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148 リュカとの家デート sideリュカ
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「奥さ…妃殿下、いらっしゃいませ!ようこそお越し下さいましたっ!!」
「はい、来ちゃいました。
今日から二日間、お世話になりますね。」
「ええ、ええ!二日と言わず何日でも!クラフ公爵家使用人一同、妃殿下が来られるのを指折り!心待ちにしておりましたから!」
「ルドルフ、昼食を用意してくれ。」
「旦那様が本日の昼前には戻ると仰ってましたので既に準備してありますよ。今侍女たちがテーブルに並べているでしょうから、直ぐに召し上がって頂けます。
屋敷の200メートル先から馬車の確認をしてもらってましたからね!
妃殿下、長旅で喉が渇いたでしょう。冷たいジュースをご用意しておりますからね!」
「ありがとう!」
「……お前たちどれだけ楽しみにしてたんだ…。」
表情を輝かせているルドルフたちを見てそう呟く。
出迎えたルドルフ然り、屋敷の玄関先でずらりと並んだ数十の使用人然り、サイカの姿を目に映せば頬を染め目を輝かせているのがまず見えて、皆がサイカの訪問を心待ちにしていたのが分かる。
まあ、僕もそうなんだが。
「サイカ、まずは昼食にしよう。
…馬車の中で何度も可愛らしく腹が鳴っていたしな。空腹だろう?」
「そ、そうだけど。何でお腹が鳴った事を人前で言うの!」
「ははは!」
サイカの細い手を取り、エスコートをしながらダイニングへ向かう。
何故サイカが僕の家に来ているかと問われれば単純に、僕がサイカとゆっくり過ごしたかったからだ。
別に、サイカがヴァレリアやカイルとデートをしたのが羨ましかったわけじゃない。
サイカとゆっくり、心置きなく過ごせたのは僕たちが婚約をしてからたった一度。誰にも邪魔されない、僕とサイカだけのあの幸福な三日間を過ごして以降は僕もサイカも忙しくなり、ゆっくりと二人の時間を設けられなかった。
日程の調整をして帝都にいるサイカに会いに行けば…マティアスと毎日夜を共に過ごしているサイカが起きるのは大体昼前で、サイカと二人で過ごせるのはたったの数時間なわけだ。
しかも城はマティアスのテリトリー。
サイカと一緒に過ごす時間がもっと欲しい所だが僕にもやるべき事があって、サイカと過ごしたいが為に予定を変更して何日も帝都に滞在は出来ない。
こういう時、帝都から離れた場所にいるという事が酷くもどかしい気持ちになる。
「…良かったですね、旦那様。」
僕に向かってそう言うルドルフ。
今日、サイカが僕の屋敷に来る為の手間を知っているからこその言葉だった。
サイカを溺愛しているマティアスは自分のテリトリーからサイカが出る事を嫌う。
僕とサイカが結婚していればまだマシなんだろうが…婚約者という立場の今はサイカを僕の領地に呼ぶ事も苦労した。
今回がまさにそうだ。サイカを僕の領地で過ごさせる許可をもらおうとマティアスに手紙を送れば返事は否。
取って付けたような理由が書かれた返事を見て、手に取るようにマティアスの感情が分かった。
サイカを愛する者同士。サイカを自分の目、手の届く所に置きたいというその感情はよく分かるし、独占したいのも十分理解出来る。
僕もマティアスと同じだからだ。
マティアスに是と言わせるにはマティアスにとってのメリットがなければならない。
どうすれば僕のテリトリーでサイカと過ごせるか、マティアスの首を縦に振らせるにはどうすればいいかを考えた僕はその数日後、帝都へ向かいマティアスと交渉した。絶対の自信を持って。
『この間返事は送ったはずだぞ。』
『ああ、貰った。その貰った返事を踏まえて…今日はお前に一つ、提案をしに来た。提案と言うか、取引か。
マティアス。お前もサイカとゆっくり夫婦の時間を過ごしたくはないか?』
『過ごしたいとも。それが可能であれば。』
『二日程度なら、僕がその時間を作ってやれる。だから同じく二日、サイカを僕の領地で過ごさせろ。…どうだ?乗るか?』
『詳しく聞こう。』
マティアスは今、多忙だ。立場故、元々多忙な男ではある。だが今のマティアスはサイカとの新婚生活を十分満喫出来ない程多忙だった。
帝国内の事だけでなくドライト王国の案件とリスティアのあの事件の処理に追われているからゆっくりサイカと過ごす時間は夜しかない。
国内だけの仕事であればマティアスはもっとサイカと過ごす時間があっただろう。悪い意味でタイミングが重なってしまったんだ。
なので取引とはつまり、マティアスがサイカと過ごす二日間、僕がドライトやリスティアの処理を進めるという内容だ。
他に任せられなくとも、僕であれば可能だ。その自信があった。
僕も自分の仕事がある。その為二日程度が限度ではあるが…サイカと過ごせるのなら二日程度寝ずともいい。寧ろ二日寝ない程度でサイカと過ごせるのなら僕は何度だって同じ事をする。
『乗った。』
『よし!』
マティアスとのこうしたやり取りがあって、サイカは今日、クラフ公爵領に来ている。
サイカが帰った後に仕事が増えてしまうが今日明日の幸せの為と思えば別に何てことはない。
それに、これが上手く行けば今後もマティアスと取引を継続させる事が出来るんだ。やるしかあるまい。
「んん、美味しい…!」
「それは良かった。沢山食べろよ?
