わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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二の宮の使用人用談話室にて 3

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 そのときロアナは.

 ……あら? 間違ったかしら、と、思っていた。

 なんだかつい勢いづいて、力説してしまったが。

 そういえば……。

(…………お相手は、第五王子、殿下だった………………)

 同僚たちのように、気楽に話していい相手ではなかったことを思い出すと、額には冷や汗が。
 けれども先ほどまでのフォンジーは、見ている彼女まで悲しくなりそうなほどに、とても苦しそうだった。
 だから、つい、元気をだしてほしくてあれこれ言ってしまった。
 でも……と、ロアナ。

(わたし……なんだかとっても言わなくてもいいことまでカミングアウトしてしまった気がする……) 
 
 食べることに見境がなかったころのこと。なんども侍女頭に叱られていたこと。今より少しぽっちゃり体型だったころのこと。
 いや、そんな自虐にも聞こえかねないことを、いきなり大きな声で聞かされた王子はどう思っただろう……。

(……しまった……白熱し過ぎた……殿下に向かってネガティブを放出してしまった……)

 第五王子という立場の人に、自分はなんて不躾なのだろう。
 おそるおそる様子をうかがうと、当のフォンジーは、気に病む彼女に、なにやらとても微妙そうな(※照れ)顔。
 あ、これはやっぱり呆れられたのだろうかと、見ていると。青年のオレンジ色の瞳は、すぐに逃げるように横に逸らされた……。
 これにはロアナは、大ショック。

(や、やってしまった……)

 せっかく救ってもらったというのに、自分などの体験を声高に語り偉そうなことを言ってしまった。
 出過ぎた真似をしたことが恥ずかしくなって。焦ったロアナは、話題を探し、つい、また口走る。

「ええと……えっと! あ……そうです! で、ではもしかして……いつもわたしがおすそ分けに置いておいたお菓子のそばに、ご丁寧にメッセージやお手紙を残してくださっていたのは……もしや殿下でいらっしゃったのですか⁉」

 口走っておいてなんだが、ロアナはここでハッとした。
 そうだ、もしそうならば、これまで感じていた疑問はすべて納得できる。

 いつも、彼女がおいておいた手作りお菓子に、お礼や、次のお菓子のリクエスト、さまざまな話題にふれた手紙を残しておいてくれた、誰か。
 てっきり上品な文字や、上等な質の便箋と封筒から、相手は階級が上の同僚の内の誰かだと思い込んでいたが……。

(でも、それが、フォンジー様だったのなら、納得だわ!)

 その気づきに、ロアナは答えを待つようにフォンジーを見つめる、と。
 まだどこか気恥ずかしそうな青年は、少しだけ戸惑ったように、うん、と小さくうなずいた。

「その……確かにぼく、君のお菓子にお礼のメッセージを残したことがあるよ……?」
「やっぱり!」

 フォンジーの言葉に、ロアナはすっかり嬉しくなってしまって手を叩く。
 彼女はこの直前まで、内心非常に恥ずかしい思いをしたのも忘れ、キラキラと瞳を輝かせて破顔する。

「どうりで上等な封筒と便箋のお手紙だと思っていました!」

 相手はてっきり女性だと思い込んでいたが……そうか、殿下だったのか──と、思ってホッコリした瞬間。
 ロアナは──重大なことを思い出して、愕然とする。

「ぁ──月の…………」
「月? あれ? ロアナ? どうしたの?」

 それは、まさに天国から地獄につきおとされるような気づき。

 言ったきり、真っ青になってかたまったロアナには、フォンジーが困惑。
 彼女は思い出していた……。

 そういえば、いつの間にか文通状態になったその手紙で、彼女はいつも、相手の“お姉様”に、かなり踏み込んだ悩みや相談をしてしまっていたのだ……。
 それすなわち、家族の悩みや、王宮で働く悩み。
 相手が女性であるという思い込みから、体重の話や……果ては、月のものの話題まで……。

「……ぐふっ⁉」
「ロ、ロアナ⁉」

 とたん、耐えられずダメージを受けたロアナは、談話室の床に膝を打ちつけて崩れ落ちた。
 かと思うと、顔面を両手で覆い、ぶるぶる震えながらうなだれる娘に、フォンジーが思い切り動揺している。

「ロ、ロアナ、大丈夫⁉」
「も、もうし……申し訳ありません……まさか……私の文ツウ相手ガ……デ、デ、ンか、デ、イラッシャッタ、ト、ハ……」
「⁉ ロアナ、なにその片言なしゃべり方⁉」

 これは、思いがけぬやらかし。ロアナは、羞恥のあまり、消し炭になってしまいそうだった。

 あの、いつの頃からか、彼女のおすそ分けに手紙をくれるようになった、例の“名も知らぬ文通相手おねえさま“。
 彼女(?)はいつも、とても可愛らしい色の便箋に、きれいな文字。
 並んでいた言葉たちも、とても丁寧であたたかだった。
 それですっかり親しくなったつもりになってしまったロアナ。──が、放った、本来なら相当にふさわしくない相談事にも、とてもとても丁寧に回答をくれて……。

 でも、その相手が、この自分よりも二つは年下だろうこの青年だったのだとしたら……。

 ロアナは、わなわなと震えた。
 これはまさに……ひどすぎるやらかしである。

(わ、わたしは……年下の殿下に……いったいなんということを……)

 あんなことを相談されたフォンジーは、きっとものすごく困惑したに違いない、と思うと。
 これはちょっと……ロアナにとってはつらすぎる真実であった……。

「ぅ……うぅ……」
「ロ、ロアナ、か、顔色が……赤くなったり青くなったり……ちょ、やっぱり医師をもう一度……」
「い、え……で、殿下……それより本当に……本当にとんだご無礼を……」

 消し跳びそうな羞恥を味わいながらも、しかし彼女はフォンジーに告げる。

「フォ、フォンジー様……いつも……お手紙くださって……あ、ありがとうございました……」
「え、う、うん……」
「わ、わたし、あんなにきれいな便箋と封筒でお手紙をいただいたのは初めてだったんです……てっきり……相手は女性の方だと思っておりましたので……ひどい相談をなんどもいたしましたが……。そうですか……フォンジー様、で、いらしたとは……」
「…………」

 恥ずかしかったが、長く文通した相手とやっと会えたと思うととても感慨深かった。
 ロアナは、フォンジーに(生命力の乏しい顔で)微笑みかける。

「お手紙、嬉しかったです。リクエストいただいたクッキーも、おいしく焼くので待っていてくださいね」

 げっそりしつつ感謝をのべ、せめてその約束だけは罪滅ぼしとしてもしっかりやろうと心に誓う。
 と、そんなロアナに、戸惑っていたフォンジーが、ふっと笑みを見せた。
 きれいで、とてもやさしい笑みだった。

「ロアナ」
「はい!」

 青年が返してくれる微笑みが嬉しくて、ロアナもやっとほがらかさを取り戻す。
 まあ……過ぎてしまったことは仕方がない。それよりも、これまでのやり取りの礼をやっと伝えることができた。それが嬉しくて仕方ない。

(あ……でも、また殿下にお菓子をさしあげたら、リオニー様がお怒りになる……?)

 それはどうにか避けたいなと、一瞬考え込んだロアナに。

 フォンジーが、言った。

「それ、僕じゃない」
「……、……、……、……へ……?」


 
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