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20 カイル①
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「……………♪」
「…ん?どうした?カイルが鼻唄なんて珍しいじゃねぇか。いや…聞いた事なかったが。何かいい事でもあったのか?」
「………ん。…あった。」
「わはは!そうか、お前のそんな顔は見たことがない!余程いい事だったんだろうな!!」
「ん。……人生で、一番いいこと…。嬉しい、幸せだった、かも。」
「ほう…?…血も涙もないうちの副団長殿がそうまで言うとは……一体何があった!?お前が笑うなんて…ものすごく気になるんだが!!」
「………団長になら、いいか。
…俺、女神に会った。」
「……はあ?」
「…女神。すごく美人で、でもすごく、可愛くて、優しくて、可愛い女神。
…セックスした。」
「………はああ!?おま、…え?カイル、お前、…女苦手じゃなかったか!!?」
「…苦手だけど、苦手でもない。」
「???…ちょっと待て、意味が分からん…!」
「…サイカは、苦手じゃない。…好き。」
「…はあああああ!?」
女の人は苦手。
ヒステリックで、何もしていないのに何かされたような事を言う。
俺みたいな醜い人間を一番嫌って、憎たらしい目で見ているのは男より女の人の方が顕著だと思う。
俺の母親がそうだった。
『…来るな……!化け物…!』
『…かあさん、』
『お前が…お前が私の子であるものかあああ!!
ヨハン…ヨハンはどこ…!?ヨハンはどこなの!!?』
『お、奥様…旦那様は視察で暫く留守にすると…、』
『…嫌よ!…わたくしも、わたくしも行くわ…!!
こんな化け物と一緒なんて、そんなの耐えられない…!!』
『か、かあさん、』
『まだ言うか……!!お前みたいな醜い子が…!!
社交の花と言われたわたくしの子であるわけがない…!!美しいわたくしの、子がっ……こんな、神に見放された化け物であるはずが……!!』
少しぽっちゃりとしていて目も奥二重な俺の母親は、美人と呼ばれる女性に当てはまる女だった。
子爵の家に生まれた母は社交界でかなりモテる女で、当時は社交の花と呼ばれるくらい貴族たちに人気があったらしい。
…らしいというのは俺を生んでからめっきり社交の場に行っていないらしいから、今がどうなのかは分からない。
母親が社交の場に行かない理由は“俺”。
美しい母親から醜い俺が生まれたことを周りの貴族たちに知られたくないし、噂されるのも耐えられないから。
生まれたばかりの頃のことは覚えていないけれど、俺は母親に抱かれた記憶が一切ない。
父親は一応、普通…には接してくれていると思う。
余り会いもしないし会話もしないけれど、一応は自分の子だから…だと思う。
会えば元気かと聞いてくるし、ちゃんと食べているか、欲しいものはあるか、勉強はしているか聞いてくる。
うんと頷けばそうかとだけ。
俺の周りには誰もいなかった。
『…可哀想とは思うけど……あれは仕方ないわね…』
『カイル様に乳をあげるのは苦痛だったわ…。』
『奥様もお可哀想に…でも気持ちは分かるかも…。』
『美しいとちやほやされていたらしいから余計にね…。』
父親は毎日忙しい。
母親は俺の顔を見るのも耐えがたい。
乳母も侍女も最低限しか俺の側にいない。
母親恋しさに何度か会いに行っても、俺の顔を見るなり罵倒して、手当たり次第物を投げつける。
まるで憎い仇を見るみたいに睨み付けてくる。
子供というのは純粋な生き物だ。
どんな酷いことを言われようがされようが、俺の中で母親は母親だった。
嫌われたくなくて、でも愛してほしくて。
投げつけられた花瓶で怪我をしても、熱湯の入ったポットを投げつけられて火傷しようとそれは変わらなかった。
でもある日、俺は限界を迎えた母親に殺されかける。
寝苦しさに目を開ければ、鬼の様な形相の母親が俺の首を絞めていた。
『…死ね……死んでしまえ、化け物…!
わたくしの汚点、生まれてきてはいけなかった…!
お前さえ……お前さえいなければ…わたくしはまた、…やり直せるのよ……!!』
そこまでこの人を苦しめていたのか。
大好きな母親に憎まれて、なら、死んでしまうのもいいかと思った。
『…ソフィア!!何をしている…!!』
『殺すのよ…!この化け物を殺して、もう一度やり直すの…!!
