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26 四人目のお客様?
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十人十色。人間色々。
気の合う人もいれば気の合わない人もいる。
まだ四半世紀しか生きてない私もこれまで色んな経験をしてきたつもりだ。
人生の酸いも甘いも…はまだ全然経験していないだろうが学生時代の人間関係で挫折も味わったし社会に出て苦労した事も結構あった。
学生時代、そして社会に出てからと対人スキルもそれなりに…普通に備わったと思うし磨いてもきた。
色んな人がいる。そう。それは十分分かっている。
がしかし。
私は今、目の前の新たなイケメンに腹が立って仕方がない。
「…おい。何とか言ったらどうなんだ。ずっと黙りか。」
「…誑かすとは…どういう意味でしょうか。」
「そんな事も分からないのか。…これだから娼婦は…高級娼婦は貴族令嬢並みの教養を学ぶと聞くが…これでは程度が知れるな。
いいか、誑かすというのは……」
そういう事を聞いてるんじゃない。
誰が“誑かす”のそのままの意味を教えてくれと言った。…ああ、いや。これは私の聞き方が間違っていたようだ。
「誑かす、の言葉の意味は知っています。
そういう事を聞きたいのではありません。」
「…ではどういう意味だ。」
まだ名前も名乗ってないこのイケメン。
腰まであろうかという長く美しい金髪に濃い緑の目。
マティアス様とはちがって冷たそうな印象ではあるけれど、何処かマティアス様に似ていると感じる超絶イケメンは、私とは初対面であるにも関わらず“お前がマティアスを誑かしたんだな”と失礼な事をのたまった。
まあ確かに娼婦は男に体を売りつつ夢と希望と愛を与える仕事でもあるので“誑かす”というのも強ち間違ってはいない。
が、私は決して誰かを騙して惑わしたり欺いたりはしていない。
マティアス様への言葉も、態度も嘘じゃないし本心である。
よって、この失礼極まりない男が言う“誑かした”は語弊とも言えるのだ。
「何故、当事者でもない貴方が誑かしたなどと言えるのでしょうか。
貴方は私の心が分かるのですか?マティアス様と私のやり取りをその目で見ていたのですか?」
「知らなくとも分かるさ。
大金貨一枚という高額な値。そして“醜い男”を専門にしていると聞いた。
マティアスを騙して金儲けを企むなど…娼婦風情が烏滸がましい。
お前は確かに美しい。それは認める。マティアスが熱を上げるのも仕方がないだろう。どうやってあいつを誑かしたかも容易に想像が付く。
マティアスが誰か知っているのか?そうであれば身の程を弁えろ。」
本当に何だろうかこの失礼極まりないお客様は。
このお客様とは一ミリも分かり合える気がしない。そんな気がしている。
「まず、いくつか訂正させて下さい。
私の値段は私自身が決めたものじゃありません。最低でも大金貨一枚。この値を決めたのはマティアス様と伺いました。」
「……なに?」
「そして私は、私に会いに来てくださるマティアス様を拒む事は致しません。
お客様には分からないと思いますが、娼館に来る全ての男が女の体だけを求めてくるのではありません。
ただ会話をする為に、人恋しさに、癒されたいと感じて、はたまた持て余す性欲を発散しただけの為に。色んな方がいます。
そういった部分は当事者にしか分からない事です。」
「…それは僕を馬鹿にしているのか?僕には分からない?この見目だから、女に相手をしてもらった事がないだろうと思っての言葉か?」
「曲解です。そういった事を言っているのではありません。ご不快な思いをさせてしまったのであれば…謝罪します。」
「………。」
何だろう。こういう人を相手にする時って何故か冷めた感情になってしまう。
話し方も事務的…単調としたものになってしまう。
いや、別に何の問題もないけどふと疑問に思ってしまう。
ちっとも歩み寄ろうという気持ちが沸かない。
この人がマティアス様とどういう関係なのか知らないし、別に知りたいとも思わないけど、一言言っていいなら“放っておけよ”と言いたい。
マティアス様が未成年であれば分かるけれど、マティアス様だって私だって、目の前の人だって立派に成人しているのだから。
“自己責任”という言葉を知らないのだろうか。
それに、最も腹が立つのは…この人の、人を小馬鹿にしたような、見下した態度だ。好かん!はっきり言って苦手を通り越して嫌いである。私は。
「マティアス様の行動を、私が止める権利はありません。
立場的な問題で誰かが止めなければならない時もあるでしょう。ですがマティアス様が私に会いに来るのは、プライベートな話ではありませんか?
