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27 四人目のお客様
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さてどうしたものか、と考える。
マティアス様の従兄弟だというこのお客様…いや、リュカ様が悪かったと謝罪をしてかれこれ三十分。
リュカ様が昨日の態度を謝ってくれたので、私も一応、大人としての対応はしたのだ。
此方こそすみませんでした、と。自分の言った言葉を撤回するつもりはないし、伝えた言葉に関して悪いとは思っていないが。
そしてお互い一言も喋らなくなって三十分が経過。
さてさてどうしたものか。
ここはもう水に流して何事もなかったかのように振る舞うべきなのか。
けれど正直、リュカ様に対する苦手意識というものは消えていない。
「……。」
「……。」
冷めた紅茶に手を付ける。
苦手ではあるけれど、この人は謝罪をしてくれた。
であればまだ歩み寄れる可能性はあるということだ。
昨日はリュカ様も冷静ではなかったのかも知れない。うん、きっとそうに違いない。
一人ふんふんと頷いているとリュカ様が神妙な顔で私にマティアス様とどんな話をしているのか尋ねてきた。
リュカ様がマティアス様の従兄弟といっても一応は個人の情報になるわけで…なので支障のない程度に留めておく。
まあ、マティアス様は私に仕事の話をしたりはしないので、問題はないだろうが。
「他愛のない話です。マティアス様に会うまでの間にあった出来事、このお店の事、私の事。マティアス様であればご自身の事ですね。
内容までは話す事は出来ませんけど、マティアス様は決して、ここでお仕事の話はされませんよ。そこは安心して下さい。」
「…別に、そういった事は心配していない。あいつが外で政務の話をするとは思ってもいない。そういう区別を付けている男だ。」
「…ふふ。リュカ様は、マティアス様の事をよく知っているのですね。
やはり従兄弟同士、仲が宜しいのですか?」
「仲…!?別に仲がいいわけじゃない!…ふ、普通だ、普通。
年も近いし父親同士が兄弟だからな。幼い頃からマティアスと会っているが…ちょくちょく話す程度だ。」
「そうなのですね。…だけど、リュカ様はマティアス様を信頼…いえ、信用の方でしょうか。している様に思います。
先程の、仕事の話をここでするような男ではないと仰ったように。
信頼や信用をしているから出た言葉なのかなと。」
「……まあ、認めてはいる。
あいつは頭もいいし、要領もいい。臨機応変に対応出来るし、物事を柔軟に考える事も出来るんだ。
そういう所は…僕も見習うべきだろうな…。」
「…いい関係を築いているんですね。」
「……そうか?」
「そう思いますが…。」
「……認めているとは言っただろう。僕たちは別に友という関係でもない。…ただの従兄弟だ。」
仲良くはないと言いつつもリュカ様はマティアス様を敬っているように思えるし、従兄弟だと言いながらその表情は何処か寂しそうだ。
「……お前は……マティアスを好いているのか…?」
「好きですよ?マティアス様、素敵な男性じゃないですか。容姿も大好きです。」
「は!?」
「そんなに驚かなくても…。
私、人とは美的感覚が違うみたいで…マティアス様を醜いとは全然思いません。寧ろカッコいいと思うんです。
リュカ様の容姿も全く嫌悪感も沸きませんし。」
「……お前…本当に奇特な女だったんだな。」
「…失礼ですね。沢山の人がいるんです。皆が皆、同じものを好きだとは限らないじゃないですか。
…それだけのことです。」
「…ふうん。………なあ。……僕も、お前には格好よく見えているのか?」
「見えますよ。とても。」
「……そうか。」
ふ。と小さく笑ったリュカ様の笑顔はとても綺麗だった。
マティアス様に似ているけれど、マティアス様とは違った冷たい印象の顔が、穏やかに緩む。
