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5ー2【引きこもりな僕と竜の番い】
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※調子に乗って、本日二話目です。順番にご注意ください。
あれから六年が経った。
地道に体力をつけて、筋肉も付いて、僕はすっかり自分の足で歩いたり走ったりできるようになった。
もちろん身体が弱いのは変わらないけど、心臓はだいぶよくなったようで、あまり無理をしなければ息切れしたりはしなくなった。
この世界、治癒魔法も当たり前にあるけど、異世界人の僕には魔力が毒になるということで、魔力が身体に馴染むまでは、むやみやたらに治癒魔法も使えなかったそうだ。
あ、浄化魔法はごくごく弱い魔力で使えるから、影響はほとんどなかったらしい。
そういうわけで、今も弱い治癒魔法を数日に一度、使ってもらっているところ。完治まではまだまだかかるらしい。
でも、今のままでも、ごく普通の日常生活を送るのに不便はない。
身長は頑張っても一六〇センチくらいしかない。これは元々、成長期に寝たきりだったから仕方ないと割り切っている。
あ、この世界に来て、最初は寝たきりだから気付かなかったんだけど、僕の髪と目の色が前と変わってた。
どうして気付いたかというと、元々ショートだった髪が伸びてきて、目の端に映ったんだよね。そのときは見間違いかと思ったけど、指で摘まんでよく見ると、真っ黒だった髪が真っ白になってた。
あのときは、僕、おじいちゃんになっちゃった! って大騒ぎしちゃって。ヴェルデ兄さんが手鏡を持ってきてくれて、そこで初めて、髪どころか目も変わってるって気付いた。
目は青みがかった薄い灰色になっていた。
髪はよく見ると、白髪じゃなくてプラチナっていうやつ。ちゃんと艶があって、ホッとしたんだっけ。
これも異世界転移のせいなのかな?
どのみち、前の世界には未練なんてないから、髪と目の色が変わってようがどうでもいいや。
ヴェルデ兄さんが、『シュウは綺麗な髪だから伸ばそうか。私が毎日手入れしてあげるね』って言うから、お任せした。だから今は僕もヴェルデ兄さんとお揃いで、腰までの長さを三つ編みにしている。
そういえば、転移してしばらくは、生きることに必死で、こんな森の中で食べ物や衣類とかどうしてるのかって、全く気にしてなかったんだけど、歩けるようになって、ふと気付いた。
「ヴェルデ兄さん、食べ物とか僕の服とか、どうやって手に入れてるの? 買い物とか行ってるの、見たことない気がするんだけど?」
『ああ、転送ボックスというのがあってね、登録してあるお店に欲しいもののリストを送ると、用意してこっちに送ってくれるんだよ。心配しなくても、対価はちゃんと払っているから』
「……それってネット通販ってヤツでは?」
対価の、たぶんお金だろうものは、じゃあどこから出てるのか、とか気にはなったが、聞いてもヴェルデ兄さんは教えてくれなさそうだし、僕も分からないと思うから、気にしないようにした。
そもそも、僕が住むまで、ここには誰がいたのか、とか。
でも、今の僕は自分のことで手一杯だから。
この夢のような待遇に甘えて生活させてもらおう。
───そしてこの世界にきて六度目の誕生日。
僕が死にかけて、転移して、二十歳になる日。
ヴェルデ兄さんが庭でパーティーをしようと言って、ガーデンテーブルに料理を並べ始めた。僕もそれを手伝う。
最後に、毎年作ってくれるバースデーケーキを真ん中にドドンと置いて。
「……あれ?」
ヴェルデ兄さんは精霊だから飲食は必要ないらしいけど、僕に合わせて食べてくれる。嗜好品扱いだけど、家主に手料理を振る舞うことは当然あるから料理スキルが高いんだと聞いていた。
だからいつも二人分、なんだけど……今は三つある。
……あれ? 間違えた?