次はちゃんとした子を生むわ…!わたくしに似た、美しい子を生むの…!!大丈夫よヨハン、次はきっと上手くいくわ…!!』
『…馬鹿な…、お前は、醜いからと自分の腹から生んだ子を殺めるのか…!!自分の子を!!』
その言葉に正気を取り戻したのか、母親はわなわなと震えながら俺の首にかけていた手を離し泣き崩れた。
カイル、すまない、すまないと謝る父親。
この日を境に父親と母親の間には修復不可能な亀裂が入る。
母親は俺を見ても罵倒する事も物を投げつける事もなくなったが生気を無くしたように部屋に引きこもるようになった。
父親はそんな母親にどう接すればいいか分からず、以前にも増して領地の仕事に没頭する。
俺も、前以上に一人でいる事が多くなった。
言葉も交わす事なく、一人で本を読んだり、木刀で素振りをしたり。
そんな生活が三年続き、俺が七歳を迎えた頃、父親にもう一人の妻が出来た。
母親とは違い、素朴な女で、でも温厚そうな人柄のその女もまた、俺を見ると顔をしかめてしまう。
『…こ、これから家族として…宜しくお願いしますね…。』
『………うん。』
建前でそう言っているのはすぐに分かった。
顔は青ざめ、明らかに無理をしているのが分かったから、なるべく姿を見せないようにした。
それから一年と立たず二人の間には子が出来て、俺に弟が出来た。
二人目の母親は決して俺に自分の子を近付けようとはせず、腕の中で大切に守っていた。
自分の母親によしよしと頭を撫でられている弟。
その光景が何故か、酷く羨ましくて。
俺は母親に会いに行った。
『………。』
『………。』
開けたドアの隙間から覗く俺に気付いた母親は、一瞬だけ俺を見て…興味を無くしたように窓の外へ目を向ける。
恐らく、父親かもしれないと思ったんだろう。
決して俺を写さないその目が悲しかったのを覚えている。
そして俺が十一を迎える頃、母親は死んだ。
最後の最後まで、俺の名前すら呼んでくれない母だった。
『兄さま、兄さま!アレクと遊んで下さい!』
『………俺と遊んだら…お義母さんに怒られるよ。』
『怒りませんよ!』
『………そう。』
弟、アレクは溌剌とした子供に育っていた。
父親はどうか知らないけれど、醜くもなく普通の容姿で生まれた弟はあの温厚そうな母親に愛され、使用人たちからも可愛がられ、残酷なくらい純粋で、人懐っこい子供に成長していた。
『どうして皆、兄さまと遊んじゃダメって言うんでしょう。』
『………醜いから。』
『?でも、兄さまは僕の兄さまですよね?みにくいとダメなんですか?なんで?
父さまは僕が兄さまと遊びたいって言ったら、遊びなさいって言ってくれますよ?』
『………そう。』
弟は周りの反対も気にせず僕の周りを付きまとった。
今思えばある程度周りの態度が理解出来るようになってからは同情もあったんだと思う。
弟は普通に生きて、普通に周りの子供たちとも遊んで、普通に恋も出来たけれど、俺は自分の人生なのに思う様に生きることが出来ないでいた。
余り人と話さないから、言葉も流暢に出ない。
家を継ぐ気はなかった。こんな俺じゃなくて、弟の方がずっと相応しい。
そんな考えがずっとあって、俺は初めて、父親に剣を習いたいと頼んだ。
『…剣、習いたい。…強くなって、騎士に、なる。』
『……騎士に…?』
『…そう。跡継ぎは、アレクの方がいい。
俺より、優秀。人付き合いも、いい。』
『……しかし…』
『…俺には、無理。騎士になりたい。…籍、抜いても…いい。』
『…そんな訳にいくか。お前を追い出すような真似はしない!』
『…そんなこと、思ってない。……でも、俺は、家…継ぎたくない。話し方も、こんなで…。』
『……分かった。好きにしなさい…。
…カイル。お前には、…辛い思いをさせてきた…だが、…お前も、俺の息子だ…ちゃんと、そう思っている…。』
『…ん、ありがと。』
十三になって、剣を習い始めた。
最初は走り込みや筋肉をつける為のトレーニングばかりで、打ち込みはやらせて貰えなかった。
でも、走り込みやトレーニングをして、沢山食べるようになってからぐんぐん体が成長して、一年経つ頃には父親の背も抜くくらいになっていた。
体力も剣を持つ力もついて、俺に剣を教えてくれた先生にも誉められるようになった。
そして騎士見習いになれる十五になって、俺は家を出て騎士寮で暮らす決意をした。
父親は何も言わなかったけれど、弟は反対した。
『どうして!兄様が騎士!?父様の跡は兄様が継ぐものとばかり…!』
『……いや、どう考えても、無理だから…』
『兄様は勉強だって僕より出来たじゃないですか!
そりゃここ二年…剣の稽古をし出したから…おかしいなとは思ってましたけど…。』
『…騎士に、なりたい。…どうしても。』
『……僕の…せい、ですか…?僕が…』
『違う。……でも、アレクは、俺よりずっと、優秀。』
『そんな、』
『…領地、治める…大変。人、大切。
…アレク、皆に慕われてる…向いてる。』
『……兄様…。』
『…子供の頃から…アレク、周りに人、呼ぶ…その力、ある。
アレクは、明るい…優しい、…平等に、接する。
…俺は、アレクに……父さんの跡、継いでほしい。』
俺が跡を継ぐより全然いい。そう素直に思った。
アレクは子供の頃から変わらない。
明るくて人懐っこい。すぐ友達が出来て、それが貴族とか平民とか、綺麗とか不細工とか関係なく接することが出来る。
アレクは人を大切にするから、周りもアレクが大切。
アレクは人をたらしこむ天才だった。
醜くて、人の寄り付かない俺とは違う。
実の母親にさえ、化け物呼ばわりされ愛されなかった俺とは、全く違う。
誰からも愛されるアレクを羨ましいと、恨めしいと思った事も何度もあったけれど、でも俺にも優しかった弟を恨みたくない。
自分に出来る事を探して、生きていたかった。
