75 / 94
三章
31 子爵邸の女中達 ②
しおりを挟む暫しミリヤムを称えて、しかし若干ミリヤム達を蚊帳の外気味に盛り上がっていた女中達は、その後彼女達にお茶とお茶請けを用意してくれた。素朴な焼き菓子が登場した途端、小姓達が嬉しそうに可愛いふかふかの手をにゅっと伸ばしている。
お茶を受け取りながらミリヤムが礼を言うと、女中達は良いことを聞かせてくれた礼だと言って微笑んだ。
「良いこと……あの、ヴォルデマー様に私が嫁ぐと皆さんにとっては良いこと、なんですか?」
先程の騒ぎの理由が知りたくて、ミリヤムは問う。すると女中達は、そりゃあもう、と揃って大きく頷いた。
「なんせ、この領都は人狼族の都だから。そりゃ、元々が人狼族が開いた都だから仕方ないといえば仕方ないのだけれど、でも私達みたいな他の種族の者達からしたら肩身が狭いのね」
「はい……」
「ああ、でも勘違いしないで頂戴。勿論ヴォルデマー様のお父君、領主様が進んでそうしてるってことじゃないのよ?」
「ええ。辺境伯様達が私達、他の種族を虐げているという訳では無いし、伯は人格者で領都も平和よ。商業も発達しているから町も暮しやすいわ。でもね……領主様一族が純血種しかお嫁に取らないなんてことを掲げていらっしゃるものだから、結局廻り廻って、人狼、純血が偉い、みたいな風潮は確かにあるの」
「何よあんた達なんか領主様に認められていない種族でしょ? みたいな、ね。そんな扱いはよく受けるわ」
猿人の女中はむっつりとした顔でため息をつく。
「確かに……隣の領の話なんかを聞くと、世間ではもう混血も当たり前という時代で、領主様が人狼という種の存続に危機感を抱くのは分かるの。でもねえ……私達からしたら生活の端々で下に扱われるわけじゃない? 面白くないわよ。勿論単純に身分がないって言うのもあるんだけど……」
女中達は少し諦めの入った顔で苦笑し合う。
「……そうですか……」
ミリヤムは町で見た光景を思い出して切なくなった。
でも、それが彼女達の言う“良いこと”にどう繋がるのだろうか、と思った時、ふと気がつくとそんなミリヤムに、周囲の女中達はにこにこと微笑みかけていた。
「だからね、私達、お嬢さんがヴォルデマー様に見初められた事が、とっっっても嬉しいの!」
「え?」
その力の篭った言い方にミリヤムが瞬いて首を傾げた。自分がヴォルデマーと結婚したとしても、それは彼女達には直接関係無いことなのに、どうしてこんなにも喜んでくれるのだろうか、と思った。だがミリヤムがそれを問う前に、彼女達が自ら力説し始める。
「だって! これまでどんなに美しくて聡明な人狼嬢が名乗り出ても首を縦に振らなかった御方が、彼女達を差し置いて別の種族を選んだのよ!? 貴女知らないかもしれないけれど、領都や周辺集落では本当に熾烈な争いが其処此処で起きてたんだから! これは凄いことなの!」
その女中の言葉にミリヤムは「ああ、」と頷く。
「……さっきの……隣のご令嬢ざまあみろ、いい気味って……やつですか……?」
「まあそれもあるわ」
「当然よ。ええ」
「…………」
女中達があまりにきっぱりと頷くもので、ミリヤムはやれやれと、思った。
が、女中達は「けれどね、」と苦笑して続ける。
「それ以前に、これは……ヴォルデマー様が、人狼以外の娘達にも、人狼嬢達と同じようにちゃんと価値があるんだって示して下さったって事だと思うの」
「……え?」
その言葉にミリヤムはキョトンとする。
「勿論ね、ヴォルデマー様にそんな意図があるわけではないんでしょうけど、私達からしたらそうなの。領主のご子息に人狼以外の娘が選ばれた。……それってなんだか私達にも少しだけ光が当たったような気がするわ。別に私達もヴォルデマー様のお嫁に! て訳じゃないんだけど、」
「ね、ちょっと勇気が湧くわよね」
「少なくとも、隣の高慢ちき娘はもうあんた達なんか選ばれるわけ無いって顔で他の獣人の子達を見下せなくなる訳よ。だって、ここに実際ヴォルデマー様に選ばれたお嬢さんがいるんだもの」
女中達はそう言って、嬉しそうにからからと笑いあっている。
その笑顔を見つめながらミリヤムは、「……なるほど」と一言だけ呟くと、そうして何かを考え込むように一人じっと黙り込む。
