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101 サイカ、女の戦場に挑む
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学校生活でも社会生活でも、恐ろしいのは女だと私は思っている。
パワハラやセクハラ、理不尽な仕事の押し付け等々…社会に出てから経験した事もあったけど、女同士のいざこざに比べれば可愛いものだ。それなりにしんどかったけど。
色んな人がいる。
自分を悪者にしない、そういった事が出来る人。
周りを上手く使う人。
親切な振りをして、その実踏み台にしていく人。
親しい間柄であるはずなのに、陰で悪口を言っている人。
そういうちょっと高度な技は、男より女の方が長けていると思う。…いい事じゃないんだけど、自分が被害に合った時でさえ…凄いなと感心したくらいだ。
女という生き物は一番、油断しちゃいけない。
それはいつの時代でも、どんな世界でも同じだろう。
『サイカ、よく聞きなさい。
マティアスの婚約者になったお前は色んな意味で注目を浴びる事になる。』
『はい。』
『お前程美しい女は探した所でいるはずがない。
そんなお前がこれまで何処で暮らしていたか、疑いの目を向けて来る者も大勢出てくるだろう。
お前が娼婦である事が知られてしまえば…周りの目が厳しくなる。貴族の夫人や令嬢は娼婦を嫌って、卑しい人間と蔑んでいるからな。』
『…はい。』
『いいかサイカ。堂々としていなさい。
貴族の集まりでは一歩も怯んではいけない。
怯めば隙が出来る。その隙を突いて、相手はお前を追い詰めてくる。お前はただのサイカではなく、この俺の娘…サイカ・クライス侯爵令嬢だ。そしてそれ以前のお前の名は、サイカ・ベラトーニ。
今は亡きベラトーニ伯爵家、その夫婦の一人娘だ。』
『…ベラトーニ伯爵家…。』
お義父様の曾祖父の代から付き合いがあるベラトーニ伯爵家は元々男爵で、初代伯爵となった人物が戦争で武功を立てて陞爵した家系だった。
それもただの武功ではなく、当時は国の英雄とも呼ばれる働きをしてのけた。
ベラトーニ男爵領は小さな領地だった。
人口も少なく、領地には私兵がいなかった。
農業を営んでいる民たちが戦時には兵になる。つまり半農半兵の組織が勇猛果敢に戦い、まだ大国ではなかったレスト帝国に勝利をもたらしたという話がこの国の歴史書に記録されている。
この戦いでレスト帝国は豊かな資源を持つ国を領地に取り込む事が出来、大国への足掛かりにもなった。
初代ベラトーニ伯爵は男気に溢れ、そして民思いの優しい領主であったそうだ。
思わしくない戦況の中、初代ベラトーニ伯爵とその臣たちは一歩も怯む事なく戦い続けたと歴史書に書かれてある。
本来将とは陣にいるもの。がしかし、熱い男であった初代ベラトーニ伯爵は自らが剣を持ち真っ先に相手に挑んだと言う。
その姿は臣たちの士気を高めた。
守るべき君主が自ら敵に立ち向かうその姿は、臣たちの心を一つにし、そして彼らが果敢に敵に立ち向かう姿は多くの人の心を動かし、勝利を得た。
そんな事があって、初代ベラトーニ伯爵は国の英雄とも呼べる存在になっていたのだ。
『俺の知るベラトーニ伯爵も素晴らしい御仁だった。
勇猛で、民思いの優しい方でな。死んだ原因も、川で溺れた領地の子供を助けた為だった。今から二十二年も前の話だ。』
『…夫人は…』
『夫人は元々体の弱い方だったんだ。あの夫婦は互いに愛し合っていたから…夫が死んだのが余程堪えたのだろう。
夫婦に子はいなかった事もあって…翌年、後を負うように死んでいった。』
『そうだったんですね…。』
『ベラトーニ伯爵は俺の十、上でな。
優しくしてくれたんだが…まあ、当時子供だった俺はこの見目もあって皮肉れていた。
あの優しさを鬱陶しいとまで思っていて……信じられなかったんだ。ルイーザの言葉をすぐ信じる事が出来たのは彼女も子供だったからだ。純粋な言葉が嬉しかった。
でも、十も年の離れた伯爵の優しさは簡単には信じれなかった。』
『……。』
