偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

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三章

47 ミリヤムはヴォルデマーを洗いたい

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 侯爵夫人は一先ず、此度の滞在中に婚約式の日取りやその折の諸事について話し合いたいと伯に申し入れた。
 伯はそれを了承し、こうして──両家が、ヴォルデマーとミリヤムの婚約に向けて、本格的に動き出す運びとなったのだった──

 
 辺境伯夫妻と侯爵夫人、そしてミリヤムの義父となったフロリアンは、早速別室に場を移し話を進めるといって出て行った。

 それを見送ったミリヤムは、彼等の姿が扉の向こうに消えると堅苦しく下げていた頭を上げて、にへっとヴォルデマーを見上げて微笑んだ。それを見たヴォルデマーが嬉しそうにミリヤムをもう一度腕の中に迎え入れる。
 抱き締められた腕の中で、ミリヤムは幸せで幸せで。
 もう一生この毛並みの中に埋まっていたい、とうっとりした。

──が、そこで思ったわけです。と、彼女はうふふと笑う。

「ヴォルデマー様、毛並みがごわごわです」

 上げられた顔は真顔だった。

「……」

 平たい表情で見上げてくる娘を見て、男の動きが止まる。

「ごわごわです。そして、ひたすらにごわごわです」
「……」

 その表情に、ヴォルデマーは耳を後ろに倒しながら思った。たった今の今、頬を赤らめ幸せそうにしていたはずの娘が、どうしてこうも急に表情を変化させることが出来るのだろうか、と。
 ミリヤムは何やらヴォルデマーの身体をごぞごぞ弄りながら眉間に皺を寄せている。終いにはくんくん匂いを嗅ぎ始めて──ヴォルデマーはくらっと来た。

「……やめなさいミリヤム」
「いいえヴォルデマー様!! 侍女というものは汚れに敏感な生き物です! 臭くはありませんが……むしろヴォルデマー様の匂いが篭っていてうっとりしますが、でも私めには分かりますよ!! これは……お風呂には入ったけど、ブラッシング全然しなかった系……自然乾燥に身をゆだね毛束がもっそりした状態!! 一応石鹸使ったけど、毛の絡まりがちっとも解消されていないがゆえにそれはそのまま塊となり、そこにまだ埃や細かい塵が残っているという……!!!」
「…………」

 ミリヤムの行っちゃってる目に、これも久々だと思うと、感慨深いような、嫌な予感しかしないような絶妙な気分だった。
 と、ミリヤムが、ふー、と細い息を吐く。
 そして彼女は真顔でヴォルデマーに言った。

「ヴォルデマー様、蚤の侵攻を受けているやも」
「……いや……そのようなことは……何度かは兄が毛を梳いてくれたゆえ……」

 途端ミリヤムがカッと目を見開いた。

「兄って!? 若様ですか!? あの! 超絶に不器用そうな! あのギズルフ様!?」
「!?」

 睨まれ指差されたギズルフがびくっとしている。
 それを見てミリヤムはすっと目を細めた。あっちの毛並みと地肌もいずれまた点検しておかねば、と思った。

「……」
「ええ、ええ若様はあれでいてお優しい所もおありですよ……。力加減が少々難ありでございますが……ご自分の毛並みさえほったらかしにするような若様が、弟君であるヴォルデマー様のブラッシングをしてくれたなんて泣ける話です。素晴らしいです。感動的です。ですが……若様は……不器用! そしてとてつもなく不器用です!!」

 その言葉には、ヴォルデマーに続きギズルフまでもが耳をぺったりと倒す。

「──ですが今は若様不器用問題は置いておくとして、私は思う訳です。ヴォルデマー様にはお手入れが必要です。ええ。わたくしめはヴォルデマー様を洗いたい!」
「……いや、しかし今は……」

 不味いだろう、とヴォルデマーは抵抗を見せた。勿論彼もそれが嫌な訳ではまったくない。
 だが、正直言って、今この枯渇状態でミリヤムに身体を弄られては堪らぬと彼は思った。
 どん底状態からの再会、そして両親の許し。嬉しさによる感動が治まってきた今、ヴォルデマーは己がいつ彼女に手を出してしまってもおかしくないぎりぎりの状態だと分かっていた。だが、二人の体格差、体力差を思うとそれを簡単にぶつけて良いとは思えなかった。
 ヴォルデマーは冷静になるべく一度深呼吸をして、そしてミリヤムに向き直った。

「……ミリヤム……風呂はやめておこう。お前の身が危険かもしれぬ」
「? 何故ゆえ?」

 気を落ち着けて徐々に慣らして行こうと言われ、怪訝そうな顔をするミリヤムに、後ろで見ていたギズルフは、男心が分かってねえなと鼻を鳴らした。

「ミリヤム、よいか? 今はまだ婚約式も執り行われておらぬ。そして、ここは両親達の城だ」

 承諾を得たものの、まだ何も決まっていないこの段階でおかしな事をすれば、アデリナの逆鱗に触れ、また話がややこしくなってしまうかもしれない。是非ここは慎重に話を進めておきたいところであった。
 両親の配下だらけのこの城では、二人で浴場へ行けば間違いなくアデリナ達にそれは伝わるだろう。そう言われたミリヤムは、ほう、と目を細める。

「まあ、半分意味が分かりませんが……つまり外聞が悪いという事ですよね? では若様とロルフさんにもご一緒していただきましょう。二人でなければよいのでしょう?」

 しかしヴォルデマーは首を横に振る。

「駄目だ。それで止まれるとは限らぬ」
「?」

 悩ましげな孫の様子に、背後でロルフがものすごく笑っている。
 ギズルフが勘弁してくれという顔でため息をついた。

 だが、と、ミリヤムは引き下がらなかった。

「ヴォルデマー様、蚤の侵攻です!! 小姓の坊ちゃん達の言い方をお借りすれば、ごわごわのヴォルデマー様もレアで良い!! しかし……っ! ふわふわのヴォルデマー様の素敵さは! 美しい毛並みで砦の隊服を纏っておられるヴォルデマー様の凛々しさはフロリアン様の見目麗しさに匹敵します!! あああああ!!! 見たい! 触れたい!! 煩悩が爆発しそうです!!!」

 ああああぁあああ……!!! と、床に蹲りながら地の底から這い上がってくるような声で呻いている娘を、ギズルフ含め、周囲の衛兵達が変なものを見る目で凝視している。もちろん皆耳が倒れきっていた。

 ヴォルデマーはそんなミリヤムの傍に膝をつくと、困ったような顔で寄り添った。

「……ミリヤム……自分で手入れするゆえ……」
「だって!! 背中は!?」
「…………誰ぞに手伝わせる」と、言ったヴォルデマーの言葉は、残念ながらミリヤムの逆鱗だった。

 その言葉を聞いた途端、ミリヤムはきっとヴォルデマーを睨んだ。

「ヴォルデマー様はっ、分かってない!!」と、床から立ち上がったミリヤムは、わっと泣き出す。

「!???」
「ずっとヴォルデマー様から引き離されていた私めは、もはや嫉妬の権化にございます!! 私め以外の一体誰に背中を流させると!? ヴォルデマー様の背中は私めのものでございます!!!」
「ミ、ミリヤム……!?」

 怒りキレながらわあわあ泣き出したミリヤムに、ヴォルデマーが更に慌てた。


 ミリヤムは瞳孔の開ききった目で主張する。(←ギズルフ怯える)


「私めは! ヴォルデマー様を洗いたいんです!!!」


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