33 / 94
二章
22 雑巾
しおりを挟む
感激したというふうの白豹が、汚水の入ったバケツに寄りかかってぜいぜい言っている娘に賛辞を贈っている。
「良くやった! 良くやったぞ!!」
「はー……はー……ぉおそれぃります……ぅうっぷ……」
吐き気をもよおしている娘は勿論ミリヤムだ。涙ながらに手を叩いているのはイグナーツである。
それは隊長室の先の廊下の角、その陰でのことだった。
ミリヤムの顔色は悪い。とっても悪かった。汗も尋常ではない。
「おい、大丈夫か!?」
「いぐなーつ様……耳元で叫ぶのやめて……徹夜明けにこたえる……」
ヴォルデマーの母に会った後、ミリヤムは慌ててヴォルデマーの執務室へ向かった。バケツに雑巾、箒を装備して。
その血相は、見かけた隊士達が壁に飛び下がるほどに必死だったという。
だが、それには理由があった。
ヴォルデマーの執務室は、その持ち込まれる仕事量が大量であるだけに、片付けども片付けどもすぐに散らかっていく。
勿論そこはミリヤムの担当場所でも何でもない。しかし、中央棟の最上階は掃除係の老婆達にかなり嫌われている。何故ならば、彼女達は階段が嫌いだからだ。彼女達はだいたい七日に1度のペースでその部屋を掃除する。ヴォルデマーもそれに文句は言わない。ミリヤムも腰が痛い、足が痛いと悲しげな顔をされるとそれを無理強いできず。
結局、見かねたミリヤムが数日に一度、ヴォルデマーの執務室を綺麗にするようになっていた。
──その、“数日に一度”が──昨日だったのだ。
ミリヤムはその事を、彼の母を見た時に思い出した。
色々あってその部屋を放っておいてしまった事を思い出したミリヤムは、気がついた時にはヴォルデマーの部屋に向けて駆け出していた。
ウラが後ろで声を張り上げていたのは勿論耳に届いていたが、きっとあの部屋を奥方も目にするだろうと思うと戻れなかった。
夫人達には申し訳程度に頭を下げて。そうしてミリヤムが最上階の執務室に辿り着くと、案の定其処は整頓されているとはとても言い難い状態だった。正直自分が奮闘しても間に合わぬのではないかと思ったが、思っているだけでは其処へ来た意味がなかった。
ミリヤムは慌てて窓を開け、机、床、棚、椅子の上を手早く整理し、磨けるところを磨いた。塵を拾い歩き、窓を閉め。そこから続きの間となっている隣の私室を掃除していると、そこで、廊下から何やらあまり穏やかとは言い難い男女の会話が聞こえてきた。
そして隣の執務室の扉が開かれるのと同時に、ミリヤムは私室の方の扉から慌てて廊下に飛び出たのだった。間一髪だった。
使ったバケツと箒を抱え、何とか見つからぬように廊下の角を曲がると、もう目が回って回って……立っていられなくなったところにイグナーツがやって来て──今に至る。
「……見えましたよ……覚醒状態……ふふふ、ふ……」
「あ? 何が見えたって……? 三途の川か?」
青い顔で笑うミリヤムにイグナーツが不気味そうに言う。
「兎に角ここに転がっていては見つかる……ほら、来いミリヤム」
イグナーツはミリヤムの手をとると、背を見せて乗れと言う。
「ぁりがとう、存じます……このご恩はお風呂で必ず……」
「やめとけ」
イグナーツは、ミリヤムの言葉をばっさり切り捨てながら、その身体を背に引き上げるのだった……
しばらく使用人用の食堂で休んだ後(流石に顔色が青すぎて同僚達に強制的に休憩させられる)、ミリヤムはとぼとぼと、正門前に戻って来た。
アデリナとミリヤムが出会った時刻からは二時間程度が経っていた。正門周辺には二時間前にミリヤムが待機所から運び出した荷物がそのままそこに残されている。
「……はー……やるかー」
ミリヤムは一先ず掃除しかけだった待機所の中へ入り、持参したバケツを下に置いてその中の雑巾を絞ろうと手に取った。
ふと……あれからヴォルデマーと奥方はどうなっただろうか、と思った。