『俺の中の勘違いが解けてからは…それまでの事を謝って、仲良くしてもらった。それこそ弟のように…。
ある時ふと、伯爵がこう言ったんだ。自分に何かあった時は…うちの者たちを頼みたいって。だから伯爵と夫人が亡くなった後、使用人たちをクライス家に受け入れた。彼が大切にしていた者たちだから。
伯爵はお前と似た御仁だったよ、サイカ。』
『私と?』
『ああ。』
『お前と同じように規格外な方だった。
夫人と揃って屋敷の掃除をしたり、料理を作ったり。
その料理をもてなしてくれたりした。
そういう方だったから、使用人の数も少なくてな。
ベラトーニ伯爵家は代々、人を大切にする家系だった。
お前をベラトーニ伯爵家の子にとマティアスに提案したのもそれがあったからだ。』
『…私が、ベラトーニ伯爵家の人間だと名乗ってもいいのですか?』
『構わんさ。今ごろ天で咽び泣いているだろう。
あの夫婦はそういう方たちだからな。
それに…お前は赤の他人とは思えない程、ベラトーニ伯爵の気質そっくりだ。勇敢で優しく、情に厚い。そして夫人の気質でもある愛情深さも持っている。』
お前は確かに、ベラトーニ伯爵家の子に相応しい娘だ。
勿論、俺の娘でもあるが。
そう言ってくれたお義父様が見せてくれたベラトーニ伯爵夫妻の肖像画は…何処か両親に似ていた。
「令嬢はクライス侯爵閣下の義娘になる前は何処で何をされていたのかしら。
候が仰るには古い知り合いの娘さんだと伺いましたが…どこのどなたの、…どこの家の娘さんなのか知りたいわ。」
「どうしてこれまで社交界に出て来なかったのかしら。
貴女程の美しい令嬢が社交界に出ればすぐに噂になるもの。
だけどこれまで、そういった噂を耳にした事はなくて…不思議だわ。」
「ね。本当は平民で、そういった場に行く機会が無かったのではと変に勘ぐってしまうのよ。…貴族はね。」
おほほ、と嫌な目をして笑う夫人たち。
マティアスの前の奥さんも、こうした洗礼を受けたのだろうか。
彼女は…一人で切り抜けたのだろうか。
分からないけれど、何にしても負けられないと思った。
『サイカ。相手を騙す時は堂々としていなさい。
怯んではいけない。目を逸らしてもいけない。偽りを真実に変えて話しなさい。』
お義父様の言葉通りに、私は皇太后陛下と、嫌な目をしている夫人たちの目をじっと見る。
「幼い頃の話です。」
『?』
「屋敷に賊が入り込み…私は手足を縛られ、口を塞がれ、誘拐される寸前でした。
お父様が剣の腕に秀でていなければ…私はあのまま拐われていたでしょう。
賊は屋敷の外で遊ぶ私に目を付けていたそうです。
それから…外が少し、恐くなりました。屋敷の者たちも…同じ事があってはいけないと。私を誰の目にも触れさせない様にしていました。」
『………。』
「お父様に続きお母様も亡くなり…屋敷の中しか知らない私を連れ出したのは老いた家令と使用人でした。
二人の孫娘として、私は二人に守られながら小さな家で暮らす事になって、そしてある日、クライス侯爵様が…お義父様が迎えに来て下さいました。兄と慕った父の、姉と慕った母の娘である私を…ずっと、探して下さっていたそうです。」
王太子だった頃のマティアスが住民台帳というものを提案するまで、国民一人一人を管理をするものはこの国にはなかった。
否、この世界には。
この領地は○○男爵が、○○伯爵がという大雑把なものはあったらしいけど、家族構成や夫人が何人いるだとか、子が何人いるだとか、詳細な管理をしてはいなかったのだ。
未だ現存している貴族は夫人や子の名、性別、何人いるかも管理されるようになったが、後継ぎもおらず途絶えた爵位の家は追う事が出来ない。
よって私がベラトーニ伯爵家の娘であるかそうでないかは誰にも分からない事で、だけどこの国で力を持つお義父様が真実だと言えば真実なわけで。
私は誰が何と言おうとベラトーニ伯爵家の娘になる。
「今は亡き家の娘でありますが……お義父様の義娘として迎えて貰う以前の私の名は…サイカ・ベラトーニと申します。」
「ベ、ベラトーニ!?」
「ベラトーニ伯爵家ですって!?」
「この国の英雄ですわよ!!」
「クライス侯爵令嬢、それは、…真実ですの?
