平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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111 愛は尊く 後編

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愛し愛され、愛という養分を貰って、女は美しく咲く。
受け入れ、認め、悩み、苦しみ、選択し、決意し、そうして人間は成長する。

女として、人として成長していくサイカは咲き誇る薔薇のように美しかった。


「皆に聞いて欲しい事があるの。」


リュカとの婚約式を終えた王宮の客室。
その一室に集まったマティアス、ヴァレリア、カイル、リュカ、ディーノ、サーファス。六人の男は穏やかながら、強い瞳で自分たちを見るサイカにはっとする。
それは強い信念を持った人間の顔だった。


サイカはこの異世界に来るまで、只の一人の人間だった。
世の中に与える影響などない。どこにでもいる沢山の人間の一人。
この異世界でも只の一人の人間である、サイカのそんな気持ちは変わらないけれど、周りはそう思ってはいない。
この世界でサイカは異質で、特別。サイカ自身がそう思わなくとも、周りはそうじゃない。その事実もサイカは受け入れた。
サイカにとっては世界なんてどうでもいい。
生きていく為に働いて、生きていく為に食べて、飲んで、寝る。
ただ生きるだけじゃ詰まらない。楽しみもあっていい。
友人と、両親と、会社の同僚と、誰かと日常の一部を過ごす。
自分が生きている人生と、自分の人生で大切なもの以外はどうでもいい。
戦争だとか、経済だとか、差別だとか格差だとか。
普通で、平凡で。特に自身の人生に影響しない物事に対してはどうでもいい。
そういう暮らしを送っていた。それはサイカだけでなく、サイカの周りもそうだし、多くの人がそういうものだ。
家族でも友人でもない他人の人生、生い立ちを気にする人はいない。
道端で寝ているホームレス。
捨てられたのか野良なのか。痩せ細った犬猫。
自分ではない、誰かや何かの不幸を可哀想とは思う事があるけれど、ただそれだけ。
責任を持てないから干渉しない。自分の事で手一杯。
サイカだけでなく、誰もがそうだ。
だからサイカは自分を特別優しいだとか、清い人間だとは思わない。
周りの人と同じように。普通に、平凡に生きてきたこれまでの人生を、サイカは後悔もしない。
大切なのは今とこれからだと知ったから。


「変えていきたいと思うの。
変えれる事は少ないし、とても時間が掛かるけれど。
差別や格差が、少しでも無くなればいい。
そういう世の中が、百年先とか、二百年先だとか。
いつかの未来で、当たり前に来るように。
初めの一歩を、やりたいと思うんです。」

『………。』

「皆もそう。普通の容姿であるフィル殿下の事もそう。
美しいとか醜いとか。でもそれは、人によって違うもの。
私の思う美しいが皆であるように。誰かの美しい、醜いは、人それぞれ違う。
例えば。この世界で醜い人を、そうじゃなくて美人だと、格好いいと思う人がいても。
周りが違うと言えば周りの意見に合わせる人は当然いる。」

人は、弱い生き物だから。
皆が皆、意思を強く持てるわけじゃないから。
自分の意思を、貫き通せる人ばかりじゃないから。
だって、仲間はずれになりたくない。指を差されて、除け者にされて、敬遠されて生きていたくないから。
正しいと思っても、周りに合わせて意見を変えてしまうのはよくある事だから。

「人には善悪がある。
だけど、恐いから。同じじゃないのがまた、差別の対象になったりするから。だから、正しいと思う選択が出来ない事もある。結果的に、悪になる事もある。
それって、いつまで続くんだろう。きっと、ずっと続く。
だって人は、一人では生きていけないから。
世界は、その人だけじゃないから。沢山の人と、生きていかなくちゃいけないから。」


サイカもそうだった。自ら茨の道を歩む人は少ない。
誰だって楽をして生きていたい。
脚光を浴びなくとも、影響を与えなくともいい。
無難に、平凡に、普通に生きていけたらいい。
各々が思う、些細な幸せが実ればいい。

「何もしないと変わらない。
ずっと、永遠にこのまま。
私がしなくとも、誰かがするかも知れない。今、私と同じ考えを持つ人はきっと何処かにいて、私がしなくとも、その人がするかも知れない。
でも、やらないという事は、同じ考えであるという事。
誰かがやる、いつか、どうにかなっている。そう思っているという事でもあるから。」