「リュカ様の笑顔、素敵ですね。
いつも笑っていればいいのに。」
「………難しい事を言うな。」
「…難しい?」
「周りは馬鹿だらけだ。
自分の責任も忘れ色に落ちて。貴族に生まれながら遊び呆けて。口を開けば嫌みしか言わん。
低俗な奴だらけだ。馬鹿ばかりだ。あんなのが家族だと思うと虫酸が走る。そんな人間に囲まれていると苛々とする。笑えるか。」
「……。」
「馬鹿は馬鹿のままだ。僕の家は広大な領地を治めている。人手はいくらあっても足りない。
だというのにあいつらは僕を手伝う事もしない。
勉学で僕に及ばないと分かるとやらなくなったし能力が僕より劣ると自覚しているから手伝いもしない。そのくせ嫌みは出るんだ。呆れてものが言えないな。
僕はあいつらを認めない。馬鹿は嫌いだ。あいつらと僕は違う。」
馬鹿だ馬鹿だと言い続けるリュカ様の表情は苦しそうだ。
頑なまでに否定し続けている。
「あの中で僕は劣ってはいけない。僕だけは。
そうだろう?そうでなければ、いけないだろう!?」
何処か狂気じみた、まるで自分に言い聞かせるようにしているリュカ様に…これはヤバいとひしひしと感じる。
自分の感情がコントロール出来ていないような、そんな感じだ。
「リュカ様!!」
「!?」
強めに声を掛けるとはっとしたような顔。
青ざめた顔が痛々しかった。
「落ち着いて下さい、リュカ様。
深く息を吸って、吐いて。…深呼吸して。」
「………はあ。……すまない。取り乱したな。」
「いいえ。私は構いませんから。
……リュカ様。ちょっと失礼しますね。」
「は……な、何を!?」
私はソファーの上でリュカ様に向き合い、彼を抱き締める。
別にこれといった理由はないが…私はマティアス様たちに抱き締められると安心する。
人肌の柔らかさや温かさに包まれると何となく安心するから抱き締めた。
「ここは私とリュカ様以外、誰もいません。
他の誰かに聞かれる事もありません。
その人を知らないから、他人だから話せる事もあるでしょう。
よければ、苦しいと思う事を話して下さい。」
「……は?」
「今思いました。リュカ様に愚痴を吐いてもらって、すっきりして帰ってほしいって。
…リュカ様は、何が苦しいんですか?
人を労らない家族に囲まれているから?
責任を疎かにするから?
…だけど、馬鹿だ馬鹿だと言うリュカ様は何処か苦しそうです。
まるで、そう思わなくちゃいけないみたいな。」
「……。」
「昨日のリュカ様の態度、私は嫌いです。
人を馬鹿にする人が、私はそもそも好きではありません。
…人を労らない、思いやらない。そういう人をリュカ様が馬鹿な奴というなら、…同じになってほしくない。」
「…な、…僕は、あいつらみたいな、」
「きっと同じでしたよ。だから私、腹が立ったんです。いい加減にしなさいって怒ったんです。
昨日のリュカ様は、とても嫌な人でした。分かり合えないとも思いました。…だけど、リュカ様は私に謝罪してくれました。
そして今日、改めて話してみたら…昨日の印象が少し薄れました。」
「……。」
「だから今、少し混乱もしています。
…昨日と今日。リュカ様の本質はどちらなんだろうって。
でも直感では…今日のリュカ様がそうなんだろうなって思うんですけど。」
無言になったリュカ様を暫く抱き締めたまま言葉を待つ。
話したくないなら別にそれでもいい。
私に踏み込まれたくないならそれでいい。
そうであればまた何事もなかったように過ごすだけ。
だけどそうでないなら、何だか放っておけなくて。
少しでもすっきりしてくれたらいいなと思う。
聞く事は苦じゃないから。
「……同じか。……同じ、……そうかも知れないな。」
「……。」
「……お前に怒られて、何処かすっきりとした理由が……何となく分かった気がする。」
「…?」
「……なあ。昨日の僕は、そんなに嫌な人間だったか?