サイカ、パンのおかわりはいるか?」
「欲しいです!」
「ルドルフ、温めたものを。」
「すぐお持ちします!」
「それで?一番下の弟が言葉を話したんだったか?」
「そう!そうなんです!
それで、お義父様もお義母様もウィルも大喜びで…!私もその場に居たかったーってなりました!
きっとこれから沢山話すようになっていくんでしょうね…!」
「お前が姉と呼ばれるのはもう少し後になるだろうな。いや、その前に姉と認識させる事が先か。」
「そうなんですよねぇ…。でも楽しみです…!」
他愛ない会話にも心踊る。
サイカに会う前、僕は食事という行為を楽しいと思った事はなかった。
食事は基本いつも一人だった。たまに母と一緒に食事をする事もあったが“楽しい”と感じる事はなく、疲弊する時間だった。
まともな精神状態ではなかった母は時折僕と父を混同して会話をしていたし、父ではなく息子と認識している時間は義母や弟妹たちの愚痴ばかりだったからだ。
一人の時もちゃんとダイニングのテーブルに付き食事をとるのではなく、執務室で仕事をしながら片手間で食べ飲みする事が殆どだった。
付き合いで誰かと食事をしても楽しさは感じなかったがマティアスと食事をする時は有意義な時間を過ごせた。
他愛ない会話というよりは仕事の話か互いの境遇の話ばかりで、今思えばそれは、“楽しむ”というよりも溜まった鬱憤を何処かで発散しなければおかしくなりそうだったからだろう。
当時の僕は自分の事、自分の境遇の事を話してもいい相手がマティアスしかいなかったのもあって、無意識に自分の限界を感じた時にマティアスに会っていたのだと思う。
こうしてサイカと食事をしていると、強く思う。
楽しいのは相手が大切な存在だからだと。
心許せる相手とだから他愛ない会話も楽しいのだとつくづく思う。
これがもし、ただの知り合いだとかその程度の存在との食事であれば…僕は今も、一つも楽しさを感じないだろう。
必要と意味を感じたとしても、それ以上のものはないだろう。
ただ生きる為だけじゃない。食事というのがこんなにも楽しい行為と知ったのもサイカのお陰だ。…本人に伝えた事はまだないが。
「ご馳走さまでした!」
「ご馳走さまでした。」
昼食を終えた僕は書斎にサイカを連れ本を選び、僕にとって思い出深い庭に出る。
書斎の本は歴史や経済学、経営学ばかりだったが…
『旦那様、以前から思っていたのですが…書斎の本を増やすべきです!あの方たちは本を読む趣味はなかったですし…これまでは旦那様専用と言っても間違いではありませんでしたけど!でもこの書斎にある本はどれも専門書みたいな本ばかりじゃないですか!何なんです?何で娯楽本の一つもないんですか!これからは奥様も利用されるかもしれないんですよ!?恋愛小説にミステリー小説、色々な本があった方がきっと喜ばれるに決まってます!』
『…あ、ああ…うん。そうだな。』
ルドルフの提案で書斎には結構な数の娯楽本が増えた。因みに全てルドルフのチョイスだったりするんだが“女を夢中にさせる十の方法”だとか“略奪愛”だとか…そんなタイトルの本を見つけた時はこいつのチョイスはどうなっているんだと頭を抱えたものだ。勿論読まずに捨てた。
クッションを敷いたベンチに腰を下ろして僕に凭れかけさせるようにしてサイカを膝の上に座らせる。
「リュカは何の本を選んだんです?」
「ミステリー小説だな。お前は……何だその本。どこにあった。」
「?普通に書斎にありましたけど。」
「……まだあったか…!」
サイカが選んだ本は“淑女の為の夜の作法”とタイトルが書かれてあった。
「というか何故お前はよりによってそれを選んだんだ…!?もっとこう…色々あっただろうが!」
「気になって。勉強にもなるかなと。」
「…勉強…になるか…?ならないと思うぞ。」
まあいい、と互いに選んだ本を開き穏やかな時間を過ごす。
サイカとなら出掛けるのもいいが、サイカがいるのなら出掛けるよりものんびり、ゆっくりと過ごしたい。
人混みの中を歩くよりも静かな所で二人、のんびりと過ごしたい。
本を読みながらも時折僕はサイカの髪を弄ったり口づけをしたりとちょっかいをかけながら楽しんでいると、サイカが不安そうな表情で持っていた本のページを見せ、僕にこう言った。
「リュカ……この本に書かれてあるのって、真実…?これ、常識…?」
「ん?」
広げているページを見ると“淑女は受け身であれ”だとか“男性に全てを任せる”だとか“男性のものを自ら触るのははしたない”と書かれてある。
「…まあ、そうなんじゃないか…?