奥方──ヴォルデマーの母はどうして此処へ来たのだろう、しかもウラを連れて、と考え始めると、つい、バケツの水を見下ろしたまま黙り込んでしまう。
「……………………ん……?」
──ふと、バケツの水に何かの影が映った。
背後に気配を感じてなんとなしに振り返ると、間近に大きな山のようなものが二つ。
「ぅおおうっ!?」
「……」
「……」
ぎょっと驚いたミリヤムは尻餅をつく。
「び、吃驚した……な、何ですか!?」
其処にずんとしゃがみ込んでいたのは、門番だった。熊の顔の隊士が二人。並んでミリヤムの背後から、ミリヤムと同じ様にしゃがみ込んでバケツの中を覗き込んでいた。その大柄な身体が間近に迫るとかなりの迫力である。
「……何やってんだ?」
「何か入ってんのか?」
「え? いえ、別に……」
ミリヤムが尻餅をついたままそう言うと、熊の門番は、ふうん、と気のない声をもらす。
「……貸せ」
「へ? 何を……は!? 顔!? 顔を貸せって言うんですか!?」
ミリヤムは喧嘩を売られているのかと、眉間に皺を寄せる。勿論心当たりはある。この二人も幾らか前にミリヤムが丸洗いにした隊士達だ。
「申し訳ありませんがその果し合いのお申し込みは現在受け付け不可です。当方、徹夜明けでふらふらです! しかも此処の掃除も終わってません、お願いです。明日以降! 明日以降にして下さい!!」
すると門番達は揃って目を細める。明らかな呆れの表情だった。
「阿呆か、なんでお前みたいな、ちびの毛無しと喧嘩しねえといけないんだよ。ひとひねり過ぎてむしろ恥だわ」
「あ、エプロン?」
「ちげーよ!!」
ぴんと閃いたミリヤムに熊の門番は牙を剥いた。ミリヤムは首を竦めながら、だって他にお貸し出来るものなんか、と眉をひそめる。まあ確かに、彼の巨体に自分のエプロンは小さいか、とも思ったが。
「そうじゃなくて……その雑巾よこせって言ってんだよ!」
「はあ……雑巾……何故ゆえに……」
咆える様に雑巾を要求されたミリヤムが戸惑うと、熊の門番達は一瞬顔を見合わせた。それから何やら気恥ずかしそうな様子を見せる。
「?」
「……あのよ、俺達長いこと門番やってんだけどよ……」
「少し前にお前、俺達を風呂場で襲っただろう?」
「は、はあ……激人聞きが悪いですが、確かにお背中流させていただきましたね……」
お二人とも短毛でなかなか剛毛でした、とミリヤム。
「まあ、俺達もなるほどこうして石鹸ってやつは使うんだな、と思って……」
「え!? そっからだったんですか!? そっから!?」
「いいから聞けよ」
「それでな、まあ結構泡立って面白いな……って、あれからは時々二人で風呂場で遊んでたんだ」
「遊んでいたのですね……」
どこかほのぼの楽しげな表情になった茶熊に、ええ、うん、まあそれでもいいか、とミリヤムは神妙な顔で相槌を打つ。巨体でも、ローラント達少年隊士と同じ様な無邪気な気配を感じた。
「それで……」
「それで?」
門番はちょっと恥ずかしそうに、ぽりぽりと爪で頬をかき始めた。
「今日、俺達奥方様に……アデリナ様に、初めてお声を掛けて頂いたんだ!」
「……へ……?」
ミリヤムは思わぬ名が其処に出てきてきょとんと瞬く。門番達の嬉々とした様子は、きっと彼等が人間だったなら頬が赤く染まっているのだろうな、というふうだ。
「……えっと……ヴォルデマー様のお母様……?」
そう問うと、巨体の門番達は並んで、うん、と頷く。
「今までは奥方様は此処にいらっしゃると、最初にお迎えする俺達に必ずお顔を顰められたんだ」
彼等からすると、何故いつもそんな羽虫を見るような目で見られるのか分らなかった。アデリナはそんな視線を寄越すだけで、彼等を歯牙にもかけず声を掛ける事もなかった。
「でも今日は違った。俺達を見て、おやって顔されて、今日は臭わないのね、汚くないわって」