本当に、貴女は、…ベラトーニ伯爵家の、」
「嘘偽りも御座いません。
疑いがあるのでしたら、どうぞ心ゆくまでお調べ下さい。
当時屋敷に勤めていた使用人は恐らく年を取っていると思いますが…何処かで暮らしているはずです。
証言を取って頂いても構いません。お伝えしている事が、真実なのですから。」
『………。』
堂々と、一歩も怯むなとお義父様は私に言った。
私が堂々としていられるように、そう出来るようにするのが俺の役目だと言ってくれた。
だから臆する事なく挑みなさいと。お前の言葉は全て、真実になると、そうはっきり言ってくれたのだ。
さあ、かかってこい!!現代社会の荒波に揉まれ続けてきた私はこの程度の壁、容易く飛び越えて見せる!!
と心の中で意気込んだ矢先だった。
「ほほほ…!!わたくしたちに一歩も怯まず、大した令嬢だこと!!」
「本当ね…!!この方であれば大丈夫でしょう。
儚い見目に反して何と豪気な。ふふ、ふふふ…!全く、冷や冷やしたわ!」
「……え。」
「ごめんなさいね、侯爵令嬢。
試すような事をしてしまって。気を悪くしないで頂戴。」
「…試す…?私は、試されていたのですか…?」
おほほほほ…!と何故か場が盛り上がっている。
完全に置いてけぼりな私……そして状況が今一理解出来ないでいる私。
「皇太后陛下。この方は小国の王女とは違いますわ。
わたくしたちに囲まれても嫌な目を向けられていても、怯まずに立ち向かって来ましたもの。
流石はベラトーニ伯爵家の令嬢です。勇猛果敢な気質を受け継いでおりますわね。」
「ふふ、そうね。
…クライス侯爵令嬢。わたくしは貴女を歓迎します。
お茶にしましょう…サイカ嬢。」
あ、はい。と入れられた紅茶に手を伸ばす。
音を立てずにこくりと飲めば…自分でも気付いていなかった喉の乾きを感じた。
「美味しい?」
「はい、美味しいです。」
「ふふ、そうでしょう。緊張して喉も乾いたわよね。」
「は、はい。」
何だろうか。何だか、印象が随分と違う。
私に笑いかける皇太后陛下は…すごく優しい顔をしていて、とてもマティアスを蔑んでいる人だとは思えない。
「元々、わたくしはアスガルト国の王女を受け入れるのは反対だったのです。
ですが陛下の伴侶を探すのも…難しい事は分かっていました。
そういう状況があって、わたくしは仕方なくルシア王女が嫁ぐ事を受け入れたのです。」
「……反対した理由は…何故でしょうか?」
「あの方は大国、レスト帝国の妃に相応しくありませんでした。妃になれば沢山、煩わしい事があります。大変な事ばかりで…辛い事も沢山。
国の事だけではなく、子の事まで色々と言われますもの。」
「………。」
「泣き言ばかり、自分を正当化する言葉ばかり。
さも自分が一番不幸で、可哀想だと言わんばかりの態度。
多くの国の、王族貴族が集まる場でさえ…妃としての役割を果たさず下を向いているばかり。
そういった愚かな態度が周りに悪い印象を抱かせるのです。」
ふんす、と意気込む皇太后陛下。
…目がつり上がっていて恐い。相当腹が立っているのが伝わってくる。
「小国の王女が嫁ぐ、その意味をあの方は分かっていなかったのよ。周りから色々言われるのも、嫁ぐ前から分かっていた事です。本来なら。
だけどあの方はただ少女のように震えて下を向くばかりでした。わたくしだって沢山言われたわ。この場にいる夫人たちもそう。」
「ええ、本当…色々言われましたわ…。
わたくし、実家が男爵家ですの。自慢ではないけれど、夫の一目惚れで嫁ぐ事になって。男爵家と伯爵家の婚姻でしょう?