僕はお前としかしないからよく分からないな。」
「これ、世の貴族女性全員に当てはまるのかな…。
そういえばお姉様たちがそんな事を言ってた…。」
「何て?」
「貴族のお客様がね、“妻は大人しくていけない”って…よく言うんですって。
…という事は…この本に書かれてあるのは概ね事実…なんですよね…?」
「なら…そうなんだろうな。」
ふと、思い出したくもないのに色狂いの父親と義母の行為を思い出してしまった。
色々思い当たる所もあるし、そう言われるとそうなのかも知れない。
父たちを屋敷から追い出す時に一人の義母が僕の部屋にいた事もあったが…向こうにとっては切羽詰まった状況でもあったし形振り構っていられなかったのもあっただろう。あれははしたないというよりもみっともない、だな。
「…これ、参考にした方がいいのかな…。」
「止めておけ。お前は淑女には当てはまらん。」
「酷い。」
「馬鹿、褒め言葉だ。僕の知っている貴族の女たちはとても淑女と呼べるものじゃない。勿論悪い意味で。淑女なんて上辺だけだぞ。
お前は良い意味で淑女らしくない。でもそれがいいんだ。」
「…。」
「昼間のお前も夜のお前も、普段のお前でいい。普段のお前がいい。
世間一般の常識に囚われるな。
僕は他の女を知らない。だけどお前だけでいい。他を知りたくもないし、これからも知る必要もない。
大体、お前とのセックスについてだが僕は大変満足している。文句なしだ。」
「そ、そう…、なら…いいかな。」
耳まで真っ赤にしているサイカは僕やマティアスらの下世話な会話が幾度となく行われている事実なんて知らない。
恋だの愛だの、セックスだの。ずっと下らない、無意味な話だと思っていたのだが、これが中々に楽しい。嫉妬もするけれどサイカの話をマティアスらとするのは楽しいものだった。
勿論、それは僕にサイカという可愛い恋人がいるからなのだが。
始まりはいつだったか…ああそうだ、確かカイルの一言がきっかけだった。
『キス、もっとうまくなりたい。…どうしたらいい?』
唐突な話にポカンとしてしまったのは仕方ない。
サイカをもっと喜ばせるにはどうしたらいいか、ある日そう思ったカイルは夜の作法的な本を購入したそうなのだが、そこには知りたかった情報は載っていなかった様で僕らに聞いてみようと思ったらしい。それが始まりだった気がする。
最初の内は“テクニックなぞ知るか”"僕らに聞いてどうするんだ"と思っていたが…それがいつの間のか、各々のサイカとの行為の話に。
『サイカは口付けが好きな様だ。
口付けしながら突いてやると可愛らしく喜んでいるのが分かる。』
『私も思い当たる部分が沢山あります。あと、好意を伝えながら…もサイカは好きですね。素直な反応がもう可愛くって。』
『ん、分かる…すごい可愛い。きゅんきゅんって、締め付けてくる…。あと、一番奥が好きみたい。』
『ああ、子宮口だな。
感じやすいのか弱い所が多い。』
『ええ、沢山感じてくれて…男として嬉しい限りです。
でも、だからもっと喜ばせたくなって止められなくなるのですが…。』
『それは同意する。…しかし、何であいつはあんな可愛いんだ?
理性を無くした時のあの鼻にかかった舌足らずな声で名前を呼ばれるともうめちゃくちゃにしてやりたくなるんだが…。』
『…俺、あの声聞いたら…すごく腰に来る…。頭の中、ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなる…。』
『分かります。
あの…陛下。陛下にこんな事を聞くのはは無礼と承知しているのですが…聞いても?』
『何だ?』
『陛下はサイカ以外の女性を抱いた事がありますよね…?
その、……やはり違いますか…?』
『さてな。俺もセックスの事はそう知らん。あれも生理的に無理な男に抱かれるのは嫌だったろうし…俺自身もセックスの良さは分からず苦痛を感じてもいた。
サイカを抱いて初めて、セックスが幸せで気持ちいいものだと知ったくらいだ。』
『…そうでしたか。』
『初夜は俺も女の体の事が分からなかったのもあって互いに散々だったが…父から言われて側妃との二度目の行為に及んだ時があってな。』
『ああ、あの時の話か。
結局途中で止めたんだったな。』
『そうだ。二度目の時は何度もサイカを抱いた後で…要するに、上手くはなっていたらしい。
側妃は俺に嫌悪を抱いていても体は感じていた様子だった。初夜の時より明らかに反応が違っていたからな。』
『…それで…?』
『比べる対象が側妃と娼婦しかいないが…サイカはとても敏感な体をしている。濡れやすく、何処を触っても良い反応してくれる。あと膣の具合もかなりいいと俺は思う。』
『ああ…体はあんなに細いのに膣が肉厚だよな。
あいつは兎に角男を喜ばせる才能があると僕は常々思うぞ。
体だけじゃなく、言葉や態度もそうだ。あんな淫らで可愛い女が他にいるか。』
『ん。すごく、分かる…。』
『実は私…興味もあって、本で伽の勉強をした事があるのですが…貴族女性は大きな声で喘いだり、積極的になったりセックスでも理性を無くすのははしたないと書かれてあったんですよね…。
でも、理性が無くなったサイカはもう、とんでもなく可愛いですし、沢山喘いで欲しいと思いますし…何より、もっと乱れて欲しいです。男側からすればその方が嬉しいですよね?』
『…嬉しいに、決まってる。
サイカが可愛く乱れてくれるから、もっともっとって、なる。
俺も、すごくすごく、気持ちいいし…。』
とまあ、こんな感じでサイカとの行為の話が僕たちの間で何度かされているわけなんだが、サイカが聞いたら赤面必須だろう。
別に他の誰かの前でセックスをするわけでもないのだから、淑女の嗜みを守ろうとしなくともいい。
サイカは全く男心を分かっていない。
無意識に僕たちを喜ばせているのがこいつの恐ろしい部分だ。
「お前はそのままでいろ。」
