森で出会った狼に懐かれたので一緒に暮らしていたら実は獣人だったらしい〜俺のハッピーもふもふライフ〜

実琴

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本編

23.シルヴァルト

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不意に、ベッドの軋む音で目が覚めた。
ゆっくりと瞬きをして視線を隣に向けると、ベッドの端に腰掛けシャツを羽織るヴァルトの後ろ姿が目に入った。俺の視線には気付かないまま衣服を身に付けると、そのまま立ち上がりそうな気配を感じたのでシャツの裾を掴んで引き留めた。

「………どこ行くの、シルバー」

ピタリと固まったヴァルトは、数秒間俺に背中を向けたまま黙っていた。やがて、ゆっくりと振り返ると俺の頭をくしゃりと撫でた。

「……寝ぼけてるぞ。ほら、まだ早いからもう少し寝てろ」
「………」

寝起き故の言い間違いだと判断したらしい。
ギシリと片手をついて俺の瞼にそっとキスを落とし、寝かしつけるように優しく髪を梳かれた。

ヴァルトの顔をじっと見つめ、トントンと人差し指で自身の瞳を指差す。

「色、戻ってるよ」
「――ッ」

咄嗟に掌で目元を覆った瞬間、ヴァルトの顔には「しまった」と書かれていた。

「ごめん、嘘」
「……は?」
「あ、いや嘘ではないんだけど、俺が言いたいのは、ヴァルトがシルバーだって気付いたのは瞳がキッカケじゃないってことで」
「な……ん、…………」

それ以上二の句が告げず、言葉に詰まってしまったヴァルトは動揺したように瞳を彷徨かせた。そして大きく深呼吸をすると、諦めにも似た表情で微笑んだ。

「………いつから知ってたんだ」
「湖で俺を助けてくれた時あったろ?あの日帰ってからヴァルト宛に送った手紙がシルバーのところに届いたんだ。あの時お前は寝てたから、気付かれる前に回収したけど」
「あぁ……なるほどな。だから最近様子がおかしかったのか」
「うん、ごめんな。色々動揺しちゃって」
「いや、ケイトは悪くない」

フッと自嘲めいた笑みを浮かべたヴァルトは、俺から視線を離すとまた背中を向けて座ってしまった。

「……騙すつもりはなかったんだ。ただ……ケイトの傍が、あまりにも心地良くて……失いたくなくて、本当のことが言えなかった。すまない」

そう言って項垂れたヴァルトは急に立ち上がると、俺が止める暇もなくスタスタと歩き出した。そして扉の前でピタリと止まり、俺に背を向けたままポツリと呟いた。

「獣人のくせに、狼のフリをして一緒に住んでたなんて気持ち悪かっただろ……怖がらせて、すまなかった」
「違う!!!!」

そのまま部屋を出て行こうとしたヴァルトに叫ぶ。慌てて身を起こし、ベッドから立ち上がろうとしたが膝に力が入らなくてガクンとバランスを崩した。

だがしかし、床に膝をぶつけるよりも早く、ヴァルトの胸の中に包まれていた。咄嗟に助けてくれたヴァルトを逃すまいと必死に縋り付く。

「ケイ――」
「気持ち悪くなんかない!」

確かに意識し過ぎてきごちない態度を取ってしまったけれど、ヴァルトに対して、そしてシルバーに対して嫌悪感を抱いたことなど1秒だってない。

「むしろその逆で……俺の今までの言動とか、シルバーの真意とか考えてるうちに、恥ずかしくてどんな顔したらいいか分からなくなって。いつも通りにしようと思っても上手くいかなくて……だから、その、つまり、お前のこと意識し過ぎて変な態度取っちゃってた」

言ってるうちに恥ずかしくなってきて段々と俯いてしまう。けれどシルバーの手だけは離すまいとギュッと力を込めて握りしめる。

「っていうかさ、むしろ謝るのは俺の方。本当はこんな風に俺から秘密を暴くようなこと言うつもり無かったんだ。ちゃんとお前から話してくれるまでは待とうって決めてたのに……でも、でもさ、昨日あんな事して、ヴァルトとシルバーを別人として普通に接するとか……多分もう、無理で」

目の奥がカッと熱くなって視界が滲んでいく。
喉が震えて、次の言葉が中々言えない。

「……なんで昨日、俺に謝ったの。本当は抱いたの後悔してる?満月で昂ってただけで、相手が俺じゃなくても誰でもよかったのか?」
「――ッ違う!確かに満月のせいで理性が効かなかったのは認める。でもそれは……相手がケイトだったからだ」

ヴァルトは俺の手をギュッと両手で握ると、祈るように額に当てて目を閉じた。

「ケイトだから、抑えが効かなくなった。俺のものにしたくて抱きたくて堪らなくなって、お前が拒絶もしないで甘やかしてくれるから、つい欲が出た。でも本当は、満月だからとか関係なく普段からお前を抱きたくて仕方がなかった」
「えっ!?」
「だってそうだろ、普段からやたらと隙だらけで無防備で、俺がただの狼だと思ってたから仕方ないのかも知れないけど、目の前で脱ぐし、一緒に風呂に入りたがるし、しょっちゅう抱きついてくるし」
「うっ……それは、ごめんなさい……」
「昨日謝ったのは、ちゃんと事情も話さず丸め込むように無理矢理抱いたからだ。だから、誰でも良いとかそういのは絶対にない。そもそも、抱きたいと思ったのも実際に抱いたのもケイトが初めてだし」
「え……?てことは童貞…?嘘、童貞であんな朝まで何度も何度も何度も何度もねちっこーーく抱いてくるやついんの?ポテンシャル高過ぎねぇ?」
「………」
「あっ、ごめん。つい心の声が」

