平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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125 閑話 キリム②


「ふふ、そっかぁ…いよいよなんだ。」

僕の補佐をしているデュレクが興奮した様子で持ってきた一部の新聞。
そこには二月後に迫る陛下とサイカの結婚式についての記事が何ページにも渡って記載されていた。

「オーナー!!今日の新聞見た!?」

「今見てる所だよ。
……あはは、相変わらず規格外だなぁ、サイカは…!」

月光館を去ってもサイカからは便りが来る。
僕や皆は変わりないか。
自分は今こうだ。
どうか体にだけは気を付けて。
手紙を見れば分かる。サイカは変わらず自分の人生を楽しんで生きているのだと。月光館でいた頃と変わらず、いや、高位貴族になったサイカ、四人の権力ある男たちに見初められ、そして婚約者になってからは月光館にいた頃よりずっと大変だろう。
拐われたと聞いた時は心配した。
またあの時のように、大丈夫だと自分に言い聞かせてはいないだろうか。周りに心配をかけまいと強がってはいないだろうか。
サイカは、強い子だけど弱い子だ。
強い時もあって弱い時もある、普通の女の子だけど、周りをとても気遣う優しい子だから、そこは心配だった。

「…今回も乗り越えたんだね。」

あの子は不思議な子だ。
周りの助け、支えがあったとしても、乗り越えられないこともある。
乗り越えるにしても凄く時間が掛かる場合だってある。
いつだってサイカは前向きだった。
月光館に売られた時も前向きだった。

『…君は今日から娼婦になった。
娼婦は思っている以上に辛い仕事だよ。
なりたくてなった訳じゃない、君のような子には…特に。好きでもない男に体を売る…それを、割り切れない子も沢山いる。』

『……。』

『今は混乱もしているだろうし、気持ちもぐちゃぐちゃだと思う。
…だけど一つだけ覚えておいて欲しい。うちに来た子はもう、ここを出るまで僕の子だ。
この月光館にいる間は生活の保証はする。その点については不安に思う必要はないからね。』

これだけの美貌。さぞ両親や周りから愛されて育ったことだろう。
大切に大切に、守られながらこれまで生きてきただろう。
こんなに美しい子はこれまで見たこともない。
だからきっと、宝物のように大事に家に仕舞われて過ごしてきたはず。
可哀想だけど、でも娼館に売られた以上は耐えて生きていかなければならない。運よく家族が見つけて、買い戻すか。
それとも自分で稼いで花街を出るまで。

これまで守られてきただろう子が、果たして娼婦という仕事に耐えられるだろうか。
そんな不安があったけれど、サイカはきょとんとしてありがとうございます、と返事をする。
自分の状況を分かっていないのか、僕が思っている以上に世間知らずの箱入り娘なのか。
同じように拐われ売られた子だったならこの世の終わりみたいな顔で泣いている。
親に売られた子も絶望感で一杯の表情をするし、家族の為に自ら娼館に足を運んだ子であっても、暗い表情が当たり前だ。
けれどサイカは何も分かっていないようなそんな表情で。
凡そ特に何もないといったそんな表情でお礼を言った。
まだ混乱しているのかな、とその時は思ったけれど…でも翌日にサイカの様子を見に行けば…やっぱりサイカは絶望している様子でもなく、暗い表情でもなく、普通の表情のままだった。


『おはよう。…気分はどうかな?』

『あ、はい…何ともありません。』

『それはよかった。
…それで…昨日の話の続きだけど…。
君がここから出るには、ここで体を売って稼がないと出る事が出来ない。』

『…はい。』

『でも、辛い時や苦しい時は我慢して欲しくない。
ここにいる以上は僕の子同然だ。
皆が無理なく働ける環境にしたいんだ。この月光館では。』

『…はい。……えと、色々とあって、混乱していたのは…してたんですけど、』

『…?』

『ええと、昨日の話とか、今の自分の状況とか、考える事は出来ました。』

『……。』

冷静だな、この子。
そう思った。
あの老夫婦に薬を盛られて娼館へ売られて、そんな事があった昨日の今日で僕が伝えた話を整理したり、自分の状況を考えられる事が出来るなんて…見た目に似合わず強い子なんだ。
そう思った僕は次の瞬間、彼女の言葉に度肝を抜かれる。