顔を赤くさせたままのサイカに口付けると、サイカはうっとりとした表情で僕の肩に腕を回し、口付けを受け入れた。
こういう所も男を喜ばせる大きな部分だと、きっとサイカは気付いてはいない。
「…そういえば…庭師が新しく植えた花が咲いたと言っていたな…。庭を歩くか?」
「うん、見たい…!」
持っていた本をベンチに置いたままにしてサイカと手を繋ぎ庭を歩く。
初めてサイカが屋敷に訪れてから、庭もまた少しずつ姿を変えていた。
こうして僕たちが庭を歩く事も考えて、色々な花が新たに植えられたし、サイカが花だけでなく庭全体を楽しめるようにと庭師や使用人たちが気を使ったお陰でクラフ公爵邸の庭はえらく可愛らしい庭になった。
薔薇のアーチ、ベンチに巻かれた蔦、小さな池も増え、まるで生き物たちの楽園のように。
「可愛い…!これ、前は無かったですよね!?」
「ああ、無かった。
お前に見てもらおうと張り切ったみたいだな。」
「お礼を言わないとですね…!」
「ああ、きっと喜ぶだろう。」
幼い頃に母と手を繋いで歩いた庭。
母が一層おかしくなってからは一緒に歩く事もしなくなった庭。
母にサイカを紹介したあの日、久々に母と手を繋いで庭を歩いて感じたのは切なさだった。
もう、幼い頃のようには戻れないのだとその時はっきりと自覚した。
でもその代わりに新しい関係が始まった。
幼い頃から、屋敷では僕には母しかいなかった。
父に見向きされない母には、僕しかいなかった。
昔のように母には僕しか、僕には母しかいないそんな関係ではなく、互いに自立しながらも母子の関係を築いていけるように変わった。
以前までの生活を振り返ると少しの物悲しさはあるものの、でもとても充実している。
母と手を繋いで歩いた庭を、今はサイカと手を繋いで歩いている。
これから先、何度もこうした時間を過ごす。
そして少しずつ変わっていく。子供が出来たらサイカや子供たちと、子供が大きくなれば年を取ったサイカと。
そう考えると、何と幸せなんだろうと思った。
そうやって幸せの形を変え、僕はこれからも生きていくんだろう。
僕が生涯愛する女と共に。
「屋敷でのデートになったが…退屈はしていないか?」
「全然!久しぶりにリュカとゆっくり過ごせて嬉しいし楽しいです。」
「僕もだ。お前とならどんな事でも嬉しい。
一緒に食事をして、本を読んで、庭を歩いて。ただそれだけでも楽しい。
庭をある程度歩いたらお茶にしよう。使用人たちが張り切ってケーキを作っただろうから、それを食べ終わったらまた一緒に本を読もうか。」
「賛成です。ケーキ…楽しみだなぁ…!」
「夕食をとって、夜は一緒に風呂に入ってお前の体を僕自ら隅々、丹念に洗った後は……お前を抱く。」
「あう、」
「ははは!また真っ赤になった…!
全く。お前はいつになったら慣れるんだ?まあそんな所も可愛いが。
僕の屋敷に来たんだから、抱くのは当然だろう?
それに…前にも伝えたはずだぞ。僕の屋敷に来た時は覚悟しておけと。
まさか忘れていたわけじゃないよな?」
「…わ、忘れてたわけじゃないけど、」
「じゃあ覚悟して来たんだろう?
一晩中、僕に抱かれる覚悟。…勿論、して来たんだよな?」
耳元で囁くように伝えれば、真っ赤な顔のままこくりと小さく頷くサイカ。
嬉しくなってサイカの額に、いい子だと口付けると、サイカは目を細めて嬉しそうな顔をする。
そんな様子を見て、本当に素直な女だと思った。
性格も体も、サイカは素直な女だ。
サイカの、自分の感情を言葉や態度でストレートに伝えてくる所も僕は好きだ。
素直で、優しくて、可愛くて、愛らしくて。昼と夜でその姿が変わるから楽しい。
昼間はまるで子供のようにくるくると愛らしく表情を変えるサイカは、夜になると淫らでとんでもなく可愛い、美しい女に変わるから堪らない。
昼のサイカも、夜のサイカも、どんなサイカも愛しい。
そんなサイカの影響を、僕自身は受けている。
素直な言葉を伝えるようになったのもサイカの影響だ。
それは僕自身が、伝えられる側の喜びを知ったから。知ったからこそ影響を受けていた。
お陰でうちにいるルドルフや使用人たちとの関係もかなり良好な関係を築けている。
以前は僕のこの容姿からか一部、目も合わせなかった使用人が目を合わせるようにもなった。
ルドルフからは“優しい顔つきになりましたね”と言われた事もある。
どうやら以前はかなり恐い顔…というか目付きをしていたらしい。
そう言われてみればその自覚があったりする。
以前はいつも苛々、鬱々とした気持ちで過ごしていたからだ。
下らないと感じていた色恋も今となっては下らなくはない。下らない所か僕にとって大切なものになっている。
セックスもただ快楽を求めるものや子供を作るだけの行為じゃないと分かった。
僕とサイカの愛を深める行為だ。
愛していると、言葉や態度だけでは伝わらない、そんな強い感情を伝える為の大切な行為だと知った。
こんな風に僕はサイカの影響を色濃く受けている。
サイカと出会って変わった部分は多い。そう思うと自然と笑みが漏れた。
「愛してるよ、僕の可愛いお前。」
二人で過ごせる二日間、僕の素直な想いをこれでもかという程伝えてやろう。
僕がどれだけお前に会いたかったか。
僕がどれだけお前を想っているか。
僕がどれだけお前を大切にし、どれだけお前を求めているか。
どれだけ、愛しているか。
言葉や態度で伝えきれない強い想いを、この溢れんばかりの愛情を、二人で過ごす夜に。
「はい、来ちゃいました。
今日から二日間、お世話になりますね。」
「ええ、ええ!二日と言わず何日でも!クラフ公爵家使用人一同、妃殿下が来られるのを指折り!心待ちにしておりましたから!」
「ルドルフ、昼食を用意してくれ。」
「旦那様が本日の昼前には戻ると仰ってましたので既に準備してありますよ。今侍女たちがテーブルに並べているでしょうから、直ぐに召し上がって頂けます。
屋敷の200メートル先から馬車の確認をしてもらってましたからね!