それが騎士になろうと思ったきっかけでもある。
『…兄様は、いつだって僕の自慢の兄様だからね。
兄様の家はここだからね?ちゃんと休みの時は帰ってきて、顔を見せてよ。
父様だって、本当はそう思ってる。』
『…ん。ありがと。』
でも実際、見習いの時期は厳しい日々だった。
見習いの仕事はトレーニングや手合わせだけじゃない。
先輩たちの補佐や寮の雑用、その全てを当番制で行う。
それから騎士見習いになっても、俺は周りから嫌われものだった。
『おい、化け物。便所の掃除全部お前がやっとけよ。』
『この書類、明日までに全部やれ。俺、飲みに行ってくるから頼んだわ。』
『うげ、醜いなあお前。お前と一緒の部屋とか…無理なんだけど…』
同僚の見習いたちも、指導をする先輩騎士も、俺が気にくわないのかあからさまな態度だったし、他の見習いの倍近い雑用を押し付けられたりもした。
酷い時は木刀じゃなく真剣で訓練する事も。
『剣術習ってたんだって?じゃあ…模擬戦してやるよ。
俺もな、一般兵から騎士になった苦労がある。
お遊びじゃ騎士は務まらないって、貴族の坊っちゃんに分からせるのも俺たちの努めだからな。』
手合わせは先生と何度もした事はあるけれど、実践に近い形は初めてだった。
対面するとあの時の…俺の首を絞めた母親のような顔で俺を睨んでいる。
実践経験の差が勝敗の決め手だった。
俺は受け止めるのに精一杯で、攻撃する事も出来なくて。
そうして何度も切りつけられ体中傷だらけになっていく。
体だけでなく、心も疲弊していったけれど、でも家に戻るつもりはなかった。
俺がいても邪魔になるだけ。父親と弟に気を使わせてしまうだけ。
今さら戻って厄介になるのだけは嫌だったし、こんな下らない人間たちにいいように言われ、やられっぱなしなのも嫌だった。
寝る間も惜しんで体を鍛えた。
素振りも人の倍して、文句を言われない様に雑用もやった。
そうして一年、苦痛に耐えると慣れてきて、模擬戦でも勝てる事が多くなってきた。
毎日やる事が沢山あって、家に連絡も出来なかったけれど、無事騎士になってから初めて参加した賊の討伐で手柄を立てた俺は周りから一目置かれる存在になっていた。
誰よりも多く敵を捕らえて、斬って、斬って、斬りまくった。
『…名前は?』
『……カイル・ディアストロ。』
『…ディアストロ……ディアストロ伯爵家の人間か!…あそこは騎士の出ではなかったが…こんな優秀な人材がいたとは…。』
『……。』
『…カイル、お前昇進しねえか?
お前の討伐人数、もう百を超えてんだ。
騎士になって半年でこの人数…一気に昇進してもおかしくない。』
『……周りが黙ってない。俺、こんな見た目、だし。』
『そんなもん関係ねぇよ。騎士に見目なんざ関係ない。実力が全てだろ?
見目の良し悪しで誰かを守れるかっての。』
『…それも…そうだ。』
『…お前ならすぐ…上にいくだろうさ。
…なら、周りも下らねえ事は言わなくなる。一石二鳥ってやつだな!わはは!』
『……じゃあ、頑張る。』
『おう、お前には期待してんだ!俺の隣に立てるようになれ!なら、誰からも文句は言われねえからな!俺もそうだった!』
団長に目をかけてもらったのは転機だったと思う。
貧しい生まれで育った団長は兵士から騎士へ成り上がった強者だった。
俺とはまた違った意味で嫌がらせを受けていたみたいで、俺の存在を知ってから気にかけていてくれたらしい。
もっと手柄が立てられるように頑張って、少しずつ周りに認められていって、普通に接してくれる人間も増えて、小隊長、部隊長と昇進して…そしていつの間にか団長の隣に立ってた。
『思ってたより全然早かったな!!
たった六年で副団長…末恐ろしい奴だよ本当。』
『…頑張った。あいつら、見返した。』
『わははは!だな!まあいいじゃねえか。見目や身分で自分の方が勝ってるって勘違いしてる内は上になんか行けねぇよ!
一生その場で地団駄踏んでなって感じだな!』
『…ん。』
この国は大きな国だから、よっぽどの事がない限り他国と戦にはならない。
でも大きな国だから、害獣被害や盗賊なんかも沢山出る。
騎士っていう仕事は俺にとって遣り甲斐がある仕事だった。
団長を補佐するようになって書類仕事は増えたけど、でもそれほど億劫でもない。
今の皇帝陛下になってから、陛下付きの護衛にまで昇進する事が出来た。
俺に後ろめたさを感じていた父親も弟も安心してくれて、すごいと誉めてもくれた。
屋敷の人間も全く俺に興味がなかった…いや、嫌っていたはずなのに、立ち寄ってみれば手の平を返した様に賛辞してくる。二番目の母親もそうだった。
認められて嬉しいような、そうでないような。もやもやとする気持ち。
あれだけ醜い、近付きたくない、そんな態度だった周りが少し変わって、嬉しいはずなのに嬉しくない。そんな気持ちだった。
だけど俺が偉くなって変わる人間もいれば変わらない人間だっている。
陛下に付き添った国境近くの町では、何もしていないのに悲鳴を上げられたり…やっぱりこの容姿に嫌悪する人間は多い。女の人は特に。
商売女たちも他の騎士たちには寄っといでと手招きするけど、俺を見れば来るなと言わんばかりの目付きになる。
男の方がまだいい。まだ直接当たってくれる方がいい。
女の人は苦手だ。ヒステリックで、何もしてないのにまるで俺に襲われたみたいに体を縮こませ青ざめる。
顔をしかめてひそひそと嫌な事ばかり言って、そのくせ目が合えば誤魔化すように目を反らす。女の人は男より面倒くさい。だから苦手だった。
団長に無理矢理連れて行かされた娼館でもそう。何処に行っても、皆同じような態度。
そんなある日の事だった。
『兄様!やっと会えた!!』
『…アレク?』
『兄様が家に顔を見せないから騎士寮に面会に来たんです!
