わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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二の宮の使用人用談話室にて 2

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「あのね……お母様は、陛下の寵愛を受け続けることに躍起になっているの。最近、アルド兄様が、戦地で手柄を立てて陛下が大喜びなさっているから、よけいに焦っているみたい」

 アルド兄様とは、この国の第二王子。
 国王の王妃の息子で、現在は、隣国の援軍要請に応じて戦地にいる。
 武人を多く輩出した名門出身の王妃の息子らしく、戦上手で名が知れた寡黙な王子であった。
 フォンジーは、だから、と悩ましげに瞳を伏せた。

「今、お母様はすごく機嫌が悪くて……何かあるとすぐに王宮のひとたちに八つ当たりするし、ぼくには甘くもみえたかもしれないけど……でも、きっと信用はしてないんだろうね。こっそり監視をつけられていたみたい」

 言ってフォンジーは、「ぼく最近、結構反抗的だから」と苦笑い。

 ロアナは王子に監視と言われて驚いてはいたが。
 でも、苦笑するフォンジーの顔は、何かとても物言いたげだった。
 そこで、とにかく話を聞いてみようと静かに待っていると。第五王子は、不意にとてもとても暗い顔。

 いつの間にか母につけられていた監視。
 その監視者に、フォンジーが知り合いに会いに二の宮に来ていた際、ロアナの菓子を見つけ、ついついつまみぐいしてしまったところを見とがめられてしまったらしいということ。

 フォンジーは、自分の話をじっと聞いているロアナの手をそっと握る。
 その行動にも少し驚いてしまったロアナではあったが……。
 青年の瞳には、深い謝意がにじみ出ていた。それに気がついたロアナは、彼を拒みはしなかった。

「……本当にごめんねロアナ。だから、君は何も悪くないし、ぼくのことを恩人だなんて思う必要ないからね?」
 
 フォンジーは悲しい思いでそういった。
 彼は、最近の母親の振る舞いには本当に困っている。
 母が美と父の寵愛を追求したいのなら止めやしないが、そのために王宮内の和を乱すのは本当にやめてほしい。
 自分たち王子は、国家間の友好、ひいては国の平和のために成婚した妃の息子だというのに。自らが災いの火種になっているようでは。
 フォンジーはときどき自分がなんのために、ここにいるかが分からなくなる。
 母のことは、大切に思っているが。普段から母に、『フォンジーのため』『フォンジーが望んでいるから』と、まるで免罪符のようにして使われていると、どうしてもとてもいやな気持になった。
 それでだんだん母の住まいには近寄りがたくなって。
 他の兄たちにも疎まれているのではと思うと、一の宮にもいづらくなった。

 そんなときに『遊びに来い』と誘ってくれたのが、彼を子供の頃からしっている知人、二の宮の料理長フランツ。
 さばさばとした料理長のそばは、とても居心地がいい。
 まわりからは、たびたび苛烈な母と同一視されて、『甘やかされている』『美貌を鼻にかけている』と言われがちなフォンジーとも、彼は昔と同じように接してくれる。……気が楽だったのだ。
 けれども彼は、母と対立するイアンガードの宮の料理人だ。
 母にバレればきっといい顔をしないとは分かっていたが。つい、制約の多い生活に苦しくなると、彼はフランツのところに、こっそり悩みを打ち明けに通った。

 しかしだからこそ、彼はロアナの菓子と出会った。
 フランツの厨房の隣の食堂にあった、ロアナの、素朴でかわいらしくて、『どなたでも』と、おおらかな許可の与えられた菓子は、普段ガチガチの規則で身の回りを固められていたフォンジーにとってはあまりにも魅力的だった。
 彼はずっと甘いもの好きを隠して、長年、母に命じられた通りに甘味を我慢し続けていた。
 年齢的に見ても、そろそろタガが外れてもいたしかたない頃だった。
 
