契約結婚ですか?かけもちですけど、いいですか?

みねバイヤーン

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12. 忘れられないサイラス①

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 姑対応が終わったジョナ。次に現れたのは、なかなか激しい姉君だった。


「王家のとある筋から、凄腕の人たらしがいると聞きまして。わたくしの弟をどうかたらし込んでいただけないかしら。ええっとジョーさん?」

「はい、ジョーとお呼びください」


 ジョナは愛想よくほほえみながら、誰なの誇大広告をしたのはーと頭の中で抗議していた。人を詐欺師みたいに、もう。


「あの子ったらねえ、もう十八になるのに婚約者を選ぶのを頑なに拒むの。理由を聞いても言わなくて。あの手この手で聞き出して、やっと分かったのね。好きな人がいるんですって、でもどこの誰だか分からないんですって」

「まあロマンティックですわ」

「わたくしもね、最初はそう思いましたわ」


 姉君がため息を吐く。


「よくよく聞いてみると、出会ったのが三年前らしいのです。三年間も探し続けてみつからないなんて。弟がよほど無能か、その女性がもう王都にはいないかのどちらかでしょう」

「ええっと、それで私は一体何をすればいいのでしょうか?」

「弟とお祭りの期間デートしていただきたいのよ。そして、あなたの魅力で弟の幻の恋を消し去っていただきたいの」

「それは、今までで一番難しい依頼かもしれません」


 ジョナは考え込む。


「ですわよね。わたくしも無理難題をお願いしていることは重々承知しております。いかがでしょう。必要経費はもちろん、成功しなくても既定の料金はお支払い、成功したら更に上乗せしますわ」

「それは、私に都合が良すぎる気がしますが」

「いいのですわ。だって、他の誰にもお願いできませんもの」


 とても話の分かる姉君と詳細を詰め、ジョナは引き受けることにした。契約結婚ではなく、謎の相手に三年も片思いをしているこじらせ男子を、お祭り期間中に篭絡するという、超難題を──。


***


 姉エミリーの探るような視線を振り切り、サイラスは屋敷を出た。秋の収穫祭。貴族も平民も入りまじって豊穣を祝う祭り。誰もが浮かれる時期。


「誰よりも浮足立ってるのは、俺かもしれない」


 今年で最後にしよう。そう決めた。彼女を探し、見つけられなくて絶望してきた。もう、区切りをつけなくては。姉エミリーの言う通りだ。いつまでもこんなことを続けている訳にはいかない。


「あの日も今日みたいな晴天だったな」


 サイラスは汗ばんだ前髪をかきあげ、抜けるような青空を見上げる。夏の、激しく自己主張するような濃い青ではない。まだ残暑はあるとはいえ、秋の空はどこか遠い。


「慣れない靴を履いて、足を痛めていたっけ」


 罠にかかった小鹿のように、情けない顔をしていた。怯えさせてはいけないと、なるべく紳士に見えるように声をかけたのだった。


「お嬢さん、もしかして足をケガされましたか? もしお力になれることがあれば」


 そう言ったんだ。そしたら、オズオズと顔を上げ、すがるような目をして彼女は言った。


「あ、ありがとうございます」

「えっ?」


 記憶より少し低くはっきりとした声が聞こえ、サイラスは目をしばたいた。


「靴ずれが痛くて困っていたのです。手を貸していただけると嬉しいです」

「えっ?」


 茶色の髪が風に吹かれている。小鹿のような大きな茶色の目がサイラスを見上げる。


「マー」

 いや、違う。彼女ではない。これは、誰? え?


 目の前の少女が首を傾げる。サイラスはようやく、自分から手助けすると言っておきながら、何度も聞き返すという失態を演じていることに思い当たった。


「ああ、すまない。ボーッとしていた。靴ずれなら、ハンカチを巻くといいかもしれない」


 少女が靴を脱ぐ。白い靴下のかかと部分に血がにじんでいる。


「少し、いいかい?」


 サイラスは断ってから、少女の足首にハンカチを巻き、靴をもう一度履かせ、靴底からグルッと足の甲まで巻き付け固定する。


「こうすると歩きやすいと思う。今日はあんまり歩かないで、家に帰ってから傷口に軟膏を塗るといい」

「ありがとうございます」

「オシャレしたい気持ちは分かるが、お祭りには履きなれた靴の方がいいと思うよ」

「そうですね」


 きまり悪そうな少女が、記憶の中の彼女とかぶる。立ち上がった少女が少しふらつくのを支える。足をかばいながら歩く少女が心配でそばにいると、なんとなく一緒に祭りの屋台をひやかす流れができてしまった。そんなことも、あのときと同じだ。懐かしさと恋しさで、サイラスの胸が痛んだ。