でも兄様はいなくて。で、たまたま団長さんに会えて、近々戻ってくるはずだって聞いて、待ち伏せてたんですよ!
僕が結婚してから一度も帰って来てくれてないじゃないですか!
奥さんを紹介したいって何度も手紙を送っているのに…!』
『……ごめん。忙しくて。』
『…それだけじゃないでしょう…?』
『……まあ、…うん。』
三年前に結婚した弟からは何度も手紙が来ていた。
結婚する前から、結婚しようと思うから紹介したい、都合のいい時に家に来てほしい、彼女は優しい人だからと…何度も何度も。
だけど、会う気にはなれなかった。温厚そうな二番目の母親も、優しい女だと思う。建前でも宜しくと言ってくれた女だ。
だけど、本心では違う。俺の顔を見て、容姿を見て青ざめた顔。
生まれた弟に俺が近づかないように警戒していたこと。
優しくても、嫌悪はする。その顔を見て嫌な気持ちになりたくなかった。なら、別に無理してお互い会わなくてもいいんじゃないかって。
正直に弟に伝えた。どんな優しい女でも、態度は隠せない。
会えば怯え、青ざめてしまう。
口では宜しくと言えても、顔に出てしまう。
なら俺は会わない方がいいに決まってる。
『……ごめん、兄様の気持ちを考えず…紹介したいって突っ走って…。』
『……ううん。…本当は、アレクのほうが、正しい。…家族に、なるんだから、会うの、当然…。…でも、…ごめん。』
『ううん、いいよ。兄様が会ってもいいって思った時で。
……だけど兄様、…兄様はどうするんですか…?』
『……?』
『…僕は兄様にもいい女を見つけて…幸せになってほしいって、そう思ってます。他が何と言おうと、兄様は自慢の兄様です。
……それで…兄様には…いいなって思う人は…いますか?』
『……ううん。いない。』
『……えっと、失礼な事聞くけど……女性に興味がない…とか、』
『……興味はあるよ。男だから。セックスだってしたいし…結婚も、出来ればしたい…と、思う。』
『!!よかった…。じゃあ、じゃあさ、娼館へ行ってみるのはどう!?』
『…行ったことはある。……全部、門前払い…だった、けど。』
『…それいつの話…?』
『…そんな前…じゃない。…ここ一年くらいにも、花街…行ったし…。
昨日まで…居た町にも、娼館、あったから…。行ってみたけど、駄目…。』
『…あのね兄様、…月光館っていう娼館に…』
弟から聞いた話は少し吃驚する内容だった。
俺みたいな、醜い人間を専門に売り出している娼婦が月光館という娼館にいる。
金額は馬鹿みたいに高い、大金貨一枚以上。他の客からすれば誰が出すんだそんな大金っていう金額だけど…なるほど、理解は出来る。
だって俺みたいな容姿の人間はどこの娼婦にも相手をしたくない、されない人間だから。
言ってしまえば大金貨くらいの大金を積まないとやってられないんだろう。
『…大金貨…高いけど支払えるでしょう?』
『……払える…けど。』
『どうせ兄様のことだから、お金も使わないままで貯まっていくんでしょう?なら、ものは試しに…一回行ってみればいいじゃないですか。』
『………。』
『…その月光館のオーナーは、信用できる人なんです。醜いからって人を騙すような商売はしてない。僕も一度会った事があるので、保証します。』
『……ん。分かった。』
じゃあ早速行きましょう!団長さんにも聞きましたし、この後は予定ないですよね!と弟に引っ張られ花街へ。
月光館へ着くと弟はオーナーに挨拶して帰っていき、残された俺は妙にそわそわした気持ちだった。
何てたって初めて娼館の中に入ったから。
『ようこそ、月光館へ。オーナーのキリムと申します。』
『……カイル・ディアストロ…。』
『カイル様ですね。…これからカイル様が買う娼婦がどんな娼婦かは…』
『…ん。アレクから、聞いた。…俺みたいな、醜い容姿の男…相手してくれるって、』
『はい。…ふふ、そう警戒しなくても大丈夫です。
彼女は貴方様を嫌悪しない。きっと笑顔で受け入れてくれるでしょう。』
『……笑顔…?』
『ええ。これからカイル様が買う娼婦は、誰よりも優しい娘です。
失礼ではありますが、カイル様の様な方の容姿にも臆する事はありません。サイカはカイル様にお会いしても、嫌な顔一つしないでしょう。大丈夫です。きっと、心からご満足頂けますよ。』
『……そう。』
でも、馬鹿高い金額を取るんだろうと、そう思った。
きっとこれから俺が買う娼婦は、俺と同じく醜い容姿で、客が取れず困っている人間だと、勝手にそう思っていた。
でも、何だっていい。きっとお互い様だろう。俺だって、欲を言えば醜女より普通の女がいい。そう、俺も、周りと変わらないんだ。選べないから、与えられたもので妥協するしかない。
きっとこの場の逃せば、セックスも経験出来ない。
『ようこそおいで下さりました。
私は月光館の娼婦、サイカと申します。
本日は、私をお相手に選んで下さり…誠に有難う存じます。』
『………ん、…ああ。…顔を上げて。』
『有難う存じます。』
『!!!』
それがまさか。てっきり醜女が相手かと思っていたのに、こんなに可愛い、綺麗な女が俺を迎えてくれるだなんて思わないじゃないか。
「…ん?どうした?カイルが鼻唄なんて珍しいじゃねぇか。いや…聞いた事なかったが。何かいい事でもあったのか?」
「………ん。…あった。」
「わはは!そうか、お前のそんな顔は見たことがない!余程いい事だったんだろうな!!」
「ん。……人生で、一番いいこと…。嬉しい、幸せだった、かも。」
「ほう…?…血も涙もないうちの副団長殿がそうまで言うとは……一体何があった!?お前が笑うなんて…ものすごく気になるんだが!!」
「………団長になら、いいか。
…俺、女神に会った。」
「……はあ?」
「…女神。すごく美人で、でもすごく、可愛くて、優しくて、可愛い女神。
…セックスした。」
「………はああ!?おま、…え?カイル、お前、…女苦手じゃなかったか!!?」
「…苦手だけど、苦手でもない。」
「???…ちょっと待て、意味が分からん…!」
「…サイカは、苦手じゃない。…好き。」
「…はあああああ!?」
女の人は苦手。
ヒステリックで、何もしていないのに何かされたような事を言う。
俺みたいな醜い人間を一番嫌って、憎たらしい目で見ているのは男より女の人の方が顕著だと思う。
俺の母親がそうだった。
『…来るな……!化け物…!』
『…かあさん、』
『お前が…お前が私の子であるものかあああ!!
ヨハン…ヨハンはどこ…!?ヨハンはどこなの!!?』
『お、奥様…旦那様は視察で暫く留守にすると…、』
『…嫌よ!…わたくしも、わたくしも行くわ…!!
こんな化け物と一緒なんて、そんなの耐えられない…!!』
『か、かあさん、』
『まだ言うか……!!お前みたいな醜い子が…!!
社交の花と言われたわたくしの子であるわけがない…!!美しいわたくしの、子がっ……こんな、神に見放された化け物であるはずが……!!』
少しぽっちゃりとしていて目も奥二重な俺の母親は、美人と呼ばれる女性に当てはまる女だった。
子爵の家に生まれた母は社交界でかなりモテる女で、当時は社交の花と呼ばれるくらい貴族たちに人気があったらしい。
…らしいというのは俺を生んでからめっきり社交の場に行っていないらしいから、今がどうなのかは分からない。
母親が社交の場に行かない理由は“俺”。
美しい母親から醜い俺が生まれたことを周りの貴族たちに知られたくないし、噂されるのも耐えられないから。
生まれたばかりの頃のことは覚えていないけれど、俺は母親に抱かれた記憶が一切ない。
父親は一応、普通…には接してくれていると思う。
余り会いもしないし会話もしないけれど、一応は自分の子だから…だと思う。
会えば元気かと聞いてくるし、ちゃんと食べているか、欲しいものはあるか、勉強はしているか聞いてくる。
うんと頷けばそうかとだけ。
俺の周りには誰もいなかった。
『…可哀想とは思うけど……あれは仕方ないわね…』
『カイル様に乳をあげるのは苦痛だったわ…。』
『奥様もお可哀想に…でも気持ちは分かるかも…。』
『美しいとちやほやされていたらしいから余計にね…。』
父親は毎日忙しい。
母親は俺の顔を見るのも耐えがたい。
乳母も侍女も最低限しか俺の側にいない。
母親恋しさに何度か会いに行っても、俺の顔を見るなり罵倒して、手当たり次第物を投げつける。
まるで憎い仇を見るみたいに睨み付けてくる。
子供というのは純粋な生き物だ。
どんな酷いことを言われようがされようが、俺の中で母親は母親だった。
嫌われたくなくて、でも愛してほしくて。
投げつけられた花瓶で怪我をしても、熱湯の入ったポットを投げつけられて火傷しようとそれは変わらなかった。
でもある日、俺は限界を迎えた母親に殺されかける。
寝苦しさに目を開ければ、鬼の様な形相の母親が俺の首を絞めていた。
『…死ね……死んでしまえ、化け物…!
わたくしの汚点、生まれてきてはいけなかった…!
お前さえ……お前さえいなければ…わたくしはまた、…やり直せるのよ……!!』
そこまでこの人を苦しめていたのか。
大好きな母親に憎まれて、なら、死んでしまうのもいいかと思った。
『…ソフィア!!何をしている…!!』
『殺すのよ…!この化け物を殺して、もう一度やり直すの…!!