「ねえ、ヴェルデ兄さ──っ」
「やっと逢えた!」
振り向いてヴェルデ兄さんに声をかけようとして、急に前から誰かにガシッと抱きしめられた。
ちょ、ちょっと待って。僕の顔面が誰かのムチッとした胸元に埋まって、息ができない! 苦しい!
僕は慌てて、両手で誰かの背中をバシバシ叩いた。せめてもう少し緩めて!
その必死さが伝わったのか、それともヴェルデ兄さんが気付いてくれたのか、不意に腕の力が緩んで、僕は力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
『大丈夫のわけないでしょう! シュウを窒息させる気ですか、バカですかアホですか!?』
僕のときとは違って敬語を使っているのに、容赦なく口撃をするヴェルデ兄さんに目を瞠りつつ、僕は言った。
「大丈夫、です。いや、かなり……苦しかったですけど。あの、どちら様でしょうか?」
へたり込みそうな僕の腰を支えている美丈夫さんを見上げて、尋ねる。
黄金色のストレートヘアをポニーテールにしていて、碧の切れ長の瞳。二メートルはあるかという背に、キレイについた筋肉。メンズモデルさんみたいな人だ。まだ二十代半ばくらい?
この世界に来て、ヴェルデ兄さん以外に初めて会う人だ。不思議と怖くはない。ただ、さっきの息苦しさとちょっとの好奇心で、目が潤んでいる自覚はあった。
だけど、これは予想外。
「っ可愛い! 我慢できない!」
「へ?」
そう言ったかと思うと、彼は名乗りもせずに僕の顔面に迫ってきて、そのまま僕の唇にチュッとキスをした。
僕は人生で初めてのキスを不意打ちでされて、キャパオーバーで気絶した。
その寸前、ヴェルデ兄さんがその人を張り倒しまくるのが見えて、ちょっと笑ったかもしれない。
───僕が気絶していたのは、数分くらいだったようだ。
気付いたら、ガーデンテーブルから移動して、テラスの二人掛けソファに、さっきの人の膝の上に乗せられ、胸にもたれかかっていた。
初対面のカッコいいお兄さんにそんなことをされているのに、何ならさっきキスもされたのに、どうしてこんなに安心感があるんだろう。
『シュウ、よかった。気が付いた。ごめんね、このバカが無体なことをして』
「……無理矢理だったのは悪かったけど、バカは余計だ、ヴェルデ」
ヴェルデ兄さんが気遣うように声をかけてきて、それにツッコむお兄さん。
「あの、結局、お兄さんはどちら様でしょうか?」
ヴェルデ兄さんの知り合いっぽいけど、すみませんが自己紹介お願いします。
「ああ、すまない。そうだよな。俺はアルシュ・アルヴァという。アルと呼んでくれ。竜人だ。ヴェルデの知り合いだよ」
「はい、じゃあアルさん。ええと、竜人? って、どういう人? ですか?」
竜人って、僕の読んでた小説とかだと、竜っぽい鱗があったり、角があったり、耳がちょっと尖ってるとか、とても強いイメージがあるけど、アルシュさんにはそういうのが見当たらない。僕みたいに普通の人に見える。
「アルと呼び捨てでいいよ。敬語も要らない。そうだな、竜人とはこの世界で最強の強さを誇る種族で、俺みたいに完全に人型になるものや、角や鱗が残るものもいる。そして番いという、運命の伴侶がいるんだ」
「番い」
「ああ、出逢ったら、死ぬまでその番いを愛する。俺もそうだ。一生愛するよ」
満面の笑みで語るアルに、僕は眩しげに目を細めて、俯く。
ああ、アルにもやっぱりいるんだ、運命の番い。いいなあ、その番いさん。
僕にもそんな人がいたら、僕だけを一生愛してくれるのかな。
まあ、いなくても僕にはヴェルデ兄さんがいるし。
……ん? 番いのいるアルが何で僕にキス? あれかな、この世界では知り合いにもキスするのかな? 向こうでも頬にキスとかするらしいし。
こちらの常識が分からず、考え込んで急に静かになった僕を訝しげに思ったのか、アルが俯く僕の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「……ううん。あ、そうだ。誕生日のパーティー、途中だった。料理が冷めちゃう。あ、もしかしてアル、ヴェルデ兄さんからパーティーに招待されたの?」
「あ、ああ、そうかと言われれば、そうとも言うか、な?」
曖昧な返事で笑うアルに首をかしげるも、なるほど。だから食器が三人分だったのか。
僕は一人納得して、じゃあ、テーブルに行かないと、とアルの膝から下りようとした。
「あの、アル? 離してくれるかな? ヴェルデ兄さんのせっかくの手料理が冷めちゃうよ」
下りたいのに、ガッチリと腰に腕が巻き付いてて、緩まない。
これ、どうすればいいの?