散々嫌味を言われましたわ…本当に。」
「私の家は伯爵ですけど…お金がない家でしたの。
金目当てだとか何だとか、よくもまあ次々と出てくるものねと感心するくらい沢山言われましたのよ。」
「…悲しい事ですね…。」
「…ほほほほ!!何て可愛らしいのでしょう!
皇太后陛下、サイカ嬢を譲って下さらない?
息子の嫁に…わたくしの娘にしたいわ!お義母様と呼んで欲しいわ!!」
「サイカ嬢は陛下の婚約者。わたくしの娘ですよ。」
「まあ、見て下さいな!サイカ嬢が照れていましてよ!
おほほ、林檎のように頬を赤くして…本当に可愛いわ、この子。素直ですのねぇ。」
一体。これはどういう状況なのか。
女の集まり…戦いの場だったのでは?
「こほん、…サイカ嬢。
力を持つ家柄に嫁ぐというのは大変な事です。
ましてそれが…国の中心にいる家で、王家であれば尚。
ルシア王女のように震えているだけではいけません。
震えていても、誰も守ってくれない時は必ずあります。」
「はい。」
「ライズ卿の事がなくとも…遅かれ早かれ駄目になると思っていました。あの方はどこまでも“少女”でしたから。
だからわたくしは皆さんに協力してもらって、貴女を試したの。
レスト帝国の国母となれる方かどうか。……陛下の、息子を支える伴侶となれるか。それを知る為に。」
「………。」
マティアスの存在が皇太后陛下の口から出て、夫人たちは席を立ち礼を取って場を後にする。
二人きりになった空間で、私は皇太后陛下の言葉を待った。
パワハラやセクハラ、理不尽な仕事の押し付け等々…社会に出てから経験した事もあったけど、女同士のいざこざに比べれば可愛いものだ。それなりにしんどかったけど。
色んな人がいる。
自分を悪者にしない、そういった事が出来る人。
周りを上手く使う人。
親切な振りをして、その実踏み台にしていく人。
親しい間柄であるはずなのに、陰で悪口を言っている人。
そういうちょっと高度な技は、男より女の方が長けていると思う。…いい事じゃないんだけど、自分が被害に合った時でさえ…凄いなと感心したくらいだ。
女という生き物は一番、油断しちゃいけない。
それはいつの時代でも、どんな世界でも同じだろう。
『サイカ、よく聞きなさい。
マティアスの婚約者になったお前は色んな意味で注目を浴びる事になる。』
『はい。』
『お前程美しい女は探した所でいるはずがない。
そんなお前がこれまで何処で暮らしていたか、疑いの目を向けて来る者も大勢出てくるだろう。
お前が娼婦である事が知られてしまえば…周りの目が厳しくなる。貴族の夫人や令嬢は娼婦を嫌って、卑しい人間と蔑んでいるからな。』
『…はい。』
『いいかサイカ。堂々としていなさい。
貴族の集まりでは一歩も怯んではいけない。
怯めば隙が出来る。その隙を突いて、相手はお前を追い詰めてくる。お前はただのサイカではなく、この俺の娘…サイカ・クライス侯爵令嬢だ。そしてそれ以前のお前の名は、サイカ・ベラトーニ。
今は亡きベラトーニ伯爵家、その夫婦の一人娘だ。』
『…ベラトーニ伯爵家…。』
お義父様の曾祖父の代から付き合いがあるベラトーニ伯爵家は元々男爵で、初代伯爵となった人物が戦争で武功を立てて陞爵した家系だった。
それもただの武功ではなく、当時は国の英雄とも呼ばれる働きをしてのけた。
ベラトーニ男爵領は小さな領地だった。
人口も少なく、領地には私兵がいなかった。
