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本日二度目の接近戦
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『通りかかった強そうな冒険者がドラゴンを追い払ってくれて、獲物を取り逃した傭兵たちは怒って立ち去った』
そんな私とルースの言い訳を、心優しい司祭様はころりと信じてくれた。
それがあまりにも簡単だったもので……私はなんだかとても申し訳ない気持ちになる。
傭兵たちはあんなに疑り深かったし、暴力も振るわれたので全然心が痛まなかったが……司祭様の、私が“自宅の上にドラゴン”なんていう難から逃れたことを一心に喜んでくれている姿を見ると……とてもではないが良心がズキズキと痛んだ。
「……はぁ……司祭様……ごめんなさい。そして心配してくださって、ありがとうございます」
すっかり日の暮れた道を歩きながら、私は懺悔する。
司祭様は大事になるのは嫌なのでと私が頼むと、私の家の上にドラゴンがいたことも黙っていてくれると約束してくれた。
これでひとまず一件落着だけれども。なんとなく司祭様を騙してしまったのには罪悪感が残った。
自分を心から案じてくれている人に嘘をつくとこんなに嫌な気持ちになるのだと、一人暮らしが長い私は初めて知った気がした。
……と、薄暗い背後から、声が向かってくる。
「……何を悔やむ。別にいいではないか。俺様は貴様に危害を加えるつもりも、村を襲う気もない。黙っていたとてなんら問題はないだろう」
「……そうなんですけど……」
憮然とした声はレタスのものだった。もちろん──人間態ローブ装備。
私は慣れているから平気だと言ったのだけれど、彼は私が村に司祭様とルースを送るのに付き合ってくれた。
夜道は危ないと気遣ってくれたことは心底嬉しかったのだけど……本当は、あんなことがあったから、二人きりの道中は気恥ずかしくてたまらない。
私はなんだか背中がもぞもぞしてしまい、まともにレタスの顔が見られなかった。
家に着いたら、ぜひ速攻でドラゴンの姿に戻って欲しいものである。
と、ついせかせか歩いてしまっていると。
「──うるさい!」
「⁉︎」
唐突に後ろから怒鳴られて。びっくりした私は彼を振り返る。
するとそこを歩いていたライトグリーンの髪の青年は、気難しい顔で目元を鋭くしていた。
「⁉︎ な、なんですか主様……私、何もいっておりませんが……」
と、舌打ちされる。
「貴様ではない。精霊どもがうるさいのだ」
「……精、霊……?」
その答えに、私はポカンとした。と、レタスは、ああと気がついたように私の顔を見る。
「そうか、貴様は精霊の声が聞けぬのか……そのような血統にあって珍しいことだ」
「?」
なんのことだろうと思いつつ、そんな不思議な存在が周りにいるのだろうかと左右に視線を彷徨わせていると。そこにスッとレタスが距離を詰めてくる。
「ぅひっ⁉︎」
先程の“髪の毛に口付け事件”のこともあって。過剰に反応してしまった私は後ろに跳び退き、身構える。
「な、なんですか⁉︎」
と、レタスは口の端を持ち上げて小憎らしい顔で笑う。……だが、そんな顔もかわいい。
「く……私の感情が難しい!」
気恥ずかしくも、レタスがかわいくて。しかしどうにも警戒してしまう自分がいる。そんな己に戸惑っていると、彼は呆れたような顔。……やめて、その顔もレタスに変換されるとものすごくかわいい。(「変換しなけりゃいいだろ……」byレタス)
「何を馬鹿なことを呻いている……いいからじっとしていろ」
「⁉︎」
動揺している間にレタスはまた私に近づいてきて、スッと腕を持ち上げる。その手がするりと頬──というか、右の耳元に当てられ、左の耳にも反対の手が添えられる。その拍子に私がかぶっていたフードが肩に落ちて、パサリと乾いた音を立てた。