 ──けれども。

 こんな騒動が起こってしまって。フォンジーは、本当にひどくひどく落ち込んでいた。

 自分が、被害者であるロアナに、『ありがとうございます』なんて、感謝される資格はない。
 ロアナは知らなかっただろうが……何度も二の宮にきていたフォンジーは、ここでは一番新入りで、歳が自分に近い彼女のことをもちろん承知していた。
 フランツから彼女が、食堂の片隅に置いてあるあのおいしい菓子の生産者だと聞いたときは、とても興味をひかれたものである。
 彼女はその後いつ見かけても、忙しそうに歩き回り、一生懸命手を動かして働いていた。
 いつもミルクティーのような薄いベージュの髪をきれいに結って、こざっぱりとした白黒のメイド服を着て。
 しかし見ていると、時々、彼女の緑色の瞳が特別に楽しそうに輝いている日があった。
 不思議に思ってフランツに訊ねると、どうやらその次の日は、彼女は休日。
 その日に菓子づくりをするのが楽しみで、ああして幸せそうに働いているらしい、と、聞いて。なんだかとても、微笑ましかった。

 ……でも──。

 よりにもよって自分の母親が、その、彼女の働き者な手を──彼女が大好きな菓子づくりにも欠かせないだろう手を、無慈悲にも踏みつけていたのだと思うと。本当に──本当に、はらわたが煮えくり返る思いだった。
 
(……どうしてやろう。)

 ふと、そんな暗い気持ちが沸き上がる。
 どうやって、母に思い知らせてやろう。
 貴賤をこえて、自分が本当にロアナに感心していたこと。本当に、大切に思っているということを。
 そんな彼女を傷つけられて、彼がどんなに怒っているかを、どうやって。

 ……と、そんな彼に謝罪をされて、いきさつを説明されたロアナは。

 彼女はしばし、青年の思いつめたような顔を、眉尻を下げて心配そうにみていた。が、彼女は不意に、少し身を乗り出して、言った。

「……あの、殿下。わたし……殿下がリオニー様に甘やかされているとは、ちっとも思ってません」
「……え?」

 彼女のその言葉に、フォンジーはハッと我にかえって彼女の顔を見る。
 と、ロアナが真剣な顔で続ける。
 
「わたしだったら、いくら美しくあるためと言われても、大好きなお菓子をやめることは到底できません。恥ずかしながら……わたくしめが殿下と同じ年頃のころには、毎日、欠かさず甘いものをつくって食べていました……とうぜん今よりもっとふくふくしていて……でも……それでもどうしてもやめられませんでした! 甘いものだけはどうしても……!」

 ロアナは続けて『給金もさして多くないのに、仕送りの残りをすべて菓子づくりにつぎ込んで侍女頭にものすごく叱られた』とか、『自制心皆無ボディだった当時の自分が恥ずかしい……』と、苦悩顔で自ら暴露する。

 フォンジーは、そんな彼女にぽかんとして……。

 ……だが、彼はなんとなく察した。
 ロアナは、どうやら罪悪感に苛まれている自分を、なんとか励まさねばと思っているらしい……。
 彼女はこぶしを握って力説し、時々何か──当時の自分の黒歴史でも思い出したのかというような、げっそりした表情をみせたりしつつも、声を大にして言うのだ。

「だから! ずっと甘いものを我慢して節制なさっていた殿下はすごいと思います! ちっとも甘やかされてはおられません! むしろ、厳しい母上様の命に、ご立派に寄り添っておられたと思います!」

 そうして力いっぱい励まされたフォンジーは、しばし無言──だが。
 
 ふっと、フォンジーの表情が照れくさそうにやわらぐ。
 直前まで。母を恨めしく思って暗澹としていたが、その心の中に彼女の懸命さが滑り込んできたような気がして、つい……彼は、心の底からくすぐられたように笑みを浮かべてしまった。

 心がどうしても華やぐ。
 だが反面、そんな気持ちを向ける相手が、今まさに目の前にいるのだと思うと、とても恥ずかしくて。
 なんだかとても、顔が熱い。

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