わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第五王子とクッキー作り、の波紋 8

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 邪気の吹き溜まりのような暗がりから、ウルツが睨んでいるのは、厨房の端でロアナと共にいる弟。
 フォンジーは、実に楽しそうに彼女を見つめている。

 ……実にイラっとした。

 本日ウルツは、昨日怪我をしたロアナの様子を見に二の宮を再訪した。
 まずは、明らかに一応というふうな数秒の挨拶を母にして呆れられ、笑われて。こうして厨房にやってきたのだが……すると、そこは謎の大騒ぎ。
 使用人たちが大勢集まっていて、皆何かに注目してソワソワしている。
 これにはウルツは怪訝。

(……何事だ……?)

 普段なら。
 冷淡な彼がやってくると、使用人たちはすぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 それが今日は、皆一様に何かに気を取られ、彼に気づくそぶりもない。
 まあ、別にそれはうっとうしくなくていいのだが……ロアナとの手紙のやり取りによれば、今日は彼女がそこにいるはずで。
 ウルツは心配した。
 これでは彼女は、せっかくの休みを楽しめないのではないだろうか。
 彼女は菓子作りがとても好きなようだから、それは気の毒と。ウルツはいささかムッとした思いで人垣の先をのぞく。──と、そこには昨日に引き続き、彼の腹違いの弟フォンジーの姿が。
 その姿を見た途端、ウルツの眉間の渓谷がさらに深くなる。
 あまり彼とは仲がいいとは言い難いその弟は、ロアナの隣でエプロンなどつけて、嬉しそうに作業している。弟の手に木べらが握られているのを見て、ウルツは唖然。

(……もしやあれは……先日俺がロアナに頼んだ……クッキーを……作っている……の、か……⁉)

 なんだか……訳もわからずショックであった。




 クッキー生地を無事に作り終え、いったん氷冷庫で休ませる、という段になって。
 戻ってきたロアナに、フォンジーが、ふと聞いた。

「ね、そういえば、今日はどうしてクッキーをつくることにしたの?」

 フォンジーとしては、なんとなしの質問であった、が。

「ああそれは……わたしの文通相手のお姉さまが召し上がりたいとおっしゃっていたので」

 ロアナが答えたとたん、フォンジーの顔色が変わる。

「え……これ……例の人のためだったの……?」

 それは、なんとも複雑な気分である。
 だが、ロアナは、休憩のお茶を用意しながら、すぐに付け加える。

「あ、もちろんそれだけではなく、いつも通りわたしも食べたいですし、皆さまにもおすそ分けするつもりです」

 フォンジー様にも焼きあがったらお届けしますねと微笑まれ、作業台を複雑そうに見下ろしていた青年は、顔を上げて不満そうな声。

「……なんで……ぼく先に帰る前提なの?」

 その言葉には、ロアナはきょとんとする。

「え……? そ、れは……生地は休ませるのにけっこう時間がかかりますし……」

 と、いいながら。ロアナはチラリとイエツを見る。
 するとその王子の侍従は、彼女に無言で目を細め鋭いまなざし。
 ロアナは、彼から『殿下が早くここを出られるよう配慮しろ』と指示されていた。
 彼の心配もわかる。
 厨房には人が集まりすぎている。
 イエツが追い払おうとしたが、フォンジー自身が、ここはそもそも彼らの職場だからと止めたのである。
 ゆえに、王子の青年侍従はずっとキリキリした顔をしていて、その心情を察したロアナはなんだか彼が気の毒になってしまった。
 ゆえにクッキーの型抜きと焼きの工程は、自分だけでやろうと思っていたのだが……。
 フォンジーはそれを不服としたようだった。

「ねえロアナ、そうはいっても生地は大量だよ? これを一人で型抜きなんて大変だし、焼くのも大変じゃない。ぼくは怪我をした君の役に立ちたくてきてるの。……迷惑なら帰るけど……」

 フォンジーがしゅんと愛らしい顔を曇らせた瞬間、ロアナがうっと怯む。
 彼女のそばにいたいフォンジーとしては本気で気持ちが沈むわけだが、これはロアナにとっては効果的な庇護欲へ訴え。
 しかしそれは同時に、イエツを含むまわりの観衆たちにもばっちり効いてしまう。とたん、彼、彼女らは、フォンジーの暗い顔の原因たる娘を、ぎっと音がしそうなほどに睨む。

(ひ……)

 いっせいにまわりの者たちに睨まれたロアナは、針のむしろ状態に困り果てた。
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