マティアス様はプライベートまで、誰かに抑止されなければならないのでしょうか。これはしていい、あれは駄目だと、制限されなければならないのでしょうか。
であればきっと、マティアス様は私に会いには来ていないはずです。」
「…減らず口め。娼婦如きが僕に意見しようなど。僕を誰だと?」
「知りませんね。お客様の事を知ろうとも思いませんから。名乗らなくとも結構です。」
「な!?」
ソファーから立ち上がり、ドアへ向かう。
私は頗る腹が立っているのだ。お客様は神様?いいや、この人は客じゃない。ただのクレーマーだ。私はそう判断した。
オーナーには申し訳ないが無理なものは無理なのだ。
道を歩いているオークっぽい人たちよりずっと相手するのが嫌だ。
「どうぞお帰り下さい。本日の料金は全て返金されるでしょう。」
「…は?」
「お客様…いいえ。貴方が言う低俗な娼婦にも、プライドはありますから。私は貴方の顔をこれ以上見ていたくありません。」
「…はっ。…やはり…見目のいい人間は高慢だな。醜い容姿で生まれた人間を食い物にして楽しいか。
お前のような美しい容姿の女に相手をしてもらって浮かれているマティアスを見るのはさぞ愉快なのだろうな!」
何を言ってるんだこの男は。宇宙人か。私とあんたは違う言語で喋っているのかと思うくらい話が通じない。
醜い容姿で生まれた人間を食い物にして楽しいか?何故そんな話になった。浮かれているマティアス様を見るのが愉快?そんな事は一言も言ってない。
ぷっつんときた。ええ。そりゃもう盛大に。
「…いい加減にしなさい!!」
「!?」
「いつ、誰がそんな事を言いましたか。貴方は言葉を素直に受け止めることが出来ないの?
高慢?それは此方の台詞です。人を馬鹿にするのも大概にしなさい。」
「……な、」
「人の話も聞かず、事情も知らないのに決めつけるのは止めて下さい。
貴方は私を何も知らない。今までに私とマティアス様がどんなやり取りをしたのかも。
知らずに決めつけ、こうだと思い込む。どちらが低俗ですか。」
「…おま、」
「私は確かに娼婦です。胸を張って言える職業ではないかも知れません。だけど貴方に馬鹿にされる謂れはない。
どんな職業も、苦労がある。喜びがある。この職業についているから偉い、大変なんてものはない。どの職業も大変で、生きていく上で大切なものです。
貴方は、そうやって誰かの生き方を否定しているんですか?
では、否定された人たちはどうやって生きていけばいいの?」
「……。」
「娼婦を辞めて、この世界で身寄りもない私はどうやって生きていけばいいのでしょう。見知らぬ土地で、見知らぬ世界で冒険出来る人間じゃないんです、私。
この娼館に売られなければ、今頃どうなっていたかも分からない。
もしかしたら、親切な人に助けられ何かの職に就いているかも知れない。けれど、変な人に捕まって、酷い扱いを受けていたかも知れない。
どちらも可能性としてはある。」
もしもあの老夫婦が娼館ではなく変な人に私を渡したら。
また私の人生は違う道を歩んでいた。
偶然が重なって今、私はここにいる。
日本で生きていれば、きっと顔をしかめていた“娼婦”という仕事。
普通の会社で、誰にも指を指されることなく生きてきた私には夜の世界は関係のない世界だと思っていた。一生。
馬鹿にはしていない。ただ、自分には無理だなと思っていただけ。
いやこう言うと気付く。…無意識に馬鹿にしてたのか。反省。
だけど今は違う。娼婦だって大変だ。娼婦にだって喜びがある。
真っ当な職も、そうでない職も、然して変わりはないのだともう私は知っている。
…まあ、私はこの仕事を楽しんでいるけど。マティアス様たちにも会えたし!