正直に言ってくれて構わない。」
「…では遠慮なく。……それはもう、嫌な人間でした。
初対面で失礼でしたし、何より馬鹿にしているとありありと分かりましたから。人の話を全然聞いてくれなくて、聞こうともしてない。
まだ会って数時間しか経ってなかったのに、あの時のリュカ様…まるで敵でも見るみたいな目付きでしたよ?」
「……なるほど。……そういう人間は嫌いか?」
「嫌いです。人として、嫌いです。私も褒められた人間ではありませんけど、…誰かの生き方を否定しようとは思いません。
だから昨日のリュカ様は大嫌いです。もし今日も同じなら二度と来ないでほしいって言うところでした。」
「はは、…ふ、ははは……そうか。…そうだな。考えてみれば本当にそうだ。僕だって嫌だ。そんな人間。話を聞かない。聞こうともしない。馬鹿にして、見下して……否定する。……全部されて嫌な事じゃないか。」
「…リュカ様…?」
「…なあサイカ。僕は…どうすればいい。
僕は…家族が嫌いだ。母が、大嫌いだ。恐ろしいのに、あの可哀想な人と離れられない。僕も変わりたいんだよ。…あんな場所にいたくない。
あそこは牢獄だ。地獄だ。…僕は、自由になりたい。」
「………。」
苦しげに。それはもう苦しげにリュカ様は吐き出す。
リュカ様の母親は若い頃から色狂いだった父親に惚れていて、心が離れていったのが耐えられなかったらしい。
リュカ様が生まれて暫くは普通だったのだが、年を重ねるにつれ心が少しずつ壊れ、新しい妻を迎えたのが決定的になってしまった。
「普通でいられたのは、嫡男である僕が生まれて…また、自分を見てくれると思ったから…と僕はそう思っている。
だけど父はな、子供に興味がない人なんだ。女にしか興味がない。
だから生まれた僕を蔑む事もしなければ可愛がる事もなかった。
…それは僕の後に生まれた弟妹たちにも。」
「……。」
「母は僕が離れる事に不安を感じている。過剰と言ってもいい。
領地を視察する時や…この帝都を訪れる時は大変なんだ。下手をすると一緒に来ようとする事もある。
帰ったら帰ったで…何があったか、誰と会ってどんな事を話し、何をしたかを知りたがる。
それか、僕がいない間の義母たち、弟妹たちの事を話す。…勿論いい話ではない。」
私がリュカ様の立場であれば…しんどいなと思わずにいられないだろう。
リュカ様の母親も、辛かろうと思う。次々と増えていく自分以外の妻。
愛する男が自分を見ない…しかもそれが自分の夫。
きっと、私が想像するよりかなり辛いものだろう。気持ちを考えると同情はする。
壊れていく母親は、自分以外の妻を憎むようになる。そして、彼女たちが生んだ子供もまた、敵になったのだろう。
そうした歪んだ心が今度はリュカ様へ向いたのだ。
自分にはリュカ様しかしかいないと、リュカ様に依存するようになった。リュカ様は夫の代わりでもあるのかも知れない。
話を聞くと、夫が自分に振り向いてくれない変わりにリュカ様を縛り付けているような気もする。
自分の側に縛り付け、自分の感じるもの、感じたことをリュカ様にも押し付ける。
自分が駄目なものはリュカ様も駄目。嫌いなものはリュカ様も嫌わなくてはならない。
同情はするが、…それとこれとは違う。リュカ様に歪んだものを向けるのは違う。
何となく、“毒親”だなと思う。
「マティアスや…家の外の人間と会うたび、違和感があった。
いや…違和感しか感じなかった。何が違和感かと言われると説明が出来ない。でも…だから嫌だと思う。」
「…何となく分かります。リュカ様の言いたいこと。…マティアス様や他の人に会う機会があったから、多分…リュカ様はまだ、お母様の言う事が全てにはならなかったのだと思います…。」
「…そうだな。…恐らく、それが…違和感だ。
何の努力もしないくせに妬んだり嫌味を言うことだけは達者な弟妹の事は嫌いだし馬鹿だとも思うが…僕は、義母たちのことは正直どうだっていい。向こうは僕の見目が嫌いなようだからな。関わりが殆どない。