次はちゃんとした子を生むわ…!わたくしに似た、美しい子を生むの…!!大丈夫よヨハン、次はきっと上手くいくわ…!!』
『…馬鹿な…、お前は、醜いからと自分の腹から生んだ子を殺めるのか…!!自分の子を!!』
その言葉に正気を取り戻したのか、母親はわなわなと震えながら俺の首にかけていた手を離し泣き崩れた。
カイル、すまない、すまないと謝る父親。
この日を境に父親と母親の間には修復不可能な亀裂が入る。
母親は俺を見ても罵倒する事も物を投げつける事もなくなったが生気を無くしたように部屋に引きこもるようになった。
父親はそんな母親にどう接すればいいか分からず、以前にも増して領地の仕事に没頭する。
俺も、前以上に一人でいる事が多くなった。
言葉も交わす事なく、一人で本を読んだり、木刀で素振りをしたり。
そんな生活が三年続き、俺が七歳を迎えた頃、父親にもう一人の妻が出来た。
母親とは違い、素朴な女で、でも温厚そうな人柄のその女もまた、俺を見ると顔をしかめてしまう。
『…こ、これから家族として…宜しくお願いしますね…。』
『………うん。』
建前でそう言っているのはすぐに分かった。
顔は青ざめ、明らかに無理をしているのが分かったから、なるべく姿を見せないようにした。
それから一年と立たず二人の間には子が出来て、俺に弟が出来た。
二人目の母親は決して俺に自分の子を近付けようとはせず、腕の中で大切に守っていた。
自分の母親によしよしと頭を撫でられている弟。
その光景が何故か、酷く羨ましくて。
俺は母親に会いに行った。
『………。』
『………。』
開けたドアの隙間から覗く俺に気付いた母親は、一瞬だけ俺を見て…興味を無くしたように窓の外へ目を向ける。
恐らく、父親かもしれないと思ったんだろう。
決して俺を写さないその目が悲しかったのを覚えている。
そして俺が十一を迎える頃、母親は死んだ。
最後の最後まで、俺の名前すら呼んでくれない母だった。
『兄さま、兄さま!アレクと遊んで下さい!』
『………俺と遊んだら…お義母さんに怒られるよ。』
『怒りませんよ!』
『………そう。』
弟、アレクは溌剌とした子供に育っていた。
父親はどうか知らないけれど、醜くもなく普通の容姿で生まれた弟はあの温厚そうな母親に愛され、使用人たちからも可愛がられ、残酷なくらい純粋で、人懐っこい子供に成長していた。
『どうして皆、兄さまと遊んじゃダメって言うんでしょう。』
『………醜いから。』
『?でも、兄さまは僕の兄さまですよね?みにくいとダメなんですか?なんで?
父さまは僕が兄さまと遊びたいって言ったら、遊びなさいって言ってくれますよ?』
『………そう。』
弟は周りの反対も気にせず僕の周りを付きまとった。
今思えばある程度周りの態度が理解出来るようになってからは同情もあったんだと思う。
弟は普通に生きて、普通に周りの子供たちとも遊んで、普通に恋も出来たけれど、俺は自分の人生なのに思う様に生きることが出来ないでいた。
余り人と話さないから、言葉も流暢に出ない。
家を継ぐ気はなかった。こんな俺じゃなくて、弟の方がずっと相応しい。
そんな考えがずっとあって、俺は初めて、父親に剣を習いたいと頼んだ。
『…剣、習いたい。…強くなって、騎士に、なる。』
『……騎士に…?』
『…そう。跡継ぎは、アレクの方がいい。
俺より、優秀。人付き合いも、いい。』
『……しかし…』
『…俺には、無理。騎士になりたい。…籍、抜いても…いい。』
『…そんな訳にいくか。お前を追い出すような真似はしない!』
『…そんなこと、思ってない。……でも、俺は、家…継ぎたくない。話し方も、こんなで…。』
『……分かった。好きにしなさい…。
…カイル。お前には、…辛い思いをさせてきた…だが、…お前も、俺の息子だ…ちゃんと、そう思っている…。』
『…ん、ありがと。』
十三になって、剣を習い始めた。
最初は走り込みや筋肉をつける為のトレーニングばかりで、打ち込みはやらせて貰えなかった。
でも、走り込みやトレーニングをして、沢山食べるようになってからぐんぐん体が成長して、一年経つ頃には父親の背も抜くくらいになっていた。
体力も剣を持つ力もついて、俺に剣を教えてくれた先生にも誉められるようになった。
そして騎士見習いになれる十五になって、俺は家を出て騎士寮で暮らす決意をした。
父親は何も言わなかったけれど、弟は反対した。
『どうして!兄様が騎士!?父様の跡は兄様が継ぐものとばかり…!』
『……いや、どう考えても、無理だから…』
『兄様は勉強だって僕より出来たじゃないですか!
そりゃここ二年…剣の稽古をし出したから…おかしいなとは思ってましたけど…。』
『…騎士に、なりたい。…どうしても。』
『……僕の…せい、ですか…?僕が…』
『違う。……でも、アレクは、俺よりずっと、優秀。』
『そんな、』
『…領地、治める…大変。人、大切。
…アレク、皆に慕われてる…向いてる。』
『……兄様…。』
『…子供の頃から…アレク、周りに人、呼ぶ…その力、ある。
アレクは、明るい…優しい、…平等に、接する。
…俺は、アレクに……父さんの跡、継いでほしい。』
俺が跡を継ぐより全然いい。そう素直に思った。
アレクは子供の頃から変わらない。
明るくて人懐っこい。すぐ友達が出来て、それが貴族とか平民とか、綺麗とか不細工とか関係なく接することが出来る。
アレクは人を大切にするから、周りもアレクが大切。
アレクは人をたらしこむ天才だった。
醜くて、人の寄り付かない俺とは違う。
実の母親にさえ、化け物呼ばわりされ愛されなかった俺とは、全く違う。
誰からも愛されるアレクを羨ましいと、恨めしいと思った事も何度もあったけれど、でも俺にも優しかった弟を恨みたくない。
自分に出来る事を探して、生きていたかった。
