偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい

あきのみどり

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二章

23 決裂

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 頑固者同士の角の突き合わせは、お互い意見は変わらぬという気迫に満ちていた。
 いや、曲げられるところは曲げるという意志があるだけ、ヴォルデマーの方がまだ柔軟だったかもしれないが、その一番譲れぬところを母が最も譲歩させたいのだというのが厄介だった。
 小一時間程を掛けて、お互い一通り自分の言いたいことを出しつくした二人は、お互いに相手の頑固さに呆れつつ睨み合っていた。

「……」
「……はあ、まったく誰に似てこんなに頑固なのかしら……とにかく、私が言うべきことは言いました。それはつまり旦那様のご意向です。お前は当家の一員としてそれに従わなければなりません」
「余地がないという事に疑問を感じます。種を守るということは勿論大事なことですが、今のまま母上の思うように私が婚姻を結んでも種が残るとは思えません」

 私はウラ殿と子を残しませんよ、とヴォルデマーが平然と言うと、アデリナが壮絶に顔を顰めた。

「……この子ったら……お前それをウラに言うんじゃありませんよ!!」
「分かっています。しかしそれが事実であり現実です。母上も冷静に考えればお分かりになるはず。私が今までどれだけ長い間女人を傍に置かなかったか、私がどれだけ気が長いか。つまり、どれだけ時を掛けてもそれが変わることは無い」
「……お前という息子は……本当に!!」

 アデリナは扇を持つ手をわなわな震わせて、今にもそれを握り潰してしまいそうな形相である。それでもヴォルデマーが意に介した様子はない。

「領地を守る伯の子としてしっかり育ててきたと言うのに……! もし兄に何かあった時はお前が領地の柱となるのですよ!? 許されるわけがないでしょう!!」

 怒ったアデリナは「話にならぬ」と言って憤るように席を立った。

「母上、どちらへ?」
「お前と話していると腹が立って仕方がない!! 各所へ挨拶へ行って来ます! しばらく滞在するからそのつもりで居なさい!!」

 アデリナはそう言葉を叩きつけると執務室を出て行った。

「……」

 残されたヴォルデマーは椅子の背もたれに身体を預け、天を仰いでため息を吐く。

「……やれやれ、困ったお人だ……」
「そっくりでいらっしゃいますわ。貴方様と」

 不意に扉の方から声がした。ヴォルデマーが弾かれたように顔を上げると、そこに民族衣装の艶やかなウラが立っていた。

「……いつからいらした……」
「初めからですわ。私、気配を消すのは得意なんです。人狼ですから」

 ヴォルデマーが問うと、ウラは事も無げにそう返す。

「……」
「アデリナ様に許可は頂いてますから入らせて頂きます」

 ウラはそう言うと、一礼して優雅な身のこなしで執務室の中へ入って来た。その言葉にヴォルデマーが怪訝に片眉を上げる。

「……許可?」
「はい。しばらくの間ヴォルデマー様の身の回りのお世話をするようにアデリナ様に命じられました」
「……その様なものは不要です」
「いいえ拒否されても無駄ですわ。これは、アデリナ様と辺境伯様のご命令ですもの。私は従わざるを得ないんです。嫌ならばアデリナ様と辺境伯様を説得して下さい」

 ウラはにこりと微笑む。その顔は言外に「出来るものならば」と語っている。
 ずっと居たと言う言葉が本当なら、ウラはヴォルデマーの様々な発言を聞いていたはずだ。それでも引き下がるつもりがないという気迫がその言葉の端々には滲んでいる。

「……」

 ヴォルデマーは押し黙った。現実的に考えても、アデリナは現時点でこの命令を覆さないだろう。おまけに辺境伯──父を説得するにしても、領地へ戻るか、手紙を送る必要がある。そしてそれが帰ってくるのにも時を要し、また、そこで“不可”と断じられれば元も子もない。
 つまり──それは今、直ちにそのこの強かそうな娘を部屋から追い出すことは出来ないという事だった。
 ヴォルデマーはどっと身体に疲れを感じた。

「……」
「あら、どちらへ?」

 無言で長椅子を立ち上がったヴォルデマーに、ウラが問う。

「言っておきますけれど、私、嗅覚もとても良いんですからね。お逃げになっても無駄ですわよ」

 ウラがそう抜け目のない顔で微笑むのを見て、ヴォルデマーはその顔をひたりと見つめる。彼がじっと金の瞳を注ぐと、ウラは少し狼狽したようだった。

「……ヴォルデマー様……?」

 いつでもうっとりと見つめるばかりだったその瞳が、今、己を捉えているのだと思うとウラの動悸は高鳴った。
 しかし──

「……逃げはしません」

 ヴォルデマーは毅然とウラに向き直る。

「え?」
「それ故に、貴女には私に着いて来るのをお勧めせぬ」
「……どういう意味ですか……?」

 ウラの怪訝そうな顔を少し伏せ目がちに見ながら、ヴォルデマーは静かに続けた。

「……私は逃げず、隠れもしないでしょう。もし貴女が真に私を好いて下さっているのだとしたら……それはきっと辛い事である筈です」
「……」
「私は、今、愛を注ぐべきと自分が思うものに、それを躊躇う事はしません。例え貴女がいようとも、それが母であったとしても。ですから……貴女は私に着いて来るべきではない」

 そのはっきりとした物言いに、ウラが一瞬ぐっと押し黙る。ウラが父から正式に彼に紹介されたのは、以前彼女達の集落で催された宴が初めての事ではあったが、彼女の方ではずっと昔からヴォルデマーを見てきたのだ。それだけに彼の誤魔化しのない人柄は良く分かっていた。

「……そうだとしても……言った筈です。私は命令を覆せません」
「……」
「獣人も人も、心は移ろい易いもの。結局は相応な者と道理を通して共になるほうが幸せだと貴方様にきっと理解して頂きます」

 ウラはそう言って、挑むような視線でヴォルデマーを見上げるのだった……


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