困惑する僕を見て、クスッと笑ったヴェルデ兄さんが言った。
『ああ、大丈夫。状態保存の魔法でできたてのままだから、慌てなくていいよ、シュウ。それよりも体調は大丈夫?』
「あ、うん、いつも通り。でも、そっか、じゃあゆっくりで大丈夫だね。そういうことで、アル、下ろしてもらえるかな?」
再度そう言うが、やっぱり腕が離れない。アルはニコニコしている。
「……アル? あの、離し──」
「うん、このまま抱っこしていこうか」
「──え? うわっ!」
そう言うと、僕をヒョイッと片腕に乗せて立ち上がるから、落ちないように思わずアルの首に腕を回してしがみ付く。
アルは上機嫌で歩き出し、僕は頭に疑問符を浮かべまくった。
ヴェルデ兄さんも、ニコニコしていて何も言わないから、結局、そのまま運ばれて再びアルの膝の上に乗っている。
いや、なぜ? これがこの世界では普通なの? ヴェルデ兄さん以外に接触した人がいないから分からないよ。そもそもヴェルデ兄さんは家護っていう精霊だし、人の常識を知っているのかも怪しいし。
結局、そのまま、僕の誕生パーティーが始まった。
「シュウ、二十歳の誕生日おめでとう」
『シュウ、おめでとう』
「ありがとう、アル。ヴェルデ兄さんも。こうして二十歳まで生きられて、僕、幸せだよ」
本当は十四歳で命尽きるところだったのに、こんなに幸せでいいのかな。
「ヴェルデに聞いたところ、シュウの国では二十歳は特別なんだって? だからお祝いにシードルを用意してきたんだけど、飲める?」
「あー、うん。お酒とタバコは二十歳になってからって決まりで。だから、飲める。というか飲んでみたい」
まさかこの歳まで生きるとは思っていなかったから、ちょっとドキドキだけど。
「今までは身体のことを考えると、お酒飲めないかなって思ってたけど。ちょっとだけ、飲んでみたくて。だから、ヴェルデ兄さん、いい?」
『うん、いいよ。でもちょっとだけね。身体に合わない場合もあるから、まずは一口から』
「やったあ!」
アルの膝の上ではしゃぐ僕を、二人が眩しそうに見ているのに気付かず、用意されたグラスに注がれるシードルをジッと見つめる。
「さあ、どうぞ。シュウの初体験を見られるなんて、嬉しいな」
「へへ、じゃあ、いただきます。───っしゅわってする。わ、何か甘い?」
「ああ、リンゴで作られていて、これはアルコール度数も低いから、口当たりがよくて飲みやすいぞ」
「あ、本当だ。リンゴの香りがする。美味しい」
一口飲んで、そのおいしさにまた一口。
「じゃあ、料理もいただこう。空きっ腹にお酒はよくない。すぐに酔ってしまうからな。ほら、まずはサラダだ」
そう言って、アルが僕の口にサラダをあーんで入れてくれる。僕は初めてのお酒で酔ったのか、気にせずニコニコしてあーんを受け入れた。
「……っ可愛い」
「アル、今度はあっちのお肉食べたい」
ヴェルデ兄さんのステーキの焼き加減、いつも最高なんだよね。
「うん、ほら、あーん」
「あーん……もぐもぐ。柔らかい」
「ああ、給餌させてくれるなんて……来てよかった」