けれど母の前では、僕も一緒になって義母たちを嫌わなくてはならない。そういうのは疲れる。」
「…そうでしたか…。」
リュカ様の話を聞いて思う。親というより…一番側にいる母親の存在はやはり大きいのだと。
私はそうだった。父も大好きだし大切だけど、母の方が影響力はあった。リュカ様の場合は特に顕著だろう。
愛玩搾取と言葉があるが、リュカ様は両方かも知れない。
過剰とも言える愛情を向けられながら、搾取されている。リュカ様の人生を、生き方を。
難しい問題だ。自由になりたいリュカ様。けれど、見捨てる事も出来ないのだろう。自分の母親だ。一番側にいた人間だ。当然、過ごしてきた思い出や情はあるだろう。
そういうものが足枷になる時はある。本当に、難しい。
「……何をこんな…話しても仕方のない事を話しているのだろうな、僕は。」
「…溜め込むよりは話した方がいいです。…きっと。」
「ああ……少し気分がマシになった。
…成る程。娼館に行く理由は体だけではない、か。…確かにな。
僕は、お前を誤解していた。…お前は低俗な人間じゃない。…それなりに、価値のある人間だ。……マティアスが変わった理由も何となく分かった。」
「……ふふ。私、少しは認めてもらえたんでしょうか。」
「…わ、笑うな。ま、まあ……それなりに、だ。……今日は帰る。」
「もうお帰りに?」
「ああ。得るものがあった。少し…考えをまとめたいんだ。」
「そうですか。…暗くはなっていますから、どうかお気を付けて。
また、お待ちしてますね。」
「あ、ああ。…気が向いたらな!」
まだ夜は始まったばかりだけど、リュカ様をお見送りする。
…セックスしないのかーと残念な気持ち半分、昨日より全然、分かり合えた気がして嬉しい気持ち…満足感もあった。
たまにはこういう日があってもいいかも知れないな、と、ゆっくり過ごした翌日…リュカ様は三度来たのだ。
「昨日花街を出て思ったんだが!
マティアスや他の客がいいなら僕もお前と寝てよかったのではないか!?」
顔を真っ赤にしながらそんなことを言われてしまえば、笑うしかあるまい。
マティアス様の従兄弟だというこのお客様…いや、リュカ様が悪かったと謝罪をしてかれこれ三十分。
リュカ様が昨日の態度を謝ってくれたので、私も一応、大人としての対応はしたのだ。
此方こそすみませんでした、と。自分の言った言葉を撤回するつもりはないし、伝えた言葉に関して悪いとは思っていないが。
そしてお互い一言も喋らなくなって三十分が経過。
さてさてどうしたものか。
ここはもう水に流して何事もなかったかのように振る舞うべきなのか。
けれど正直、リュカ様に対する苦手意識というものは消えていない。
「……。」
「……。」
冷めた紅茶に手を付ける。
苦手ではあるけれど、この人は謝罪をしてくれた。
であればまだ歩み寄れる可能性はあるということだ。
昨日はリュカ様も冷静ではなかったのかも知れない。うん、きっとそうに違いない。
一人ふんふんと頷いているとリュカ様が神妙な顔で私にマティアス様とどんな話をしているのか尋ねてきた。
リュカ様がマティアス様の従兄弟といっても一応は個人の情報になるわけで…なので支障のない程度に留めておく。
まあ、マティアス様は私に仕事の話をしたりはしないので、問題はないだろうが。
「他愛のない話です。マティアス様に会うまでの間にあった出来事、このお店の事、私の事。マティアス様であればご自身の事ですね。
内容までは話す事は出来ませんけど、マティアス様は決して、ここでお仕事の話はされませんよ。そこは安心して下さい。」
「…別に、そういった事は心配していない。あいつが外で政務の話をするとは思ってもいない。そういう区別を付けている男だ。」
「…ふふ。リュカ様は、マティアス様の事をよく知っているのですね。
やはり従兄弟同士、仲が宜しいのですか?」
「仲…!?別に仲がいいわけじゃない!…ふ、普通だ、普通。