妃殿下、長旅で喉が渇いたでしょう。冷たいジュースをご用意しておりますからね!」
「ありがとう!」
「……お前たちどれだけ楽しみにしてたんだ…。」
表情を輝かせているルドルフたちを見てそう呟く。
出迎えたルドルフ然り、屋敷の玄関先でずらりと並んだ数十の使用人然り、サイカの姿を目に映せば頬を染め目を輝かせているのがまず見えて、皆がサイカの訪問を心待ちにしていたのが分かる。
まあ、僕もそうなんだが。
「サイカ、まずは昼食にしよう。
…馬車の中で何度も可愛らしく腹が鳴っていたしな。空腹だろう?」
「そ、そうだけど。何でお腹が鳴った事を人前で言うの!」
「ははは!」
サイカの細い手を取り、エスコートをしながらダイニングへ向かう。
何故サイカが僕の家に来ているかと問われれば単純に、僕がサイカとゆっくり過ごしたかったからだ。
別に、サイカがヴァレリアやカイルとデートをしたのが羨ましかったわけじゃない。
サイカとゆっくり、心置きなく過ごせたのは僕たちが婚約をしてからたった一度。誰にも邪魔されない、僕とサイカだけのあの幸福な三日間を過ごして以降は僕もサイカも忙しくなり、ゆっくりと二人の時間を設けられなかった。
日程の調整をして帝都にいるサイカに会いに行けば…マティアスと毎日夜を共に過ごしているサイカが起きるのは大体昼前で、サイカと二人で過ごせるのはたったの数時間なわけだ。
しかも城はマティアスのテリトリー。
サイカと一緒に過ごす時間がもっと欲しい所だが僕にもやるべき事があって、サイカと過ごしたいが為に予定を変更して何日も帝都に滞在は出来ない。
こういう時、帝都から離れた場所にいるという事が酷くもどかしい気持ちになる。
「…良かったですね、旦那様。」
僕に向かってそう言うルドルフ。
今日、サイカが僕の屋敷に来る為の手間を知っているからこその言葉だった。
サイカを溺愛しているマティアスは自分のテリトリーからサイカが出る事を嫌う。
僕とサイカが結婚していればまだマシなんだろうが…婚約者という立場の今はサイカを僕の領地に呼ぶ事も苦労した。
今回がまさにそうだ。サイカを僕の領地で過ごさせる許可をもらおうとマティアスに手紙を送れば返事は否。
取って付けたような理由が書かれた返事を見て、手に取るようにマティアスの感情が分かった。
サイカを愛する者同士。サイカを自分の目、手の届く所に置きたいというその感情はよく分かるし、独占したいのも十分理解出来る。
僕もマティアスと同じだからだ。
マティアスに是と言わせるにはマティアスにとってのメリットがなければならない。
どうすれば僕のテリトリーでサイカと過ごせるか、マティアスの首を縦に振らせるにはどうすればいいかを考えた僕はその数日後、帝都へ向かいマティアスと交渉した。絶対の自信を持って。
『この間返事は送ったはずだぞ。』
『ああ、貰った。その貰った返事を踏まえて…今日はお前に一つ、提案をしに来た。提案と言うか、取引か。
マティアス。お前もサイカとゆっくり夫婦の時間を過ごしたくはないか?』
『過ごしたいとも。それが可能であれば。』
『二日程度なら、僕がその時間を作ってやれる。だから同じく二日、サイカを僕の領地で過ごさせろ。…どうだ?乗るか?』
『詳しく聞こう。』
マティアスは今、多忙だ。立場故、元々多忙な男ではある。だが今のマティアスはサイカとの新婚生活を十分満喫出来ない程多忙だった。
帝国内の事だけでなくドライト王国の案件とリスティアのあの事件の処理に追われているからゆっくりサイカと過ごす時間は夜しかない。
国内だけの仕事であればマティアスはもっとサイカと過ごす時間があっただろう。悪い意味でタイミングが重なってしまったんだ。
なので取引とはつまり、マティアスがサイカと過ごす二日間、僕がドライトやリスティアの処理を進めるという内容だ。
他に任せられなくとも、僕であれば可能だ。その自信があった。
僕も自分の仕事がある。その為二日程度が限度ではあるが…サイカと過ごせるのなら二日程度寝ずともいい。寧ろ二日寝ない程度でサイカと過ごせるのなら僕は何度だって同じ事をする。
『乗った。』
『よし!』
マティアスとのこうしたやり取りがあって、サイカは今日、クラフ公爵領に来ている。
サイカが帰った後に仕事が増えてしまうが今日明日の幸せの為と思えば別に何てことはない。
それに、これが上手く行けば今後もマティアスと取引を継続させる事が出来るんだ。やるしかあるまい。
「んん、美味しい…!」
「それは良かった。沢山食べろよ?
