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193 悪役令嬢 VS 悪役令嬢
カウチを立ったエルシャは、立ち去ろうとしていた娘の前に急いで回りこむ。進路を塞ぐように立ち、その顔を凝視した。
「やっぱり……お前だわ……」
その娘は、やはりフリードが公爵邸に連れてきたメイドだった。
がらりと変わった印象にはとまどうが……。その太々しい姿形は、憎らしすぎてよく覚えていた。いつか絶対に、手ひどく仕返しをしてやろうと心に決めていたから。
エルシャは改めて、敵意を持ってその娘をジロジロと見た。
髪の色はあの日とは違う甘い色彩の赤。あの時は後ろで一つにまとめられていた髪も、今はきれいに肩に下している。
目元を覆っていたビンの底のような眼鏡もかけてはいない。
あの時のこの女は、太々しく得体のしれない使用人だった。
しかし露わになった顔立ちは、想像よりずっと気が強そうで、そして、ずっと美しかった。
おまけに身なりもずいぶん立派になっている。あの時はメントライン家のメイド服。今はあでやかな深紅のドレスを身にまとい、煌びやかな宝石で耳と胸元を輝かせている。
王太子の部屋から出てきた彼女を、てっきり彼の新しい相手だと思って睨んでいたエルシャは、絶句。
意味が分からなかった。
使用人。それは、エルシャがこの世で一番軽んじている存在。
彼女が命じれば、風に吹かれた草のように言われるままに動くしかない憐れなものたち。
彼らはエルシャたち貴族の生活の邪魔にならぬよう、存在を消し、色を消して生活しなければならない。
……それなのに。
その娘は、エルシャが自分のものと目した王太子の部屋から堂々と出てきた。しかも、あでやかに着飾って、“女”であると、色を振りまくように。彼女は、それが一番癪に障った。
使用人のくせに、主人たる自分よりも立派な身なりで、自分の男の目に触れるなど。これはとても、見過ごせない事態であった。
エルシャは目の前の娘を睨む。
「どうしてあんたなんかがエリアス様の部屋から出てくるの⁉ もしかしてお兄様の付き添い……? 中にお兄様もいるの⁉ それに……なんなのその恰好は⁉」
憤ったエルシャは、矢継ぎ早に問う。
現在、彼女の兄であるフリードは王城に居座っている。……もちろん彼は、自らを“グステル・メントライン”と偽る彼女の本物の兄ではないが……。
ともあれ。エルシャが調べさせた情報によれば、その兄は王城には女の使用人は伴って行っていない。
おまけに女のこの格好である。その華やかさは、とても兄の世話をしに来た恰好ではない。
「ちょっと……なぜ答えないの⁉ 主が聞いているのよ⁉」
使用人が主家の娘の言葉に応えないなど、ありえないことであった。さっさと事情を話せと迫るエルシャに、しかし女は沈黙している。
その瞳は冷静で、冷淡。じっとエルシャを見返す瞳にも、へりくだるところが一切ない。それも彼女は気に入らない。
この状況の、すべてが納得できなかった。
エルシャは、ここが王城であることも忘れて彼女を詰問した。
「答えなさい! 確かマリーと言ったわね? その態度はなんなの⁉ まさか自分が仕える家の娘の顔を忘れたの⁉ これだから下賤な者は常識が──……」
「……あらあら、」
吐き捨てようとしたエルシャの声を遮って。ふいに娘がクスッと笑った。
わずかに小首を傾けて笑う顔が、最高に皮肉めいていて、エルシャはとても驚いた。
優雅につぶやかれたその一言は、なぜかそれだけで強烈な違和感を感じるもの。とても、使用人階級の口調には聞こえない響きがあったのである。
それを聞いたエルシャは、一瞬、もしや人違いだったのだろうかとさえ思った。
しかし、その顔を凝視すると、やはりそれは、あの時、自分の部屋に勝手に侵入し、彼女をブローチの件でやりこめた飄々とした女にそっくりだった。
人間、心底憎いと思った者の姿形ほどよく記憶しているもの。
ただ……あの時の女のしゃくしゃくとした陽気な余裕と、今現在目の前にいる女の高慢な余裕は、何か、どこかが別物のような気がした。
