31 / 68
第五王子とクッキー作り、の波紋 10
しおりを挟む……もちろんそれは、『手伝いをするのは』という意味だろう。
でも、と、ロアナ。
こうしてせつなそうに『ぼくじゃダメ?』なんてことを訊ねられると──そこにはさしたる重要な意味がこめられているわけではないとわかっていても……なんだか顔が熱くなってしまう。
「ぼく、君の役に立ちたいんだ」
そう続けられた言葉には、ロアナは気が遠くなる。
フォンジーの、チャームの魔法が強すぎる。
ひるんだ彼女は後ろに一歩後退。顔は耳まで真っ赤になった。
(……このお方……本当に……末恐ろしい……)
ただ見つめられているだけだというのに、なんだろうこの求心力は。
これでは、王宮の多くの者たちが彼を熱愛するわけである。彼の真っすぐな瞳には、何か、あらがいがたいものがあった。
正直、こんな熱心なまなざしを向けられては、ロアナも何か勘違いをしてしまいそうである。
──ただ。
異性への免疫という点では、彼女は兄たちのおかげである程度のものがある。
それすなわち、男に変な夢を見ないという免疫。
しょうもない兄弟たちの素行にふりまわされ、何度も嘘をつかれ、苦労して身にしみた。
男に夢を見ても無駄なのである。
この世には、本物の王族の王子様は存在するが、比喩のうえでの“白馬の王子様”は、自分のもとにはやってこない。絶対に。……そうロアナは痛感しているのである。
ゆえに彼女はフォンジーの優しさに感謝はするものの。そこにのめり込んではダメだと、ときめく自分を自制した。
(……フォンジー様は、ただお優しいんだわ。昨日の一件で責任を感じていらっしゃるから……)
フォンジーの発言をそう納得し、ロアナは身の熱に耐えた。
ここで彼がふりまくチャームの魔法に魅了されてしまっては、きっとそれは王子という立場の彼には迷惑なのではないだろうか。
彼の侍従のイエツは、フォンジーに黄色い声を上げている侍女たちを非常にわずらわしそうに見ている。
実際わずらわしいだろうとロアナは思う。
自分を含めた侍女たちの仕事は、フォンジーら王族の世話なのに。それが、職務を忘れてきゃあきゃあと興奮していては仕事にならない。
それが迷惑でなくて、なんだろう。
「…………そうですよね」
「……ロアナ?」
こほん、とロアナ。
まだ顔は熱かったが、動揺はなんとか収まっていた。
彼女はフォンジーに微笑む。
「お気遣いありがとうございますフォンジー様。もちろん、わたくしも、殿下がものごとに注意深く対処できるお方だとは分かっておりますが……もし万が一、わたしの菓子作りなどのために、殿下に火傷などさせてしまっては、わたしは殿下をお慕いする皆様に申し訳が立ちません」
言って、ロアナはイエツや周囲の観衆たちをチラリと見た。
その視線にフォンジーも気がついて、困ったように眉尻を下げる。彼としても、ロアナに迷惑をかけたいわけではない。
「ここまでお手伝いいただいただけでも、わたしはすごく助かりました」
本当ですよ? と、彼を励ますように微笑む娘に、でも、とフォンジーはまだ不安をのぞかせる。
「この手で、残りの作業全部を一人でやるのは……」
と、青年がロアナの手を取ろうとした時のことだった。
フォンジーの伸ばした手がロアナに触れる直前、それを、誰かがガシリと引き留める。
不意に手首をつかまれたフォンジーがハッとしたように息を呑む。
「え……?」
「あ……ら…………?」
怪訝な顔をしたフォンジーの前で、ロアナはびっくりして目をまるくした。
いつの間にか──彼女らの傍らに、男が一人。
その顔を見て、ポカンとするふたりに。会話に割って入ったその者は、低く言った。
「……ならば、わたしが手伝おう」
「え……?」
その言葉に、ロアナが数度瞬き。
同じくまわりの者たちも、一瞬誰もが驚き、沈黙し、唖然とその男を見つめる。
厨房中の視線はいっきに彼に集まったが、そんな視線などまるで無視して彼は淡々と続けた。
「──ゆえに、お前はさっさと自分の宮に帰るがいい」
そうフォンジーを冷たく睨み、言葉を放るのは──
彼の兄、第三王子ウルツであった。
4
あなたにおすすめの小説
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる