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未来編3 モラトリアムの終焉
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次の日の朝、黒田はいささか緊張していた。
初めて舞台に立つような興奮を伴う心地よい緊張だ。
うまく子供たちに説明しなくてはいけない。
”エイイチは遠くの病院に入院した”でよいだろうか。
そうだ!今日の授業でみなに手紙を書かせよう。いい手向けになるだろう。
この学院は20人ほどの子供を一人の教員がみるのだが、
そのグループごとの家屋は完全に分断されていた。
今なら解る。口裏を合わせてもボロは出やすい。一人の方が断然楽だ。
教壇に立ち、教室を見渡す。各々の席に座った生徒たちの中にエイイチの姿はない。
まぁ朝の会に全員が揃うことはあまり多くない。大体誰かしら遅刻をする。
やれ”トイレの順番が” ”朝ごはんをこぼして” ”〇〇が見当たらなくて”
子供は要領が悪いものだ。
出席簿をチェックしながら、遅刻者を見なかったか訪ねる。
「エイイチは朝から一度も見ていない」という子供たち声に
黒田はいいしれぬ満足感を感じた。
朝の会が終わり、黒田は証言をもとに遅刻者を探し始めた。
部屋で完全に寝ていた者、今だ朝食を食べていた者、
一人ずつ捕まえては叱責し準備をさせる。
エイイチとタツオの部屋を覗く。
誰もおらず、エイイチの寝具はすでに撤去されていた。
机にはなぜか皿。乱れたままのタツオの布団。
まだ着替えてはいないらしい、服はクローゼットにかかったままだ。
2階のトイレの一番奥、便秘がちなタツオはいつもここを指定席にしている。
「タツオ、まだかー?」
黒田は入り口から声をかけた が返事はない。
いつもは弱弱しい声で返事があるのだ。
キイッ
近づいてみるとトイレは空いていた。
初めて黒田は胸騒ぎを覚えた。しかしながらこういうことはよくあるのだ。
騒がしいエイイチに比べて、タツオは物静かで見つかりにくい。
どこかで入違ってしまったのだろう。捜索を打ち切り、授業に向かうことにした。
2時限目が終わってもタツオは姿を現さなかった。いよいよおかしい。
ーもしかしたら、タツオも連れていかれたのでは・・・
言い知れぬ不安が心をよぎった。それは十分ありえることに思えた。
あの非人道的なコーディネーターは”間違えて連れて行ってしまいました”
ぐらいで済ませそうだ。
黒田はわずかでも情報を求めて、普段子供たちが入れない施設へと向かった。
「すみません、だれがどの子かちょっと把握しきれてなくて」
申し訳なさそうにリネン室の管理人が答えた。しょうがないことだ。
基本的に同じ顔の少年なのだ。
黒田ですら同じ年頃の2人が眠っていたら見分けることはできない。
やがて、おずおずと職員の一人が手をあげた。彼はとても言いにくそうだった。
「朝方、子供が一人通ったんです。たぶん・・おねしょしたんだと思います。
布団を持ってました。私を見て泣きそうな顔をしたので、
物干しまで通してあげたんです。すいません・・・」
管理人がねちねちと彼に注意を始めた。
だが、黒田には関係のないことだ。礼を言い、リネン室を抜け、ベランダへ向かう。
はためく洗濯済みのタオルやシーツ。
その中で、不器用に物干しざおに引っ掛けられたズボンとパンツ。
そして干そうとして力が足りなかったのだろう、
床には真新しいシミのできた敷布団。
その横でのんきそうな寝顔を見せていたのは・・
エイイチだった。
タツオはこんなバカな実行力はない。
タツオはこんなに小さくない。
タツオは・・・
「おいっ」
黒田はエイイチを揺さぶり起こした。
「・・・ふあ、え? あれ、あ」
寝ぼけ眼でエイイチは周囲を見渡し、状況がわかっているのかわからないのか
いつもの愛想笑いを浮かべた。
「お前はなんでここにいる!」
「えー・・・うん・・・」
チラリとズボンとパンツ、布団を見る。言い逃れはしにくそうだ。
