わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の謎の沈黙 4

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 めん棒を手に、ずーんと失意に暮れる男がひとり。

 ……ただ、その立ち姿は、彼が深く落ち込んでいるにもかかわらず、厳しい教育でしみついた姿勢の良さが健在。
 ピンッと伸びた背筋と、その手に握りしめられためん棒(……鈍器に見える……)のミスマッチが、非常に見た者の戸惑いを誘う。
 彼自身が苦悩しているせいか、その表情はいかめしく、厨房にはときおり人がやってくるが……そこに彼を見つけた者たちは、誰もがあっという間に逃げていく。

 誰か、その威圧感のはなはだしい顔を、なんとかしなさいと言ってやってほしいのだが……。
 唯一室内に居合わせている料理長フランツは、すっかり若者見物を決めこみ、遠い厨房の反対側でのんきに茶などすすっている。

 こうしてロアナの作業を、監視にしか見えない表情で見守りながら──ウルツは大後悔中。

(……、……、……“貴様”は……なかったか……)

 本当に、女性に対し、なぜ? よりによって、と、彼自身も思っている。
 だが、ロアナと会話して、大いに焦った結果、とっさに口を突いて出たのがあれだったのである。
 それは、彼がいつも臣下たちを叱責する時につかう呼び方だ。
 これまでは、自分と相手の身分差も考えて、特段悪いとは感じたことはなかったのだが……。

(…………)

 げっそりしたウルツの目が、ロアナの表情をうかがう。
 彼女は現在、さきほどウルツが彼女の代わりにめん棒でのばしてやったクッキー生地の型抜き作業中。
 たまご色の生地に、さまざまな形の抜型をのせ、せっせとくりぬいていく姿はなんとものどかで平和である。
 一生懸命な姿が、とにかく愛らしかった。

 しかもだ。今、彼女が使っている抜型は、すべて彼が匿名で彼女に贈ったもの。
 普段は王子という身分上、必要なものはすべてまわりが用意してくれるが、それらはどれも自分で城下で買ってきたものだった。
『業者をよべ』とニヤニヤする母には耳を貸さず(多分ソワソワしすぎるあまり、変に思われ心を読まれていた)、事前にマーサに女性が好きそうな形を、フランツには使い勝手のいい抜型の形をリサーチした。
 当初は、買い物などしたことのない彼は“はじめてのお使い”状態で、周りにはかなり心配されたのだが……。
 生真面目な彼は事前の調査もかなり念入りに、そして過剰にこなし、準備もけして怠らず。結果、クッキーの抜型は、無事ロアナの手へ。(※ただし、クッキーの抜型一つにおおげさな……と、呆れられはした)……が、黙殺した)

 だからこうして、実際に彼女がそれを使ってくれている姿を間近で見ることができて。あまつさえ、菓子作りの手伝いができたウルツは、じんっと胸が熱くなる。とてもとても、幸せな気持ちだった。
 心の底から贈り物をしてよかったと思えて、喜びのあまり、この光景をずっと眺めていたいとさえ思う……の、だが……。

 先ほど自分が、その平和でのどかな顔のロアナに、“貴様”と言い放ってしまったことを思い出すと……。
 ウルツは後悔に苛まれ、自分情けなさのあまり、消沈。
 思わず頭がガクリと落ちる。

(…………あんな……冷たい言い方があるか……⁉)

 もちろん彼にも、あの厳しい言葉が彼女を委縮させていたと気がついている。
 俺というやつはなんという愚か者なのだと、罪悪感が男の顔を暗黒の相に変え……。その顔が、さらにロアナを委縮させているが。
 失意の底にいる男は、まだその事実に気がつく余裕はない。

 かくなるうえは、と、ウルツは沈み込んだ双眸を細める。

(せめて、少しでも彼女の助けにならねば……)

 ここへきて、ロアナに『やっぱりフォンジー様にお手伝いいただきたかったです』……なんてことを言われてしまっては、きっと彼はもう立ち直れなくなるだろう……。
 そう恐れた男は決意のにじむまなざしでロアナに言った。……が、ただ、思うに彼は、ちょっと目を細めすぎた……。

「……おい、」(※やっぱり名前が呼べない)
「うわ⁉ ぁ……は──はい、なんでございますか? ウルツ様」

 ちょうど、ひよこの形の抜型でクッキー生地を抜こうとしていたところに、不意に低い声を掛けられたロアナは身をこわばらせて一時停止。
 と、真顔の王子が冷淡な声でいった。

「……わたしの時間が無駄だ。何か──命じろ」
「へ……?」

 その発言には……ロアナの目が一瞬点になる。

「め……めいじ……る……? で、ご、ございますか……?」

 侍女が王子に命じるとはこれいかに。

 ……もし、訳すとしたらそれは『何かわたしにできることを教えてくれ』と、いう意味だったのだろうが。
 残念ながらロアナには、ウルツの意図はまったく伝わらなかった……。


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