【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

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83 グステルとヴィム ③

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 そのまだ歳若い青年は、げっそりした顔で肩を落として宿を出た。
 主人を止めるべく突撃したはずの宿屋は、どの客室にも、主人も、グステルもおらず。
 いたのは仲の良さそうな男女が数組。もちろんどの男女にもとても迷惑そうな顔をされて、宿屋の女将にも散々叱られて、ヴィムは本当に、

(っ散々な目にあった!)

 ……のである。

 慌てて他人の部屋に踏み込んでしまった自分も、もちろん叱られるべきだが。これは明らかに、エドガーに担がれたのだと分かってヴィムは心底腹が立った。

「っ本当に! いつか必ずギャフンと言わせて──ぅおあ⁉︎」

 半泣きのヴィムが、そう恨みを吐き出そうとした時。そばの林が大きく揺れて何かが勢いよく飛び出してきた。
 茂みを突き破るように転がり出てきた者は、唖然としている彼の前で転倒し、その場で四つん這いで両腕を地面に突いたまま、ブルブル背中を震わせていた。
 どうやら膝がとても痛かったらしい……。

 突然のことに、いったい何事かと怯えたヴィムは。しかしすぐにその娘の背に散らばるチェリーレッドの髪に気が付いた。

「あ、あれ? も、もしかして……」

 恐る恐る声をかけると、四つん這いの娘かがよろよろと頭を上げる。

「ぁ……あら、ヴィムさん……ご、ご機嫌よう……」

 つっかえつっかえ動揺も露わな声で応じられたヴィムは、目をまるくして彼女に駆け寄る。
 
「⁉︎ ステラさん⁉︎ ど、どうしたんですか⁉︎ 顔が真っ赤ですよ⁉︎」

 地面に伏し、とてもご機嫌には見えないげっそり顔でヴィムを見上げていたのは、グステル。
 青年が驚いた通り、彼女の顔は熟れ過ぎで今にも弾けそうな果実のように赤かった。
 全身に様々な葉をつけて、スカートの裾も、風よけのローブの裾も土だらけ。まるでどこからか命からがら逃げてきたというふう。
 そんな姿で、表情は疲れ果てているのに、ヴィムを見て生気薄く笑うものだから。それが歪に見えて仕方なかった。

「いったい何があったんですか⁉︎ まさか……強盗⁉︎」
「い、いえ……」

 純粋な眼で心配されてしまったグステルは、きまりが悪く口籠る。
 その間に気が弱いヴィムはすっかり怯えてしまったようで。グステルを地面から引っ張り上げ、不安そうな目でいもしない強盗を探しキョロキョロ。

「は、早く逃げましょう! ヘルムート様のところに──!」

 彼の主人は武術も嗜む。青年はヘルムートのところに行けば安全だとグステルの腕を引いた、が……。

 げっそりしていたグステルは出てきた名にギョッとして、間髪入れず悲鳴のような声で青年を引き留める。

「いや! そ、それはいけませんヴィムさん! それはあまりにもご無体です!」
「ご、ごむたい……?」

 ヴィムは意味が分からず目を白黒させたが……。グステルとしては、たった今その人から逃げてきたところである。
 グステルは胸を押さえて訴えた。

「わたくしめ、誘惑をかろうじて理性で振り切ってきたのです! ヴィムさんまでもが……私が狼になってもいいとおっしゃるのですか⁉︎」
「ど、どういうことですか……?」

 ──あのあと。
 グステルが、ヘルムートに理性を失っていいというとんでもない許可を得てしまったあと。
 グステルは、『おう、そんならやったろかい!』……とはならなかった。

 気がついたのだ。
 彼女の腰に回された青年の腕が、なんだかとても優しいことに。
 囲み込んでいても、あまり力は入れすぎず、そっと浮かせた腕はグステルの服を押さえているだけ。身に触れていない。
 挑発的な言葉と誘うような眼差しとは裏腹に、柔らかく包み込むような抱き方は大切そうで、彼の自分に対する配慮を感じた。
 それが、グステルの胸を射た。

 年下(?)の彼に思いやられておいて、年上(?)の自分が欲望に負けるわけにはいかないではないか。
 大切にされているのなら、それ以上に相手を大切にしたいと思った。

「…………というわけで……必死にヘルムート様から逃げてまいりました……。そんな……軽々しく私の餌食になんてできませんでしょう⁉︎ 理性の、勝利です、うぅ……」
「……なるほど……」

 あのまま外で話していると、誰に会話を聞かれるか分からないということで。
 ひとまず二人は付近の茶屋にこっそり入った。
 質素な店内の隅で、テーブルにつき、真っ赤な顔でうなだれるグステルと、彼女の話を聞きながら神妙な顔でうなずくヴィム。
 先刻、彼には色々と正直に話してしまった弊害か、グステルは、また彼に赤裸々な気持ちを吐き出してしまう。
 まったくもって謎の意気投合だが……もしかしたら、十九歳のグステルと、十六歳のヴィム。
 本来の年齢でいえばいくつも離れていない青年には、彼女もどこかで話しやすさを感じていたのかもしれなかった。
 
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