わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件

あきのみどり

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第三王子の謎の沈黙 5 フォンジーの葛藤

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 ウルツのわかりにくい熱意と、ロアナのわかりやすい困惑が交錯している頃。

 その腹違いの兄によって、強制的に自室に戻ることになってしまったフォンジーは、王宮庭園のそばを横切りながら、不満顔で押し黙っている。
 これには、ウルツの命令をこれ幸いと、主を追い立ててしまったイエツも困ってしまう。
 侍従としては、あの判断は正しかったと思っているが、彼の主はいつも明るくほがらか。こんなに不満をにじませるのは珍しい。
 イエツはいくらか申し訳なさそうに、おずおずといった。

「殿下……仕方がないですよ。あんなに人が集まってきてしまっては、やはり御身が危険です」
「…………」
「その……二の宮の者たちは、母君さまの宮の者たちと対立していますし……よからぬ考えを持っているものもいるやも……」

 青年が言い訳のように言葉を重ねても、横から機嫌を取るように顔をのぞきこんでも。
 フォンジーの表情は硬い石のよう。その顔を見たイエツは落胆。幼い頃から仕えている友のような主である。彼の不興を買ってしまっては、イエツはこの広い王宮で身の置き場がない。
 と、そんな侍従のようすを見て、やっとフォンジーがため息交じりに口を開く。

「……それは、わかっているけど……」

 彼は、イエツの言葉には一応の理解を示したが、その顔に浮かぶ不満は晴れなかった。長いまつげが瞳に影をつくり、苛立ちは鮮明。

 まったくすべてを邪魔された気分だった。
 彼の予定では、今日はロアナを最後まで手伝うつもりで。
 クッキーの焼き上がりを共に待ち、その間の時間だって、ふたりで話でもしていれば、きっと楽しい時間になったはず。フォンジーには、彼女を喜ばすような話ができる自信もあった。
 それに、作業が終わるころには、もう一度傷の具合を医師に診せるつもりで、なんなら帰宅時間には、使用人たちの居所まで彼女を送るつもりですらいた。

 それなのに。 

(……なんでそれをウルツ兄上に邪魔されないといけないの? それはもちろん、二の宮は、兄上の母君の宮だけど! あんなに人付き合いが嫌いなひとが、本当にロアナを手助けできるの? どう考えたって、僕のほうが気遣い上手でしょ⁉)

 あの三番目の兄が、女性を喜ばすような対応ができているところなど見たこともない、とフォンジーは憤る。
 まあ……それは、まったくその通りというほかない。
 事実、ウルツは女性が苦手である。というか、興味がさらさらないのである。

 フォンジーは、なんだかやるせなくなってきた。
 彼は今日、ロアナを手伝う時間を捻出するために、昨夜は遅くまで、今朝は早朝から職務にあたり、やるべきことを一生懸命片付けてきた。
 もちろんその甲斐あって、前半はロアナととても楽しく過ごせたわけだが……。

 フォンジーは、またため息。
 脳裏には、先ほど自分を追い払った兄ウルツの顔。
 いつも冷めた目で、まるで楽しいことなど考えるだけ無駄だとでも言いたげな兄。
 彼はとにかく弟に厳しかった。

 顔を合わせれば、必ず刺すようなまなざしでじろりと凝視され、その監視のような視線を向けられると、フォンジーはいつも自分が罪人になったかのような心持ちになる。
 鋭くあれこれ検分されているようで、とにかくとても居心地が悪かった。
 彼は、生まれてから一度もウルツが笑っているところを見たことすらない。
 もちろん、兄がとても優秀で、その言葉のひとつひとつが正しいことは分かっているが、けれども思春期まっさかりという年頃のフォンジーには、正論は時に煙たくもある。
 しかもウルツはとにかく雑談というものを一切しない男。フォンジーとしても交流のしようがなかったのである。

 ゆえに、互いにそう親しくもないこともあって、彼はあの冷淡な目の兄が、いったい何を考えているのかがさっぱりわからなかった。

 とっつきにくさも手伝って、出会うといつも互いにピリピリしてしまう。
 そんな兄のきつい顔を思い出すと……心配になってくるのは、その兄と厨房に残ったロアナのこと。

(……ロアナ、大丈夫かな……)

 フォンジーは不安になる。
 あの厳格なあの兄を前にして、ロアナはきっとさぞ委縮するにちがいない。
 そもそもあの政務しか頭になさそうな兄に、菓子作りの知識なんてあるのだろうか?
 それで本当に彼女を手伝えるのだろうか?

 あの兄のことだから、誰かに素直に教えをこうなんてことはできるわけがないと思うと……。フォンジーは、兄が彼女にとても迷惑をかけているのではないかと気が気ではない。

 ──いや、その不安は。本当は彼が厨房から追い立てられたときにも感じていたこと。
 それなのに、フォンジーがなぜ、あの時兄の言葉に従い厨房を離れたのかというと……それはひとえに、あの時ロアナがとても困った顔をしていたからだった。

 菓子作りをするときには、彼女はいつも、本当に楽しそう。
 その横顔は、彼女が心底菓子作りが好きなのだなと分かるほど。
 それなのに、その表情が自分のせいで曇り……どうしていいのかわからないというように眉尻が下がってしまっていたのを見て……、フォンジーはとっさに引き下がってしまったのだ。

 けれども一旦心配をはじめると、この真っすぐな青年はいてもたってもいられなくなってきてしまう。

(……、……、……やっぱり戻ろう!)

 短い逡巡ののち、そう決心するやいなや。フォンジーは、さっと身をひるがえして、今歩いてきたばかりの道を引き返しはじめた。
 足の長い彼は、あっという間に庭園の向こうまでいってしまい、そのまま二の宮のほうへ。
 これにはイエツも、さらにその後ろをついてきていた他の側仕えたちも皆騒然とする。

「殿下⁉ ちょ……待ってください殿下!」
 
 イエツは慌てて青年を追った。

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