農業を営んでいる民たちが戦時には兵になる。つまり半農半兵の組織が勇猛果敢に戦い、まだ大国ではなかったレスト帝国に勝利をもたらしたという話がこの国の歴史書に記録されている。
この戦いでレスト帝国は豊かな資源を持つ国を領地に取り込む事が出来、大国への足掛かりにもなった。
初代ベラトーニ伯爵は男気に溢れ、そして民思いの優しい領主であったそうだ。
思わしくない戦況の中、初代ベラトーニ伯爵とその臣たちは一歩も怯む事なく戦い続けたと歴史書に書かれてある。
本来将とは陣にいるもの。がしかし、熱い男であった初代ベラトーニ伯爵は自らが剣を持ち真っ先に相手に挑んだと言う。
その姿は臣たちの士気を高めた。
守るべき君主が自ら敵に立ち向かうその姿は、臣たちの心を一つにし、そして彼らが果敢に敵に立ち向かう姿は多くの人の心を動かし、勝利を得た。
そんな事があって、初代ベラトーニ伯爵は国の英雄とも呼べる存在になっていたのだ。
『俺の知るベラトーニ伯爵も素晴らしい御仁だった。
勇猛で、民思いの優しい方でな。死んだ原因も、川で溺れた領地の子供を助けた為だった。今から二十二年も前の話だ。』
『…夫人は…』
『夫人は元々体の弱い方だったんだ。あの夫婦は互いに愛し合っていたから…夫が死んだのが余程堪えたのだろう。
夫婦に子はいなかった事もあって…翌年、後を負うように死んでいった。』
『そうだったんですね…。』
『ベラトーニ伯爵は俺の十、上でな。
優しくしてくれたんだが…まあ、当時子供だった俺はこの見目もあって皮肉れていた。
あの優しさを鬱陶しいとまで思っていて……信じられなかったんだ。ルイーザの言葉をすぐ信じる事が出来たのは彼女も子供だったからだ。純粋な言葉が嬉しかった。
でも、十も年の離れた伯爵の優しさは簡単には信じれなかった。』
『……。』
『俺の中の勘違いが解けてからは…それまでの事を謝って、仲良くしてもらった。それこそ弟のように…。
ある時ふと、伯爵がこう言ったんだ。自分に何かあった時は…うちの者たちを頼みたいって。だから伯爵と夫人が亡くなった後、使用人たちをクライス家に受け入れた。彼が大切にしていた者たちだから。
伯爵はお前と似た御仁だったよ、サイカ。』
『私と?』
『ああ。』
『お前と同じように規格外な方だった。
夫人と揃って屋敷の掃除をしたり、料理を作ったり。
その料理をもてなしてくれたりした。
そういう方だったから、使用人の数も少なくてな。
ベラトーニ伯爵家は代々、人を大切にする家系だった。
お前をベラトーニ伯爵家の子にとマティアスに提案したのもそれがあったからだ。』
『…私が、ベラトーニ伯爵家の人間だと名乗ってもいいのですか?』
『構わんさ。今ごろ天で咽び泣いているだろう。
あの夫婦はそういう方たちだからな。
それに…お前は赤の他人とは思えない程、ベラトーニ伯爵の気質そっくりだ。勇敢で優しく、情に厚い。そして夫人の気質でもある愛情深さも持っている。』
お前は確かに、ベラトーニ伯爵家の子に相応しい娘だ。
勿論、俺の娘でもあるが。
そう言ってくれたお義父様が見せてくれたベラトーニ伯爵夫妻の肖像画は…何処か両親に似ていた。
「令嬢はクライス侯爵閣下の義娘になる前は何処で何をされていたのかしら。
候が仰るには古い知り合いの娘さんだと伺いましたが…どこのどなたの、…どこの家の娘さんなのか知りたいわ。」