年も近いし父親同士が兄弟だからな。幼い頃からマティアスと会っているが…ちょくちょく話す程度だ。」
「そうなのですね。…だけど、リュカ様はマティアス様を信頼…いえ、信用の方でしょうか。している様に思います。
先程の、仕事の話をここでするような男ではないと仰ったように。
信頼や信用をしているから出た言葉なのかなと。」
「……まあ、認めてはいる。
あいつは頭もいいし、要領もいい。臨機応変に対応出来るし、物事を柔軟に考える事も出来るんだ。
そういう所は…僕も見習うべきだろうな…。」
「…いい関係を築いているんですね。」
「……そうか?」
「そう思いますが…。」
「……認めているとは言っただろう。僕たちは別に友という関係でもない。…ただの従兄弟だ。」
仲良くはないと言いつつもリュカ様はマティアス様を敬っているように思えるし、従兄弟だと言いながらその表情は何処か寂しそうだ。
「……お前は……マティアスを好いているのか…?」
「好きですよ?マティアス様、素敵な男性じゃないですか。容姿も大好きです。」
「は!?」
「そんなに驚かなくても…。
私、人とは美的感覚が違うみたいで…マティアス様を醜いとは全然思いません。寧ろカッコいいと思うんです。
リュカ様の容姿も全く嫌悪感も沸きませんし。」
「……お前…本当に奇特な女だったんだな。」
「…失礼ですね。沢山の人がいるんです。皆が皆、同じものを好きだとは限らないじゃないですか。
…それだけのことです。」
「…ふうん。………なあ。……僕も、お前には格好よく見えているのか?」
「見えますよ。とても。」
「……そうか。」
ふ。と小さく笑ったリュカ様の笑顔はとても綺麗だった。
マティアス様に似ているけれど、マティアス様とは違った冷たい印象の顔が、穏やかに緩む。
「リュカ様の笑顔、素敵ですね。
いつも笑っていればいいのに。」
「………難しい事を言うな。」
「…難しい?」
「周りは馬鹿だらけだ。
自分の責任も忘れ色に落ちて。貴族に生まれながら遊び呆けて。口を開けば嫌みしか言わん。
低俗な奴だらけだ。馬鹿ばかりだ。あんなのが家族だと思うと虫酸が走る。そんな人間に囲まれていると苛々とする。笑えるか。」
「……。」
「馬鹿は馬鹿のままだ。僕の家は広大な領地を治めている。人手はいくらあっても足りない。
だというのにあいつらは僕を手伝う事もしない。
勉学で僕に及ばないと分かるとやらなくなったし能力が僕より劣ると自覚しているから手伝いもしない。そのくせ嫌みは出るんだ。呆れてものが言えないな。
僕はあいつらを認めない。馬鹿は嫌いだ。あいつらと僕は違う。」
馬鹿だ馬鹿だと言い続けるリュカ様の表情は苦しそうだ。
頑なまでに否定し続けている。
「あの中で僕は劣ってはいけない。僕だけは。
そうだろう?そうでなければ、いけないだろう!?」
何処か狂気じみた、まるで自分に言い聞かせるようにしているリュカ様に…これはヤバいとひしひしと感じる。
自分の感情がコントロール出来ていないような、そんな感じだ。
「リュカ様!!」
「!?」
強めに声を掛けるとはっとしたような顔。
青ざめた顔が痛々しかった。
「落ち着いて下さい、リュカ様。
深く息を吸って、吐いて。…深呼吸して。」
「………はあ。……すまない。取り乱したな。」
「いいえ。私は構いませんから。
……リュカ様。ちょっと失礼しますね。」
「は……な、何を!?」
私はソファーの上でリュカ様に向き合い、彼を抱き締める。
別にこれといった理由はないが…私はマティアス様たちに抱き締められると安心する。
人肌の柔らかさや温かさに包まれると何となく安心するから抱き締めた。
「ここは私とリュカ様以外、誰もいません。
他の誰かに聞かれる事もありません。
その人を知らないから、他人だから話せる事もあるでしょう。
よければ、苦しいと思う事を話して下さい。」
「……は?」
「今思いました。リュカ様に愚痴を吐いてもらって、すっきりして帰ってほしいって。
…リュカ様は、何が苦しいんですか?