「あ……ぅ」
本日二度目の接近戦に、当然私は直立不動。全身は凍ったように動かなくなったのに、頭はひどく熱くなって汗が額から噴き出した。
耳から頬を包み込むように添えられたレタスの手は大きくて。けれどもがっしり掴まれたわけではなく、そっと触れるか触れないかの微かな感触が、逆に恥ずかしくてたまらない。
私は動けないもので……心の中で大いに叫んだ。
(あああああぁあああああっっっ⁉︎)
おそらく……顔は真っ赤なのであろう。
──と、一瞬目を閉じていたレタスが瞳を開き、黄金の目で私を見る。思わずドキリと心臓が跳ねて、その類い稀なる美しさに見惚れかけた、が──。
その瞬間、不意に思わぬことが起こった。
『こらー⁉︎ 主様! エルフィに馴れ馴れしくしないでくださいませ!』
「⁉︎」
突然どこからともなく可愛い少女が憤怒する声が聞こえてきて。私はびっくりして跳び上がった。
「な、何⁉︎」
慌てて周囲を見回すが──暗がりには私たち以外の誰もいない。あたりは荒野で、所々低木があるくらいで隠れるようなところもなくて。
「⁉︎ ⁉︎」
つい腰から短剣を引き抜き身構えていると、目の前でレタスが鬱陶しそうな顔をする。
「ち……うるさい者どもめ……」
吐き捨てた言葉に、今度は少し大人びた女性の声がする。
『うるさいってなんですの⁉︎ 私たちはこの子の祖母からこの子を守るよう重々頼まれているんですからね⁉︎』
『主様とて不埒な真似は許されません!』
「⁉︎ ⁉︎ え⁉︎ は⁉︎」
動揺していると、レタスが白けた顔でため息混じりに言う。
「聞こえたか? こいつらは、この辺りに住む精霊たちだ。おそらくその辺の低木や、土の精霊といったところだろう」
「せ⁉︎ 精霊⁉︎」
「お前の祖母はよほど過保護だったらしいな……」
ギョッとしていると、レタスは呆れたというふうに首を横に振る。
……正直理解が全然追いつかなかった……。
そんな私とルースの言い訳を、心優しい司祭様はころりと信じてくれた。
それがあまりにも簡単だったもので……私はなんだかとても申し訳ない気持ちになる。
傭兵たちはあんなに疑り深かったし、暴力も振るわれたので全然心が痛まなかったが……司祭様の、私が“自宅の上にドラゴン”なんていう難から逃れたことを一心に喜んでくれている姿を見ると……とてもではないが良心がズキズキと痛んだ。
「……はぁ……司祭様……ごめんなさい。そして心配してくださって、ありがとうございます」
すっかり日の暮れた道を歩きながら、私は懺悔する。
司祭様は大事になるのは嫌なのでと私が頼むと、私の家の上にドラゴンがいたことも黙っていてくれると約束してくれた。
これでひとまず一件落着だけれども。なんとなく司祭様を騙してしまったのには罪悪感が残った。
自分を心から案じてくれている人に嘘をつくとこんなに嫌な気持ちになるのだと、一人暮らしが長い私は初めて知った気がした。
……と、薄暗い背後から、声が向かってくる。
「……何を悔やむ。別にいいではないか。俺様は貴様に危害を加えるつもりも、村を襲う気もない。黙っていたとてなんら問題はないだろう」
「……そうなんですけど……」
憮然とした声はレタスのものだった。もちろん──人間態ローブ装備。
私は慣れているから平気だと言ったのだけれど、彼は私が村に司祭様とルースを送るのに付き合ってくれた。
夜道は危ないと気遣ってくれたことは心底嬉しかったのだけど……本当は、あんなことがあったから、二人きりの道中は気恥ずかしくてたまらない。
私はなんだか背中がもぞもぞしてしまい、まともにレタスの顔が見られなかった。
家に着いたら、ぜひ速攻でドラゴンの姿に戻って欲しいものである。