「俺達それで今日やっと、奥方様が俺達があんまり汚れているんで嫌っていらしたんだって気がついたんだ」
「なる、ほど……」
「俺達泥がついていても、匂いがきつくても気にならないしさ、注意してくる奴もいないし……綺麗にする方法もよく知らなかったしな」
うんうんと頷きあう二人に、ミリヤムは半眼で問うた。
「……ご実家では習いませんでしたか」
すると二人はもう一度、うんと頷く。
「……なるほど……」
熊人家族では入浴技術は必修ではないらしい、とミリヤムは眉間の縦じわを深くする。
「でも今日奥方様は俺達の前で足を止められて!」
「お声まで……」
「……」
ミリヤムは目を軽く見開いて瞬いた。
二人はとても嬉しそうだった。こそばゆそうに、嬉しそうだった。
その今にも小躍りしそうな様子に、ミリヤムは余程嬉しかったのだなと、少し頬を緩める。
と……二人はずいっとミリヤムの前に手を差し出す。長い爪のついた屈強そうな手が顔面に迫り、ミリヤムは思わず身体を仰け反らせた。
「……え? な、なに?」
戸惑って二人の顔を見比べていると、門番達は照れくさそうな仏頂面で「よこせ」と言った。
「へ?」
「雑巾だ。俺達が奥方様にお声を掛けていただけたのはお前のお陰だ」
「だから、その雑巾よこせ。俺達、手伝ってやる」
「…………え」
「ありがとうな」
吃驚した。吃驚しすぎたミリヤムは言葉を失くし──そうしてぽかんとしている内に、熊の門番達はミリヤムの手から雑巾を取り上げて行った。二人してその一枚きりの雑巾を、両方からつまみ上げて「小さくねえ?」「小さいな……」と己達のこげ茶の大きな手には些か小さすぎる雑巾を、困ったような顔で見つめている。
「…………」
ミリヤムは──
何故だか泣けて来て。
痴女と言われ続けながらも隊士達に向かっていって、色んなところを掃除して回ったことを思い出して。
それでもやって来て良かったと、初めて思ったのだった。
「良くやった! 良くやったぞ!!」
「はー……はー……ぉおそれぃります……ぅうっぷ……」
吐き気をもよおしている娘は勿論ミリヤムだ。涙ながらに手を叩いているのはイグナーツである。
それは隊長室の先の廊下の角、その陰でのことだった。
ミリヤムの顔色は悪い。とっても悪かった。汗も尋常ではない。
「おい、大丈夫か!?」
「いぐなーつ様……耳元で叫ぶのやめて……徹夜明けにこたえる……」
ヴォルデマーの母に会った後、ミリヤムは慌ててヴォルデマーの執務室へ向かった。バケツに雑巾、箒を装備して。
その血相は、見かけた隊士達が壁に飛び下がるほどに必死だったという。
だが、それには理由があった。
ヴォルデマーの執務室は、その持ち込まれる仕事量が大量であるだけに、片付けども片付けどもすぐに散らかっていく。
勿論そこはミリヤムの担当場所でも何でもない。しかし、中央棟の最上階は掃除係の老婆達にかなり嫌われている。何故ならば、彼女達は階段が嫌いだからだ。彼女達はだいたい七日に1度のペースでその部屋を掃除する。ヴォルデマーもそれに文句は言わない。ミリヤムも腰が痛い、足が痛いと悲しげな顔をされるとそれを無理強いできず。
結局、見かねたミリヤムが数日に一度、ヴォルデマーの執務室を綺麗にするようになっていた。
──その、“数日に一度”が──昨日だったのだ。
ミリヤムはその事を、彼の母を見た時に思い出した。
色々あってその部屋を放っておいてしまった事を思い出したミリヤムは、気がついた時にはヴォルデマーの部屋に向けて駆け出していた。
ウラが後ろで声を張り上げていたのは勿論耳に届いていたが、きっとあの部屋を奥方も目にするだろうと思うと戻れなかった。
夫人達には申し訳程度に頭を下げて。そうしてミリヤムが最上階の執務室に辿り着くと、案の定其処は整頓されているとはとても言い難い状態だった。正直自分が奮闘しても間に合わぬのではないかと思ったが、思っているだけでは其処へ来た意味がなかった。