「ん? なあに? アルも、あーんする?」
もぐもぐゴックンして、僕もアルにお肉をあーんしてあげると、アルは蕩けるような笑顔でフォークのお肉を頬張った。
───何か小説の、竜人が求愛行動で給餌する、アレみたい。
ぼんやりと思いながら、お互いに食べさせあって、ヴェルデ兄さんはそれを終始、微笑んで見守っていたらしい。
ケーキを食べ終える頃には、僕はシードルをグラスで一杯分は飲んでいた。
お腹が満腹なのと酔いのせいで、コクコクと船をこぎ出した僕をアルが家の二階の寝室に運んでくれる。
「……アル、ご馳走さま。ありがとうねぇ」
「ック、可愛いが過ぎる。だが、無体な真似はしない。我慢我慢」
「? なあに?」
アルが何かブツブツ言ってるけど、眠くてよく聞こえない。
「……アルの、番いの人は、幸せだね。こんなに、カッコよくて……優しくて……羨まし……」
「─────は?」
それが僕だったら、よかったのに……。
「え、え? ……ま、は? ちょっと待て、まさか、全然、伝わってなかった!? ……そういえば、それらしい告白はしていないかも? ええ、じゃあ、分かってなくてアレ!? 天然人たらしじゃんか!」
何やら戸惑うアルの声が聞こえたけど、僕は眠りに誘われて、あっという間に夢の中。
ヴェルデ兄さんがその様子に大笑いしていたことにも気付かなかった。
※次話はヴェルデかアルシュの視点の予定です。
あれから六年が経った。
地道に体力をつけて、筋肉も付いて、僕はすっかり自分の足で歩いたり走ったりできるようになった。
もちろん身体が弱いのは変わらないけど、心臓はだいぶよくなったようで、あまり無理をしなければ息切れしたりはしなくなった。
この世界、治癒魔法も当たり前にあるけど、異世界人の僕には魔力が毒になるということで、魔力が身体に馴染むまでは、むやみやたらに治癒魔法も使えなかったそうだ。
あ、浄化魔法はごくごく弱い魔力で使えるから、影響はほとんどなかったらしい。
そういうわけで、今も弱い治癒魔法を数日に一度、使ってもらっているところ。完治まではまだまだかかるらしい。
でも、今のままでも、ごく普通の日常生活を送るのに不便はない。
身長は頑張っても一六〇センチくらいしかない。これは元々、成長期に寝たきりだったから仕方ないと割り切っている。
あ、この世界に来て、最初は寝たきりだから気付かなかったんだけど、僕の髪と目の色が前と変わってた。
どうして気付いたかというと、元々ショートだった髪が伸びてきて、目の端に映ったんだよね。そのときは見間違いかと思ったけど、指で摘まんでよく見ると、真っ黒だった髪が真っ白になってた。
あのときは、僕、おじいちゃんになっちゃった! って大騒ぎしちゃって。ヴェルデ兄さんが手鏡を持ってきてくれて、そこで初めて、髪どころか目も変わってるって気付いた。
目は青みがかった薄い灰色になっていた。
髪はよく見ると、白髪じゃなくてプラチナっていうやつ。ちゃんと艶があって、ホッとしたんだっけ。
これも異世界転移のせいなのかな?