「色んな事情で色んな人が色んな職に就いています。
勿論、決められた職に就く人だって。
そこに偉いも凄いもない。人それぞれの生き方を貴方が否定する権利もない。
マティアス様が私と会うようになって、仕事を疎かにでもしたんですか?私と会うようになって、誰かを傷付けたんですか?
何もかもを蔑ろにするようにでもなったんですか?」
「…そ、…んなことは、言っていない…。」
「であれば何故、私は責められねばならないの?
私が娼婦であることを、娼婦として生きていることを馬鹿にされなければならないの?娼婦の何を知っているの?
少なくとも私は今の現状を受け入れてる。娼婦になるとは思ってなかった。まさか自分が、って。信じられないと思った事もある。
でも自分の人生だもの。受け入れてみれば楽しみも出来た。マティアス様に会えたのも、娼婦だから。それが私は嬉しい。」
「………。」
「私はマティアス様を素敵だと思っているし、その気持ちに嘘偽りもありません。貴方のその、人を馬鹿にしたような…見下したような態度が嫌なんです。容姿は関係ない。…失礼な事ばかり言ってしまった事は認めます。ですが謝罪はしません。マティアス様が心配なのは分かりました。
なら、本人にその気持ちを伝えるべきです。それでマティアス様が会いに来なくなったら……それは、…悲しいし、寂しい…けど、…マティアス様の判断ですから。」
「……。」
「……どうぞ、お帰り下さい。貴方も、低俗な娼婦とはいたくないでしょうから。」
何だか悔しくて泣きたくなってきた。
何か、何か。皆を馬鹿にされたみたいで。オーナーは優しくて、皆に優しい。売り上げがない娼婦たちを蔑ろにしたりもしない。皆がなるだけ不自由なく生きていけるように気を配ってくれる。
娼婦の皆も、愚痴を言ったりすることはあるけど仕事に対する意識は高い。
月光館に来てもらう為に、来てくれたお客が喜んでくれるように、こういうものをしてみたらどうか、こういう催しをしてみるのも楽しいんじゃないかって、自分たちのいる場所を守る為に色んなことを考えている。
こういう人は相手するだけ無駄だろうけど、言いたい事は言わせてもらう。
ヴァレリア様には同じ土俵に立つだけ無駄と言っておいて何だけど。
だって、私はサイカだから。平凡で、誰かと対立しないように無難に生きようとした彩歌ではなくて、今は月光館で楽しくありのままに、自分の人生を謳歌しようとしている、高級娼婦なサイカだから。
「私は、人を馬鹿に、見下した態度をする人をお客様として迎える事は出来ません。
娼婦は体を売る仕事。誘惑して相手に夢を見させる。その通りです。
ですが、私は相手を知りたい。限られた時間の中でお互いを少しでも知れたらいいと思っているんです。
知って、理解して、そして素敵な夜にしたい。
来てよかった、会えてよかった。そう思って帰ってほしい。
出会いは宝です。きっかけであり始まりです。
私は娼婦だけど、人との出会いを大切にしたい。」
「………。」
「お帰り下さい。…本日は、貴重なお時間を下さってありがとうございました。
暗くなりますから、気を付けてお帰り下さい。」
相手に有無を言わさず追い出す形でイケメンには帰ってもらうと暫くしてオーナーが部屋に来た。
お客様を追い出してしまいました、ごめんなさいと謝罪すると、オーナーは私の頭を撫でる。
「気にしなくていい。無理なものは無理、それでいいんだよ。
僕はね、無理してまで仕事をしてほしくはないんだ。サイカにも皆にも。
だって皆、僕の子供みたいなものだからね。
…まあ、商品ではあるんだけど!」
「…ふふ!オーナーが商品って言うと何だか違和感しかないです。」
「そう?サイカ、今回の事で自分を責めたりはしないでね。やりたいようにやればいいんだ。
サイカはもう、うちで一番稼いでくれているし?
