【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
116 / 192

115 慈悲と真心

しおりを挟む

 
 まずはそれを言ってやらねば気がすまなかった。
 たとえその瞬間激昂されて刺されても、これだけは。この思い上がった男に突きつけてやらねば。
 グステルの胸の中は怒りの業火で燃え盛っていた。
 顔の筋が痙攣するほど強く見据え、言葉で殴るように怒号を叩きつけると、絶句していた男の顔が見る見る白くなっていった。

「グステル……メントライン……? グステル・メントラインだと⁉︎」

 アルマンの血の気の引いた顔は、動揺のためか怒りのためか歪にひきつっていた。
 しかし男はグステルの言葉を一蹴する。

「戯言を……小娘が! 貴様はグステル様ではない! 我々のお嬢様は王都にいらっしゃるのだ!」

 わめき返してきた男の言葉を聞いて、グステルは苦々しい顔。誰が我々のお嬢様だ、とも思ったが。一番強く感じたのは失望だ。
 この男は、今の言葉を聞いて、そこにしか引っかからなかったのか。
 もちろんこんな身勝手な男が、指摘されてすぐに我が子に対する考えを改めるなんてことは期待できない。グステルだってそれを望んで言ったのではない。
 人それぞれ、価値観が違うものとも分かっている。
 ──それでも、やはり、まずは人の親として、自らの子供のことを考えてほしかった。

 けれどもアルマンは、そんなことはつゆほどにも頭にもないのだろう。
 蒼白だった顔を今度は真っ赤にして、配下に向かって怒鳴り散らしている。

「おい! この頭のおかしな娘をさっさと捕らえて牢にぶち込め! お嬢様の名を騙るなど……なんという痴れ者だ!」

 指さされたグステルは、咄嗟にアルマンの配下たちを警戒する。アルマンに一矢報いる前に拘束されるわけにはいかない。

 だが、命じられた男たちは、アルマンの指示通りには動かなかった。──いや、動けなかったと言ったほうがいい。

「⁉︎ おいどうした⁉︎ さっさとしろ!」

 アルマンは、前に出る気配のない男たちを見て少なからず動揺したようだった。
 怒鳴りつけるも、配下たちの反応は鈍い。
 彼らはアルマンを恐れているが、恐れているからこそ、そのアルマンを猛然と叱りつけた娘への衝撃が強かった。
 アルマンを一喝した姿は、怒り狂うアルマンの何倍も毅然としていて、何より──似ているのだ、この娘は公爵に、とても。
 それは最初から露わだったものではなく、彼女が真の怒りを見せて初めてそこに現れた。
 体格は公爵とはまるで違うし、性差や年齢の違いがあるせいか、一見この娘は公には似ていないように見えていた、が……。
 しかし怒った表情は、公爵そのものだった。
 厳格で、気迫の満ちる姿は気高く。目を細めて眉をひそめると、いつもいかめしい顔をしていた公爵と、まるで同じに目元に見えた。
 彼らにとっては滑稽なことだが……。
 その娘のただならぬ人品は、そばでアルマンが怒り狂っているからこそ、自然と比較されてより鮮明になっていた。
 この娘が先ほど放った、腹の底に響くような怒号に比べれば。アルマンの叱責はまるで、犬がキャンキャンと鳴きわめいているだけのように軽い。

 これには配下たちはうろたえた。
 明らかにこの娘は、彼らが長らく軟禁してきた公爵の血筋ではないか。
 正当なる者が放つ堂々たる覇気は、不正に公爵家に入り込んだ彼らの不安を痛烈に煽る。
 男たちはすっかり及び腰になって。
 けれども彼らが長く頭とごまをすってきた男は、その娘を捕らえろと怒鳴り散らすのだ。すっかり頭に血が上り、それがかえって配下たちを困惑させるとは、分かっていないようだった。

 本当にアルマンの命令に従って大丈夫なのか? それは取り返しのつかないことではないのか。

 そんな配下たちの動揺を見てとったアルマンは愕然。
 従順なはずの配下たちが、一向に命令に応じない。

「な、何を怯んでいる! さっさとこいつを捕らえないか!」
「ア、アルマンさん……」

 叱りつける男に、配下たちはあからさまに『やめておいたほうがいい』と目で訴えてくる。
 これにはアルマンも驚いた。

 目の前の娘は、多少は度胸があることは認めるが、若造で、しかも丸腰。
 こちらは男が数人で、武器も所持している。さらには、ここは公爵家の邸の奥深くで、外部の人間は誰も足を踏み入れることができない。これまでだって、幾度もこの場所で人知れず多くの者に罰を与えてきた。
 配下たちだって、すでに慣れているはずだった。