サイカ、パンのおかわりはいるか?」
「欲しいです!」
「ルドルフ、温めたものを。」
「すぐお持ちします!」
「それで?一番下の弟が言葉を話したんだったか?」
「そう!そうなんです!
それで、お義父様もお義母様もウィルも大喜びで…!私もその場に居たかったーってなりました!
きっとこれから沢山話すようになっていくんでしょうね…!」
「お前が姉と呼ばれるのはもう少し後になるだろうな。いや、その前に姉と認識させる事が先か。」
「そうなんですよねぇ…。でも楽しみです…!」
他愛ない会話にも心踊る。
サイカに会う前、僕は食事という行為を楽しいと思った事はなかった。
食事は基本いつも一人だった。たまに母と一緒に食事をする事もあったが“楽しい”と感じる事はなく、疲弊する時間だった。
まともな精神状態ではなかった母は時折僕と父を混同して会話をしていたし、父ではなく息子と認識している時間は義母や弟妹たちの愚痴ばかりだったからだ。
一人の時もちゃんとダイニングのテーブルに付き食事をとるのではなく、執務室で仕事をしながら片手間で食べ飲みする事が殆どだった。
付き合いで誰かと食事をしても楽しさは感じなかったがマティアスと食事をする時は有意義な時間を過ごせた。
他愛ない会話というよりは仕事の話か互いの境遇の話ばかりで、今思えばそれは、“楽しむ”というよりも溜まった鬱憤を何処かで発散しなければおかしくなりそうだったからだろう。
当時の僕は自分の事、自分の境遇の事を話してもいい相手がマティアスしかいなかったのもあって、無意識に自分の限界を感じた時にマティアスに会っていたのだと思う。
こうしてサイカと食事をしていると、強く思う。
楽しいのは相手が大切な存在だからだと。
心許せる相手とだから他愛ない会話も楽しいのだとつくづく思う。
これがもし、ただの知り合いだとかその程度の存在との食事であれば…僕は今も、一つも楽しさを感じないだろう。
必要と意味を感じたとしても、それ以上のものはないだろう。
ただ生きる為だけじゃない。食事というのがこんなにも楽しい行為と知ったのもサイカのお陰だ。…本人に伝えた事はまだないが。
「ご馳走さまでした!」
「ご馳走さまでした。」
昼食を終えた僕は書斎にサイカを連れ本を選び、僕にとって思い出深い庭に出る。
書斎の本は歴史や経済学、経営学ばかりだったが…
『旦那様、以前から思っていたのですが…書斎の本を増やすべきです!あの方たちは本を読む趣味はなかったですし…これまでは旦那様専用と言っても間違いではありませんでしたけど!でもこの書斎にある本はどれも専門書みたいな本ばかりじゃないですか!何なんです?何で娯楽本の一つもないんですか!これからは奥様も利用されるかもしれないんですよ!?恋愛小説にミステリー小説、色々な本があった方がきっと喜ばれるに決まってます!』
『…あ、ああ…うん。そうだな。』
ルドルフの提案で書斎には結構な数の娯楽本が増えた。因みに全てルドルフのチョイスだったりするんだが“女を夢中にさせる十の方法”だとか“略奪愛”だとか…そんなタイトルの本を見つけた時はこいつのチョイスはどうなっているんだと頭を抱えたものだ。勿論読まずに捨てた。
クッションを敷いたベンチに腰を下ろして僕に凭れかけさせるようにしてサイカを膝の上に座らせる。
「リュカは何の本を選んだんです?」
「ミステリー小説だな。お前は……何だその本。どこにあった。」
「?普通に書斎にありましたけど。」
「……まだあったか…!」
サイカが選んだ本は“淑女の為の夜の作法”とタイトルが書かれてあった。
「というか何故お前はよりによってそれを選んだんだ…!?もっとこう…色々あっただろうが!」
「気になって。勉強にもなるかなと。」
「…勉強…になるか…?ならないと思うぞ。」
まあいい、と互いに選んだ本を開き穏やかな時間を過ごす。
サイカとなら出掛けるのもいいが、サイカがいるのなら出掛けるよりものんびり、ゆっくりと過ごしたい。
人混みの中を歩くよりも静かな所で二人、のんびりと過ごしたい。
本を読みながらも時折僕はサイカの髪を弄ったり口づけをしたりとちょっかいをかけながら楽しんでいると、サイカが不安そうな表情で持っていた本のページを見せ、僕にこう言った。
「リュカ……この本に書かれてあるのって、真実…?これ、常識…?」
「ん?」
広げているページを見ると“淑女は受け身であれ”だとか“男性に全てを任せる”だとか“男性のものを自ら触るのははしたない”と書かれてある。
「…まあ、そうなんじゃないか…?