今まで通り、楽しんで仕事してほしい。」
「あはは。じゃあ、これからもそうします。
やりたいように。楽しみながら。」
「そうだね!……まあ、あの方も悪い方ではきっとないよ。」
「……?」
「大丈夫大丈夫。…ふふ、多分、また来るだろうなあ。」
うんうんと何を納得したのか笑顔で頷くオーナー。
いやいや。私結構きつめな事をあのイケメンなお客様に言ってしまったんできっともう二度と来ることはないと思います。
いかにもプライドが高そうなイケメンだったし、私の言葉はかなり頭に来ただろう。
最後は何処か呆然として部屋を出ていったけど、きっと今頃は思い出して腸が煮えくり返っているはず。
“あんの女!娼婦のくせに生意気な~!”って。うん。多分そう。
……そう、思っていたのだけど。
「えっと…?」
「……。」
「…間違えて来られた……とかですか?」
「…違う。……昨日の詫びだ。受けとれ。」
渡された花束を呆けながら受けとる。
呆けながらもお礼を言ったのは日本人としての癖の様なものだろう。
「…ええと、それで……今日は一体…。」
つかつかと近づいて来たイケメンは私の手を取るとソファーへ向かいどかりと尊大な態度で座る。
手を取られていたので勿論私も隣に座っている。
「…話をしに来た。」
「……反論に?」
「ち、違う!…お前も、人の話を聞け。
…詫びに来たんだ。」
「…詫び…」
「…昨日は……悪かったな。」
「………え。」
「勿論……腹は立ったが…あの場合、非があったのは僕の方だろう。
…それで、あの後色々考えた。帰ったらまた来るのに時間がかかるからな。宿までとって…。」
「……は、はあ。」
「僕はリュカ。リュカ・シルフィード・クラフ。
…マティアスとは従兄弟だ。」
マティアス様と何処か似ていると感じたイケメンは、何とマティアス様の従兄弟だった。
気の合う人もいれば気の合わない人もいる。
まだ四半世紀しか生きてない私もこれまで色んな経験をしてきたつもりだ。
人生の酸いも甘いも…はまだ全然経験していないだろうが学生時代の人間関係で挫折も味わったし社会に出て苦労した事も結構あった。
学生時代、そして社会に出てからと対人スキルもそれなりに…普通に備わったと思うし磨いてもきた。
色んな人がいる。そう。それは十分分かっている。
がしかし。
私は今、目の前の新たなイケメンに腹が立って仕方がない。
「…おい。何とか言ったらどうなんだ。ずっと黙りか。」
「…誑かすとは…どういう意味でしょうか。」
「そんな事も分からないのか。…これだから娼婦は…高級娼婦は貴族令嬢並みの教養を学ぶと聞くが…これでは程度が知れるな。
いいか、誑かすというのは……」
そういう事を聞いてるんじゃない。
誰が“誑かす”のそのままの意味を教えてくれと言った。…ああ、いや。これは私の聞き方が間違っていたようだ。
「誑かす、の言葉の意味は知っています。
そういう事を聞きたいのではありません。」
「…ではどういう意味だ。」
まだ名前も名乗ってないこのイケメン。
腰まであろうかという長く美しい金髪に濃い緑の目。
マティアス様とはちがって冷たそうな印象ではあるけれど、何処かマティアス様に似ていると感じる超絶イケメンは、私とは初対面であるにも関わらず“お前がマティアスを誑かしたんだな”と失礼な事をのたまった。
まあ確かに娼婦は男に体を売りつつ夢と希望と愛を与える仕事でもあるので“誑かす”というのも強ち間違ってはいない。
が、私は決して誰かを騙して惑わしたり欺いたりはしていない。
マティアス様への言葉も、態度も嘘じゃないし本心である。
よって、この失礼極まりない男が言う“誑かした”は語弊とも言えるのだ。
「何故、当事者でもない貴方が誑かしたなどと言えるのでしょうか。
貴方は私の心が分かるのですか?マティアス様と私のやり取りをその目で見ていたのですか?」
「知らなくとも分かるさ。
大金貨一枚という高額な値。そして“醜い男”を専門にしていると聞いた。