 それなのに。
 いい歳をした配下たちが、皆怖気付いて目の前の娘に近寄ろうともしないばかりか、後退る始末。
 この状況には、アルマンの高まり切っていた高慢さが逆なでされた。
 何より我慢ならなかったのは、味方が小娘を恐れて、自分の命令を無視していることだ。
 これではまるで自分がこの小娘に敗北しているようではないか。
 アルマンは苛立って怒鳴った。

「ったとえこの女が本物のグステル・メントラインであろうとも、取り押さえてしまえばいいだけのことだろう!」

 アルマンにとって、貴族とはその程度の存在。
 もともと街の最下層に近い場所で生まれ、貴族が存在する意味やその役割についてなど考えもしない。
 奴らはただの金持ちで、根っこは自分となんら変わらない、辿り着きさえすれば暴力で容易く下せる存在だと思っている。
 だからこそ、この男は、現れた本物を名乗る令嬢のこともその程度に考えた。
 おそらく実家の異変をどこからか聞きつけてやってきたのだろうが、もはやその座は彼が奪ったあと。
 グリゼルダを惑わして公爵家に入り込み、似た容姿の娘を探し出して、地方にある女神教会の一つを買収し偽物の令嬢と王太子運命の出会いを演出した。
 もし、今目の前にいる女が本当の“グステル・メントライン”であったとしても、もはや、この娘は無力。
 彼らに身分を奪われ、なんの力も持たない、ちっぽけな存在。

 アルマンは、鼻白んでグステルを睨む。
 彼の考えでは、身分とは、周りにそうと認識されてはじめて効力を発揮する。
 そうでなければ小娘など。いったい何が恐ろしいというのだ。

(……仲間もろとも、人知れず始末してしまえばいいだけのことだ。今更何が“唯一の娘”だ……! 認めない、絶対に……この家の金を渡すものか!)

 アルマンはグステルを指さして、配下たちに言い渡す。

「いいかよく聞け! こいつはただのペテン師だ! 公爵閣下がご病気でもうろうとしておいでなのをいいことに、娘と偽り、閣下を連れ去った! 我々は、この女に惑わされた閣下をお救いして、一味をすべて始末しなければならない!」

 あくまでもそれで押し通そうとするアルマンに、しかし配下の男たちは困った顔を見合わせる。一度持った不安はそう簡単には払拭されない。
 本当にそれでいいのかと戸惑う様子の男たちに、アルマンはカッとなった。

「愚図が!」

 アルマンは一番傍にいた配下を乱暴に押し、押された男はよろめいて、壁際にある棚に肩を激しくぶつけた。その拍子に棚に収めてあった雑多なものが、音を立てて床に散らばった。
 だが、アルマンはそんなものには目もくれない。
 この男にも、もちろん目の前の娘が、公の本当の娘である可能性が高いとは、薄々分かっているのだ。
 だからこそ打算的なアルマンは、自らはなるべくグステルに手を下したくなかった。
 もしもの時は、配下に罪をなすりつけて自分は言い逃れられるように。

 ……が、どうやらその考えは、配下たちにも透けていたようだった。

「⁉︎ おいどうした! なぜ動かない⁉︎」

 自分と目を合わせず、動こうともしない男たちにアルマンが顔を引き攣らせる。

「お前たち……まさかこの俺の命令に逆らうのか⁉︎」

 その言葉にも、気まずそうな顔をするばかりの男たちに、アルマンは頭に血が上った。苛立った感情のまま、先ほど突き飛ばした男の胸ぐらをつかんで──……と。

 そんな男の後ろで、ぽつりと誰かが言う。

「……慈悲ない者に、誰が真心を尽くすの」

 そのつぶやきに、拳を振り上げていたアルマンが勢いよく振り返った。
 彼が小娘と侮る娘が、虚しげな表情で彼を見ていた。
 瞳の奥にある怒りはそのままだが、表情は凪いでいて、憐れむように彼を見ている。──その瞳を、アルマンは蔑みと受け取った。

「っ小娘が……分かったような口を……!」

 あっと思った時には、グステルは、逆上したアルマンの手に突き飛ばされていた。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...