僕はお前としかしないからよく分からないな。」
「これ、世の貴族女性全員に当てはまるのかな…。
そういえばお姉様たちがそんな事を言ってた…。」
「何て?」
「貴族のお客様がね、“妻は大人しくていけない”って…よく言うんですって。
…という事は…この本に書かれてあるのは概ね事実…なんですよね…?」
「なら…そうなんだろうな。」
ふと、思い出したくもないのに色狂いの父親と義母の行為を思い出してしまった。
色々思い当たる所もあるし、そう言われるとそうなのかも知れない。
父たちを屋敷から追い出す時に一人の義母が僕の部屋にいた事もあったが…向こうにとっては切羽詰まった状況でもあったし形振り構っていられなかったのもあっただろう。あれははしたないというよりもみっともない、だな。
「…これ、参考にした方がいいのかな…。」
「止めておけ。お前は淑女には当てはまらん。」
「酷い。」
「馬鹿、褒め言葉だ。僕の知っている貴族の女たちはとても淑女と呼べるものじゃない。勿論悪い意味で。淑女なんて上辺だけだぞ。
お前は良い意味で淑女らしくない。でもそれがいいんだ。」
「…。」
「昼間のお前も夜のお前も、普段のお前でいい。普段のお前がいい。
世間一般の常識に囚われるな。
僕は他の女を知らない。だけどお前だけでいい。他を知りたくもないし、これからも知る必要もない。
大体、お前とのセックスについてだが僕は大変満足している。文句なしだ。」
「そ、そう…、なら…いいかな。」
耳まで真っ赤にしているサイカは僕やマティアスらの下世話な会話が幾度となく行われている事実なんて知らない。
恋だの愛だの、セックスだの。ずっと下らない、無意味な話だと思っていたのだが、これが中々に楽しい。嫉妬もするけれどサイカの話をマティアスらとするのは楽しいものだった。
勿論、それは僕にサイカという可愛い恋人がいるからなのだが。
始まりはいつだったか…ああそうだ、確かカイルの一言がきっかけだった。
『キス、もっとうまくなりたい。…どうしたらいい?』
唐突な話にポカンとしてしまったのは仕方ない。
サイカをもっと喜ばせるにはどうしたらいいか、ある日そう思ったカイルは夜の作法的な本を購入したそうなのだが、そこには知りたかった情報は載っていなかった様で僕らに聞いてみようと思ったらしい。それが始まりだった気がする。
最初の内は“テクニックなぞ知るか”"僕らに聞いてどうするんだ"と思っていたが…それがいつの間のか、各々のサイカとの行為の話に。
『サイカは口付けが好きな様だ。
口付けしながら突いてやると可愛らしく喜んでいるのが分かる。』
『私も思い当たる部分が沢山あります。あと、好意を伝えながら…もサイカは好きですね。素直な反応がもう可愛くって。』
『ん、分かる…すごい可愛い。きゅんきゅんって、締め付けてくる…。あと、一番奥が好きみたい。』
『ああ、子宮口だな。
感じやすいのか弱い所が多い。』
『ええ、沢山感じてくれて…男として嬉しい限りです。
でも、だからもっと喜ばせたくなって止められなくなるのですが…。』
『それは同意する。…しかし、何であいつはあんな可愛いんだ?
理性を無くした時のあの鼻にかかった舌足らずな声で名前を呼ばれるともうめちゃくちゃにしてやりたくなるんだが…。』
『…俺、あの声聞いたら…すごく腰に来る…。頭の中、ぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなる…。』
『分かります。
あの…陛下。陛下にこんな事を聞くのはは無礼と承知しているのですが…聞いても?』
『何だ?』
『陛下はサイカ以外の女性を抱いた事がありますよね…?
その、……やはり違いますか…?』
『さてな。俺もセックスの事はそう知らん。あれも生理的に無理な男に抱かれるのは嫌だったろうし…俺自身もセックスの良さは分からず苦痛を感じてもいた。
サイカを抱いて初めて、セックスが幸せで気持ちいいものだと知ったくらいだ。』
『…そうでしたか。』
『初夜は俺も女の体の事が分からなかったのもあって互いに散々だったが…父から言われて側妃との二度目の行為に及んだ時があってな。』
『ああ、あの時の話か。
結局途中で止めたんだったな。』
『そうだ。二度目の時は何度もサイカを抱いた後で…要するに、上手くはなっていたらしい。
側妃は俺に嫌悪を抱いていても体は感じていた様子だった。初夜の時より明らかに反応が違っていたからな。』
『…それで…?』
『比べる対象が側妃と娼婦しかいないが…サイカはとても敏感な体をしている。濡れやすく、何処を触っても良い反応してくれる。あと膣の具合もかなりいいと俺は思う。』
『ああ…体はあんなに細いのに膣が肉厚だよな。
あいつは兎に角男を喜ばせる才能があると僕は常々思うぞ。
体だけじゃなく、言葉や態度もそうだ。あんな淫らで可愛い女が他にいるか。』
『ん。すごく、分かる…。』
『実は私…興味もあって、本で伽の勉強をした事があるのですが…貴族女性は大きな声で喘いだり、積極的になったりセックスでも理性を無くすのははしたないと書かれてあったんですよね…。
でも、理性が無くなったサイカはもう、とんでもなく可愛いですし、沢山喘いで欲しいと思いますし…何より、もっと乱れて欲しいです。男側からすればその方が嬉しいですよね?』
『…嬉しいに、決まってる。
サイカが可愛く乱れてくれるから、もっともっとって、なる。
俺も、すごくすごく、気持ちいいし…。』
とまあ、こんな感じでサイカとの行為の話が僕たちの間で何度かされているわけなんだが、サイカが聞いたら赤面必須だろう。
別に他の誰かの前でセックスをするわけでもないのだから、淑女の嗜みを守ろうとしなくともいい。
