わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の謎の沈黙 1

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「…………」
「…………」

 人々が蜘蛛の子を散らすように退散してしまった厨房で。
 ロアナは、大きな疑問を抱えたまま、所在なさげに立ち尽くしていた。

 彼女の目の前には、作業台を挟んだ向こう側に、主の息子ウルツが座っている。
 腕を組み、険しい顔で微動だにしない銀の髪の青年に、じっと見つめられたロアナは、すっかり委縮して困惑の最中。

 先ほど、彼が不思議な発言をしたあと。
 青年は続けざまに、そばでポカンとしてたイエツにフォンジーを連れ帰るよう命じた。
 これには第五王子は不服を露わにしたが……。その流れを好機と見たのがイエツだった。
 王子の侍従はすぐさま我に返り、半ば強引に主を厨房から連れ出していった。
 おそらく、先日の騒動もあって、彼も必死だったのだ。
 この件を知れば、側妃リオニーが目くじらをたてることはまちがいがない。
 どうやらそれはフォンジーにも伝わって、彼もあまり強くは拒絶ができないようだった。
 
 ただ、その去り際に、彼はかなり後ろ髪引かれたようすでロアナを見ていた。
 申し訳なさそうな、せつなそうな……。
 まるで子犬のような彼の瞳には、ロアナも大いに心が痛んでしまった。

 ロアナは心の中で誓う。

(フォンジー様……あとで絶対に焼きあがったクッキーをお届けいたしますからね!) 
 
 ──と……まあ、それはいいのだが。

 フォンジーが立ち去ったあとの厨房で、ロアナは、目の前の第三王子ウルツを困惑の眼差しで見つめた。
 どうしてなのか……。
 弟を厨房から退散させた第三王子は、ロアナの前に座ったきり、ずっといかめしい顔で沈黙。
 その表情は、暗黒の相。
 ……怖いにもほどがある。

 こうなってくると、ロアナも下手に身動きがとれないわけだ。

(ウルツ様のこのお顔は──……絶対に、怒っておいでだわ……)

 きっと自分はこれから彼に叱られる。

(……あんなに人が集まってきてしまっていたし……フォンジー様とここでお菓子作りなんてやっぱりお叱りがあって当然よね……)

 なんだか流されてそうなってしまったが。やはり側妃リオニーと不仲のイアンガードの王子たる彼からしてみれば、あれはありえない事態だったのだろう。

 ロアナは深く反省したが、しかしもはやあとの祭りであった。 
 こわばった彼女の喉が、緊張でゴクリと鳴る。
 自分を睨んでいるウルツの口からは、今にも厳しい叱責が飛んできそうな気がして。
 とても気が気ではなかった。

 ……が。
 しかしそうして彼女が叱責を覚悟して、すでに数分が経過した。
 なぜなのか……第三王子は、待てど暮らせど一言も口を利いてくれないのである。
 これにはロアナも、どうしていいのか分からない。

(ど……どうしたら……)
(もしかして……殿下はお怒りのあまり、呆れてものも言えないとかいうそういうご心境でいらっしゃるの……?)
 
 ウルツの沈黙に、真面目な娘はじりじりと気持ちが追い詰められていった。
 あれほど賑やかだった厨房内は、今はもうガランとしている。
 まあ、本来、夜明け前から働きはじめた料理人たちは、この昼餉が終わった時間は休憩をとり、厨房には誰もいないこともしばしば。
 けれども、いつもは気にならないこの静寂も、今日はなんだかとても怖い。
 こんな静かな厨房で、冷酷と噂の第三王子と二人きり。……しかも差し向かい。
 緊張したロアナは生きた心地がしない。

 ただ、誰もいなくなった厨房には、かろうじて料理長のフランツだけは少し離れた場所で待機してくれている。
 ロアナは無言の王子を前に、半べそでフランツの顔を見た。

(料理長……! どうしたらいいんですか⁉)

 視線で必死に助けを求めるロアナであったが……。

 なぜかそこで、フランツは生温かい表情。
 半笑いのような顔で、ただ首を振られたロアナは、いよいよどうしていいのかわからず、途方に暮れてしまった……。



(…………ロアナのやつ、困ってんなぁ……)

 悲壮な顔の侍女を見て、料理長フランツはやれやれとため息。
 助けてやりたい気もするが……と、彼の視線は、そんな彼女の前で不動の男に向けられる。

(………………)

 フランツは、じっと青年王子を観察。
 フォンジーもそうだが、王宮勤めが長い彼は、ウルツのことも幼い頃からよく見知っている。──だからこそ、見えるものがあった。

(うーん……)

 フランツは、苦笑い。

(…………ありゃあ殿下も……すげぇ、テンパってんな…………)

 若者ふたりがかもし出す、ジリジリした緊張感には……。フランツも、どこで助け舟をだせばいいやらと、考えあぐねている。


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