「どうしてこれまで社交界に出て来なかったのかしら。
貴女程の美しい令嬢が社交界に出ればすぐに噂になるもの。
だけどこれまで、そういった噂を耳にした事はなくて…不思議だわ。」
「ね。本当は平民で、そういった場に行く機会が無かったのではと変に勘ぐってしまうのよ。…貴族はね。」
おほほ、と嫌な目をして笑う夫人たち。
マティアスの前の奥さんも、こうした洗礼を受けたのだろうか。
彼女は…一人で切り抜けたのだろうか。
分からないけれど、何にしても負けられないと思った。
『サイカ。相手を騙す時は堂々としていなさい。
怯んではいけない。目を逸らしてもいけない。偽りを真実に変えて話しなさい。』
お義父様の言葉通りに、私は皇太后陛下と、嫌な目をしている夫人たちの目をじっと見る。
「幼い頃の話です。」
『?』
「屋敷に賊が入り込み…私は手足を縛られ、口を塞がれ、誘拐される寸前でした。
お父様が剣の腕に秀でていなければ…私はあのまま拐われていたでしょう。
賊は屋敷の外で遊ぶ私に目を付けていたそうです。
それから…外が少し、恐くなりました。屋敷の者たちも…同じ事があってはいけないと。私を誰の目にも触れさせない様にしていました。」
『………。』
「お父様に続きお母様も亡くなり…屋敷の中しか知らない私を連れ出したのは老いた家令と使用人でした。
二人の孫娘として、私は二人に守られながら小さな家で暮らす事になって、そしてある日、クライス侯爵様が…お義父様が迎えに来て下さいました。兄と慕った父の、姉と慕った母の娘である私を…ずっと、探して下さっていたそうです。」
王太子だった頃のマティアスが住民台帳というものを提案するまで、国民一人一人を管理をするものはこの国にはなかった。
否、この世界には。
この領地は○○男爵が、○○伯爵がという大雑把なものはあったらしいけど、家族構成や夫人が何人いるだとか、子が何人いるだとか、詳細な管理をしてはいなかったのだ。
未だ現存している貴族は夫人や子の名、性別、何人いるかも管理されるようになったが、後継ぎもおらず途絶えた爵位の家は追う事が出来ない。
よって私がベラトーニ伯爵家の娘であるかそうでないかは誰にも分からない事で、だけどこの国で力を持つお義父様が真実だと言えば真実なわけで。
私は誰が何と言おうとベラトーニ伯爵家の娘になる。
「今は亡き家の娘でありますが……お義父様の義娘として迎えて貰う以前の私の名は…サイカ・ベラトーニと申します。」
「ベ、ベラトーニ!?」
「ベラトーニ伯爵家ですって!?」
「この国の英雄ですわよ!!」
「クライス侯爵令嬢、それは、…真実ですの?
本当に、貴女は、…ベラトーニ伯爵家の、」
「嘘偽りも御座いません。
疑いがあるのでしたら、どうぞ心ゆくまでお調べ下さい。
当時屋敷に勤めていた使用人は恐らく年を取っていると思いますが…何処かで暮らしているはずです。
証言を取って頂いても構いません。お伝えしている事が、真実なのですから。」
『………。』
堂々と、一歩も怯むなとお義父様は私に言った。
私が堂々としていられるように、そう出来るようにするのが俺の役目だと言ってくれた。
だから臆する事なく挑みなさいと。お前の言葉は全て、真実になると、そうはっきり言ってくれたのだ。
さあ、かかってこい!!現代社会の荒波に揉まれ続けてきた私はこの程度の壁、容易く飛び越えて見せる!!