どのみち、前の世界には未練なんてないから、髪と目の色が変わってようがどうでもいいや。
ヴェルデ兄さんが、『シュウは綺麗な髪だから伸ばそうか。私が毎日手入れしてあげるね』って言うから、お任せした。だから今は僕もヴェルデ兄さんとお揃いで、腰までの長さを三つ編みにしている。
そういえば、転移してしばらくは、生きることに必死で、こんな森の中で食べ物や衣類とかどうしてるのかって、全く気にしてなかったんだけど、歩けるようになって、ふと気付いた。
「ヴェルデ兄さん、食べ物とか僕の服とか、どうやって手に入れてるの? 買い物とか行ってるの、見たことない気がするんだけど?」
『ああ、転送ボックスというのがあってね、登録してあるお店に欲しいもののリストを送ると、用意してこっちに送ってくれるんだよ。心配しなくても、対価はちゃんと払っているから』
「……それってネット通販ってヤツでは?」
対価の、たぶんお金だろうものは、じゃあどこから出てるのか、とか気にはなったが、聞いてもヴェルデ兄さんは教えてくれなさそうだし、僕も分からないと思うから、気にしないようにした。
そもそも、僕が住むまで、ここには誰がいたのか、とか。
でも、今の僕は自分のことで手一杯だから。
この夢のような待遇に甘えて生活させてもらおう。
───そしてこの世界にきて六度目の誕生日。
僕が死にかけて、転移して、二十歳になる日。
ヴェルデ兄さんが庭でパーティーをしようと言って、ガーデンテーブルに料理を並べ始めた。僕もそれを手伝う。
最後に、毎年作ってくれるバースデーケーキを真ん中にドドンと置いて。
「……あれ?」
ヴェルデ兄さんは精霊だから飲食は必要ないらしいけど、僕に合わせて食べてくれる。嗜好品扱いだけど、家主に手料理を振る舞うことは当然あるから料理スキルが高いんだと聞いていた。
だからいつも二人分、なんだけど……今は三つある。
……あれ? 間違えた?
「ねえ、ヴェルデ兄さ──っ」
「やっと逢えた!」
振り向いてヴェルデ兄さんに声をかけようとして、急に前から誰かにガシッと抱きしめられた。
ちょ、ちょっと待って。僕の顔面が誰かのムチッとした胸元に埋まって、息ができない! 苦しい!
僕は慌てて、両手で誰かの背中をバシバシ叩いた。せめてもう少し緩めて!
その必死さが伝わったのか、それともヴェルデ兄さんが気付いてくれたのか、不意に腕の力が緩んで、僕は力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。
「す、すまない! 大丈夫か!?」
『大丈夫のわけないでしょう! シュウを窒息させる気ですか、バカですかアホですか!?』
僕のときとは違って敬語を使っているのに、容赦なく口撃をするヴェルデ兄さんに目を瞠りつつ、僕は言った。
「大丈夫、です。いや、かなり……苦しかったですけど。あの、どちら様でしょうか?」
へたり込みそうな僕の腰を支えている美丈夫さんを見上げて、尋ねる。
黄金色のストレートヘアをポニーテールにしていて、碧の切れ長の瞳。二メートルはあるかという背に、キレイについた筋肉。メンズモデルさんみたいな人だ。まだ二十代半ばくらい?
