わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の謎の沈黙 3 ウルツはファーストステップでつまづいた

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 身動きのとれぬふたりが沈黙したままさらに数分。
 そろそろ見守るフランツの胃がキリキリと痛み出した、そんなころ。

 ここでやっと、沈黙を貫いていたウルツが動きをみせた。
 ずっと石像のように動かず自分を睨んでいた王子が、唐突に動きをみせたことで、ロアナはびっくりしてしまい、一瞬身がぴょんっと飛び跳ねそうになる。
 と、ジロリとウルツ。

「……おい……貴様……何を黙り込んでいる。わたしはいったい何を手伝えばいいのだ……」
「……、……、……え?」

 押し殺したような声で訊ねられ、ロアナはとっさには何を言われているのかが分からずポカン。

「て……手伝い……? で、ございます、か……?」

 それはいったいなんのこと……と、困惑して、ハッとする。

 そういえば……先ほど彼は確かに『手伝おう』と、フォンジーに言っていた。
 けれどもロアナは、その発言をイエツに対するもの──つまり、彼が『弟王子をこの厨房から退散させる手伝いをする』という意味だと思っていた。
 ゆえに、ずっと彼がここに残っているのは、てっきりお説教のためだと思い込んでいて……。
 唖然としたロアナは、つい漏らす。

「え……? で、殿下が……お手伝いくださるのですか……?」

 とまどってそう問い返すと、ウルツの目がグッと細められる。

「……不服でも?」

 その鋭いまなざしに、ロアナはウッと怯える。

「い、いえ……不服だなんて、そんな……で、でも、殿下にお菓子作りを手伝っていただくなんて、その、お、恐れ多くて……」

 そう。まさにそれなのである。
 フォンジーの時も思ったが、侍女が趣味でやる菓子作りを、なぜ王子という身分にある人々がわざわざ手伝いにくるのだ。
 いや、フォンジーはまだ理解できる。彼は、彼女のつくる菓子を気に入ってくれていて、心根も明るく優しい。
 きっと自分の母親の処罰で傷ついたロアナを気遣ってくれているのだろう。

 ──しかし。

 今、目の前にいる高貴なる御仁とロアナは関りがほぼなく、しかも人柄は冷酷とのうわさ。
 そんな彼が、自分の手伝いをしてくれるという。 

 ……正直まったく意味がわからない。
 
 しかし、戸惑うロアナの言葉を聞くと、ウルツの目元に広がっていた暗黒がさらに深くなった。

(ひ、ひぇ……)
「……なんだと……? 貴様……フォンジーはよくて、わたしはダメだと、そう申すのか……?」
「⁉」

 とたん青年王子はギリッと歯噛み。
 いら立ち(※嫉妬)も露わなその顔を目撃したロアナは戦慄。
 そのいかめしさといったら……子供でなくても泣き出してしまいそうである。
 ロアナは再び半べそ。慌てて首を横に振った。

「め、滅相もございません……で、殿下がダメだなんて、そんな、そんなことはけして……!」

 全力で否定しながらも、ロアナは大いに困惑。
 なぜ……このような事態になってしまったのか……。それが、まったくわからなかった……。

 ──ゆえに、彼女は夢にも思わない。

 この恐ろしい顔の貴人が、言葉を発するまでのあの数分間。
 その沈黙下で、あまりにもファーストステップすぎるところ──……

『彼女に対して、自分はなんと呼びかけたらいいのか???』などという段階で、真剣に困惑し、悩むあまりに声すら出せなかった……なんてことは。
 
 そう彼は、ふたりきり(※フランツ除外)に、なってしまったロアナに話しかけるために、まずそこでつまずいていた……。

(……“君”? いや“貴殿”か……? いや……それではあまりにも仰々しい……では、“そのほう”……? “そち”? “あなた”……??????)

 正直なところ、ウルツはこの時点でもう頭がパンクしそうだった。

 もちろん、名前を呼ぶなんてことは無理。
 自分が彼女に面と向かって『ロアナ』と呼ぶことを想像しただけで、彼は恥ずかしすぎて、顔のいかめしさが倍増。(→理由が分からずロアナ怯える)

 その挙句にこの不器用な男が選択したのが、『貴様』で、あったことは、あまりにも残念が過ぎることだった……。


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