人を労らない家族に囲まれているから?
責任を疎かにするから?
…だけど、馬鹿だ馬鹿だと言うリュカ様は何処か苦しそうです。
まるで、そう思わなくちゃいけないみたいな。」
「……。」
「昨日のリュカ様の態度、私は嫌いです。
人を馬鹿にする人が、私はそもそも好きではありません。
…人を労らない、思いやらない。そういう人をリュカ様が馬鹿な奴というなら、…同じになってほしくない。」
「…な、…僕は、あいつらみたいな、」
「きっと同じでしたよ。だから私、腹が立ったんです。いい加減にしなさいって怒ったんです。
昨日のリュカ様は、とても嫌な人でした。分かり合えないとも思いました。…だけど、リュカ様は私に謝罪してくれました。
そして今日、改めて話してみたら…昨日の印象が少し薄れました。」
「……。」
「だから今、少し混乱もしています。
…昨日と今日。リュカ様の本質はどちらなんだろうって。
でも直感では…今日のリュカ様がそうなんだろうなって思うんですけど。」
無言になったリュカ様を暫く抱き締めたまま言葉を待つ。
話したくないなら別にそれでもいい。
私に踏み込まれたくないならそれでいい。
そうであればまた何事もなかったように過ごすだけ。
だけどそうでないなら、何だか放っておけなくて。
少しでもすっきりしてくれたらいいなと思う。
聞く事は苦じゃないから。
「……同じか。……同じ、……そうかも知れないな。」
「……。」
「……お前に怒られて、何処かすっきりとした理由が……何となく分かった気がする。」
「…?」
「……なあ。昨日の僕は、そんなに嫌な人間だったか?
正直に言ってくれて構わない。」
「…では遠慮なく。……それはもう、嫌な人間でした。
初対面で失礼でしたし、何より馬鹿にしているとありありと分かりましたから。人の話を全然聞いてくれなくて、聞こうともしてない。
まだ会って数時間しか経ってなかったのに、あの時のリュカ様…まるで敵でも見るみたいな目付きでしたよ?」
「……なるほど。……そういう人間は嫌いか?」
「嫌いです。人として、嫌いです。私も褒められた人間ではありませんけど、…誰かの生き方を否定しようとは思いません。
だから昨日のリュカ様は大嫌いです。もし今日も同じなら二度と来ないでほしいって言うところでした。」
「はは、…ふ、ははは……そうか。…そうだな。考えてみれば本当にそうだ。僕だって嫌だ。そんな人間。話を聞かない。聞こうともしない。馬鹿にして、見下して……否定する。……全部されて嫌な事じゃないか。」
「…リュカ様…?」
「…なあサイカ。僕は…どうすればいい。
僕は…家族が嫌いだ。母が、大嫌いだ。恐ろしいのに、あの可哀想な人と離れられない。僕も変わりたいんだよ。…あんな場所にいたくない。
あそこは牢獄だ。地獄だ。…僕は、自由になりたい。」
「………。」
苦しげに。それはもう苦しげにリュカ様は吐き出す。
リュカ様の母親は若い頃から色狂いだった父親に惚れていて、心が離れていったのが耐えられなかったらしい。
リュカ様が生まれて暫くは普通だったのだが、年を重ねるにつれ心が少しずつ壊れ、新しい妻を迎えたのが決定的になってしまった。
「普通でいられたのは、嫡男である僕が生まれて…また、自分を見てくれると思ったから…と僕はそう思っている。
だけど父はな、子供に興味がない人なんだ。女にしか興味がない。
だから生まれた僕を蔑む事もしなければ可愛がる事もなかった。
…それは僕の後に生まれた弟妹たちにも。」
「……。」
「母は僕が離れる事に不安を感じている。過剰と言ってもいい。
領地を視察する時や…この帝都を訪れる時は大変なんだ。下手をすると一緒に来ようとする事もある。
帰ったら帰ったで…何があったか、誰と会ってどんな事を話し、何をしたかを知りたがる。
それか、僕がいない間の義母たち、弟妹たちの事を話す。…勿論いい話ではない。」
私がリュカ様の立場であれば…しんどいなと思わずにいられないだろう。
リュカ様の母親も、辛かろうと思う。次々と増えていく自分以外の妻。
愛する男が自分を見ない…しかもそれが自分の夫。
きっと、私が想像するよりかなり辛いものだろう。気持ちを考えると同情はする。