誰かが行動して、世界は動く。
誰かがこれじゃ駄目だと強い気持ちを抱えて、動いて。また誰かを動かして、些細な事も大きな事も変わっていく。
歴史は物語る。先人たちのそうした強い思いの先に、今の日本があるように。今の世界があるように。

「私、子供が欲しい。
愛する皆の子供。その子が美しかろうと、醜かろうと、どんな姿で生まれようと、私は大切に育てていきたい。
生まれてきて良かった。私の子で良かった。
この世に生まれて、私の子に生まれて幸せだって、最終的に思ってもらえるように。沢山愛して、愛を実感して生きてほしい。」

華奢な腹に手を当て、サイカは慈しむように未来の我が子の姿を想像し、語りかける。

「実際に生まれてみたら、酷い母親になるかもしれない。
いつも穏やかじゃなくて、汚い言葉で怒ったり、手を上げることもあるかも知れない。
想像してみたの。私に子供が生まれて、その子が大人になって、子供が生まれて。そういう人の営み、歴史を世界は繰り返すんだって。
今までと同じ、これから先も同じ。生まれ、老いて、人は死んでいく。」

サイカは自分が王妃になる自覚はあっても、民が自分の子になるその実感はない。
平凡に、普通に生きてきたサイカは、ただの人だから。
生まれながらの王や王子、お姫様でもない。
自分の人生だけを生きてきた只の一人の人間だったから。

「想像してみた。
私の子の、子供、その子供の子供。そうして人の営みは続いていく。
私の子、私の孫、私のひ孫。何百年先の、子孫まで。
考えたら、ぜーんぶ、私の子。私と、愛する皆の子供。
何百年先なんてとっくに死んでるだろうけど。でもきっと、生きていれば愛しいと思う。
だって、私と、私の愛する皆の子孫だから。きっと可愛くて堪らない!」

ふふふ、と目を輝かせて笑うサイカに、男たちは目を奪われた。
未来の子供たちを思い浮かべ、慈しむように笑うサイカは、誰の目にも美しく映った。

「私の可愛い子供たちが幸せになれる未来を作ってあげたい。
私の両親も、私を凄く、もの凄く愛してくれた。
会えなくなるまでずっと、大人になった私をいつまでも。きっと今も。お爺ちゃんもお婆ちゃんも。
私は誰かに愛され、今日も生きてる。尊い愛を貰って、生きている。私だけじゃない。皆、誰かの愛に支えられて生きてる。そうやって人の営みは続くから。」

世の中の全ての人を、とはいかない。
最初のきっかけは自分と、自分の人生に関わる誰か、何かがきっかけだ。
日本にいた頃のサイカはどこにでもいる一人の人間だった。
サイカ一人の存在で世の中は動いたりしないし、サイカ一人がいなくなっても何の影響もない。
影響があるのはサイカを愛していた両親、友人たち。
けれど異世界でのサイカは特別だった。
何かに導かれるように来てしまった異世界は、日本とは美醜の定義が違う、おかしな世界。
色んな差別や格差が大きく蔓延る、閉鎖的な世界。
人の関わりが大きい、人が人を左右する、文明が発達していないそんな、異世界。
日本とは違う。この世界でサイカは、特別で、異質な存在。
大国の王であるマティアス。レスト帝国の中心にいるディーノ、リュカ、ヴァレリア、カイル。ドライト王国の王子であるサーファス。
何の導きか。権力のある男たちと知り合い、彼らに大切にされているサイカ。
サイカがいなくなれば、とてつもなく影響は大きい。
本城 彩歌には出来ないことが、サイカ・クライスでは出来る。
サイカ・クライスにしか出来ないことがある。

「沢山の人は無理だから。私は神様じゃないから。
私は私の大切なものの為にしか動けない。そういう人間。
でもきっと、先人たちもそうだった。
自分の為、自分の大切な誰か。自分の人生に関わりのある何かの為。それがきっかけで動くんだと思う。」

そうして、少しずつ変わるものがある。
一人が二人に、十人に、百人に、千人に、万人となって。
そうやって歴史は動く。些細な事から大きな事まで。

「差別を無くしたい。差別は誰かを不幸にする。
格差もそう。どれもこれもは無理だから、私は私の大切な人が嫌な思いをしないように、したい。
マティアス、リュカ、ヴァレ、カイル、お義父様、サーファス様。
貴方たちは美しい。貴方たちは、私にとっては凄く綺麗で、格好よくて、美しい人たち。」