「あの・・・ごめんなさい・・・」
「なんでここにいるのか、と聞いているんだ!」
黒田の形相にエイイチは体を縮こまらせた。
いつもの叱責とは異なる本物の怒りを感じた。
つかまれた両腕が痛かった。押し付けられていたため背中に柵があたった。
「・・・また、タツオになすりつけたのか」
あの夜、目を覚ましたエイイチがタツオを示して難を逃れた、と黒田は考えた。
実際には違った。
迎えが来るだいぶ前に エイイチは冷たさで目を覚ました。
そしてそんな日はいつも、下を着替えて勝手にタツオの布団に潜り込んだ。
優しいタツオは朝、エイイチが隣に寝ていても笑って許してくれたのだ。
やがてやってきた外部からの侵入者は
どちらも下の段で寝ていたため 大きい方を連れて行ったのだ。
黒田の印象の通り、彼らはエイイチを連れて行っても”間違い”で済ませたことだろう。
「・・・タツオは死んだよ。お前のせいで」
「えっ?」
突然言われた友の訃報にエイイチは目を見開いた。
「お前のせいで、みんな死ぬ。
**べきなのは、お前なのに」
聞こえにくいがはっきりとした悪意がエイイチに向けられていた。
心臓の鼓動が早くなる。
「死ぬべきなのはお前なんだ!!」
黒田は柵にしたたかにエイイチを叩きつけた。
間の悪いことに、外れかけていたのだろう、柵の一部が外れた。
咄嗟にエイイチは空を手でかいた。
その手をつかんで、黒田は柵ごとエイイチをベランダから押し出した。
ベランダから地面までは3mほどの高さだった。
小さな体はコンクリートにしたたかに打ち付けられた。
エイイチは大学病院に搬送された。
命の火はまさに消えてしまいそうだったが
運の良かったことに彼が破損した臓器と同じものがちょうどあった。
そう、明け方きたばかりの・・・。
昏睡状態が続く中、耳だけが情報を集め続けた。
医師の声、看護師の声、物見高に見に来る患者。
目を覚ました彼は言った。
「ぼくはクローンなの?」
彼が意味を理解していたとは到底思えないが、
こうして彼の偽りの幸せに満ちた少年時代は終わりを告げたのだった。
初めて舞台に立つような興奮を伴う心地よい緊張だ。
うまく子供たちに説明しなくてはいけない。
”エイイチは遠くの病院に入院した”でよいだろうか。
そうだ!今日の授業でみなに手紙を書かせよう。いい手向けになるだろう。
この学院は20人ほどの子供を一人の教員がみるのだが、
そのグループごとの家屋は完全に分断されていた。
今なら解る。口裏を合わせてもボロは出やすい。一人の方が断然楽だ。
教壇に立ち、教室を見渡す。各々の席に座った生徒たちの中にエイイチの姿はない。
まぁ朝の会に全員が揃うことはあまり多くない。大体誰かしら遅刻をする。
やれ”トイレの順番が” ”朝ごはんをこぼして” ”〇〇が見当たらなくて”
子供は要領が悪いものだ。
出席簿をチェックしながら、遅刻者を見なかったか訪ねる。
「エイイチは朝から一度も見ていない」という子供たち声に
黒田はいいしれぬ満足感を感じた。
朝の会が終わり、黒田は証言をもとに遅刻者を探し始めた。
部屋で完全に寝ていた者、今だ朝食を食べていた者、
一人ずつ捕まえては叱責し準備をさせる。
エイイチとタツオの部屋を覗く。
誰もおらず、エイイチの寝具はすでに撤去されていた。
机にはなぜか皿。乱れたままのタツオの布団。
まだ着替えてはいないらしい、服はクローゼットにかかったままだ。
2階のトイレの一番奥、便秘がちなタツオはいつもここを指定席にしている。
「タツオ、まだかー?」
黒田は入り口から声をかけた が返事はない。
いつもは弱弱しい声で返事があるのだ。
キイッ
近づいてみるとトイレは空いていた。
初めて黒田は胸騒ぎを覚えた。しかしながらこういうことはよくあるのだ。
騒がしいエイイチに比べて、タツオは物静かで見つかりにくい。
どこかで入違ってしまったのだろう。捜索を打ち切り、授業に向かうことにした。
2時限目が終わってもタツオは姿を現さなかった。いよいよおかしい。