ミリヤムは慌てて窓を開け、机、床、棚、椅子の上を手早く整理し、磨けるところを磨いた。塵を拾い歩き、窓を閉め。そこから続きの間となっている隣の私室を掃除していると、そこで、廊下から何やらあまり穏やかとは言い難い男女の会話が聞こえてきた。
そして隣の執務室の扉が開かれるのと同時に、ミリヤムは私室の方の扉から慌てて廊下に飛び出たのだった。間一髪だった。
使ったバケツと箒を抱え、何とか見つからぬように廊下の角を曲がると、もう目が回って回って……立っていられなくなったところにイグナーツがやって来て──今に至る。
「……見えましたよ……覚醒状態……ふふふ、ふ……」
「あ? 何が見えたって……? 三途の川か?」
青い顔で笑うミリヤムにイグナーツが不気味そうに言う。
「兎に角ここに転がっていては見つかる……ほら、来いミリヤム」
イグナーツはミリヤムの手をとると、背を見せて乗れと言う。
「ぁりがとう、存じます……このご恩はお風呂で必ず……」
「やめとけ」
イグナーツは、ミリヤムの言葉をばっさり切り捨てながら、その身体を背に引き上げるのだった……
しばらく使用人用の食堂で休んだ後(流石に顔色が青すぎて同僚達に強制的に休憩させられる)、ミリヤムはとぼとぼと、正門前に戻って来た。
アデリナとミリヤムが出会った時刻からは二時間程度が経っていた。正門周辺には二時間前にミリヤムが待機所から運び出した荷物がそのままそこに残されている。
「……はー……やるかー」
ミリヤムは一先ず掃除しかけだった待機所の中へ入り、持参したバケツを下に置いてその中の雑巾を絞ろうと手に取った。
ふと……あれからヴォルデマーと奥方はどうなっただろうか、と思った。
奥方──ヴォルデマーの母はどうして此処へ来たのだろう、しかもウラを連れて、と考え始めると、つい、バケツの水を見下ろしたまま黙り込んでしまう。
「……………………ん……?」
──ふと、バケツの水に何かの影が映った。
背後に気配を感じてなんとなしに振り返ると、間近に大きな山のようなものが二つ。
「ぅおおうっ!?」
「……」
「……」
ぎょっと驚いたミリヤムは尻餅をつく。
「び、吃驚した……な、何ですか!?」
其処にずんとしゃがみ込んでいたのは、門番だった。熊の顔の隊士が二人。並んでミリヤムの背後から、ミリヤムと同じ様にしゃがみ込んでバケツの中を覗き込んでいた。その大柄な身体が間近に迫るとかなりの迫力である。
「……何やってんだ?」
「何か入ってんのか?」
「え? いえ、別に……」
ミリヤムが尻餅をついたままそう言うと、熊の門番は、ふうん、と気のない声をもらす。
「……貸せ」
「へ? 何を……は!? 顔!? 顔を貸せって言うんですか!?」
ミリヤムは喧嘩を売られているのかと、眉間に皺を寄せる。勿論心当たりはある。この二人も幾らか前にミリヤムが丸洗いにした隊士達だ。
「申し訳ありませんがその果し合いのお申し込みは現在受け付け不可です。当方、徹夜明けでふらふらです! しかも此処の掃除も終わってません、お願いです。明日以降! 明日以降にして下さい!!」
すると門番達は揃って目を細める。明らかな呆れの表情だった。
「阿呆か、なんでお前みたいな、ちびの毛無しと喧嘩しねえといけないんだよ。ひとひねり過ぎてむしろ恥だわ」
「あ、エプロン?」
「ちげーよ!!」
ぴんと閃いたミリヤムに熊の門番は牙を剥いた。ミリヤムは首を竦めながら、だって他にお貸し出来るものなんか、と眉をひそめる。まあ確かに、彼の巨体に自分のエプロンは小さいか、とも思ったが。
「そうじゃなくて……その雑巾よこせって言ってんだよ!」
「はあ……雑巾……何故ゆえに……」
咆える様に雑巾を要求されたミリヤムが戸惑うと、熊の門番達は一瞬顔を見合わせた。それから何やら気恥ずかしそうな様子を見せる。