「…サイカ、」

サイカの名を呼んだマティアスの声は、酷く掠れていた。
ぞわりと心が震える。
その感情のまま、名を呼んだから。

「愛し続ける事で、思い続ける事で変わる未来もきっとある。
今変わらなくとも、百年先、二百年先の未来で少しでも変わってくれていたらいい。
私が生きている間で成し遂げられなくても、子供の代、ひ孫の代、その先も続けていけば、いつか当たり前になる日がくるかも知れない。
そうしたら、少しは生きやすい世の中になってるかも。そうでしょう?」


愛していると、サイカが言う。
マティアスを、リュカを、ヴァレリアを、カイルを。
ディーノを、サーファスを。
各々形は違えど、愛しているとサイカが言う。

「こんなにも、こんなにも愛してる。
貴方たちが、愛おしい気持ちでいっぱい。
変えたい、こんなに強く思う事も初めて。自分の事しか考えて生きてこなかった私が、こんなにも。
それは、皆に出会ったから。
この国で出会った貴方たちが、こんなにも愛おしいから。」


男たちは静かに、静かに涙を流した。
何よりも愛しい女、サイカにこんなにも愛されている。
愛され、祝福され、望まれている。
慈しみのこもった目で、声で愛していると伝えるサイカはそれはそれは美しい女だった。

「サイカという私の名前は、両親からの最初の愛情。
自分の人生を彩り豊かに謳歌しなさい。そういう意味が込められてるんです。
だから私は自分の人生を幸せに生きようと思うし、私の愛する人たちも幸せにしたい。
それが、貴方たち。」

強い、強い光がサイカの瞳の奥にあった。
人として、一人の人間として成長しようとする強い姿が、サイカにあった。
普通で平凡な本城 彩歌は、特別なサイカ・クライスになろうとしていた。

「サーファス様、ありがとう。
サーファス様が気付いて、私に気付かせてくれたから心が軽くなったんです。
皆に私が特別じゃない事をきちんと話せたのもサーファス様のお陰。だから、こういう風に考える事も出来た。
どこまでも特別になってみようって。」

「俺たちが本当のサイカを知ったからだね?」

「そうです。
私の大切な人たちが私の事を知ってくれているなら、私は特別を演じても本当の自分を見失う事なく、自分らしくいられると思うから。
疲れた時に安らげる場所が皆の側にあるから。只の女に、只のサイカに戻れる場所がちゃんとあるなら、じゃあ、色々好きにやってみようかなって思えました。」

サーファスが気付いて、サイカに気付かせる。
無意識の中にあった意識を、引き出し、気付かせる。
それがあったからサイカは自分自身を見つめ、省みて、受け入れ認める事が出来た。
真面目でもあり、楽天的でもあるサイカ。
深く悩む事も多々あるけれど、思いきりのいい所もある。
決めたらもう、迷わない。突き進む。そういう強い所もある。


「サーファス様が気付かせてくれないままであったなら。
少し前の私であったなら、多分…ううん。絶対に動こうとする事はなかった。無難に、平凡に。逃げではないけれど、これから先も妥協して生きていると思います。
変わればいいなと思っても、変えようとは思わなかった。
私の中に道を作ってくれてありがとう、サーファス様。」

「はは、嬉しいな。うん。凄く嬉しい。俺が、君の役に立てる事。今のサイカはとても輝いてる。いい方向に変わるきっかけ、手伝いが出来たんだね、俺は。」

「はい!」

「嬉しいなぁ…!
サイカ、思うようにやってごらん。君は只の女の子で、俺や皆と同じ一人の人間だよ。
だけどこの世界の多くの人たちは、君を特別に見ている。
サイカが変えたいと思う事を、俺たちは喜んで協力する。だって、嬉しいから。
君が俺たちの為を、未来を思うその気持ちが、とても嬉しくて、幸せだから。
…何て、尊い愛だろう。」


世界中の、沢山は無理だから。
サイカは人間で、神様ではないから。多くを救う事も、何かを新しく変える事も出来ない。
サイカが救えるのは少なく、変えられる事は小さい。
どうやって変えていくか具体的にも考えられていないけれど、特別なサイカが周りに示す事で変わる事もきっとある。
大切で、愛しいものたちの為に動いたその先の未来が、少しでもいいものになるように。

平凡で、普通で。どこにでもいる一人の日本人だった彼女は、少しずつ少しずつ成長していく。
一人の人間としても、一人の女性としても。
その輝かしい一つの成長を、六人の男たちは目の当たりにしたのだった。



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