咄嗟に口元を隠すが遅かった。
ヴァルトはほんのり頬を染めながらジトっと俺を睨んできた。ごめんて。

「……狼獣人は基本、番にしか欲情しない。だから成人しても未経験なのはそこまで珍しくない」
「へぇ、そうなん……番?」
「番」

自分自身を指差して首を傾げると、俺を指差してこくりと頷いたヴァルト。
番ってあれだろ、夫婦的な意味合いのやつ。
……なった覚えないのだが?
すると俺の疑問を察したのだろう。
ヴァルトは若干気まずそうに、昨夜思い切り噛まれて未だにじくじく鈍く痛む俺の頸をするりと撫でた。

「その、事後報告で悪いんだが……狼獣人は、番にしたい相手の頸を噛みながら中出しすると番が成立する」
「へ!?」
「人間相手だと別にこれといった効力はないし法的威力もないが、他の獣人には番のパートナー持ちだというのが一目で分かるから牽制になる」
「そ、そうなんだ……あれ、じゃあ俺って今……」
「正真正銘、俺の番だ」

わ、わぁぁ……。
それは何とも恥ずかしいというか照れくさいというか。思わず自分で頸の噛み跡を撫でると、ヴァルトの歯型に添ってポコポコと肌が波打っている。

「勝手に番にしてすまない……。だからあの時の謝罪にはそっちの意味も込められてる。本当は徐々に距離を詰めていく予定だったんだが、よりによって満月の日に呼び出したりなんかするからストッパーが外れた」
「ふわぁ………」

徐々に?あれで?
めちゃくちゃ一瞬で詰められたような気しかしないんですが。色々とツッコみたいところはあるけれど、そこをグッと堪えてずっと気になっていたことを聞いてみた。

「なぁ、その、ヴァルトってさ、俺のことす…」
「好きだよ」
「ま、だ……言い切ってないのに……」
「ケイトが好きだ。逃したくなくて、勝手に番ってしまうくらい愛してるよ」

照れ隠しで呟いた言葉に被せるように更に言い募られて、グッと顔を俯ける。
しかし両手で掬い上げられて強制的に目を合わせられてしまった。

「ケイト、愛してる」
「うぅ~~~」

好きな人に真摯に愛の言葉を重ねられて、耐えられる人間なんてこの世に存在しないと思う。
俺の顔を持ち上げるヴァルトの手を、挟み込むように上から重ねて触れる。

「俺だって……俺だって好きだ。シルバーもヴァルトも、どっちもおんなじくらい大好きなんだ。獣人でも、人間でも、狼だってなんだって構わない。お前がお前としてそばに居てくれるなら、それがどんな姿でも俺は幸せだ」

ヴァルトの瞳を見つめながら祈るように囁く。
ずっと考えてた。シルバーとヴァルトが同一人物だと知ってから、ずっと。

「俺、お前のこともっと知りたい……お前のこと、本当の名前で呼びたいよ…」

シルバーもヴァルトも呼び慣れたその名前は両方とも大切で特別だけど、それでもやっぱり彼の人生を模ってきた真名を知りたかった。

「お前が話したくない事情があるなら、それは勿論言わなくていいよ。でも出来るなら、ほんの些細な事でもいいから、これからお前のことを知っていきたい。好きなものとか、やりたい事とか、欲しいものとか、楽しいこと。嫌なことはちゃんと嫌だって教えて欲しいし、悲しいことがあったら寄り添いたい」

だって、愛してるから。

微笑むと同時に涙がポロリと一粒こぼれ落ちていく。愛しくて涙が出るなんて、シルバーに出会うまでは知らなかった。こんなにも心揺さぶられる感情を、ヴァルトに出会うまでは知らなかった。

どっちもかけがえのない、大切なものだ。
今更手放すことなんて出来るはずがない。

ギュッと抱きしめると、俺に応えるように抱きしめ返してくれた。強く、強く、もう離さないと言わんばかりに。その力強さが嬉しくて堪らなかった。

「――シルヴァルト・ブランシャール」
「……え」
「俺の、本当の名前だ」

目元の涙を優しく拭い微笑んだシルヴァルトのオッドアイの美しい瞳も、俺と同じように潤んでいた。

「シルヴァルト」
「あぁ」
「シル、ヴァルト……」
「…あぁ」

涙と共に熱いキスが降ってくる。
甘く何度も互いの隙間を埋めるように、ただひたらすら舌を絡めた。

「ケイト、話をしよう」

少し長くなるが、聞いてくれるか。
そう言ったシルヴァルトにもう一度口付けて、二人分の涙でぐちゃぐちゃになった顔で何度も何度も頷いた。


どんなに長くなっても良いよ。
言っただろ。
俺はずっと、お前のことが知りたかったんだって。


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