 もちろん、違うところもたくさんある。ジョーは活発な子らしく、勝負事になると全力で来る。


「私、手加減しませんから」

「望むところだ」


 輪投げは、ずっと同点で、最後の一投をジョーが外してしまった。


「ああー、悔しい。絶対入れなきゃって、力入ってしまった」

「惜しかったね。でも、景品の綿あめはジョーにあげるから」

「やったー」


 綿あめをむしゃむしゃ食べるジョーは、はた目から見ても微笑ましいらしく、色んな人から声をかけられる。


「お嬢ちゃん、めっちゃ食うじゃん」

「そういうかわいいお菓子って、ちょっとずつ食べて恋人をキュンッてさせるための小道具なのよー」

「わっしわし食ってる、ウケる」


 突っ込みを入れられても、ジョーは軽く受け流す。


「だって、大事にとってて、翌朝見たらヘナヘナになってたことがあるんだもん。なくなる前に今度こそ食べなきゃ」

「かわいいなー。いいなあ、兄ちゃん、こんなかわいい恋人いて」

「いやあー、ははは」


 なんて返していいか分からず、ひたすら笑ってごまかした。


 的投げも、僅差だった。


「今度こそ、ぎゃふんと言わせてみせます」

「ふっふっふ、それはどうかな」


 余裕があるように装っていたけど、内心はハラハラだ。ジョーの投げるナイフが着実に的に当たっていく。


「これで、決まり」


 ところが、またしても最後のナイフがすっぽ抜ける。


「ああー、やってしまいましたー」


 ジョーが頭を抱えてうずくまり、地面を叩いた。


「いやいや、ジョーは本当にすごいよ。そんなにナイフ投げられる女の子、初めて見た。ひょっとして騎士を目指してたりする?」

「騎士よりは冒険者に憧れるかなー」

「そうなのか。それは、なんというか、新鮮」


 サイラスの周囲には騎士に守られたい令嬢はいるけど、冒険者に憧れるような女の子はいなかった。あの子は、輪投げが下手だったし、ナイフ投げは怖くて無理と言っていたっけ。そんなところもかわいいなと感じたんだ。


 聞き覚えのある音楽が流れてきて、サイラスは思わず周りを見回す。広場の方で、男女が輪になって踊り始めた。目を凝らす。あの子が踊っていないだろうか。踊りの輪に近づく。茶色の髪に茶色の瞳、白い肌。そういう女の子はたくさんいる。でも、どれも違う。


 ハッと気が付いたときには、随分と時間が経っていた。ずっとジョーをほったらかしてしまった。ジョーはどこだ? 振り返ると、少し離れたところにあるベンチにジョーが座っている。サイラスと目が合うと、ジョーが立ち上がってそばに来た。


「あ、すまない」

「いいの。誰か探してる人がいるんだよね? 好きな人だよね、きっと。恋しい人を思い出す目をしてた、ずっと」

「すまない」


 ジョーが首を振る。


「謝らなくていいよ。私も好きな人に会えなかったことがあるから、気持ち、よく分かるよ。会いたいよね。会いたくて会いたくて、苦しくなっちゃうよね」

「うん」


 サイラスはどんな顔をしていいか分からず、うつむく。


「どんな人なの? 今日のお礼にたくさん聞いてあげる。話して。話したら楽になるよ」

「うん」


 話してと言われても、どこから始めていいのやら。


「お祭りで会ったのかな? それで、その人の髪と目は茶色?」

「どうして?」

「私を見る目でなんとなく分かった。ああ、重ねて見てるんだろうなって。それに、さっきからずっと茶色の髪の女性ばかり目で追ってたよ」

「うわー」


 俺、かっこ悪い。サイラスは赤らむ顔を隠そうと、手で顔を覆う。


「かっこ悪くなんか、ないよ。好きな人がいるって尊いことだよ。そんなに一途に思われてるって知ったら、その女性も嬉しいと思うよ」

「そうかな?」

「うん、絶対そう」


 悩めるサイラス、迷える子羊には、ジョーは後光が差した聖母のように見えた。
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