マティアスを騙して金儲けを企むなど…娼婦風情が烏滸がましい。
お前は確かに美しい。それは認める。マティアスが熱を上げるのも仕方がないだろう。どうやってあいつを誑かしたかも容易に想像が付く。
マティアスが誰か知っているのか?そうであれば身の程を弁えろ。」
本当に何だろうかこの失礼極まりないお客様は。
このお客様とは一ミリも分かり合える気がしない。そんな気がしている。
「まず、いくつか訂正させて下さい。
私の値段は私自身が決めたものじゃありません。最低でも大金貨一枚。この値を決めたのはマティアス様と伺いました。」
「……なに?」
「そして私は、私に会いに来てくださるマティアス様を拒む事は致しません。
お客様には分からないと思いますが、娼館に来る全ての男が女の体だけを求めてくるのではありません。
ただ会話をする為に、人恋しさに、癒されたいと感じて、はたまた持て余す性欲を発散しただけの為に。色んな方がいます。
そういった部分は当事者にしか分からない事です。」
「…それは僕を馬鹿にしているのか?僕には分からない?この見目だから、女に相手をしてもらった事がないだろうと思っての言葉か?」
「曲解です。そういった事を言っているのではありません。ご不快な思いをさせてしまったのであれば…謝罪します。」
「………。」
何だろう。こういう人を相手にする時って何故か冷めた感情になってしまう。
話し方も事務的…単調としたものになってしまう。
いや、別に何の問題もないけどふと疑問に思ってしまう。
ちっとも歩み寄ろうという気持ちが沸かない。
この人がマティアス様とどういう関係なのか知らないし、別に知りたいとも思わないけど、一言言っていいなら“放っておけよ”と言いたい。
マティアス様が未成年であれば分かるけれど、マティアス様だって私だって、目の前の人だって立派に成人しているのだから。
“自己責任”という言葉を知らないのだろうか。
それに、最も腹が立つのは…この人の、人を小馬鹿にしたような、見下した態度だ。好かん!はっきり言って苦手を通り越して嫌いである。私は。
「マティアス様の行動を、私が止める権利はありません。
立場的な問題で誰かが止めなければならない時もあるでしょう。ですがマティアス様が私に会いに来るのは、プライベートな話ではありませんか?
マティアス様はプライベートまで、誰かに抑止されなければならないのでしょうか。これはしていい、あれは駄目だと、制限されなければならないのでしょうか。
であればきっと、マティアス様は私に会いには来ていないはずです。」
「…減らず口め。娼婦如きが僕に意見しようなど。僕を誰だと?」
「知りませんね。お客様の事を知ろうとも思いませんから。名乗らなくとも結構です。」
「な!?」
ソファーから立ち上がり、ドアへ向かう。
私は頗る腹が立っているのだ。お客様は神様?いいや、この人は客じゃない。ただのクレーマーだ。私はそう判断した。
オーナーには申し訳ないが無理なものは無理なのだ。
道を歩いているオークっぽい人たちよりずっと相手するのが嫌だ。
「どうぞお帰り下さい。本日の料金は全て返金されるでしょう。」
「…は?」
「お客様…いいえ。貴方が言う低俗な娼婦にも、プライドはありますから。私は貴方の顔をこれ以上見ていたくありません。」
「…はっ。…やはり…見目のいい人間は高慢だな。醜い容姿で生まれた人間を食い物にして楽しいか。
お前のような美しい容姿の女に相手をしてもらって浮かれているマティアスを見るのはさぞ愉快なのだろうな!」
何を言ってるんだこの男は。宇宙人か。私とあんたは違う言語で喋っているのかと思うくらい話が通じない。
醜い容姿で生まれた人間を食い物にして楽しいか?何故そんな話になった。浮かれているマティアス様を見るのが愉快?そんな事は一言も言ってない。
ぷっつんときた。ええ。そりゃもう盛大に。
「…いい加減にしなさい!!」
「!?」
「いつ、誰がそんな事を言いましたか。貴方は言葉を素直に受け止めることが出来ないの?