『それで…考えた結果なんですけど、』

『…うん。』

『…男性経験がなくとも大丈夫でしょうか。』

『……え、そこ?
……いや、ちょっと待って?処女なの!?そんな絶世の美女な容姿なのに処女なのかい!!?これまでに恋人は…!?はっ!…やっぱり箱入り娘…!?
いや、そうじゃない…!それも驚きなんだけど、違うんだよ、ええと……娼館に売られたんだよ?騙されて、売られたのは分かってる!?』

『はい。…薬でも盛られたんですよね。途中から不自然に意識がないですし……人って見た目のままじゃないですよね…やっぱり。』

『いやいやいや、分かってるなら何でそんなに冷静になれちゃうかな!?
不安とか怒りとか、そういうのは!?あるよね普通!もっとこう、…もっと!』

『ありますよ?不安も怒りも。
これからどうなっちゃうのかな、とか。
あの老夫婦に対する怒りとか、ありますあります。』

『……にしては…、昨日から泣いたりもしないし…』

『泣きました。あの老夫婦に会う前と、それから昨日の夜、一人になった時も。でも泣いたって現状は変わらないから、考えないと。考えないとこの先どうすればいいかも見えないじゃないですか…。
でもまだ考える材料が足りないから、じゃあ今はなるようになるしかないかなと。』

『……。』

うん。あれには本当に度肝を抜かれた。
だって、見た目は女神のように美しい絶世の美女。
…まだ少女のような幼さ、あどけなさが残っている顔立ち。
きっと皆に愛されてきたはず。
愛される為に生まれてきた、そんな容姿のサイカ。
けれど性格は守ってあげないと、とそんな感じの子じゃなかった。
そう、これまで誰かに守られ生きてきたというような子じゃなくて、自立して生きてきたような。
何をすればいいのか分からない、誰かに手を引かれないと歩けない、そんな子じゃなくて、一人でちゃんと歩いていける、そんな子だったんだ。
その後また色々話をして…サイカには戻る場所、両親ももういないという事が分かったのだけど。
この子、この類稀な容姿で今までどうやって生きてきたんだろう。不思議に思った。

月光館に身を寄せたサイカはすぐに皆から愛されるようになった。
それはサイカの特別な容姿だけじゃなく、サイカがサイカだから愛されたんだ。
きっとサイカは花街一番の女だけに留まらないだろう。
僕の直感は当たった。
一体サイカの運命はどうなっているのか。
どんな運命の元、この世に生まれてきたのか。
陛下を始め、クライス侯爵、クラフ公爵であるリュカ様に高位貴族の出であるヴァレリア様にカイル様。
あの子の周りに集まるのはこの世界でも高位である存在であり、そして…それまで絶望の中、人生を歩んできたであろう方々ばかり。
心に受けた傷は深く、簡単に癒せるものでもなく、また安易に乗り越えられるようなものでもない。
幼い頃からずっと誰かに疎まれ、蔑まれ、指を差され、嘲笑われ、好奇の目に晒され続けてきた傷が浅いものか。
これ以上傷付かないように、もうこれ以上傷付きたくもなくて必死に守っていた心。
彼らの心にサイカが触れ、彼らはそれを受け入れたんだ。
それは、奇跡のような出来事だろう。