「?」
「……あのよ、俺達長いこと門番やってんだけどよ……」
「少し前にお前、俺達を風呂場で襲っただろう?」
「は、はあ……激人聞きが悪いですが、確かにお背中流させていただきましたね……」
お二人とも短毛でなかなか剛毛でした、とミリヤム。
「まあ、俺達もなるほどこうして石鹸ってやつは使うんだな、と思って……」
「え!? そっからだったんですか!? そっから!?」
「いいから聞けよ」
「それでな、まあ結構泡立って面白いな……って、あれからは時々二人で風呂場で遊んでたんだ」
「遊んでいたのですね……」
どこかほのぼの楽しげな表情になった茶熊に、ええ、うん、まあそれでもいいか、とミリヤムは神妙な顔で相槌を打つ。巨体でも、ローラント達少年隊士と同じ様な無邪気な気配を感じた。
「それで……」
「それで?」
門番はちょっと恥ずかしそうに、ぽりぽりと爪で頬をかき始めた。
「今日、俺達奥方様に……アデリナ様に、初めてお声を掛けて頂いたんだ!」
「……へ……?」
ミリヤムは思わぬ名が其処に出てきてきょとんと瞬く。門番達の嬉々とした様子は、きっと彼等が人間だったなら頬が赤く染まっているのだろうな、というふうだ。
「……えっと……ヴォルデマー様のお母様……?」
そう問うと、巨体の門番達は並んで、うん、と頷く。
「今までは奥方様は此処にいらっしゃると、最初にお迎えする俺達に必ずお顔を顰められたんだ」
彼等からすると、何故いつもそんな羽虫を見るような目で見られるのか分らなかった。アデリナはそんな視線を寄越すだけで、彼等を歯牙にもかけず声を掛ける事もなかった。
「でも今日は違った。俺達を見て、おやって顔されて、今日は臭わないのね、汚くないわって」
「俺達それで今日やっと、奥方様が俺達があんまり汚れているんで嫌っていらしたんだって気がついたんだ」
「なる、ほど……」
「俺達泥がついていても、匂いがきつくても気にならないしさ、注意してくる奴もいないし……綺麗にする方法もよく知らなかったしな」
うんうんと頷きあう二人に、ミリヤムは半眼で問うた。
「……ご実家では習いませんでしたか」
すると二人はもう一度、うんと頷く。
「……なるほど……」
熊人家族では入浴技術は必修ではないらしい、とミリヤムは眉間の縦じわを深くする。
「でも今日奥方様は俺達の前で足を止められて!」
「お声まで……」
「……」
ミリヤムは目を軽く見開いて瞬いた。
二人はとても嬉しそうだった。こそばゆそうに、嬉しそうだった。
その今にも小躍りしそうな様子に、ミリヤムは余程嬉しかったのだなと、少し頬を緩める。
と……二人はずいっとミリヤムの前に手を差し出す。長い爪のついた屈強そうな手が顔面に迫り、ミリヤムは思わず身体を仰け反らせた。
「……え? な、なに?」
戸惑って二人の顔を見比べていると、門番達は照れくさそうな仏頂面で「よこせ」と言った。
「へ?」
「雑巾だ。俺達が奥方様にお声を掛けていただけたのはお前のお陰だ」
「だから、その雑巾よこせ。俺達、手伝ってやる」
「…………え」
「ありがとうな」
吃驚した。吃驚しすぎたミリヤムは言葉を失くし──そうしてぽかんとしている内に、熊の門番達はミリヤムの手から雑巾を取り上げて行った。二人してその一枚きりの雑巾を、両方からつまみ上げて「小さくねえ?」「小さいな……」と己達のこげ茶の大きな手には些か小さすぎる雑巾を、困ったような顔で見つめている。
「…………」
ミリヤムは──
何故だか泣けて来て。
痴女と言われ続けながらも隊士達に向かっていって、色んなところを掃除して回ったことを思い出して。
それでもやって来て良かったと、初めて思ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。