで、お目当ての本は見つかった?」
「ある程度のことが載っている物は何冊か有ったのですが、このヒアットとの国交が始まった際の詳細が載っている物が見当たらなくて…。もう少し探してみようかと思ってます」
「ああ、それなら良いのがあるよ。私も去年同じ課題の時に使ったんだけど、役に立ったんだ。君も使うと良い」
「あの、それはどの本棚に?」
「ここではないんだが、明日その図書館に案内するよ。では、明日授業が終わったらここで」
「えっ?」
返事を待たず、一方的な約束を取り付けその場を後にした
ラット曰く、その日の私は頼めば何でも買ってくれそうなぐらい機嫌が良かったらしい
明日のことを考えれば確かに屋敷の一つでも買い与えていたかもしれない
凛とした佇まいで壇上に上がり、首席として新入生代表の挨拶を始めた
堂々と述べるその姿は聡明さの表れでもあり、彼女の美しさも相まって会場に居た者は皆一瞬で彼女に魅了された
かく言う私もその一人だった
学生であり王族である私は壇上近くの来賓席で彼女に見惚れていたが、その手が小刻みに震えていたのに気が付いた
誰も気が付いていないだろう、彼女の緊張ぶりにその手を握ってやりたいと思った
言葉を交わしたことも無く、名前も知らない令嬢に不埒な事を考えて自身に苦笑してしまった
それからは彼女を目で追う日々が続いた
学年が違うこともあり、彼女との接点が無いまま三ヶ月が過ぎた頃だった
学園の入り口付近で友人達と挨拶を交わしている彼女を見かけた
だが、後ろからやってきた私と同じ学年の生徒達の一人が、わざと彼女にぶつかった
考えるより先に身体が動いていた
「大丈夫かい?」
駆け寄り手を差し出せば落ち着かない様子でその手を取った
「君達、急いでいるからと周りを気にせず走ってはいけないよ」
ぶつかった者とその仲間の者達にやんわりと注意をすれば、慌ててその場を去っていく
恐らく彼女への妬みか何かでそうしたのだろう
「…制服、汚れてしまったね」
「…はい。あの、…ありがとうございます」
恥ずかしそうにお礼を言う彼女に心が跳ねた
あたかも今思い出したかのように彼女に語り掛けた
「君は確か、新入生代表を務めていたね」
「はい。…シルビア・モーリスです」
「私はノエル・シャトゥワ・ベイヤード、とても素晴らしい挨拶だったのを覚えているよ」
名乗れば彼女は驚いて手を離そうとした
「し、失礼致しました。殿下の手に気安く触れてしまい申し訳ありません…」
彼女の手を離すまいとギュッと握り、空いている手で髪に付いていた枯れ葉を取ってあげた
「私の方から手を貸したんだ、気にしないで欲しいな。それから、学園の中では私は一生徒だよ。そんなにかしこまらないで」
私より背の低い彼女の顔を覗き込むようにして微笑めば彼女の顔は真っ赤になっていた
あの入学式での凛とした姿を見せた時は何事も動じなさそうに見えたが彼女の本当の姿はこちらであろう
「あの…手を」
「ああ、すまないね」
そう言って握っていた手にさり気なく唇を当てれば彼女はビクッとなり終いには俯いて固まってしまった
可愛い
目に見える可愛いさも勿論だがこの反応もとてつもなく可愛い
学園に通っている内に婚約者を決めろとせっつかれ、沢山の釣書が届いていたが、もう見る必要も無い
彼女に決めた
だが、どうやって彼女を振り向かせよう
彼女のことはもう調べてある
男爵令嬢で身分としては釣り合わないがそんなことは何とでもなる
それよりも何とかしてもっと彼女と接点を持たねば
そっと握っていた手を離したところで、先程彼女と挨拶を交わしていた友人が私の様子を伺いながらも遠巻きに声を掛けてきた
「シルビア…、そろそろ歴史の授業が…」
「ええ、今行くわ…。あの、ありがとうございました。それでは…」
「ああ、またね」
丁寧なお辞儀の後、そのまま友人の元へ駆けて行った
「ノエル様、その顔何とかして下さい。にやけ過ぎですよ」
いずれ王族の籍を抜け公爵となる際も、護衛兼専属従者として付いてくることが決まっている、ある意味親よりも身内に近いラットが遠慮ない物言いで揶揄ってきた
「…はぁ、彼女ともっと話がしたい。触れ合いたい…」
「話は分かるんですが、その後のはその顔で仰ったらダメなヤツですよ」
「彼女が可愛い過ぎるのが悪い…」
「遅い初恋を拗らせた人間はこんな風になるんですね。勉強になります。まぁ、ノエル様のためですから、一肌脱がなくもないですよ」
「脱いで欲しいのはお前じゃな…「ああ、もうその先は結構です」
取り急ぎ汚れてしまった彼女の制服の代わりに新しい物を用意させ贈っておくように手配させた
そしてラットの宣言通り、その日の内に彼女と再び話をする機会を持てた
「どうやら彼女毎日帰宅前に図書室で遅くまで過ごしているようですよ」
ラットに教えられ図書室に出向けば本棚に隠れ奥まった場所にある机で何冊もの本に囲まれながら一人調べ物をしている彼女の姿があった
本を探しに来た振りをして彼女の近くの本棚から一冊手に取ってみるも集中しているのか、全くこちらに気が付かない
この時間はまだ数人の利用者が居るがもう少しすれば誰も居なくなるだろう
他人の気配に敏感では無さそうな彼女に手を出す者も居るかもしれない
危険だ
危険過ぎる
彼女の後ろの本棚から一冊重さの有りそうな物を選びわざと音を立てて足元に落とした
流石に彼女も気が付きやっとこちらを見てくれた
「やあ、また会ったね。新しい制服は着てくれた?」
「…あ、ありがとうございます。お気遣いいただき、ご用意いただいたんですが、払えば取れる汚れでしたので、そのまま使いの方にお返ししておきました」
「遠慮なんてしなくて良いのに。ところで何の調べ物してるの?」
「歴史の授業の課題のためにどの本が使えるか見ていました」
「いつもここを利用してるの?」
「家にはあまりこういった本が無くて…」
男爵位ではそこまで充実させることが難しいのだろう
それでも首席入学後もその座を維持している彼女の努力はどれほどのものなのか
「それで、お目当ての本は見つかった?」
「ある程度のことが載っている物は何冊か有ったのですが、このヒアットとの国交が始まった際の詳細が載っている物が見当たらなくて…。もう少し探してみようかと思ってます」
「ああ、それなら良いのがあるよ。私も去年同じ課題の時に使ったんだけど、役に立ったんだ。君も使うと良い」
「あの、それはどの本棚に?」
「ここではないんだが、明日その図書館に案内するよ。では、明日授業が終わったらここで」
「えっ?」
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