それが騎士になろうと思ったきっかけでもある。
『…兄様は、いつだって僕の自慢の兄様だからね。
兄様の家はここだからね?ちゃんと休みの時は帰ってきて、顔を見せてよ。
父様だって、本当はそう思ってる。』
『…ん。ありがと。』
でも実際、見習いの時期は厳しい日々だった。
見習いの仕事はトレーニングや手合わせだけじゃない。
先輩たちの補佐や寮の雑用、その全てを当番制で行う。
それから騎士見習いになっても、俺は周りから嫌われものだった。
『おい、化け物。便所の掃除全部お前がやっとけよ。』
『この書類、明日までに全部やれ。俺、飲みに行ってくるから頼んだわ。』
『うげ、醜いなあお前。お前と一緒の部屋とか…無理なんだけど…』
同僚の見習いたちも、指導をする先輩騎士も、俺が気にくわないのかあからさまな態度だったし、他の見習いの倍近い雑用を押し付けられたりもした。
酷い時は木刀じゃなく真剣で訓練する事も。
『剣術習ってたんだって?じゃあ…模擬戦してやるよ。
俺もな、一般兵から騎士になった苦労がある。
お遊びじゃ騎士は務まらないって、貴族の坊っちゃんに分からせるのも俺たちの努めだからな。』
手合わせは先生と何度もした事はあるけれど、実践に近い形は初めてだった。
対面するとあの時の…俺の首を絞めた母親のような顔で俺を睨んでいる。
実践経験の差が勝敗の決め手だった。
俺は受け止めるのに精一杯で、攻撃する事も出来なくて。
そうして何度も切りつけられ体中傷だらけになっていく。
体だけでなく、心も疲弊していったけれど、でも家に戻るつもりはなかった。
俺がいても邪魔になるだけ。父親と弟に気を使わせてしまうだけ。
今さら戻って厄介になるのだけは嫌だったし、こんな下らない人間たちにいいように言われ、やられっぱなしなのも嫌だった。
寝る間も惜しんで体を鍛えた。
素振りも人の倍して、文句を言われない様に雑用もやった。
そうして一年、苦痛に耐えると慣れてきて、模擬戦でも勝てる事が多くなってきた。
毎日やる事が沢山あって、家に連絡も出来なかったけれど、無事騎士になってから初めて参加した賊の討伐で手柄を立てた俺は周りから一目置かれる存在になっていた。
誰よりも多く敵を捕らえて、斬って、斬って、斬りまくった。
『…名前は?』
『……カイル・ディアストロ。』
『…ディアストロ……ディアストロ伯爵家の人間か!…あそこは騎士の出ではなかったが…こんな優秀な人材がいたとは…。』
『……。』
『…カイル、お前昇進しねえか?
お前の討伐人数、もう百を超えてんだ。
騎士になって半年でこの人数…一気に昇進してもおかしくない。』
『……周りが黙ってない。俺、こんな見た目、だし。』
『そんなもん関係ねぇよ。騎士に見目なんざ関係ない。実力が全てだろ?
見目の良し悪しで誰かを守れるかっての。』
『…それも…そうだ。』
『…お前ならすぐ…上にいくだろうさ。
…なら、周りも下らねえ事は言わなくなる。一石二鳥ってやつだな!わはは!』
『……じゃあ、頑張る。』
『おう、お前には期待してんだ!俺の隣に立てるようになれ!なら、誰からも文句は言われねえからな!俺もそうだった!』
団長に目をかけてもらったのは転機だったと思う。
貧しい生まれで育った団長は兵士から騎士へ成り上がった強者だった。
俺とはまた違った意味で嫌がらせを受けていたみたいで、俺の存在を知ってから気にかけていてくれたらしい。
もっと手柄が立てられるように頑張って、少しずつ周りに認められていって、普通に接してくれる人間も増えて、小隊長、部隊長と昇進して…そしていつの間にか団長の隣に立ってた。
『思ってたより全然早かったな!!
たった六年で副団長…末恐ろしい奴だよ本当。』
『…頑張った。あいつら、見返した。』
『わははは!だな!まあいいじゃねえか。見目や身分で自分の方が勝ってるって勘違いしてる内は上になんか行けねぇよ!
一生その場で地団駄踏んでなって感じだな!』
『…ん。』
この国は大きな国だから、よっぽどの事がない限り他国と戦にはならない。
でも大きな国だから、害獣被害や盗賊なんかも沢山出る。
騎士っていう仕事は俺にとって遣り甲斐がある仕事だった。
団長を補佐するようになって書類仕事は増えたけど、でもそれほど億劫でもない。
今の皇帝陛下になってから、陛下付きの護衛にまで昇進する事が出来た。
俺に後ろめたさを感じていた父親も弟も安心してくれて、すごいと誉めてもくれた。
屋敷の人間も全く俺に興味がなかった…いや、嫌っていたはずなのに、立ち寄ってみれば手の平を返した様に賛辞してくる。二番目の母親もそうだった。
認められて嬉しいような、そうでないような。もやもやとする気持ち。
あれだけ醜い、近付きたくない、そんな態度だった周りが少し変わって、嬉しいはずなのに嬉しくない。そんな気持ちだった。
だけど俺が偉くなって変わる人間もいれば変わらない人間だっている。
陛下に付き添った国境近くの町では、何もしていないのに悲鳴を上げられたり…やっぱりこの容姿に嫌悪する人間は多い。女の人は特に。
商売女たちも他の騎士たちには寄っといでと手招きするけど、俺を見れば来るなと言わんばかりの目付きになる。
男の方がまだいい。まだ直接当たってくれる方がいい。
女の人は苦手だ。ヒステリックで、何もしてないのにまるで俺に襲われたみたいに体を縮こませ青ざめる。
顔をしかめてひそひそと嫌な事ばかり言って、そのくせ目が合えば誤魔化すように目を反らす。女の人は男より面倒くさい。だから苦手だった。
団長に無理矢理連れて行かされた娼館でもそう。何処に行っても、皆同じような態度。
そんなある日の事だった。
『兄様!やっと会えた!!』
『…アレク?』
『兄様が家に顔を見せないから騎士寮に面会に来たんです!