壊れていく母親は、自分以外の妻を憎むようになる。そして、彼女たちが生んだ子供もまた、敵になったのだろう。
そうした歪んだ心が今度はリュカ様へ向いたのだ。
自分にはリュカ様しかしかいないと、リュカ様に依存するようになった。リュカ様は夫の代わりでもあるのかも知れない。
話を聞くと、夫が自分に振り向いてくれない変わりにリュカ様を縛り付けているような気もする。
自分の側に縛り付け、自分の感じるもの、感じたことをリュカ様にも押し付ける。
自分が駄目なものはリュカ様も駄目。嫌いなものはリュカ様も嫌わなくてはならない。
同情はするが、…それとこれとは違う。リュカ様に歪んだものを向けるのは違う。
何となく、“毒親”だなと思う。
「マティアスや…家の外の人間と会うたび、違和感があった。
いや…違和感しか感じなかった。何が違和感かと言われると説明が出来ない。でも…だから嫌だと思う。」
「…何となく分かります。リュカ様の言いたいこと。…マティアス様や他の人に会う機会があったから、多分…リュカ様はまだ、お母様の言う事が全てにはならなかったのだと思います…。」
「…そうだな。…恐らく、それが…違和感だ。
何の努力もしないくせに妬んだり嫌味を言うことだけは達者な弟妹の事は嫌いだし馬鹿だとも思うが…僕は、義母たちのことは正直どうだっていい。向こうは僕の見目が嫌いなようだからな。関わりが殆どない。
けれど母の前では、僕も一緒になって義母たちを嫌わなくてはならない。そういうのは疲れる。」
「…そうでしたか…。」
リュカ様の話を聞いて思う。親というより…一番側にいる母親の存在はやはり大きいのだと。
私はそうだった。父も大好きだし大切だけど、母の方が影響力はあった。リュカ様の場合は特に顕著だろう。
愛玩搾取と言葉があるが、リュカ様は両方かも知れない。
過剰とも言える愛情を向けられながら、搾取されている。リュカ様の人生を、生き方を。
難しい問題だ。自由になりたいリュカ様。けれど、見捨てる事も出来ないのだろう。自分の母親だ。一番側にいた人間だ。当然、過ごしてきた思い出や情はあるだろう。
そういうものが足枷になる時はある。本当に、難しい。
「……何をこんな…話しても仕方のない事を話しているのだろうな、僕は。」
「…溜め込むよりは話した方がいいです。…きっと。」
「ああ……少し気分がマシになった。
…成る程。娼館に行く理由は体だけではない、か。…確かにな。
僕は、お前を誤解していた。…お前は低俗な人間じゃない。…それなりに、価値のある人間だ。……マティアスが変わった理由も何となく分かった。」
「……ふふ。私、少しは認めてもらえたんでしょうか。」
「…わ、笑うな。ま、まあ……それなりに、だ。……今日は帰る。」
「もうお帰りに?」
「ああ。得るものがあった。少し…考えをまとめたいんだ。」
「そうですか。…暗くはなっていますから、どうかお気を付けて。
また、お待ちしてますね。」
「あ、ああ。…気が向いたらな!」
まだ夜は始まったばかりだけど、リュカ様をお見送りする。
…セックスしないのかーと残念な気持ち半分、昨日より全然、分かり合えた気がして嬉しい気持ち…満足感もあった。
たまにはこういう日があってもいいかも知れないな、と、ゆっくり過ごした翌日…リュカ様は三度来たのだ。
「昨日花街を出て思ったんだが!
マティアスや他の客がいいなら僕もお前と寝てよかったのではないか!?」
顔を真っ赤にしながらそんなことを言われてしまえば、笑うしかあるまい。
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転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
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その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
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