この世界に来て、ヴェルデ兄さん以外に初めて会う人だ。不思議と怖くはない。ただ、さっきの息苦しさとちょっとの好奇心で、目が潤んでいる自覚はあった。
だけど、これは予想外。
「っ可愛い! 我慢できない!」
「へ?」
そう言ったかと思うと、彼は名乗りもせずに僕の顔面に迫ってきて、そのまま僕の唇にチュッとキスをした。
僕は人生で初めてのキスを不意打ちでされて、キャパオーバーで気絶した。
その寸前、ヴェルデ兄さんがその人を張り倒しまくるのが見えて、ちょっと笑ったかもしれない。
───僕が気絶していたのは、数分くらいだったようだ。
気付いたら、ガーデンテーブルから移動して、テラスの二人掛けソファに、さっきの人の膝の上に乗せられ、胸にもたれかかっていた。
初対面のカッコいいお兄さんにそんなことをされているのに、何ならさっきキスもされたのに、どうしてこんなに安心感があるんだろう。
『シュウ、よかった。気が付いた。ごめんね、このバカが無体なことをして』
「……無理矢理だったのは悪かったけど、バカは余計だ、ヴェルデ」
ヴェルデ兄さんが気遣うように声をかけてきて、それにツッコむお兄さん。
「あの、結局、お兄さんはどちら様でしょうか?」
ヴェルデ兄さんの知り合いっぽいけど、すみませんが自己紹介お願いします。
「ああ、すまない。そうだよな。俺はアルシュ・アルヴァという。アルと呼んでくれ。竜人だ。ヴェルデの知り合いだよ」
「はい、じゃあアルさん。ええと、竜人? って、どういう人? ですか?」
竜人って、僕の読んでた小説とかだと、竜っぽい鱗があったり、角があったり、耳がちょっと尖ってるとか、とても強いイメージがあるけど、アルシュさんにはそういうのが見当たらない。僕みたいに普通の人に見える。
「アルと呼び捨てでいいよ。敬語も要らない。そうだな、竜人とはこの世界で最強の強さを誇る種族で、俺みたいに完全に人型になるものや、角や鱗が残るものもいる。そして番いという、運命の伴侶がいるんだ」
「番い」
「ああ、出逢ったら、死ぬまでその番いを愛する。俺もそうだ。一生愛するよ」
満面の笑みで語るアルに、僕は眩しげに目を細めて、俯く。
ああ、アルにもやっぱりいるんだ、運命の番い。いいなあ、その番いさん。
僕にもそんな人がいたら、僕だけを一生愛してくれるのかな。
まあ、いなくても僕にはヴェルデ兄さんがいるし。
……ん? 番いのいるアルが何で僕にキス? あれかな、この世界では知り合いにもキスするのかな? 向こうでも頬にキスとかするらしいし。
こちらの常識が分からず、考え込んで急に静かになった僕を訝しげに思ったのか、アルが俯く僕の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「……ううん。あ、そうだ。誕生日のパーティー、途中だった。料理が冷めちゃう。あ、もしかしてアル、ヴェルデ兄さんからパーティーに招待されたの?」
「あ、ああ、そうかと言われれば、そうとも言うか、な?」
曖昧な返事で笑うアルに首をかしげるも、なるほど。だから食器が三人分だったのか。
僕は一人納得して、じゃあ、テーブルに行かないと、とアルの膝から下りようとした。
「あの、アル? 離してくれるかな? ヴェルデ兄さんのせっかくの手料理が冷めちゃうよ」
下りたいのに、ガッチリと腰に腕が巻き付いてて、緩まない。
これ、どうすればいいの?