でも兄様はいなくて。で、たまたま団長さんに会えて、近々戻ってくるはずだって聞いて、待ち伏せてたんですよ!
僕が結婚してから一度も帰って来てくれてないじゃないですか!
奥さんを紹介したいって何度も手紙を送っているのに…!』
『……ごめん。忙しくて。』
『…それだけじゃないでしょう…?』
『……まあ、…うん。』
三年前に結婚した弟からは何度も手紙が来ていた。
結婚する前から、結婚しようと思うから紹介したい、都合のいい時に家に来てほしい、彼女は優しい人だからと…何度も何度も。
だけど、会う気にはなれなかった。温厚そうな二番目の母親も、優しい女だと思う。建前でも宜しくと言ってくれた女だ。
だけど、本心では違う。俺の顔を見て、容姿を見て青ざめた顔。
生まれた弟に俺が近づかないように警戒していたこと。
優しくても、嫌悪はする。その顔を見て嫌な気持ちになりたくなかった。なら、別に無理してお互い会わなくてもいいんじゃないかって。
正直に弟に伝えた。どんな優しい女でも、態度は隠せない。
会えば怯え、青ざめてしまう。
口では宜しくと言えても、顔に出てしまう。
なら俺は会わない方がいいに決まってる。
『……ごめん、兄様の気持ちを考えず…紹介したいって突っ走って…。』
『……ううん。…本当は、アレクのほうが、正しい。…家族に、なるんだから、会うの、当然…。…でも、…ごめん。』
『ううん、いいよ。兄様が会ってもいいって思った時で。
……だけど兄様、…兄様はどうするんですか…?』
『……?』
『…僕は兄様にもいい女を見つけて…幸せになってほしいって、そう思ってます。他が何と言おうと、兄様は自慢の兄様です。
……それで…兄様には…いいなって思う人は…いますか?』
『……ううん。いない。』
『……えっと、失礼な事聞くけど……女性に興味がない…とか、』
『……興味はあるよ。男だから。セックスだってしたいし…結婚も、出来ればしたい…と、思う。』
『!!よかった…。じゃあ、じゃあさ、娼館へ行ってみるのはどう!?』
『…行ったことはある。……全部、門前払い…だった、けど。』
『…それいつの話…?』
『…そんな前…じゃない。…ここ一年くらいにも、花街…行ったし…。
昨日まで…居た町にも、娼館、あったから…。行ってみたけど、駄目…。』
『…あのね兄様、…月光館っていう娼館に…』
弟から聞いた話は少し吃驚する内容だった。
俺みたいな、醜い人間を専門に売り出している娼婦が月光館という娼館にいる。
金額は馬鹿みたいに高い、大金貨一枚以上。他の客からすれば誰が出すんだそんな大金っていう金額だけど…なるほど、理解は出来る。
だって俺みたいな容姿の人間はどこの娼婦にも相手をしたくない、されない人間だから。
言ってしまえば大金貨くらいの大金を積まないとやってられないんだろう。
『…大金貨…高いけど支払えるでしょう?』
『……払える…けど。』
『どうせ兄様のことだから、お金も使わないままで貯まっていくんでしょう?なら、ものは試しに…一回行ってみればいいじゃないですか。』
『………。』
『…その月光館のオーナーは、信用できる人なんです。醜いからって人を騙すような商売はしてない。僕も一度会った事があるので、保証します。』
『……ん。分かった。』
じゃあ早速行きましょう!団長さんにも聞きましたし、この後は予定ないですよね!と弟に引っ張られ花街へ。
月光館へ着くと弟はオーナーに挨拶して帰っていき、残された俺は妙にそわそわした気持ちだった。
何てたって初めて娼館の中に入ったから。
『ようこそ、月光館へ。オーナーのキリムと申します。』
『……カイル・ディアストロ…。』
『カイル様ですね。…これからカイル様が買う娼婦がどんな娼婦かは…』
『…ん。アレクから、聞いた。…俺みたいな、醜い容姿の男…相手してくれるって、』
『はい。…ふふ、そう警戒しなくても大丈夫です。
彼女は貴方様を嫌悪しない。きっと笑顔で受け入れてくれるでしょう。』
『……笑顔…?』
『ええ。これからカイル様が買う娼婦は、誰よりも優しい娘です。
失礼ではありますが、カイル様の様な方の容姿にも臆する事はありません。サイカはカイル様にお会いしても、嫌な顔一つしないでしょう。大丈夫です。きっと、心からご満足頂けますよ。』
『……そう。』
でも、馬鹿高い金額を取るんだろうと、そう思った。
きっとこれから俺が買う娼婦は、俺と同じく醜い容姿で、客が取れず困っている人間だと、勝手にそう思っていた。
でも、何だっていい。きっとお互い様だろう。俺だって、欲を言えば醜女より普通の女がいい。そう、俺も、周りと変わらないんだ。選べないから、与えられたもので妥協するしかない。
きっとこの場の逃せば、セックスも経験出来ない。
『ようこそおいで下さりました。
私は月光館の娼婦、サイカと申します。
本日は、私をお相手に選んで下さり…誠に有難う存じます。』
『………ん、…ああ。…顔を上げて。』
『有難う存じます。』
『!!!』
それがまさか。てっきり醜女が相手かと思っていたのに、こんなに可愛い、綺麗な女が俺を迎えてくれるだなんて思わないじゃないか。
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