わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第五王子とクッキー作り、の波紋 10

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 ……もちろんそれは、『手伝いをするのは』という意味だろう。

 でも、と、ロアナ。
 こうしてせつなそうに『ぼくじゃダメ?』なんてことを訊ねられると──そこにはさしたる重要な意味がこめられているわけではないとわかっていても……なんだか顔が熱くなってしまう。

「ぼく、君の役に立ちたいんだ」

 そう続けられた言葉には、ロアナは気が遠くなる。
 フォンジーの、チャームの魔法が強すぎる。
 ひるんだ彼女は後ろに一歩後退。顔は耳まで真っ赤になった。

(……このお方……本当に……末恐ろしい……)

 ただ見つめられているだけだというのに、なんだろうこの求心力は。
 これでは、王宮の多くの者たちが彼を熱愛するわけである。彼の真っすぐな瞳には、何か、あらがいがたいものがあった。
 正直、こんな熱心なまなざしを向けられては、ロアナも何か勘違いをしてしまいそうである。

 ──ただ。

 異性への免疫という点では、彼女は兄たちのおかげである程度のものがある。
 それすなわち、男に変な夢を見ないという免疫。

 しょうもない兄弟たちの素行にふりまわされ、何度も嘘をつかれ、苦労して身にしみた。
 男に夢を見ても無駄なのである。
 この世には、本物の王族の王子様は存在するが、比喩のうえでの“白馬の王子様”は、自分のもとにはやってこない。絶対に。……そうロアナは痛感しているのである。

 ゆえに彼女はフォンジーの優しさに感謝はするものの。そこにのめり込んではダメだと、ときめく自分を自制した。

(……フォンジー様は、ただお優しいんだわ。昨日の一件で責任を感じていらっしゃるから……)

 フォンジーの発言をそう納得し、ロアナは身の熱に耐えた。
 ここで彼がふりまくチャームの魔法に魅了されてしまっては、きっとそれは王子という立場の彼には迷惑なのではないだろうか。

 彼の侍従のイエツは、フォンジーに黄色い声を上げている侍女たちを非常にわずらわしそうに見ている。
 実際わずらわしいだろうとロアナは思う。
 自分を含めた侍女たちの仕事は、フォンジーら王族の世話なのに。それが、職務を忘れてきゃあきゃあと興奮していては仕事にならない。
 それが迷惑でなくて、なんだろう。

「…………そうですよね」
「……ロアナ?」

 こほん、とロアナ。
 まだ顔は熱かったが、動揺はなんとか収まっていた。
 彼女はフォンジーに微笑む。

「お気遣いありがとうございますフォンジー様。もちろん、わたくしも、殿下がものごとに注意深く対処できるお方だとは分かっておりますが……もし万が一、わたしの菓子作りなどのために、殿下に火傷などさせてしまっては、わたしは殿下をお慕いする皆様に申し訳が立ちません」

 言って、ロアナはイエツや周囲の観衆たちをチラリと見た。
 その視線にフォンジーも気がついて、困ったように眉尻を下げる。彼としても、ロアナに迷惑をかけたいわけではない。

「ここまでお手伝いいただいただけでも、わたしはすごく助かりました」

 本当ですよ? と、彼を励ますように微笑む娘に、でも、とフォンジーはまだ不安をのぞかせる。

「この手で、残りの作業全部を一人でやるのは……」

 と、青年がロアナの手を取ろうとした時のことだった。
 フォンジーの伸ばした手がロアナに触れる直前、それを、誰かがガシリと引き留める。
 不意に手首をつかまれたフォンジーがハッとしたように息を呑む。

「え……?」
「あ……ら…………?」

 怪訝な顔をしたフォンジーの前で、ロアナはびっくりして目をまるくした。
 いつの間にか──彼女らの傍らに、男が一人。
 その顔を見て、ポカンとするふたりに。会話に割って入ったその者は、低く言った。

「……ならば、わたしが手伝おう」
「え……?」

 その言葉に、ロアナが数度瞬き。
 同じくまわりの者たちも、一瞬誰もが驚き、沈黙し、唖然とその男を見つめる。
 厨房中の視線はいっきに彼に集まったが、そんな視線などまるで無視して彼は淡々と続けた。

「──ゆえに、お前はさっさと自分の宮に帰るがいい」

 そうフォンジーを冷たく睨み、言葉を放るのは──

 彼の兄、第三王子ウルツであった。


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