と、ついせかせか歩いてしまっていると。
「──うるさい!」
「⁉︎」
唐突に後ろから怒鳴られて。びっくりした私は彼を振り返る。
するとそこを歩いていたライトグリーンの髪の青年は、気難しい顔で目元を鋭くしていた。
「⁉︎ な、なんですか主様……私、何もいっておりませんが……」
と、舌打ちされる。
「貴様ではない。精霊どもがうるさいのだ」
「……精、霊……?」
その答えに、私はポカンとした。と、レタスは、ああと気がついたように私の顔を見る。
「そうか、貴様は精霊の声が聞けぬのか……そのような血統にあって珍しいことだ」
「?」
なんのことだろうと思いつつ、そんな不思議な存在が周りにいるのだろうかと左右に視線を彷徨わせていると。そこにスッとレタスが距離を詰めてくる。
「ぅひっ⁉︎」
先程の“髪の毛に口付け事件”のこともあって。過剰に反応してしまった私は後ろに跳び退き、身構える。
「な、なんですか⁉︎」
と、レタスは口の端を持ち上げて小憎らしい顔で笑う。……だが、そんな顔もかわいい。
「く……私の感情が難しい!」
気恥ずかしくも、レタスがかわいくて。しかしどうにも警戒してしまう自分がいる。そんな己に戸惑っていると、彼は呆れたような顔。……やめて、その顔もレタスに変換されるとものすごくかわいい。(「変換しなけりゃいいだろ……」byレタス)
「何を馬鹿なことを呻いている……いいからじっとしていろ」
「⁉︎」
動揺している間にレタスはまた私に近づいてきて、スッと腕を持ち上げる。その手がするりと頬──というか、右の耳元に当てられ、左の耳にも反対の手が添えられる。その拍子に私がかぶっていたフードが肩に落ちて、パサリと乾いた音を立てた。
「あ……ぅ」
本日二度目の接近戦に、当然私は直立不動。全身は凍ったように動かなくなったのに、頭はひどく熱くなって汗が額から噴き出した。
耳から頬を包み込むように添えられたレタスの手は大きくて。けれどもがっしり掴まれたわけではなく、そっと触れるか触れないかの微かな感触が、逆に恥ずかしくてたまらない。
私は動けないもので……心の中で大いに叫んだ。
(あああああぁあああああっっっ⁉︎)
おそらく……顔は真っ赤なのであろう。
──と、一瞬目を閉じていたレタスが瞳を開き、黄金の目で私を見る。思わずドキリと心臓が跳ねて、その類い稀なる美しさに見惚れかけた、が──。
その瞬間、不意に思わぬことが起こった。
『こらー⁉︎ 主様! エルフィに馴れ馴れしくしないでくださいませ!』
「⁉︎」
突然どこからともなく可愛い少女が憤怒する声が聞こえてきて。私はびっくりして跳び上がった。
「な、何⁉︎」
慌てて周囲を見回すが──暗がりには私たち以外の誰もいない。あたりは荒野で、所々低木があるくらいで隠れるようなところもなくて。
「⁉︎ ⁉︎」
つい腰から短剣を引き抜き身構えていると、目の前でレタスが鬱陶しそうな顔をする。
「ち……うるさい者どもめ……」
吐き捨てた言葉に、今度は少し大人びた女性の声がする。
『うるさいってなんですの⁉︎ 私たちはこの子の祖母からこの子を守るよう重々頼まれているんですからね⁉︎』
『主様とて不埒な真似は許されません!』
「⁉︎ ⁉︎ え⁉︎ は⁉︎」
動揺していると、レタスが白けた顔でため息混じりに言う。
「聞こえたか? こいつらは、この辺りに住む精霊たちだ。おそらくその辺の低木や、土の精霊といったところだろう」
「せ⁉︎ 精霊⁉︎」
「お前の祖母はよほど過保護だったらしいな……」
ギョッとしていると、レタスは呆れたというふうに首を横に振る。
……正直理解が全然追いつかなかった……。
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