と心の中で意気込んだ矢先だった。
「ほほほ…!!わたくしたちに一歩も怯まず、大した令嬢だこと!!」
「本当ね…!!この方であれば大丈夫でしょう。
儚い見目に反して何と豪気な。ふふ、ふふふ…!全く、冷や冷やしたわ!」
「……え。」
「ごめんなさいね、侯爵令嬢。
試すような事をしてしまって。気を悪くしないで頂戴。」
「…試す…?私は、試されていたのですか…?」
おほほほほ…!と何故か場が盛り上がっている。
完全に置いてけぼりな私……そして状況が今一理解出来ないでいる私。
「皇太后陛下。この方は小国の王女とは違いますわ。
わたくしたちに囲まれても嫌な目を向けられていても、怯まずに立ち向かって来ましたもの。
流石はベラトーニ伯爵家の令嬢です。勇猛果敢な気質を受け継いでおりますわね。」
「ふふ、そうね。
…クライス侯爵令嬢。わたくしは貴女を歓迎します。
お茶にしましょう…サイカ嬢。」
あ、はい。と入れられた紅茶に手を伸ばす。
音を立てずにこくりと飲めば…自分でも気付いていなかった喉の乾きを感じた。
「美味しい?」
「はい、美味しいです。」
「ふふ、そうでしょう。緊張して喉も乾いたわよね。」
「は、はい。」
何だろうか。何だか、印象が随分と違う。
私に笑いかける皇太后陛下は…すごく優しい顔をしていて、とてもマティアスを蔑んでいる人だとは思えない。
「元々、わたくしはアスガルト国の王女を受け入れるのは反対だったのです。
ですが陛下の伴侶を探すのも…難しい事は分かっていました。
そういう状況があって、わたくしは仕方なくルシア王女が嫁ぐ事を受け入れたのです。」
「……反対した理由は…何故でしょうか?」
「あの方は大国、レスト帝国の妃に相応しくありませんでした。妃になれば沢山、煩わしい事があります。大変な事ばかりで…辛い事も沢山。
国の事だけではなく、子の事まで色々と言われますもの。」
「………。」
「泣き言ばかり、自分を正当化する言葉ばかり。
さも自分が一番不幸で、可哀想だと言わんばかりの態度。
多くの国の、王族貴族が集まる場でさえ…妃としての役割を果たさず下を向いているばかり。
そういった愚かな態度が周りに悪い印象を抱かせるのです。」
ふんす、と意気込む皇太后陛下。
…目がつり上がっていて恐い。相当腹が立っているのが伝わってくる。
「小国の王女が嫁ぐ、その意味をあの方は分かっていなかったのよ。周りから色々言われるのも、嫁ぐ前から分かっていた事です。本来なら。
だけどあの方はただ少女のように震えて下を向くばかりでした。わたくしだって沢山言われたわ。この場にいる夫人たちもそう。」
「ええ、本当…色々言われましたわ…。
わたくし、実家が男爵家ですの。自慢ではないけれど、夫の一目惚れで嫁ぐ事になって。男爵家と伯爵家の婚姻でしょう?
散々嫌味を言われましたわ…本当に。」
「私の家は伯爵ですけど…お金がない家でしたの。
金目当てだとか何だとか、よくもまあ次々と出てくるものねと感心するくらい沢山言われましたのよ。」
「…悲しい事ですね…。」
「…ほほほほ!!何て可愛らしいのでしょう!
皇太后陛下、サイカ嬢を譲って下さらない?
息子の嫁に…わたくしの娘にしたいわ!お義母様と呼んで欲しいわ!!」
「サイカ嬢は陛下の婚約者。わたくしの娘ですよ。」
「まあ、見て下さいな!サイカ嬢が照れていましてよ!
おほほ、林檎のように頬を赤くして…本当に可愛いわ、この子。素直ですのねぇ。」
一体。これはどういう状況なのか。
女の集まり…戦いの場だったのでは?
「こほん、…サイカ嬢。
力を持つ家柄に嫁ぐというのは大変な事です。
ましてそれが…国の中心にいる家で、王家であれば尚。
ルシア王女のように震えているだけではいけません。
震えていても、誰も守ってくれない時は必ずあります。」
「はい。」
「ライズ卿の事がなくとも…遅かれ早かれ駄目になると思っていました。あの方はどこまでも“少女”でしたから。
だからわたくしは皆さんに協力してもらって、貴女を試したの。
レスト帝国の国母となれる方かどうか。……陛下の、息子を支える伴侶となれるか。それを知る為に。」
「………。」
マティアスの存在が皇太后陛下の口から出て、夫人たちは席を立ち礼を取って場を後にする。
二人きりになった空間で、私は皇太后陛下の言葉を待った。
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