エルシャが戸惑っていると、その女はそばにいた王家の従者たちを視線で下がらせた。そのしぐさひとつひとつですら堂に入っている。まるで、自分は初めから高貴なのだとでも言うように。
「……な、なんなのあんたは……」
なんだか、エルシャは混乱した。自分が、とても理解の及ばぬ存在と対峙しているような気がして。思わず呆然ともらしたエルシャに、娘は改めたように言った。
「さて、」
従者たちが下がり、人払いされた広い待合の中央で二人きりになると、女はやはり微笑を崩さずにエルシャに向かう。エルシャはなんだか落ち着かない。
自分を眺めている娘の瞳を見ていると、何か、そこから得体のしれないものが出てきそうな薄ら寒さを感じる。なんだかとても、悪い予感がした……。
と、娘の薔薇色の唇が弧を描く。
「お前は正気なの? 叔母の駒如きが、わたくしの行く手を阻もうなんて」
「っ!」
ひと言目から全開の敵意に、エルシャは愕然とする。驚きすぎて、言葉もない。
「それになんと言った? 『お前』『あんた』? わたくしを誰だと思っているやら……無知とは恐ろしいわね」
女は言ってクスクスと笑い声。
この言われように、呆然としていたエルシャの肩がわなわなと震えだす。
「あ、あんた、今わたしのことを……“お前”と呼んだの⁉ し、信じられない……使用人のくせに! お前こそ気は確か⁉ わたしは公爵家の娘な──、⁉」
のよ、と、憤慨したエルシャが続けようとした瞬間。
彼女のほうへ素早く伸びてきた手が、彼女の顎を乱暴にわしづかんでいた。顔を無造作につかむという、あまりにも無礼な行為に、エルシャは一瞬何が起こったのか分からなかった。
が、それでも我に返って振り払おうとした瞬間、目の前にぐっと赤毛の女の瞳が迫って来た。
見開かれた暗い大地の色の双眸が、彼女のことをひたりと見据えている。エルシャは思わず息を呑み。と、手の持ち主は、エルシャの顎をつかんだまま言う。
「わたしの髪と瞳の色を見てもまだ分からないの? まったくお馬鹿さんねぇ」
言って彼女は、はっ! と、笑い飛ばす。
「お前が公爵家の娘ですって? 馬鹿言わないでちょうだい」
「な、何を……」
震え声を出すエルシャに、女はゆったりと、嘲笑いながら、噛んで含めるように言った。
「お前は……グリゼルダ叔母が、どこぞの田舎で調達してきた、薄汚く滑稽な役者よ……」
低い声でせせら笑われて、エルシャの目が大きく見開かれた。
「何を驚いているの、偽物の“グステル”? ああ、違ったわね……? 名は、エルシャ。家名すらない、ただのエルシャ。そうでしょう?」
「!」
その名で呼ばれた瞬間、エルシャの顔色がさっと真っ青になった。
まるで、突然凍り付いた池に叩き落されたような気分だった。足元が割れ、冷たい水に全身が沈み、二度と地上に這い上がれぬような、そんな強い恐怖に、エルシャはすくみ上る。それでもなんとか平静を取り繕わねばと思うが……あまりに突然に自分の正体を突き付けられて。顔が引きつるのは止められなかった。
「……な、な……何を言って……あ、あんたはいったい……なんなのっっっ⁉」
同様も露わに叫ぶ女の顔をつかんだまま、目の前の娘はさもおかしそうに嘲笑う。驚愕に目を見開く娘を憐れむこともなく、彼女はエルシャのほっそりとした顎を容赦なくつかみ、その白肌に鋭利な爪先をぐっと食い込ませ。苦しそうな娘の顔を、自分のほうへ強引に引き寄せた。
「あっ⁉」
「そんなに知りたいのなら、教えてあげる……」
毒のようなささやきに、まだ何も聞かぬうちからエルシャが怯えた顔をする。
首を少し傾け赤毛を頬にかけた娘は、エルシャの耳に低い声で息を吹きかけるように耳打ちした。
……まるで……特別に教えてやるのだと、感謝しなさいと言うような響きに、エルシャは身が凍ったように動かない。
「……わたくしは、お前が叔母に命ぜられて、富貴のために踏みつけにした娘……正真正銘の公爵令嬢グステル・メントラインよ」
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