わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第五王子とクッキー作り、の波紋 9

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 第五王子の侍従イエツに刺すようなまなざしで睨まれたロアナは、内心で嘆いた。

(ブルクミュラー様……理不尽です……)

 まあ……聞くところによると、彼、イエツ・ブルクミュラーは、フォンジーとは幼い頃からの付き合い。
 年端もいかない頃から王子のそばにいて、まだ若い彼はどうやらかなり盲目的。
 せっかく端正できれいな顔をしているのに、どうにもキリキリとしていて気難しさが先に立って見える。

(……殿下第一なのは分かるけど……殿下を帰らせろといったのはブルクミュラー様なのに……)

 自分を手伝いたいと言ってくれるフォンジーと、その王子が心配で早く安全な場所に帰したいイエツ。
 彼らの板挟み状態となったロアナは、どうしたものかとため息。

 けれども、こういう理不尽さに振り回されることは、ロアナにとってはある意味とても懐かしい感覚だった。
 理不尽さにかけて言えば、ロアナの兄と弟もたいがいで。
 父が亡くなったあと。兄は父から店を受け継いだが、つらいことがあるとすぐに現実逃避しがちだった彼は、何かあるたびに仕事を放り出した。
 そして逃げ込む先は、飲み屋街や色町。
 しまいには父の残した菓子店をつぶして兄は逃げ……。
 片や弟はといえば家にもよりつかず、賭け事にはまり、有り金がなくなるとロアナの昔の勤め先にまで金の無心にきた。

 おかげで母は心痛で倒れ、今では親戚の家で世話になっている。
 そばを離れているのは心配だが……仕方がない。
 兄と弟はとっくに逃げてしまって、ロアナが働かねば治療費すらも賄えなかった。

 今では母も快方に向かい、ロアナも少しずつ金銭的に余裕が出てきたが。それでも長患いのせいで足腰の弱った母は、そうたくさんは働けはしない。
 すべてが兄弟たちのせいだとは言い切れないが……すくなくとも母が倒れたのは彼らが原因だ。
 ロアナは今でもふたりの顔を思い出すだけと、非常にげっそりしてしまう。

 ──が、反面、今回は、兄と弟のろくでなしぶりを思い出すと、なんだか気持ちが楽になってきた。
 あら? と、ロアナ。

(……そうよね……あの兄と弟にくらべたら、ブルクミュラー様の理不尽は、なんだかすごくかわいい気がしてきたわ……)

 なんといっても彼のそれは、主を一心に想ってのこと。
 自分の欲望を無限に満たそうという馬鹿馬鹿しい理由で、何度も何度も失望させられた兄弟たちとは雲泥の差である。
 青年侍従はいまだ自分を睨んでいるが……。
 なんだか少し前向きな気持ちになってきたロアナは、それすらも尊い気がして。つい、青年の顔をしげしげとながめてしまった。

 と、その異変に眉をひそめたのはイエツである。

(⁉ な、なんだ……?)

 最近王子が執心の侍女に、なぞに無言で熱心に見つめられた彼は戸惑う。
 警戒心の強いイエツはさらにロアナを睨む。

「貴様なんだその目は⁉ な、なぜそんな目でわたしを見る⁉」
「……いえ……一生懸命でいらっしゃるなぁと……」

 ロアナの脳裏には警戒して殺気立った猫が思い浮かぶ。(……かわいい……)byロアナ

「⁉ なんだそれは⁉ わたしを侮っているのか⁉」
「滅相もございません」

 カッとしたように睨みつけてくる青年に、ロアナは即座に首を振る──と。
 
 そのときだった。
 疑いの眼差しのイエツに向かって「まさか、まさか、そんな」と首を振り続けるロアナのそでが、ツンッと誰かに引かれる。
 あら? と思って視線を落とすと。作業台のそばのイスに座っているフォンジーが、不満そうな顔で彼女のブラウスのそでをつまんで軽くひっぱっている。

「……ロアナ……ぼくのこと忘れてない?」
「あ、あら……申し訳ございませんつい。ブルクミュラー様が尊くておいでで……」
「はぁ⁉」※イエツ
「…………」

 ロアナのとっさの言葉にイエツがいきり立ったが。それを、フォンジーはやはり不満げに見る。
 その目は、『ロアナに乱暴な口をきくな』という意味もあっただろうが、どこかに別の憤りも滲んで見えた。
 いつもは明るく優しい主に嫉妬のような視線を向けられたイエツは、当惑して沈黙。

「? あら? ブルクミュラー様?」

 憤慨した猫(※ロアナイメージ)が一転。急に大人しくなったイエツに、ロアナが不思議そうな顔。──と、そんな彼女のそばに、イスを立ったフォンジーが進みよる。
 ごく自然なるパーソナルスペースへの食い込みに、ロアナが一瞬きょとんとした。
 すっかり拗ねた顔の青年は、首をうなだれるように傾けて、ロアナに問う。

「ロアナ……ぼくじゃダメ?」
「え……?」

 その言葉には、ロアナはパチパチと瞳を瞬かせた。

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