──と、思考にふけるミリヤムを余所に、微笑みあっていた女中達が不意に首を傾けた。
「うーん……それにしても不思議だわ…………人狼の方達って美醜の問題では、毛並みの美しさとかを重視したりするじゃない? ……人族のお嬢さんって、一番意外なところ来たわよねえ……ヴォルデマー様はこのお嬢さんの一体何処を好きになられたのかしら。気になるわ……」
「髪の毛は豊かよ。そこがお気に召したんじゃない?」
「そうだわ、匂いよ。きっと」
「どれどれ」
「!?」
ミリヤムがはっと我に帰ると、女中達が皆、自分に向けてくんくんと鼻を突き出していた。
「え゛、な、なんですか? 私臭いですか……!?」
女中達の話を聞き漏らしていたミリヤムがギョッとしている。
「んーんそういう訳じゃなくて……なるほど。これがヴォルデマー様お気に入りの香りな訳ね……。覚えとこ」
「そうね……いつかきっと何かの役に……ふんふんふん」
「……いや……おそらく……立ちません……」
ミリヤムがカクリ、と、疲れたように頭を少し落とすと、その隣で菓子をカリコリ齧っていた小姓達が、やれやれと大人びたため息を落とした。
「おばちゃん達、なあんにも分かってないなあ……」
「ね。そんなことじゃないの。ヴォルデマー様はね、おねえさんの毛皮のなかみが好きなんだよ。な・か・み!」
「!? お、おおぉ……齢七歳の坊ちゃん達が何か達観した事を言い出した……」
恥ずかしそうにじわりと頬を赤くしたミリヤムが仰け反ってそう言うと、少年達は「たっかんってなに?」と純粋そうな瞳を上げる。
しかしミリヤムがその言葉の意味を説明する前に、女中達が彼等の言葉に食いついた。
「そうだわ! 坊ちゃん昨日ヴォルデマー様達とお風呂に入られたんですよね!?」
「その辺何かお聞きじゃないんですか!? どうやってヴォルデマー様がこのお嬢さんに悩殺されたのか、とか!!」
「のっ!?」(ミリヤム。女中達に押しのけられる)
「ええっとーねー、たしかーすぐはずかしがってほっぺが赤くなるのが、せかい一かわいいって言ってた」
「ひっ!?」
「あとはーふわふわのかみの毛に顔をうずめるといいにおいでしあわせだって」
「ぐっ……」
地味にダメージを受けているミリヤムの前で、女中達はほらあやっぱりと頷きあう。
「ね、やっぱり髪の毛と匂いよ」
「そうね。やっぱり匂いは記憶しておかないと」
「で、坊ちゃん他は!? 他は!?」
「うんと、チーズを食べてるすがたがかわいいんだって。ずっと見ていられるって」
「あとは、ちょこまか走り回って仕事してるのがかっこよくて」
「なんか言ってることがおもしろいとか……」
「でもその他のはもう忘れたちゃった。なんか多すぎるなーって思って、おぼえきれなかった」
ほほう……と呟く女中達の後ろで、ミリヤムが両手で顔を覆いぷるぷるしている。
「……成程ねえ、やっぱり婚姻の話は確かなようね。少なくともヴォルデマー様はお嬢さんがとっても好きみたい」
「子供相手にこれだけ惚気るってことはねえ……。あのヴォルデマー様がどんなお顔でこんな惚気を並べていらっしゃったのか気になるわ。見てみたかった」
「で──お嬢さんは一体何処へ行こうとしてるのかしら?」
そう言葉を向けられ、こっそり部屋を出て行こうとしていたミリヤムが戸口でぎくりとしている。その手には箒が。
「いや……だって、恥ずかしすぎてとても聞いていられません!! ちょっとそこらへん掃除して落ち着いてきますから!」
赤い顔で飛び出していきそうなミリヤムを小姓達が、いやいやいや……そんなことしに来たんじゃないだろう、と押し留めている。
その様子を女中達が興味深そうに眺めていた。
「……本当ね、確かにすぐ赤くなるみたい。あれがヴォルデマー様的に世界一可愛いと……」
「成程ねえ……でも、じゃあやっぱり人狼嬢達では太刀打ち出来ないわ。だって毛のある種族には無理な相談よ。顔色なんて見えないもの」
刺さらないはずだわーはげるわけにも行かないしねー気の毒にー、と言いながらも……女中達のその顔は、実に実に愉快そうなのであった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。