立ち上がり、鍵の付いた机の引き出しから一通の手紙を取る。
先日届いたばかりの手紙を広げて、もう何度も目を通した内容を再び読んで、そして何度も嬉しい気持ちになる。

「必ず行きますよ、陛下。
大事な娘の祝い事なんですから。」

僕の元に届いた陛下からの手紙。
その手紙にはサイカと各々の結婚式が終わった後に身内や親しい者だけを招待した式を計画していることと、その際は是非来て欲しいと書かれてあった。
その理由として、娼婦であったサイカや自分たちも世話になった…だけでなく。
クライス侯爵と同様、サイカの義父であるからとも。
出来るならサイカの家族である月光館の皆、全員を招待したいけれど、娼婦は花街から出られない。そういうルールだ。それに、サイカが娼婦であった事実が世間に知られてはならない。
でも僕は元貴族で、クライス侯爵とも顔見知り。
なので僕は月光館の代表としても参加して、サイカが元気で過ごしている事を月光館にいるサイカの家族たちに伝えて欲しいとも書かれてあった。

最初に読んだ時は両手で手紙を握りしめてしまう程嬉しかった。
嬉しくて堪らなかった。
義父としてと書かれてあった事もそうだけど、一番はあの子が、サイカが月光館を去っても僕や皆を大切に思ってくれている事が。
今もまだ、家族と言ってくれている事が嬉しい。
そして陛下から頂いたこの手紙を読んだ時、僕は、自分がしてきた事は間違った事じゃないんだと、そう思える事が出来た。

娼婦を商品としてではなく、商品ではあるけれど家族として接する僕を同業者たちはおかしいと言った。
客の取れない娼婦は荷物だ。ゴミだ。価値はないと切り捨てる同業者。
客の取れない娼婦だろうと働きたいと言う子は雇って、出来る事をしてもらう僕。
醜い者、弱い者は生きる資格がないという同業者、世間。
醜い者、弱い者にだって生きる権利は当然あると考えている僕。
商品に同情してどうする。
娼婦はただの道具だ。
使い捨ての道具。
古くなれば捨て、新しいものを用意する。

その言葉を聞くたび、疑問に思った。
じゃあ母は何の為に生まれたんだ。
娼婦であった母。醜い容姿で生まれた母。
周りが言うような価値のない存在なら。
その母から生まれた僕は、何の為に生またんだ。

母の為に、僕自身の為に。
僕は月光館を作った。
生きたいと願う女たちへ。
必死に生きようとしている女たちへ。
母が出来なかった、“自らの意思で生きる選択”を与えるそんな場所を作りたいと思った。
孤独じゃない。
ここに来れば、仲間が、家族がいる。
一人で生きるのは大変だ。
それが、蔑まれる対象であるなら尚。
ここに来れば皆が家族。
誰かと共に食事をしたり、話をしたり、人として生きる、そういう生活が出来る場所を作りたい。
僕の思いが詰まった月光館

皆がお前は変わっている。お前は頭がおかしいと言った。
僕のしていることは間違っているのだろうか。
僕の考えはおかしいのだろうか。
醜いも普通も美しいも関係ない。
貧しいも豊かも関係ない。
誰しもが当たり前に生きるのはそんなにおかしいことなのだろうか。
優劣があって当然なのだろうか。
そう思ったことも何度もあった。間違っている、おかしいと、余りにも言われ過ぎて。

陛下の手紙には身内のみの式の誘いの他、こんな事が書かれてあった。

これまで当たり前であった差別や格差。陛下たちは自分たちがその差別を受けてきて理不尽に感じながらも仕方がないと感じていて、だってそれが世界の当たり前だったから。
だから“変える”という考えも持っていなかったと。


“サイカがな、こう言ったんだ。
差別や格差が少しでも無くなればいいと。
差別や格差は誰かを不幸にすると。
ずっと先の未来の話になるだろうが、そういったものが無くなるようにしたいと言っていた。
キリム、そなたとサイカは似ているな。”


