わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の謎の沈黙 2

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「……イアンガード様」と、侍女頭は怪訝そうな声で主に声をかけた。

 と、日当たりのいいサロンで、優雅に茶を楽しんでいた主は、もうすでに問いかけの内容が分かっているというような表情で笑う。

「ほほほ、なんだね? マーサ君」
「…………」

 そのおどけた言い方に、マーサはやはりと、あきれ顔。主イアンガードがこうした言い回しをするときは、たいてい考えていることはろくでもない。

「おや、失礼な」

 どうやらマーサの心の声を聞いたらしいイアンガードは愉快そうに笑う。侍女頭はため息。
 彼女は納得いかないという顔で主に訊ねた。

「……どうしてフォンジー殿下に、『ロアナを見舞ってやってほしい』などとわざわざ手紙を送られたのですか?」

 そのようなことをしなくても、負傷したロアナは、傷が癒えるまで二の宮で手厚く看病される。そもそも、他の宮の側妃の息子に、侍女のことなどわざわざ報せずともよかったはずなのに。
 それに、彼女はイアンガードの冷淡な息子が、珍しく気にかけている相手。
 なぜ他の青年に、しかも美貌で人当たりもばつぐんにいい王子を、彼女と引き合わせるようなことをするのかと、マーサは納得がいかなかった。

「あのようなことをして……ウルツ殿下は気が気ではないのでは……?」

 と、心配そうな侍女頭に、イアンガードは平然。

「そうであってもらわねば困る」
「イアンガード様……?」

 怪訝そうなマーサに、イアンガードは優雅に笑う。

「ほほほ、あの朴念仁には多少横やりが必要ぞ。なぁにが文通じゃ! 面白みのない!」
「……イアンガード様……」

 高笑って吐き捨てるイアンガードに、侍女頭はとがめるような顔。しかし側妃は、美しい顔で微笑むばかり。

「そう呆れるでないマーサよ。そちは、ウルツがロアナに手紙を書く時の思考を知らぬからそのような悠長なことをいっておられるのだ。やれ……。あやつの見事なお花畑状態の脳内を一度そちに見せてやりたいわ……」

 側妃は何かを思い出したのか、フッと複雑そうに失笑。

「いつまでも、幼子のような淡いものだけでは、千年たってもあの仏頂面は崩れぬ。ここはひとつ、外野が煽ってやらねば何も発展せぬ」
「しかし……それでもし殿下が失恋なさったら……。ロアナがフォンジー殿下に恋をする可能性は大いにございます」

 そうなれば、あの堅物が、余計に手の付けられない堅物と化すのでは……と、不安をのぞかせる侍女頭に。イアンガードは、フンッと景気よく断じる。

「それもまた経験じゃ!」



 同刻、二の宮厨房。

「…………」

 失恋も経験と切って捨てた件の母親の目論見通り。彼女の息子は、今、人生の窮地に陥っていた。
 困ったような顔でロアナに見つめられたウルツは、いかめしい顔のしたでは、頭が──真っ白。

(……、……、……、……しまった……)

 フォンジーがロアナの手を取ろうとしたのを見て、とっさにこうして出てきてしまったが。本当は、今日もいつもどおり物陰から様子を見るだけ(※ストーカー行為)に留めておくつもりだった。
 その他の気遣い──例えば医師や薬の手配は、彼が直接するよりも、侍女頭に指示したほうがロアナも受け取りやすいだろうし、なぐさめは手紙で贈るつもりで……。

 ゆえに、こうして心の準備もなく、いきなり彼女の前に出てしまうと、ウルツは面白いくらいに言葉が出てこない。今日は変身魔法も使っておらず、前髪のとばりもなく、彼女を間近で直視するだけでも、彼にとっては非常に胆力がいる。
 しかしそうしてやっとの思いで彼女を見上げていると。今度はそこに、ロアナの困惑した瞳。
 沈黙し続ける彼を、ロアナはきちんと身を正して待ってくれていたが、その視線からは、彼女のオロオロとした動揺がにじみ出ていた。

(……ぅ…………)

 その目を見ると、ウルツの焦りは加速する。

 そして悲しいかな。
 焦りにこわばる彼の顔は、いつもに増していかめしかった。


 
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