高慢?それは此方の台詞です。人を馬鹿にするのも大概にしなさい。」
「……な、」
「人の話も聞かず、事情も知らないのに決めつけるのは止めて下さい。
貴方は私を何も知らない。今までに私とマティアス様がどんなやり取りをしたのかも。
知らずに決めつけ、こうだと思い込む。どちらが低俗ですか。」
「…おま、」
「私は確かに娼婦です。胸を張って言える職業ではないかも知れません。だけど貴方に馬鹿にされる謂れはない。
どんな職業も、苦労がある。喜びがある。この職業についているから偉い、大変なんてものはない。どの職業も大変で、生きていく上で大切なものです。
貴方は、そうやって誰かの生き方を否定しているんですか?
では、否定された人たちはどうやって生きていけばいいの?」
「……。」
「娼婦を辞めて、この世界で身寄りもない私はどうやって生きていけばいいのでしょう。見知らぬ土地で、見知らぬ世界で冒険出来る人間じゃないんです、私。
この娼館に売られなければ、今頃どうなっていたかも分からない。
もしかしたら、親切な人に助けられ何かの職に就いているかも知れない。けれど、変な人に捕まって、酷い扱いを受けていたかも知れない。
どちらも可能性としてはある。」
もしもあの老夫婦が娼館ではなく変な人に私を渡したら。
また私の人生は違う道を歩んでいた。
偶然が重なって今、私はここにいる。
日本で生きていれば、きっと顔をしかめていた“娼婦”という仕事。
普通の会社で、誰にも指を指されることなく生きてきた私には夜の世界は関係のない世界だと思っていた。一生。
馬鹿にはしていない。ただ、自分には無理だなと思っていただけ。
いやこう言うと気付く。…無意識に馬鹿にしてたのか。反省。
だけど今は違う。娼婦だって大変だ。娼婦にだって喜びがある。
真っ当な職も、そうでない職も、然して変わりはないのだともう私は知っている。
…まあ、私はこの仕事を楽しんでいるけど。マティアス様たちにも会えたし!
「色んな事情で色んな人が色んな職に就いています。
勿論、決められた職に就く人だって。
そこに偉いも凄いもない。人それぞれの生き方を貴方が否定する権利もない。
マティアス様が私と会うようになって、仕事を疎かにでもしたんですか?私と会うようになって、誰かを傷付けたんですか?
何もかもを蔑ろにするようにでもなったんですか?」
「…そ、…んなことは、言っていない…。」
「であれば何故、私は責められねばならないの?
私が娼婦であることを、娼婦として生きていることを馬鹿にされなければならないの?娼婦の何を知っているの?
