偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

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三章

31 子爵邸の女中達 ②

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 暫しミリヤムを称えて、しかし若干ミリヤム達を蚊帳の外気味に盛り上がっていた女中達は、その後彼女達にお茶とお茶請けを用意してくれた。素朴な焼き菓子が登場した途端、小姓達が嬉しそうに可愛いふかふかの手をにゅっと伸ばしている。
 お茶を受け取りながらミリヤムが礼を言うと、女中達は良いことを聞かせてくれた礼だと言って微笑んだ。
 
「良いこと……あの、ヴォルデマー様に私が嫁ぐと皆さんにとっては良いこと、なんですか?」

 先程の騒ぎの理由が知りたくて、ミリヤムは問う。すると女中達は、そりゃあもう、と揃って大きく頷いた。

「なんせ、この領都は人狼族の都だから。そりゃ、元々が人狼族が開いた都だから仕方ないといえば仕方ないのだけれど、でも私達みたいな他の種族の者達からしたら肩身が狭いのね」
「はい……」
「ああ、でも勘違いしないで頂戴。勿論ヴォルデマー様のお父君、領主様が進んでそうしてるってことじゃないのよ?」
「ええ。辺境伯様達が私達、他の種族を虐げているという訳では無いし、伯は人格者で領都も平和よ。商業も発達しているから町も暮しやすいわ。でもね……領主様一族が純血種しかお嫁に取らないなんてことを掲げていらっしゃるものだから、結局廻り廻って、人狼、純血が偉い、みたいな風潮は確かにあるの」
「何よあんた達なんか領主様に認められていない種族でしょ? みたいな、ね。そんな扱いはよく受けるわ」

 猿人の女中はむっつりとした顔でため息をつく。

「確かに……隣の領の話なんかを聞くと、世間ではもう混血も当たり前という時代で、領主様が人狼という種の存続に危機感を抱くのは分かるの。でもねえ……私達からしたら生活の端々で下に扱われるわけじゃない? 面白くないわよ。勿論単純に身分がないって言うのもあるんだけど……」

 女中達は少し諦めの入った顔で苦笑し合う。

「……そうですか……」

 ミリヤムは町で見た光景を思い出して切なくなった。
 でも、それが彼女達の言う“良いこと”にどう繋がるのだろうか、と思った時、ふと気がつくとそんなミリヤムに、周囲の女中達はにこにこと微笑みかけていた。

「だからね、私達、お嬢さんがヴォルデマー様に見初められた事が、とっっっても嬉しいの!」
「え?」

 その力の篭った言い方にミリヤムが瞬いて首を傾げた。自分がヴォルデマーと結婚したとしても、それは彼女達には直接関係無いことなのに、どうしてこんなにも喜んでくれるのだろうか、と思った。だがミリヤムがそれを問う前に、彼女達が自ら力説し始める。

「だって! これまでどんなに美しくて聡明な人狼嬢が名乗り出ても首を縦に振らなかった御方が、彼女達を差し置いて別の種族を選んだのよ!? 貴女知らないかもしれないけれど、領都や周辺集落では本当に熾烈な争いが其処此処で起きてたんだから! これは凄いことなの!」

 その女中の言葉にミリヤムは「ああ、」と頷く。

「……さっきの……隣のご令嬢ざまあみろ、いい気味って……やつですか……?」
「まあそれもあるわ」
「当然よ。ええ」
「…………」

 女中達があまりにきっぱりと頷くもので、ミリヤムはやれやれと、思った。
 が、女中達は「けれどね、」と苦笑して続ける。

「それ以前に、これは……ヴォルデマー様が、人狼以外の娘達にも、人狼嬢達と同じようにちゃんと価値があるんだって示して下さったって事だと思うの」
「……え?」

 その言葉にミリヤムはキョトンとする。

「勿論ね、ヴォルデマー様にそんな意図があるわけではないんでしょうけど、私達からしたらそうなの。領主のご子息に人狼以外の娘が選ばれた。……それってなんだか私達にも少しだけ光が当たったような気がするわ。別に私達もヴォルデマー様のお嫁に! て訳じゃないんだけど、」
「ね、ちょっと勇気が湧くわよね」
「少なくとも、隣の高慢ちき娘はもうあんた達なんか選ばれるわけ無いって顔で他の獣人の子達を見下せなくなる訳よ。だって、ここに実際ヴォルデマー様に選ばれたお嬢さんがいるんだもの」