書かれてあったこの言葉に背中を押された。
僕がしてきた事は何も間違ってなかったんだと。
格差や差別は不幸や憎しみ、絶望を作る。悲しい事だ。
だってそれは“区別”とは全然違うから。
誰もが当たり前だった、誰かを差別する、差を付けるという考えを、サイカは無くしたいと陛下たちに伝えた。
それが、また嬉しくて堪らなかった。

「僕も…力を貸すよ、サイカ。
変えていきたいもんね…?」


醜いから、貧しいから。平民だから、娼婦だから。
そんな事で誰かが幸せに、普通に生きていけないなんてやっぱりおかしいもの。
誰だって普通に、当たり前に選択していい。
生きる事も、何かをしたいと思う事も。
僕はそんな世界であって欲しいと思う。

温かな気持ちのまま、僕は花街の外を出る。
平民たちは相変わらず忙しそうに働いているけれど…でも笑顔が多い。
貧しくとも、楽しみを持って生きている人たちがいる一方でそうでない人たちもいる。

「待って、下さい…!
ど、どうしてですか…!?クビって、わ、私、何か、」

「あんたがいると客が寄り付かないんだよ!
表に出るなって言ったのにいらん気を使って!
客からこう言われたよ。醜女の顔を見て食う飯は不味いってな!何でお前を雇ってんだって言われちまったんだ。」

「……、」

「可哀想だとは思うけど、こうなった以上は辞めてもらわないとならん。
お前がいるから客が来ない。噂になってんだよ。醜女が料理を作ってるって。」


そう。彼女みたいに理不尽な扱いを受けながら生きている人も沢山いるんだ。


「……。」

店主らしき男が店の中へ戻り、彼女は周りから嫌な視線、笑いを受けながら俯いた顔を上げ立ち上がる。

「…!!」


その顔には見覚えがあった。
忘れられるはずもない。
僕が月光館を作ろうと決意したきっかけ。
そのきっかけになったのが一人の少女だった。
その少女に、彼女はよく似ている。
似ていると言うか、あの時の少女がそのまま成長したのが彼女だとすぐ気付いた。
何年も、もう二十年余り会っていなかったとしても、彼女があの時の子だと僕にはすぐ分かった。


「……また、探さなくちゃ…。」


ふらふらとした足取りで歩く彼女。
ああそうだ。あの時もそうだった。
理不尽な扱いを受けても、それでも生きたいと。
あの時と変わらず彼女は生きようとしている。

ああ、なら、なら。僕の所においで。
生きたいなら生きよう。君は生きていていいんだ。
君が生きていてくれて、僕は嬉しいよ。
足は自然と彼女に向かっていた。

「僕の店に来るかい?」

「……え?」

「…また、会えたね。」

「……貴方、は、……貴方は、あの時の、…あの時、お金を、くれた、」

「覚えててくれたんだね。
また、君に会いたいと思ってたよ。
ね。生きたいなら、僕の店においで。
僕の店で、僕の手伝いをして欲しい。」

「……貴方の、店…?」

「そう。僕はキリム。
花街にある、月光館という店のオーナー。
君が望むなら、僕は君を家族として迎える。食事を食べて、温かい布団で眠って、誰かと支え合って生きる。
そういう当たり前の生活は保証するよ。
…どう?」


それから月光館には家族が一人増えた。厳しいけれど年を取った彼女に娼婦の仕事は出来ない。
それは正直に彼女にも伝えた。
だから娼婦としてではなく、彼女はデュレクのように僕の補佐をしてもらう事になった。
彼女は真面目でよく働き、とても気配りが出来る子で僕も助かっている。

月光館に来たばかりの頃は暗い表情が多かった彼女は娼婦の皆からも母のように慕われ、今では毎日笑って過ごしている。
あの時と同じように、笑った顔は可愛いひとだと思った。

そして彼女と一緒に過ごす内、僕の中である変化が訪れる。
それは温かく、嬉しく、幸せな変化。
彼女という一人の女性を愛した僕の人生はこれからも苦労しつつ、幸せな道を歩んでいくことになる。
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