少なくとも私は今の現状を受け入れてる。娼婦になるとは思ってなかった。まさか自分が、って。信じられないと思った事もある。
でも自分の人生だもの。受け入れてみれば楽しみも出来た。マティアス様に会えたのも、娼婦だから。それが私は嬉しい。」
「………。」
「私はマティアス様を素敵だと思っているし、その気持ちに嘘偽りもありません。貴方のその、人を馬鹿にしたような…見下したような態度が嫌なんです。容姿は関係ない。…失礼な事ばかり言ってしまった事は認めます。ですが謝罪はしません。マティアス様が心配なのは分かりました。
なら、本人にその気持ちを伝えるべきです。それでマティアス様が会いに来なくなったら……それは、…悲しいし、寂しい…けど、…マティアス様の判断ですから。」
「……。」
「……どうぞ、お帰り下さい。貴方も、低俗な娼婦とはいたくないでしょうから。」
何だか悔しくて泣きたくなってきた。
何か、何か。皆を馬鹿にされたみたいで。オーナーは優しくて、皆に優しい。売り上げがない娼婦たちを蔑ろにしたりもしない。皆がなるだけ不自由なく生きていけるように気を配ってくれる。
娼婦の皆も、愚痴を言ったりすることはあるけど仕事に対する意識は高い。
月光館に来てもらう為に、来てくれたお客が喜んでくれるように、こういうものをしてみたらどうか、こういう催しをしてみるのも楽しいんじゃないかって、自分たちのいる場所を守る為に色んなことを考えている。
こういう人は相手するだけ無駄だろうけど、言いたい事は言わせてもらう。
ヴァレリア様には同じ土俵に立つだけ無駄と言っておいて何だけど。
だって、私はサイカだから。平凡で、誰かと対立しないように無難に生きようとした彩歌ではなくて、今は月光館で楽しくありのままに、自分の人生を謳歌しようとしている、高級娼婦なサイカだから。
「私は、人を馬鹿に、見下した態度をする人をお客様として迎える事は出来ません。
娼婦は体を売る仕事。誘惑して相手に夢を見させる。その通りです。
ですが、私は相手を知りたい。限られた時間の中でお互いを少しでも知れたらいいと思っているんです。
知って、理解して、そして素敵な夜にしたい。
来てよかった、会えてよかった。そう思って帰ってほしい。
出会いは宝です。きっかけであり始まりです。
私は娼婦だけど、人との出会いを大切にしたい。」
「………。」
「お帰り下さい。…本日は、貴重なお時間を下さってありがとうございました。
暗くなりますから、気を付けてお帰り下さい。」
相手に有無を言わさず追い出す形でイケメンには帰ってもらうと暫くしてオーナーが部屋に来た。
お客様を追い出してしまいました、ごめんなさいと謝罪すると、オーナーは私の頭を撫でる。
「気にしなくていい。無理なものは無理、それでいいんだよ。
僕はね、無理してまで仕事をしてほしくはないんだ。サイカにも皆にも。
だって皆、僕の子供みたいなものだからね。
…まあ、商品ではあるんだけど!」
「…ふふ!オーナーが商品って言うと何だか違和感しかないです。」
「そう?サイカ、今回の事で自分を責めたりはしないでね。やりたいようにやればいいんだ。
サイカはもう、うちで一番稼いでくれているし?
今まで通り、楽しんで仕事してほしい。」
「あはは。じゃあ、これからもそうします。
やりたいように。楽しみながら。」
「そうだね!……まあ、あの方も悪い方ではきっとないよ。」
「……?」
「大丈夫大丈夫。…ふふ、多分、また来るだろうなあ。」
うんうんと何を納得したのか笑顔で頷くオーナー。
いやいや。私結構きつめな事をあのイケメンなお客様に言ってしまったんできっともう二度と来ることはないと思います。
いかにもプライドが高そうなイケメンだったし、私の言葉はかなり頭に来ただろう。
最後は何処か呆然として部屋を出ていったけど、きっと今頃は思い出して腸が煮えくり返っているはず。
“あんの女!娼婦のくせに生意気な~!”って。うん。多分そう。
……そう、思っていたのだけど。
「えっと…?」
「……。」
「…間違えて来られた……とかですか?」
「…違う。……昨日の詫びだ。受けとれ。」
渡された花束を呆けながら受けとる。
呆けながらもお礼を言ったのは日本人としての癖の様なものだろう。
「…ええと、それで……今日は一体…。」
つかつかと近づいて来たイケメンは私の手を取るとソファーへ向かいどかりと尊大な態度で座る。
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「……反論に?」
「ち、違う!…お前も、人の話を聞け。
…詫びに来たんだ。」
「…詫び…」
「…昨日は……悪かったな。」
「………え。」
「勿論……腹は立ったが…あの場合、非があったのは僕の方だろう。
…それで、あの後色々考えた。帰ったらまた来るのに時間がかかるからな。宿までとって…。」
「……は、はあ。」
「僕はリュカ。リュカ・シルフィード・クラフ。
…マティアスとは従兄弟だ。」
マティアス様と何処か似ていると感じたイケメンは、何とマティアス様の従兄弟だった。
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ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
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この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
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