困惑する僕を見て、クスッと笑ったヴェルデ兄さんが言った。
『ああ、大丈夫。状態保存の魔法でできたてのままだから、慌てなくていいよ、シュウ。それよりも体調は大丈夫?』
「あ、うん、いつも通り。でも、そっか、じゃあゆっくりで大丈夫だね。そういうことで、アル、下ろしてもらえるかな?」
再度そう言うが、やっぱり腕が離れない。アルはニコニコしている。
「……アル? あの、離し──」
「うん、このまま抱っこしていこうか」
「──え? うわっ!」
そう言うと、僕をヒョイッと片腕に乗せて立ち上がるから、落ちないように思わずアルの首に腕を回してしがみ付く。
アルは上機嫌で歩き出し、僕は頭に疑問符を浮かべまくった。
ヴェルデ兄さんも、ニコニコしていて何も言わないから、結局、そのまま運ばれて再びアルの膝の上に乗っている。
いや、なぜ? これがこの世界では普通なの? ヴェルデ兄さん以外に接触した人がいないから分からないよ。そもそもヴェルデ兄さんは家護っていう精霊だし、人の常識を知っているのかも怪しいし。
結局、そのまま、僕の誕生パーティーが始まった。
「シュウ、二十歳の誕生日おめでとう」
『シュウ、おめでとう』
「ありがとう、アル。ヴェルデ兄さんも。こうして二十歳まで生きられて、僕、幸せだよ」
本当は十四歳で命尽きるところだったのに、こんなに幸せでいいのかな。
「ヴェルデに聞いたところ、シュウの国では二十歳は特別なんだって? だからお祝いにシードルを用意してきたんだけど、飲める?」
「あー、うん。お酒とタバコは二十歳になってからって決まりで。だから、飲める。というか飲んでみたい」
まさかこの歳まで生きるとは思っていなかったから、ちょっとドキドキだけど。
「今までは身体のことを考えると、お酒飲めないかなって思ってたけど。ちょっとだけ、飲んでみたくて。だから、ヴェルデ兄さん、いい?」
『うん、いいよ。でもちょっとだけね。身体に合わない場合もあるから、まずは一口から』
「やったあ!」
アルの膝の上ではしゃぐ僕を、二人が眩しそうに見ているのに気付かず、用意されたグラスに注がれるシードルをジッと見つめる。
「さあ、どうぞ。シュウの初体験を見られるなんて、嬉しいな」
「へへ、じゃあ、いただきます。───っしゅわってする。わ、何か甘い?」
「ああ、リンゴで作られていて、これはアルコール度数も低いから、口当たりがよくて飲みやすいぞ」
「あ、本当だ。リンゴの香りがする。美味しい」
一口飲んで、そのおいしさにまた一口。
「じゃあ、料理もいただこう。空きっ腹にお酒はよくない。すぐに酔ってしまうからな。ほら、まずはサラダだ」
そう言って、アルが僕の口にサラダをあーんで入れてくれる。僕は初めてのお酒で酔ったのか、気にせずニコニコしてあーんを受け入れた。
「……っ可愛い」
「アル、今度はあっちのお肉食べたい」
ヴェルデ兄さんのステーキの焼き加減、いつも最高なんだよね。
「うん、ほら、あーん」
「あーん……もぐもぐ。柔らかい」
「ああ、給餌させてくれるなんて……来てよかった」
「ん? なあに? アルも、あーんする?」
もぐもぐゴックンして、僕もアルにお肉をあーんしてあげると、アルは蕩けるような笑顔でフォークのお肉を頬張った。
───何か小説の、竜人が求愛行動で給餌する、アレみたい。
ぼんやりと思いながら、お互いに食べさせあって、ヴェルデ兄さんはそれを終始、微笑んで見守っていたらしい。
ケーキを食べ終える頃には、僕はシードルをグラスで一杯分は飲んでいた。
お腹が満腹なのと酔いのせいで、コクコクと船をこぎ出した僕をアルが家の二階の寝室に運んでくれる。
「……アル、ご馳走さま。ありがとうねぇ」
「ック、可愛いが過ぎる。だが、無体な真似はしない。我慢我慢」
「? なあに?」
アルが何かブツブツ言ってるけど、眠くてよく聞こえない。
「……アルの、番いの人は、幸せだね。こんなに、カッコよくて……優しくて……羨まし……」
「─────は?」
それが僕だったら、よかったのに……。
「え、え? ……ま、は? ちょっと待て、まさか、全然、伝わってなかった!? ……そういえば、それらしい告白はしていないかも? ええ、じゃあ、分かってなくてアレ!? 天然人たらしじゃんか!」
何やら戸惑うアルの声が聞こえたけど、僕は眠りに誘われて、あっという間に夢の中。
ヴェルデ兄さんがその様子に大笑いしていたことにも気付かなかった。
※次話はヴェルデかアルシュの視点の予定です。
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