 女中達はそう言って、嬉しそうにからからと笑いあっている。

 その笑顔を見つめながらミリヤムは、「……なるほど」と一言だけ呟くと、そうして何かを考え込むように一人じっと黙り込む。



 ──と、思考にふけるミリヤムを余所に、微笑みあっていた女中達が不意に首を傾けた。

「うーん……それにしても不思議だわ…………人狼の方達って美醜の問題では、毛並みの美しさとかを重視したりするじゃない? ……人族のお嬢さんって、一番意外なところ来たわよねえ……ヴォルデマー様はこのお嬢さんの一体何処を好きになられたのかしら。気になるわ……」
「髪の毛は豊かよ。そこがお気に召したんじゃない?」
「そうだわ、匂いよ。きっと」
「どれどれ」
「!?」

 ミリヤムがはっと我に帰ると、女中達が皆、自分に向けてくんくんと鼻を突き出していた。

「え゛、な、なんですか? 私臭いですか……!?」

 女中達の話を聞き漏らしていたミリヤムがギョッとしている。

「んーんそういう訳じゃなくて……なるほど。これがヴォルデマー様お気に入りの香りな訳ね……。覚えとこ」
「そうね……いつかきっと何かの役に……ふんふんふん」
「……いや……おそらく……立ちません……」

 ミリヤムがカクリ、と、疲れたように頭を少し落とすと、その隣で菓子をカリコリ齧っていた小姓達が、やれやれと大人びたため息を落とした。

「おばちゃん達、なあんにも分かってないなあ……」
「ね。そんなことじゃないの。ヴォルデマー様はね、おねえさんの毛皮のなかみが好きなんだよ。な・か・み!」
「!? お、おおぉ……齢七歳の坊ちゃん達が何か達観した事を言い出した……」

 恥ずかしそうにじわりと頬を赤くしたミリヤムが仰け反ってそう言うと、少年達は「たっかんってなに?」と純粋そうな瞳を上げる。
 しかしミリヤムがその言葉の意味を説明する前に、女中達が彼等の言葉に食いついた。

「そうだわ! 坊ちゃん昨日ヴォルデマー様達とお風呂に入られたんですよね!?」
「その辺何かお聞きじゃないんですか!? どうやってヴォルデマー様がこのお嬢さんに悩殺されたのか、とか!!」
「のっ!?」(ミリヤム。女中達に押しのけられる)

「ええっとーねー、たしかーすぐはずかしがってほっぺが赤くなるのが、せかい一かわいいって言ってた」
「ひっ!?」
「あとはーふわふわのかみの毛に顔をうずめるといいにおいでしあわせだって」
「ぐっ……」

 地味にダメージを受けているミリヤムの前で、女中達はほらあやっぱりと頷きあう。

「ね、やっぱり髪の毛と匂いよ」
「そうね。やっぱり匂いは記憶しておかないと」
「で、坊ちゃん他は!? 他は!?」
「うんと、チーズを食べてるすがたがかわいいんだって。ずっと見ていられるって」
「あとは、ちょこまか走り回って仕事してるのがかっこよくて」
「なんか言ってることがおもしろいとか……」
「でもその他のはもう忘れたちゃった。なんか多すぎるなーって思って、おぼえきれなかった」

 ほほう……と呟く女中達の後ろで、ミリヤムが両手で顔を覆いぷるぷるしている。

「……成程ねえ、やっぱり婚姻の話は確かなようね。少なくともヴォルデマー様はお嬢さんがとっても好きみたい」
「子供相手にこれだけ惚気るってことはねえ……。あのヴォルデマー様がどんなお顔でこんな惚気を並べていらっしゃったのか気になるわ。見てみたかった」
「で──お嬢さんは一体何処へ行こうとしてるのかしら?」

 そう言葉を向けられ、こっそり部屋を出て行こうとしていたミリヤムが戸口でぎくりとしている。その手には箒が。

「いや……だって、恥ずかしすぎてとても聞いていられません!! ちょっとそこらへん掃除して落ち着いてきますから!」

 赤い顔で飛び出していきそうなミリヤムを小姓達が、いやいやいや……そんなことしに来たんじゃないだろう、と押し留めている。

 その様子を女中達が興味深そうに眺めていた。

「……本当ね、確かにすぐ赤くなるみたい。あれがヴォルデマー様的に世界一可愛いと……」
「成程ねえ……でも、じゃあやっぱり人狼嬢達では太刀打ち出来ないわ。だって毛のある種族には無理な相談よ。顔色なんて見えないもの」

 刺さらないはずだわーはげるわけにも行かないしねー気の毒にー、と言いながらも……女中達のその顔は、実に実に愉快そうなのであった。




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