ーもしかしたら、タツオも連れていかれたのでは・・・
言い知れぬ不安が心をよぎった。それは十分ありえることに思えた。
あの非人道的なコーディネーターは”間違えて連れて行ってしまいました”
ぐらいで済ませそうだ。
黒田はわずかでも情報を求めて、普段子供たちが入れない施設へと向かった。
「すみません、だれがどの子かちょっと把握しきれてなくて」
申し訳なさそうにリネン室の管理人が答えた。しょうがないことだ。
基本的に同じ顔の少年なのだ。
黒田ですら同じ年頃の2人が眠っていたら見分けることはできない。
やがて、おずおずと職員の一人が手をあげた。彼はとても言いにくそうだった。
「朝方、子供が一人通ったんです。たぶん・・おねしょしたんだと思います。
布団を持ってました。私を見て泣きそうな顔をしたので、
物干しまで通してあげたんです。すいません・・・」
管理人がねちねちと彼に注意を始めた。
だが、黒田には関係のないことだ。礼を言い、リネン室を抜け、ベランダへ向かう。
はためく洗濯済みのタオルやシーツ。
その中で、不器用に物干しざおに引っ掛けられたズボンとパンツ。
そして干そうとして力が足りなかったのだろう、
床には真新しいシミのできた敷布団。
その横でのんきそうな寝顔を見せていたのは・・
エイイチだった。
タツオはこんなバカな実行力はない。
タツオはこんなに小さくない。
タツオは・・・
「おいっ」
黒田はエイイチを揺さぶり起こした。
「・・・ふあ、え? あれ、あ」
寝ぼけ眼でエイイチは周囲を見渡し、状況がわかっているのかわからないのか
いつもの愛想笑いを浮かべた。
「お前はなんでここにいる!」
「えー・・・うん・・・」
チラリとズボンとパンツ、布団を見る。言い逃れはしにくそうだ。
「あの・・・ごめんなさい・・・」
「なんでここにいるのか、と聞いているんだ!」
黒田の形相にエイイチは体を縮こまらせた。
いつもの叱責とは異なる本物の怒りを感じた。
つかまれた両腕が痛かった。押し付けられていたため背中に柵があたった。
「・・・また、タツオになすりつけたのか」
あの夜、目を覚ましたエイイチがタツオを示して難を逃れた、と黒田は考えた。
実際には違った。
迎えが来るだいぶ前に エイイチは冷たさで目を覚ました。
そしてそんな日はいつも、下を着替えて勝手にタツオの布団に潜り込んだ。
優しいタツオは朝、エイイチが隣に寝ていても笑って許してくれたのだ。
やがてやってきた外部からの侵入者は
どちらも下の段で寝ていたため 大きい方を連れて行ったのだ。
黒田の印象の通り、彼らはエイイチを連れて行っても”間違い”で済ませたことだろう。
「・・・タツオは死んだよ。お前のせいで」
「えっ?」
突然言われた友の訃報にエイイチは目を見開いた。
「お前のせいで、みんな死ぬ。
**べきなのは、お前なのに」
聞こえにくいがはっきりとした悪意がエイイチに向けられていた。
心臓の鼓動が早くなる。
「死ぬべきなのはお前なんだ!!」
黒田は柵にしたたかにエイイチを叩きつけた。
間の悪いことに、外れかけていたのだろう、柵の一部が外れた。
咄嗟にエイイチは空を手でかいた。
その手をつかんで、黒田は柵ごとエイイチをベランダから押し出した。
ベランダから地面までは3mほどの高さだった。
小さな体はコンクリートにしたたかに打ち付けられた。
エイイチは大学病院に搬送された。
命の火はまさに消えてしまいそうだったが
運の良かったことに彼が破損した臓器と同じものがちょうどあった。
そう、明け方きたばかりの・・・。
昏睡状態が続く中、耳だけが情報を集め続けた。
医師の声、看護師の声、物見高に見に来る患者。
目を覚ました彼は言った。
「ぼくはクローンなの?」
彼が意味を理解していたとは到底思えないが、
こうして彼の偽りの幸せに満ちた少年時代は終わりを告げたのだった。
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