サイカは全く男心を分かっていない。
無意識に僕たちを喜ばせているのがこいつの恐ろしい部分だ。
「お前はそのままでいろ。」
顔を赤くさせたままのサイカに口付けると、サイカはうっとりとした表情で僕の肩に腕を回し、口付けを受け入れた。
こういう所も男を喜ばせる大きな部分だと、きっとサイカは気付いてはいない。
「…そういえば…庭師が新しく植えた花が咲いたと言っていたな…。庭を歩くか?」
「うん、見たい…!」
持っていた本をベンチに置いたままにしてサイカと手を繋ぎ庭を歩く。
初めてサイカが屋敷に訪れてから、庭もまた少しずつ姿を変えていた。
こうして僕たちが庭を歩く事も考えて、色々な花が新たに植えられたし、サイカが花だけでなく庭全体を楽しめるようにと庭師や使用人たちが気を使ったお陰でクラフ公爵邸の庭はえらく可愛らしい庭になった。
薔薇のアーチ、ベンチに巻かれた蔦、小さな池も増え、まるで生き物たちの楽園のように。
「可愛い…!これ、前は無かったですよね!?」
「ああ、無かった。
お前に見てもらおうと張り切ったみたいだな。」
「お礼を言わないとですね…!」
「ああ、きっと喜ぶだろう。」
幼い頃に母と手を繋いで歩いた庭。
母が一層おかしくなってからは一緒に歩く事もしなくなった庭。
母にサイカを紹介したあの日、久々に母と手を繋いで庭を歩いて感じたのは切なさだった。
もう、幼い頃のようには戻れないのだとその時はっきりと自覚した。
でもその代わりに新しい関係が始まった。
幼い頃から、屋敷では僕には母しかいなかった。
父に見向きされない母には、僕しかいなかった。
昔のように母には僕しか、僕には母しかいないそんな関係ではなく、互いに自立しながらも母子の関係を築いていけるように変わった。
以前までの生活を振り返ると少しの物悲しさはあるものの、でもとても充実している。
母と手を繋いで歩いた庭を、今はサイカと手を繋いで歩いている。
これから先、何度もこうした時間を過ごす。
そして少しずつ変わっていく。子供が出来たらサイカや子供たちと、子供が大きくなれば年を取ったサイカと。
そう考えると、何と幸せなんだろうと思った。
そうやって幸せの形を変え、僕はこれからも生きていくんだろう。
僕が生涯愛する女と共に。
「屋敷でのデートになったが…退屈はしていないか?」
「全然!久しぶりにリュカとゆっくり過ごせて嬉しいし楽しいです。」
「僕もだ。お前とならどんな事でも嬉しい。
一緒に食事をして、本を読んで、庭を歩いて。ただそれだけでも楽しい。
庭をある程度歩いたらお茶にしよう。使用人たちが張り切ってケーキを作っただろうから、それを食べ終わったらまた一緒に本を読もうか。」
「賛成です。ケーキ…楽しみだなぁ…!」
「夕食をとって、夜は一緒に風呂に入ってお前の体を僕自ら隅々、丹念に洗った後は……お前を抱く。」
「あう、」
「ははは!また真っ赤になった…!
全く。お前はいつになったら慣れるんだ?まあそんな所も可愛いが。
僕の屋敷に来たんだから、抱くのは当然だろう?
それに…前にも伝えたはずだぞ。僕の屋敷に来た時は覚悟しておけと。
まさか忘れていたわけじゃないよな?」
「…わ、忘れてたわけじゃないけど、」
「じゃあ覚悟して来たんだろう?
一晩中、僕に抱かれる覚悟。…勿論、して来たんだよな?」
耳元で囁くように伝えれば、真っ赤な顔のままこくりと小さく頷くサイカ。
嬉しくなってサイカの額に、いい子だと口付けると、サイカは目を細めて嬉しそうな顔をする。
そんな様子を見て、本当に素直な女だと思った。
性格も体も、サイカは素直な女だ。
サイカの、自分の感情を言葉や態度でストレートに伝えてくる所も僕は好きだ。
素直で、優しくて、可愛くて、愛らしくて。昼と夜でその姿が変わるから楽しい。
昼間はまるで子供のようにくるくると愛らしく表情を変えるサイカは、夜になると淫らでとんでもなく可愛い、美しい女に変わるから堪らない。
昼のサイカも、夜のサイカも、どんなサイカも愛しい。
そんなサイカの影響を、僕自身は受けている。
素直な言葉を伝えるようになったのもサイカの影響だ。
それは僕自身が、伝えられる側の喜びを知ったから。知ったからこそ影響を受けていた。
お陰でうちにいるルドルフや使用人たちとの関係もかなり良好な関係を築けている。
以前は僕のこの容姿からか一部、目も合わせなかった使用人が目を合わせるようにもなった。
ルドルフからは“優しい顔つきになりましたね”と言われた事もある。
どうやら以前はかなり恐い顔…というか目付きをしていたらしい。
そう言われてみればその自覚があったりする。
以前はいつも苛々、鬱々とした気持ちで過ごしていたからだ。
下らないと感じていた色恋も今となっては下らなくはない。下らない所か僕にとって大切なものになっている。
セックスもただ快楽を求めるものや子供を作るだけの行為じゃないと分かった。
僕とサイカの愛を深める行為だ。
愛していると、言葉や態度だけでは伝わらない、そんな強い感情を伝える為の大切な行為だと知った。
こんな風に僕はサイカの影響を色濃く受けている。
サイカと出会って変わった部分は多い。そう思うと自然と笑みが漏れた。
「愛してるよ、僕の可愛いお前。」
二人で過ごせる二日間、僕の素直な想いをこれでもかという程伝えてやろう。
僕がどれだけお前に会いたかったか。
僕がどれだけお前を想っているか。
僕がどれだけお前を大切にし、どれだけお前を求めているか。
どれだけ、愛しているか。
言葉や態度で伝えきれない強い想いを、この溢れんばかりの愛情を、二人で過ごす夜に。
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